136 神聖魔法とキューラの傷
新たな使い魔レムスを従え、無事トゥス達と合流したキューラ。
彼は足の怪我をステラに治療をしてもらう事にする。
だが、肝心の彼女は途中で魔法を止めてしまい……。
「ど、どうした?」
俺がステラに尋ねてみると、彼女はがっくりと項垂れふるふると首を横に振った。
いや、それじゃ分からないっての!? 口で言ってくれ口で!! と喉から出かかったのを堪え。
「魔力痛か?」
「違う……」
ぼそりと呟かれた言葉は何とか聞き取れたが、違うって……じゃぁ、別に何の原因なのだろうか?
疑問を感じていると彼女は……。
「私には治せない……」
「…………」
それは分かっていた事だ。
いくら回復魔法とは言え、彼女の魔法は初級……貫通するほどのこの傷を治すことはできない。
いや、正確には出来るが時間が掛かりすぎる。
そもそも、治すまで魔法を維持出来るならより効果のある魔法を使えるはずだ。
「それでも頼む……」
だが、使えるのと使えないのでは全く違う。
俺達魔族の血が流れる混血では神聖魔法である回復魔法は一切使えないんだ。
恐らく馬車の中で魔法が使えるのは彼女だけだったんだろう。
だからこそ俺はそう言ったのだが……。
「あのね! 傷を癒すことは出来ないの! 馬鹿なの!? 話聞いてないの!?」
何故そこまで言われなきゃいけない。
そう思いつつ、彼女の方を見てみると瞳には涙が貯まっていた。
「……ライムもずっと治してくれてる。少しでも休ませてやりたいんだ……頼む」
何故泣いているのかは分からない。
だが、一つ言える事は……今回の事で彼女は俺達を敵じゃないと認識してくれただろう。
「で、でも……」
「それに傷は治らないんじゃなくて時間が掛かるだけだ。少しでも塞がってくれればいい」
正直にその事を伝えると彼女は再び魔法を唱え、傷を癒してくれた。
しかし……参ったな。
「ボロボロだね」
俺がぼんやりと考えていた事、それをトゥスさんも思い至ったのだろう……聞こえた声は何処か悲痛な物が混じっていた。
右目は相変わらず見えないし……クリエは起きてくれない。
トゥスさんだって疲れが出てきているはずだ。
これは本当に参ったなぁ……。
とにかく、此処でうだうだしてても仕方ない、村に戻る前にレムスに手紙を頼もう。
それから少し休んで村へと向かう。
とはいえ、俺はこの状況だ……魔物にであったらまともに戦う事は出来ないし魔法でどの程度トゥスさんをサポートできるかだな。
出来れば出会いたくはないが、そうはいかないだろうからな。
その時に慌てない様にちゃんと考えておかないと駄目だ。
そう思っていると、どっと疲れたような気がし……身体が重くなる。
「少し休んでな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
トゥスさんに気遣いの言葉を貰った俺はそう告げるとその場でゆっくりと瞼を閉じた。
せめて右目が見えれば……少しは違うんだが……。
気が付いたら俺はあの墓の前に居た。
「…………」
やはり右目の不調は合図なのだろうか? 俺はそう思いながらもあの男の姿を探す。
すると、墓の裏から出てきた彼は俺へとゆっくりと近づいて来た。
「情けないな」
「…………」
初めてまともに聞いたその声に俺は何も返す事は出来なかった。
事実……だからだ。
「それで守るというのか?」
「……守ってみせる」
クリエの事だろう、俺はそう思いそれだけは返さなくてはならない言葉だと咄嗟に口にしていた。
するとアウクの奴はニヤリと笑い……。
「ほう……折れてはいないか、なら良い……」
「なぁ、強くなる方法を教えてくれ! 魔拳の使い方を……」
彼に聞くと笑みはゆっくりと消え……代わりにその顔に浮かんだのは真剣な表情だ。
なにか教えてくれるのだろうか? そうなら望み通りだ。
「…………へ!?」
そう思っていた。
だが、彼は俺の胸倉をつかむと乱暴に引き寄せ、俺は成す術もなく気が付いたらアウクの顔がそこにあった。
「甘えるな。貴様は今の力も何の鍛練もせずに得たのか? 違うだろう? 力は与えてやった。後は使いこなして見せろ」
「…………っ!」
人生は甘くない。
それは何処の世界でも同じなのだろう……確かに彼の言う通りだ。
俺は魔法の使い方とかを教わりはした。
だが、教わってすぐに出来た訳じゃない……チート能力と考えていた無詠唱もその一歩上を行く者が現れた。
いや、元々無詠唱は珍しいだけでいない訳じゃなかった。
改めてチートと言うならばアウクからもらった力……魔拳だ。
「貴様には才がある。だが、その才は与えられるものではない、己自身で磨くものだ……きっかけは与えた、もう一度言う使いこなして見せろ」
彼はもう伝える事は無いとでも言いたいのだろう、乱暴に俺を放り投げ……。
俺は危うく倒れかけた所を何とか耐える。
そして……。
「ならここで修業は出来ないのか? アンタは力を与えた師匠なんだろ? いや、この際修行じゃなくたって良い!」
「ふんっ! 言っておくが……ここで鍛えようと現実の貴様に変化がある訳ではない」
な、なんだって!? つまり、本当に話をするだけか?
「干渉は出来る。だが、それは貴様の成長に合わせて出来る事にすぎず、貴様自身の強さとは関係が無い。いや実際には関係はあるが……今は出来る事は無い」
「…………じゃぁ、何で呼び出した?」
俺が訪ねると彼は怪訝な表情を浮かべた。
「だから、右目が見えなくなった時、アウク……お前が夢に現れる! これはお前が呼び出してるんだろう!?」
「違うな、ただ単に波長が合った時、そうなるだけだろう……勝手に人の所為にするな」
なん、だって……!? じゃぁ、この右目の不調は一体……。
俺が戸惑っているとアウクは身を翻し去って行く……その途中……。
「右目か………………」
「お、おい! 何か知ってるんじゃないか!?」
右目と言った後何を言ったのかは分からなかった。
だが、あいつは何かを知っている。
そう察した俺は慌てて追いかけるが……意識はふわりと浮かんでいく……クソっ! 時間切れか!!
「我が……よ、期待を……なよ」
また、途切れ途切れに……何を言ってるんだ?
「まだ聞きたい事が――!!」
俺はそう叫ぶのと同時に意識は暗闇に吸い込まれていった。




