129 敵は……
キューラ達は村へと辿り着く。
しかし、そこはもうすでに焼け払われ……人など住んでいる様子はない。
そんな場所でキューラは物陰から出てきた犬を見つけた……しかし、嫌な予感がし追い払うのだが……。
敵はすでにそこにいたようだった。
慌ててトゥスさんの指示通りに動くと、驚いた事に相手は堂々とした態度で馬車の前に居た。
「こいつか?」
そう呟いたのは俺と同じで左が赤い瞳の黒髪の剣士だ。
つまり、混血……彼は近くに居たもう一人の男……アイツは逃げて行った奴だ。
そいつに話しかけていた。
「は、はい! こいつ、こいつらです!!」
指をさし、叫ぶようにそう告げた男の視線は俺達を射貫くようだった。
しかし、もう一人の男は俺達を値踏みするかのように見て……。
「情けないな」
そう呟くと剣へと手を伸ばす。
来る!! そう思い構えたのだが……。
その思考とほぼ同時に剣は鞘から音を立てて抜かれ、その場に鮮血が飛び散った。
それに少し遅れ、聞こえたのは女性の悲鳴。
出所は馬車の中だ……。
「お、おい……お前、何してるんだよ!!」
俺は叫びながら問うと彼は表情を一つも変えずにこちらへと向く。
ゾクリとしたものが身体へと走り、この場に居てはまずいという危機感だけが俺を支配した。
それはトゥスさんも同じだったようで……。
「キューラ! 馬車に乗りな!!」
慌てて叫びながら銃を取り出すと引き金を引き、撃鉄が落ち発砲されたのか……轟音が鳴り響く……。
トゥスさんが狙った獲物を外した所を見たことが無い、それは男にとって死そのものだろう。
しかし、男はやはり表情を変える事無く……一瞬剣を振る為に身体が動いただけだった。
その後に響いたのは甲高い音。
そう……銃弾は逸らされあらぬ方向へと飛んでいったのだ……。
「……本当に情けないな」
「チッ!!」
トゥスさんに余裕はなく、いよいよマズイと気が付いた俺は何度も身体に動けと命令を下し……。
「フレイム!!」
魔法を唱える。
詠唱を使えば隙だらけ、しかし、この状態の村でなら火がどこかしらにあるはずだ。
これなら無詠唱魔法でも威力が出る!! そう思って唱えたはずだった。
「……アイスアロー」
炎と氷、相性的にもこちらの方が有利な魔法だ……なにせ水になったら俺達混血は操れない。
その上こちらは奴が焼いた村のお蔭で威力が上がっている魔法だ。
水に消える事無く相手にあたるはず……だった。
「嘘、だろ!?」
たった一回、それも一本の氷の矢に勢いを殺され、辿り着く前に音を立て消えていく……。
「相手の力量も分かっていない……状況判断にも劣るな……はぁ……こんな奴らに後れを取るとは……無能の雑魚ばかりか……」
男は頭を抱えてため息をつき、先程彼自身が殺した部下の返り血を気にする様子もなかった。
そして、こっちへとゆっくりと近づいて来る……。
だが、どうする? トゥスさんの銃は効かない、俺の魔法もだ……。
どうやってここからこいつを倒す?
そもそも倒せるのか? 追い払うか逃げるしか選択肢はないのではないか? だが、村での約束の為に鳥を……いや、落ち着けこの状況じゃ鳥は絶望的だ。
どうする? どうするも何もこっちには助けてきた女の子たちが居る。
「キューラ!! 早く乗りな!!」
「――っ!!」
トゥスさんの叫びにようやく俺は身体を動かし、馬車へと飛び乗ろうとした。
しかし……。
「アイスアロー……」
「――っ!!」
唱えられたその魔法は俺の足を右足を射貫く……。
見えない方向から突如飛んできた魔法に俺は反応できなかったのだ。
いや、それだけじゃない……。
俺が動いたからアイツが居るのは左側だ……、何故いない方向から魔法が飛んでくる?
魔法を使ったのは間違いなくあいつだというのに……何故だ? 他に仲間がいたのか?
「あまり傷をつけたくはないが……暴れるのは厄介だ、上下関係をしっかりさせてやろう……そっちのエルフもな」
氷の魔法で貫かれた足は冷たさと焼けるような痛みを訴える。
以前の体よりは丈夫だと言っても、人の身体は人の身体だ。
むしろ気絶できないからこその苦痛と言うものがあった。
発狂……すらできない、なまじ耐えることが出来るからこそ……それは……。
「おぇ、ぇ……」
先程出したばかりだというのに俺は何も残っていない胃から、胃液だけを吐き出す。
「見た目が良いとは思ったが、勘違いだったな汚らしいガキだ……商品価値としてはそっちのエルフの方がましか? いや、好き者にはうけるか?」
「随分と余裕じゃないか……」
トゥスさんの声が近いはずなのに遠くに感じる。
「当然だ……ただの雑魚相手に後れを取るようじゃ、この仕事は出来はしない」
吐き気と痛みに抗うことが出来ず芋虫みたいに地に這う俺は男の表情が変わった事に気が付き――。
「トゥスさん、早く! 行け!! クリエを頼む!!」
何とかそう叫んだ。
普段なら怒鳴り声の一言も聞こえただろう、だが、彼女は俺を一瞬見るなり……その表情を変え、手綱を操る。
「させるか……」
「それは……こっちの台詞だぁぁぁああああ!! アイシクル!!」
俺は何とか魔法を作り出し、男と馬車の間につららを落とし、道を塞ぐ事に成功した。
だが、男は此方へと目を向け睨むと……俺の方へと向かって来る。
「ライム!! 足を支えてくれ!!」
氷の矢を引き抜き、使い魔であるライムにそう命令をしたものの、不利なのは変わっていない。
何故なら、相手は混血……つまり、ライムの唯一の弱点……氷の魔法は奴も使える……いや、事実今この足に受けた。
「余計な事をしてくれたな」
怒りをあらわにする男を前に俺は笑みを浮かべる。
余裕なんかない、恐怖ゆえの苦笑いだ……。
「ど、どうする?」
不幸な事にこんな時に右目はどんどん見えなくなってきているし、脚は思うように動かない……どうやって生き残る?




