118 魔力と魔法
猪を仕留めたトゥスの願いを聞き入れたクリエは料理を作り始める。
そんな中、キューラはトゥスに声を掛けられ事実を告げられた……。
それはクリエの魔力が戻っていないという事で……。
クリエがせっかく作ってくれた料理。
だというのに味が全く分からなかった……勿論マズイと言う訳ではない。
それよりも俺は先程のトゥスさんとの会話の内容が気になっていたのだ。
「キューラちゃん、もしかして美味しくないですか?」
「え?」
だが、クリエにそう言われ俺はハッとした。
今まで一応口へと運んではいたが、いつもなら美味しい! とか言うのにそれが無かったのが不安だったのだろう。
改めて口へと運ぶが、やはり先ほどの事が気になってしまって味わう事は出来ず。
「美味しいよ」
ただそれだけを口にするとクリエはしょんぼりとした表情を浮かべてしまった。
「ク、クリエ?」
「い、いえ……美味しくないならそう言ってもらった方が……」
「い、いやそんな事は……」
俺は慌ててそう言うとクリエは先程浮かべた表情のまま、自身の額へと指を向けた。
それが意味するのは恐らく俺の額にしわが寄っていたということだろう……。
なるほど、考え過ぎててその事に気が付かなかった。
「ごめん、実は考え事をしていたんだ……」
俺は一旦水を飲み、口の中をすっきりさせると再び食事へと手を付ける。
「折角作らせたんだ、味わって食べないと罰が当たるよ」
いや、作らせたのは貴女だからな? と思いつつも俺は確かに罰は当たるかもしれないとも思った。
今度こそゆっくりと味わって食べてみる。
猪の肉だ、硬いと思ったのだが、下処理をしっかりしているのか以外にも柔らかく……高級調味料である胡椒の味や香りが利いていて普通の焼肉では味わえないような美味しさがあった。
しかし、硬さがまるでないという訳でもなく、しっかりと歯ごたえもある。
うん……これは……。
「美味しい!」
先程と同じ事を俺は口にする。
すると、それを見て聞いたクリエが今度はほっとした表情になり、それは笑みへと変わり……。
「うへへ……」
嬉しそうに笑った。
うん、食事を作ってもらったんだから考え事はしない方が良かったな。
だけど、気になるのは変わらない。
魔法が使えないのは別にいい、だが魔力が戻らないというのは問題だ。
普通の魔法使いの場合、古代、神聖、問わず必要な魔力が足りなければ効果が落ちたり、そもそも魔法自体が使えない。
だが、今のクリエはそうじゃない……魔法を使えば確実にその身体に悪影響が出る。
じゃなければ魔力や魔法の知識に長けるエルフが魔法を使うなと言う理由が無い。
俺はその事を完全に失念していた……。
奇跡が使えないのだからそれで良いなんて甘かったんだ……。
「キューラちゃん……?」
「え、ああ……ごめん」
名前を呼ばれ、またもや考え事をしていたことに気が付いた俺はクリエへと謝る。
ついさっき、折角作ってくれたのにって思ったばかりだったのにな。
反省しつつ今度こそ味わって食べ始めようとし、その前にもう一度喉をうるおそうとコップへと手を伸ばしかけたその時――。
「――っ!?」
突然、視界の半分が奪われ、コップを取ることが出来ず、中に入っていた水をこぼしてしまった。
別に誰かが目の前に来たとか、ライムが悪戯をしたとかではない。
そもそもライムはそんな悪戯はしないし、今は俺の横で林檎に夢中だった。
……そう、本当に視界の半分……右目が見えなくなったのだ。
「ど、どうしたんですか!? もしかしてまた目が……!!」
クリエは慌てて俺の傍へと寄るとぺたぺたと右目付近へと触れる。
勿論感覚はある、問題はない……。
それに、いきなりで驚いたが、徐々に視界が戻って来ていた。
一瞬のことだったし焦るほどではないが、心配させてしまったか……。
そうは思うがまずクリエを安心させなくちゃいけない。
「大丈夫だって、ちょっと目にゴミが入っただけだ」
「風も穏やかなのにゴミが入るんですか?」
うぐ……。
「そう言えば、お嬢ちゃん医者に診てもらったのかい?」
「ええっと……」
そう言えば色々あって、診てもらいそびれたな。
この瞳の不調はアウクに会える証拠だと思っていたし、それほど気にしてはいなかった。
何よりあれから一度もこの症状になってはいなかったのだ。
忘れていたと言ってもいいだろう。
勿論、夢の話はクリエ達にはしていないし、分かるはずもない。
だが、俺が医者に言ってない事は気が付かれてしまっただろう。
「……キューラちゃん?」
「つ、次の村でちゃんと診てもらうから、な? それに痛い訳でもない」
「痛みが無くとも視界が奪われるんだ、魔物との戦いで死ぬかもしれないよ?」
そう言われると確かにそうだ。
今度こそ、ちゃんと診てもらおう……そう反省する。
なんだか、今日は反省しっぱなしだな……って思っていたところ。
「…………」
「クリエ?」
クリエが突然俺の瞳を覆う様に手を当てる。
何をしているんだ? そう思った次の瞬間、俺は背筋が凍る思いをした。
まさか……と思い。
「クリエ! これは怪我じゃない! 医者に診てもらうから!」
「そうだ! 怪我じゃないなら治すことはできないよ!」
俺がそう叫ぶのと同時にトゥスさんの焦る声も聞こえ……。
「傷つきしものに、大いなる加護を」
無情にもその言葉は紡がれ……瞳に暖かさを感じたその時……。
「クリエ!!」
俺の叫び声は虚しくその場に響き渡り……クリエはぐらりと揺れその場に倒れてしまった……。




