109 勇者?
石碑に描かれていたモノそれはキューラが夢で見た花畑にそっくりな光景だった。
そこに映るは英雄から剣を受け継ぐモノの姿……。
どういう事か、困惑する彼を村長ラルクは勇者と呼ぶのだった。
「勇者殿、返事はまだか?」
いや、間違いない……村長は俺の事を勇者って呼んでやがる。
どうして俺を勇者と呼ぶのかは理解できない。
だが、俺が言えることはただ一つだけだった。
「……ちょっと待てその変な呼び方は取りあえずおいておいて……村を救えってのはどういうことだ?」
「今この村はゾルグの貴族に狙われている……それも領主にな」
だろうな、貴重な物が取れるこの場所を放って置く貴族はいないだろう。
ましてやそれが高品質の武器の材料になるのならば余計だ。
「それはクリエが貴族に反逆するって事だが分かってるのか?」
クリエが実際に関わることが無く俺一人でどうにかしたとしてもばれたりすればどうなるか分からない。
「勿論だ、だから知恵を授かりたい」
「知恵って……それぐらいなら手を貸すのは構わない……でもな、はっきり言っておくが俺は勇者じゃないし英雄でもないぞ?」
例え勇者と呼ばれても俺は違う。
俺はただクリエを助けたいだけだ……正直に言ってしまえば彼女達勇者を犠牲にし続けてきた連中がどうなろうと知った事ではない。
だからこそ、俺はクリードの王カヴァリに俺自身が魔王にだってなってやると告げたのだから……。
「……そうか、ではキューラよ英雄から剣を授かりし者よ、知恵はないか?」
「…………」
そう言っても態度が全く変わってないんだが……しかし、考えようによっては此処で上手い事やればクリエの仲間が増えるって事か?
なら……手を貸すってのは良い。
だが、何か良い知恵と言われてもなぁ……。
「ちょっと時間をくれ」
「手を貸してもらえるなら当然だ」
彼はそう言うとやはりどこか優しげな顔を満足そうに歪めると立ち上がり――。
「神の子達も心配しているだろう、そろそろ帰ると良い」
「あ、ああ……」
俺は彼の言葉に頷きつつ、村長の案内の元部屋を……家を後にし宿屋へと向かう。
途中、その家が見えなくなった頃、家のあった方へと振り返った俺は――。
「何だったんだ……あの石碑は」
先ほど見た石碑の事を思い出し、無意識のうちにつぶやいた。
そして、次に思い浮かんだ風景はアウクが居るあの墓のある場所だ。
あれは何だ? 俺の夢と同じ場所? そんなまさか……ありえない。
って事は別にあの場所があるって事か? そして誰かが本当の勇者って事なのか? だとしたらクリエは……本当にただの神の子って事になる。
「……頭が痛くなりそうだ」
勇者、英雄、神の子、クリエに俺……一体なんだって言うんだよ……。
「はぁ……」
宿へと戻った俺はただいまと言う事もなくベッドの上に寝っ転がる。
そんな俺を見て心配そうに駆け寄ってきたのはクリエだ。
「も、もしかして酷い事されたんですか!? あの人キューラちゃんに一体なにを!!」
わなわなと震えるクリエは何を考えているのだろうか? 気になる所だが……。
「村で採れるアメルーだっけか? それを狙ってるらしいゾルグの貴族がな。それをどうにかして欲しいって言われた」
「商人の言う事では武力は無理なんだろう?」
確かにそう言っていたな。
俺はゆっくりと体を起こしつつ二人へと視線を動かした。
「だが、それはあくまで大事に出来ないってだけで人を攫ったり、人一人殺すぐらいなら出来るだろ?」
「そう、ですね……冒険者を雇ってしまえば解決してしまいます……」
クリエは俺が言った可能性を考えたのだろう、自身の身を抱く様にしブルりと震えた。
「でも、どうにかするって何をするんですか?」
「まさか大立ち回りする訳じゃないだろうね?」
クリエの疑問とトゥスさんの疑い、この二つに俺は一回首を横に振る事で答えた。
「策はないし、そもそも俺達が目立つようなことは出来ない」
そう、先程も思い浮かべた様に俺達の所為でクリエの立場が危うくなるような事は出来ないのだ。
かといって何か策があるか? と聞かれれば何もない。
さて、どうするか……だが……困ったことに何も浮かばないんだよな、これが……。
「救ってくれって言われてもなぁ……」
俺達が目立たない様にするにはあらかじめ罠を置いておくか何らかの策を立ててそれを村長に伝えるのが最適だ。
アメルーを狙ってこの村を手に入れたい貴族を欺く策……そんなものが簡単に浮かぶ……浮かぶ?
「なぁ……気になったんだが、例えばこの村にクリード王との取引をさせたらどうなる?」
「ん?」
俺がトゥスさんに尋ねてみると彼女は考え込み……。
「運搬のための商人はともかく貴族はおいそれと手が出せないね、なにせ王様と取引をするんだ。勝手なことはできないよ」
「なるほど、それなら無駄に争う必要はないですね!」
クリエは笑みを浮かべ喜ぶがこれにもまだ問題がある。
クリード王へと手紙を出すとしてそれが間に合うか、だ。
同時にこの村の村長や商人達にも伝え、納得してもらわなければならない。
だが、このままでは貴族に攻められてしまうだろう。
「よし! 早速伝えてみよう!」
全く何もしないというよりは良いはずだ。
俺はそう思い、村長に提案してみる事を決めたのだった。




