101 名もなき村キール
名もなき村……キールへと辿り着いたキューラ達は門兵に村長の元へと尋ねるように言われた。
何故か慌てた様子の門兵に疑問を感じつつもキューラ達は無事村へと辿り着き……。
商人ベルグの操る馬車により、村の中を進み始めるのだった。
「このまま村長の家までお送りしますよ」
商人ベルグは上機嫌で馬車を操る。
別に俺達を連れているからと言って何か報酬が貰えるという訳ではないはずだが、勇者達を連れているという事が嬉しいのだろうか?
だが、眠ったままのクリエへと目を移した俺は――。
「助かるよ」
彼にそう告げた。
クリエには寝れる内にしっかりと休んでもらいたいしな。
彼の好意にはまだ甘えておこう……それがクリエの害にならないなら、な。
「しかし、なんだい? この村は……」
トゥスさんは馬車の外へと目を向け、呟く……。
俺もつられて外を見ると其処には勿論、村人が居る訳だ。
しかし、面白い事に村人一人一人を見ていくと誰一人ボロボロな服なんて身に着けていない。
支援が受けれない以上、一人ぐらいはそういった人が居てもおかしくはない。
だが、一人もいない。
「言ったでしょう? この村には領主は手を出せていない。上納金などが無いんですよ……しかし、私達の様な商人とは交流がある」
つまり、さっき言っていた素材のお蔭で服や食料、備品なんかを仕入れれている訳か……。
「でもさ、それだとその素材の価値以下の物を売る奴だっているんじゃないか?」
恐らく……この商人は違うだろう、一部は魔物の餌食になってしまったが、ここにある食料はどれを見ても美味しそうだ。
保存食から、新鮮な野菜、苗に種まである。
「ええ、ですから……最初に交易を始めた商人達と村民の間でその素材、アメルーがどれだけ価値があるかが話し合われたそうですよ」
「なるほど……」
だから騙されないって事か、でも、最初の交易で良い商人に出会えるとはこの村の住民は相当運が良いな。
まぁ、それは良いとして……素材の名前が何処か人っぽいというか猫っぽいというか……気にしてもしょうがないか……。
「さぁ、着きましたよ」
商人の言葉と共に馬車は止まる。
俺はクリエの肩をゆすり、名前を呼ぶと彼女はやっとの様子で瞼を持ち上げ、眠そうな眼を俺へと向ける。
「村に着いたんですか?」
「ああ、今は村長の家の前だ……挨拶に行くぞ?」
俺の言葉に「はい」と口にしようとしたのだろうが欠伸と一緒に出た言葉は――。
「ふぁい」
何処か間抜けな感じになっており、それを自身で気が付いたのだろう、クリエは顔を真っ赤にし口元を押さえる。
「さ、さぁ! 行きましょう!」
そして、慌てた様子で馬車から降りた。
うん、今のは見られたら恥ずかしいのか……なのに裸に近い恰好は大丈夫というのは分からない。
ま、まぁ……俺としてはこのまま羞恥心と言うのがしっかりとしてもらえると助かる。
主に俺の心臓が持たないからな。
「本当にありがとうございました。そうだ、一つお伝えしたい事があります」
「ん? なんだ?」
これから商売に向かうのだろう馬車の向きを変えた商人は何か用件がある様だ。
もしかして、なにか問題でもあるのだろうか? そんな事を考えていた俺だったが――。
「この村には温泉がありまして、村人だけでなく旅人や商人なんかも自由に出入りが出来るんです。疲れを癒すには一番ですよ」
それを聞き、ピシリと言う音を立てて固まったのは俺だ。
何故かというと『温泉』というキーワードが出た瞬間、肩をクリエが掴んできたからだ。
俺は嫌な予感と共に首を動かす。
するとそこにはやけに嬉しそうな女性が居た……。
分かっている、温泉は良い物だ。
だが、しかし……ここに居る勇者様は温泉だから入りたいという訳ではないだろう……。
「キューラちゃん! 後で一緒に入りますよ?」
「待て、クリエ一人では入れるだろ? それに――」
「キューラちゃんは一人では入れないですよね?」
この会話を聞いて首を傾げたのは勿論商人、そしてトゥスさんだ。
当然だろう、この世界にだって風呂はある。
なくても水浴びなどは日常的にすることだ。
俺は確かに年齢より幼く見えるが――。
「これは、従者様には可愛らしい弱点があったのですね」
「違う! そういう意味じゃない!! 俺は――」
男なんだよ! そこまで出かかった言葉を飲み込んだ俺だったが、今のでトゥスさんは察したのだろう……。
「別に良いんじゃないかい? 気にしなくても」
と助け船を出してくれたように見えたが――。
「お嬢ちゃんが大変なだけだし、アタシはそれを肴にゆっくりと酒でも呑んでるかね」
「…………」
この人達は俺が元々男だと知ってこう言ってるんだよな? というか、トゥスさんはきっと信じてないよな?
健全な男が女湯に入る訳だぞ? 色々と問題だろ!?
そこまで考えた俺だったが、すぐにクリエの一人では入れないの意味を思い出し、がっくりと項垂れる。
そう……その通りだ。
クリエが居れば特権を使ってもらい貸し切り状態に出来るはずだ。
「キューラちゃん」
それを知っているクリエはワザとらしくゆっくりと俺の名を呼び――。
「わ、分かった……一緒に入るよ……」
俺はがっくりと項垂れた。
くそ、男のままなら何も考えず男湯に入れるってのに……一体どうやったら戻れるんだよコレ……。




