98 月夜
村へと向け歩みを進めていたキューラ達。
しかし、一日で付ける距離ではなく彼ら達は野営をすることになった。
食事を済ませた彼らは交代で見張りをすることになったのだが……。
パチパチと音を立て焼ける木とゆらゆらと揺れ動く炎。
野営を始めてから随分と時間が経ち、空はもう真っ暗になっていた。
俺の横にはうとうととし始めたクリエが居て彼女は時折、俺の肩に頭を預けてははっとし元の位置に戻していた。
「眠いなら寝て良いぞ?」
無理して起きていることはない。
そう思い彼女に伝えるのだが、クリエは眠そうな眼を擦り首を左右へと振った。
「ま、まだ大丈夫です……」
そうは言うが、限界にしか見えないぞ? って言っても大丈夫って言葉が返って来そうだな。
俺は先に眠っているトゥスさんへと目を向ける。
彼女は夜中の見張りをしてくれるようで先に眠っていたのだ。
俺はそろそろか? と思いつつ空を見上げるとクリエも俺に釣られ視線を上げた。
「星がいっぱいですね」
寝ぼけながら言っているからだろうか? 良く聞こえなかったが、何とか聞き取れた言葉に俺は「ああ」とだけ答えた。
本当に星が沢山輝いている。
こんな光景を前世では見たことが無い、そしてこの世界にもあった月は地球の物よりも大きく……その月はそろそろトゥスさんが指示した位置に昇ろうとしていた。
「そろそろ、トゥスさんを起こそう」
「…………」
クリエは言葉なく首を縦に振る。
やけに勢いがあるなと思い、俺は彼女の様子を確かめてみる。
すると彼女はゆっくりとこちらへと倒れ込んできた。
「って、無理はしなくて良かったのに」
「一人で寝るのが不安なんだろうね」
俺が呟くとそれに答えたのはクリエとは別の女性の声だ。
「トゥスさん、起きてたのか?」
「いや、ゆっくり寝させてもらったよ」
彼女はそう言うと身体を起こし、火へと木をくべる。
「お嬢ちゃんも寝ておきな」
「そうだな……」
明日もあるんだ、そうした方が良い。
俺はクリエを起こさないようにゆっくりと動かすと布をかける。
もう寝ようと思ったからだろうか、急に来た眠気に抗いつつ自分の布を手に取ったのだが――。
「お嬢ちゃん……」
「ん? なんだ?」
出かかっていた欠伸を押し殺し、俺はトゥスさんの方へと向く――。
「もう一度忠告しておく、あれはもう使うな」
「…………」
あれとは魔拳の事だろう……彼女の言っていることは分かる。
だが、同時にそれは俺の切り札が無くなるという事でもある訳だ。
「2回も使えた……確かに奇跡ではなくお嬢ちゃんは使いこなせるのかもしれない、だけどね。今は危険すぎるんだ」
「……ああ、気を付ける」
俺の言葉に深いため息をついたトゥスさんは、首を左右に振り――。
「アタシは忠告した、おやすみ」
呆れたようにそう口にした。
翌日、俺達は朝食を済ませた後道具を片付け再び歩き始めた。
「次の村まではどの位なんだ?」
ふと俺は気になり確認をしてみるとトゥスさんは地図を広げる。
「あと一日、野宿と言った所だね。馬車でもあれば良いんだけどそう上手い話は転がってないだろう」
結構遠いな、地球だったら電車や車で楽に移動できる距離なんだろうけど、当然この世界にはない。
もし、俺が転生ではなく転移だったらきっと身体にガタが来ていたのは目に見えて分かるな。
そんな事を考えながらも俺は前を向くと……。
「もしかして、疲れましたか?」
クリエは心配そうに顔を覗き込んできた。
「いや、出発したばかりだし、疲れては無いよ」
ただ、外に居ればそれだけ魔物に襲われる可能性だってある。
一応見張りは立てていても精神的な疲労は回復しないだろう……。
それは俺だけじゃないクリエやトゥスさんだって同じだ。
だからこそ、早めに着きたい、そう思った訳で――。
「進もう」
俺はクリエに歩を進めることを告げた。
それにしても今日は魔物が出ないな……一掃任務でもあったのだろうか? いや、それだったらゴブリンだって少なかったはずだ。
「変だね、魔物が全くいない」
トゥスさんは何かを警戒するかのように銃へと手をかけ、辺りを見回す。
やっぱり、何かがおかしいらしい。
俺も腰にある武器へと手を伸ばしいつでも戦える準備をしておく……と言っても実際には魔法を使うだけなんだが……。
「あれ……何でしょうか?」
「あれ?」
クリエも辺りを見回していたのだろう、何かを指差している。
「人、だね……」
トゥスさんが言った通り、そこに居る……いや、此方へと向かって来ているのはやけに服が汚れた人。
小太りの男性だろうか? 彼は俺達を見つけたのか力なく手を上げるとその場に倒れ込んでしまった。
「っ!!」
助けなくては、そう思った俺は思わず駆けだそうとすると不意に首のあたりに力が加わり――。
「ぐぇ!?」
変な声を上げてしまった。
というか、首が閉まった……身体が大きく揺れたからだろう、ライムは地面へと落ち――。
「ゲホッゲホッ!」
手をはなされ地べたへと座り込んだ俺はせき込むんでしまった。
そして、ライムと言えば太ももに乗っかり何かを訴えるように見つめてきている。
けどなライム……俺の所為じゃないぞ?
「トゥ……スさん、一体なにを……」
「不用意に近づくな、罠の可能性だってある」
いや、どう見ても緊急事態だろ!? そう思う俺とは別なのかクリエまで首を縦に振っている。
「キューラちゃんに何かあったらいけません、ゆっくり近づいて見ましょう?」
俺としてはクリエに何かあったらいけないんだけどな……。
しかし、そうかこの世界では何が起きるか分からない。例え怪我人に見えても実は元気で騙す為と言うのは確かにあるかもしれない。
とは言え今回のは警戒し過ぎだとは思うが――。
「分かった、でも問題がなさそうならすぐに助ける、良いな?」
俺はそう告げ、男性の元へ二人と共に歩みを進めた。




