95 急変
貴族へと報告をした一行。
ゴブリンの事件に終止符を打ったわけだが、貴族はどうやらクリエに話があるようだった。
いやな予感を感じたキューラとトゥスは話を切り、早々に宿へと戻るのだった。
翌日……。
「な、なんだぁ?」
ドンドンドンドン!! っと乱暴に扉を叩く音が聞こえ、俺は目を覚ます。
俺と同じようにクリエ達も目を覚まし、扉へと目を向ける。
そこに見えたのは壊れそうな位、叩かれている扉。
「ゆ、勇者様! 勇者様!!」
そして、聞こえるのは何かを焦っているかのような男性の声だ。
いやな予感がする……。
「な、何が起きてるんでしょう……」
クリエはベッドから降りると簡単な身支度を済ませようと横に置いてあった服へと手をかける。
そんな彼女を制し、俺は扉の方へと向かった。
「今起きたばかりだ。何か用があるならそのままそこで話してくれないか?」
「ああ、従者様! 実はお聞きしたい事が!!」
俺の声を聞き、どこか安心したかのような声にますます不安を感じた俺はトゥスさんの方へと目を向ける。
彼女も同じ気持ちなのだろう、黙りつつその瞳を細めた。
「なんだ?」
「け、今朝、立札が建てられたんです! そ、そこに……ま、ま…………魔王が攻めてきたと」
「っ!!」
俺の後ろで小さく息をのむ音が聞こえた気がした。
少なくとも、びくりと震えたのだろう微かな音は確実に聞こえたんだ。
「勇者様達は魔王対峙の旅をと……ゴブリンが現れ始めていたのもその影響だと!! 本当なのですか!?」
領主が何かを言いそうだったのは分かっていた。
そして、それが俺達にとって良い事でないこともだ……。
「……………」
「従者様! 勇者様! どうなのですか!?」
話をしなければ強引な手段には出ないだろう。
そう思っていた訳だが、俺の予想は外れた。
「……魔王は倒す、だから安心して戻ってろ、俺達は今日旅立つからな」
これではこの先の街でもこういうことがあるかもしれない。
貴族は何処までも勇者を追い詰めるつもりなのか……。
本当に自分達さえ助かれば良いという訳か……クリエはその命を犠牲にするってのにな。
「ああ、そうですよね、勇者が逃げるはずがありません……従者様せめて出発まではゆっくりとお休みください」
「……そうするよ」
そして、この世界の殆どの住人は勇者が犠牲になってきたという事実を知らないという奇妙な話。
もし、今までの事を話したら彼らは何て言うのだろうか?
貴族と同じように勇者に犠牲になれというのか? それとも俺達の様に犠牲をなくすため剣を取るのか……。
気になる所ではあるが、クリエの負担を増やさないよう口にするのは止めておこう。
「準備が済んだら行こう」
「ああ、このまま街に留まるのは嫌な予感がする……酒を買ってさっさと出る事にしよう」
酒は諦めないのか……まぁ、どうせ必要な物は買わなくちゃならないんだ。
そのついでに買えば良いだけだ、それに俺が飲むわけじゃないんだし、グダグダ言っても意味はない。
「その、キューラちゃん? 領主さんには……」
「挨拶には向かう……だけど――」
「だけど、どうしたんですか?」
クリエの顔を見ると不安というよりは怯えている様だ。
俺達が守らなければならない女の子……。
この子は何処まで勇者という呪いに追いかけられる羽目になるのだろう?
いや、そんな事を考えるな! 俺達が魔王を倒して奇跡なんて無くても脅威は避けれると示せば良いだけだ。
どっちにしろもう奇跡は起こせない、俺達が負けた時は世界の終焉になるかもしれないんだからな。
「なんでもない、行こうクリエ」
だけど、そんなことはどうでもいい。
俺は勇者でも英雄でもない……ただの従者――勇者を守り、勇者に付き従う者だ。
だからこそ、俺がしなければならないことははっきりとしている。
「例え何があってもクリエは絶対に守って見せる、安心しろ」
「アタシもついてるんだ、何も怯えることはないよ。どんと構えてな」
「――? は、はい!」
クリエは俺達の言葉を聞き、一瞬きょとんとするのだが、すぐに表情を明るくし笑みを浮かべるとそう返事をした。
それから、俺達はすぐに領主の館へと向かう。
通された部屋で耳にした話は――。
「立札にも書いてあると思いますが――」
「本当の事だ」
やはり、魔王の事だった。
これ以上隠そうとしても怪しまれるだけだろう、下手な事をしてクリエと離れ離れにされるのだけは避けたいからな。
素直にそう答えると領主は――。
「では、奇跡の力を――」
「待った……それは出来ない」
予想していた言葉に俺はすぐに否定の声を上げた。
「何故ですか?」
「魔王がまだ人の力で対抗できないとは決まってない。逆に対抗できる可能性がある」
俺の言葉に貴族は眉をピクリとさせ――。
「可能性?」
「俺は元々冒険者学校の人間だ。学校に居た時に魔王の配下を名乗る奴に襲われた……それは強力な呪いだったけど、俺には一切効果が無い。勿論その呪いは魔王の力だ……」
仮にも魔王と名乗る奴の呪いが効かない。
それは対抗できているという証拠でもあるはずだ……あの時はクリュエルが使った訳だが、魔王の呪いには違いが無いんだからな。
「なるほど……では、魔王は倒せると?」
「可能性としてはありえるんじゃないかい、それに下手に奇跡を使って後で困ることになるかもしれない」
トゥスさんの言葉に唸り声を上げた貴族はゆっくりと腕を組み考え事を始めた。
そして……。
「そう、言われると確かにそうだ。呪いが効かないという事はそれなりの魔力を持つ混血や力を持つ戦士ならば対抗できる可能性も確かにある……しかし、魔王がすぐに攻めてきたらどうする?」
「それに備えてこっちも仲間を集めたい、奇跡というが現状クリエは対抗できる人間が居るなら使うべきではないと考えている。それ以上の脅威が現れた時の為にな」
この話は勿論でまかせだ。
クリエも驚いているだろうが、はっきり言おう――肝心な部分が不透明だ。
魔王に対抗出来るとは限らないし、貴族の言った通りすぐに攻めてくる可能性がある……だが――。
「そうだな、お前たちの言う事は最もだ……しかし、急を要する場合は――」
俺は心の中で舌打ちをする。
こいつは何としてもクリエに何かを言わせたいらしい。
俺はゆっくりとクリエの方へと目を向ける。
彼女は不安そうな顔で俺を見て――何かを思い出したかのような顔つきになり――。
「その場合は奇跡を使います」
そう答えるのだった。