第五話 知りたい事、知られたくない事
アランが殺される三~四時間前王都レトランにいるブリナキアはウルナとヌンタンを逃がすために突然上空に現れたウロボロスと対峙しているところである。ブリナキアは氷華刀を抜き目の前で両手で氷華刀を構える、しかしウロボロスはただ上空でぐるぐると回っているだけだ。この時ウルナが鞄から何かを取り出す、人魔の腕輪だ、しかしヌンタンはウルナが取り出した人魔の腕輪を鞄の中へ入れろという仕草をする、ウルナはヌンタンのしぐさを見てしぶしぶ人魔の腕輪を鞄の中へといれる。ブリナキアが後ろを振り返る、魔車はただ真っすぐと進んでいるのが見える、ブリナキアはそれを見て安心したのかウロボロスのほうを向いて目を瞑る。ヌンタンは魔車の窓からブリナキアの姿を確認する。
「やっぱり…人魔の腕輪を使わずに魔族になってる…」
そうヌンタンが言うとウルナはヌンタンの顔を右手で押して窓からブリナキアの姿を見る。
「何も変わってないけど。」
「変わらないのが普通よ、ただ人間と魔族ではマナの量が圧倒的に違う、それを見ればわかるわ。」
そうヌンタンが言うとウルナは目を大きく開ける、そしてしばらくブリナキアを見つめた後ウルナはため息をつく。
「私にはマナが見えないみたい…」
ウルナがそう言うとヌンタンは頷く。
「見えないのが普通よ、マナは感じるものだから。」
ヌンタンがそう言った時ブリナキアの姿が突然消える、そして大きな物体が王都に向かって落ちていく、ウロボロスの鱗だ。王都に向かって落ちてきているウロボロスの鱗は空中で突然粉々に砕け散り霧状になる、綺麗な紫色の霧だ、しかしこの霧にはとてつもなく強い毒が含まれている。
ウロボロスの鱗が霧状になった時ブリナキアはすでにウロボロスの体の上に乗っていた、そしてブリナキアが氷華刀から左手を離し頭の上のあたりまで振り上げてそこから一気に振り下ろすとウロボロスの鱗が砕け散った後に出てきた紫色の霧が吹き飛ばされる。
「ここで時間を使うわけにはいかないの、分かる?」
ブリナキアがそう言ってもウロボロスは自分のしっぽを銜えてただぐるぐると回っているだけだ。ブリナキアはただウロボロスが回転して何もしてこないのが面白くないのかため息をつく。
「魔法が効かないんだったっけ?」
ブリナキアはそう言うと氷華刀を鞘に収めウロボロスの体に両手をつく、すると旋光と共に爆音が鳴り響き煙が上がる、そしてその中からウロボロスが落ちてくる、ブリナキアの魔法だ、そしてブリナキアの魔法が当たった場所から少し離れた場所までウロボロスの鱗がはがれてウロボロスの肉が見えている、そしてその肉は焦げている。ウロボロスはそのまま落ちていき王都の中にある湖に落ちる、ブリナキアは湖にウロボロスが落ちる寸前に後ろに飛び湖の前の砂地に足を付ける。その数秒後ウロボロスが湖から頭から出てくる、その頭の上には人が乗っている。
「一度戻り態勢を立て直すとしましょうか。」
そうウロボロスの頭の上に乗っている人が言うとウロボロスのいる場所の下に水色の渦が現れその渦の中にウロボロスとその上に乗っている人は消える。
「あ、宿に帰らないと…」
ブリナキアがそう言って地面を蹴るとブリナキアの体は一瞬の間で空へと舞い上がる、そしてブリナキアはそこから王都を見下ろす、この間ブリナキアは全く下へ向かって下がっていくこともなく上に上がっていくこともない、マナを使って今いる場所から動かないようにしているのだろう、魔族が得意とする飛び方だ。そしてブリナキアはウルナ達の乗っている魔車を見つけたのか一直線に北西のほうへと下へ向かって飛んでいく。恐らくブリナキアが着地するころには魔車はブリナキアの足元にあるだろう、ブリナキアが泊まっていた宿はこの大陸の西の方にある、そしてお城は南の方にあるそしてウロボロスがいたのは中央広場の方向だ、つまりお城から見て北にある。ブリナキアが飛んでいくとちょうどブリナキアが下りる場所に魔車が通る。ブリナキアは魔車の屋根の上でうつぶせになるそして下を向き魔車の中を覗き込もうと前に向かって進む、すると魔車の中に乗っているヌンタンとウルナの姿が見える。
ブリナキアは魔車の上で立ち上がり魔車が宿の前で止まったところで魔車から飛び降りる。その時ちょうど魔車の扉が開きウルナが下りてきた後ヌンタンが魔車から降りてくる。そしてヌンタンとウルナはブリナキアの姿を見て口を開けて驚いている、それはウロボロスと戦った事のあるアランから聞いた話から考えるとあり得ない話なのだ、アランは大勢の騎士で挑んだが霧のせいで仲間とはぐれてしまいその中で何人かがやられたと言っていた、しかしブリナキアはその霧が出てくる前にウロボロスに決定打を与え追い返すことが出来たというわけだ、だがウロボロスの鱗が砕け散り出てきた霧を払うことが出来ていなければ恐らくかなりの数の住民が巻き込まれて死んでいただろう。
「よく無傷で帰ってこられたものね。」
ヌンタンがブリナキアのほうを向いてそう言うとウルナは宿の扉を開けて宿の中へと入っていく。
「ブリナキア、その人も選挙に参加する人に使えてる人だから気を付けたほうがいいですよ。」
ウルナはそう言った後宿の扉を閉める、ブリナキアはウルナが言ったことの意味が分かっていないのか首を傾げている。するとヌンタンはブリナキアのほうを向く。
「いえ、今は使えてないわ、昨日あたりに辞めたの。」
ヌンタンはブリナキアにそう言った後にウルナの方を向く。だがウルナはヌンタンを信用していないようだ。それは一度ヌンタンに屋敷を襲われたことがあるからだ、確かに一度起こしてしまったことはどうにもできないのかもしれない。
ウルナはヌンタンのほうを向いて口を開く。
「本当にやめたのであればその証拠を見せてください。」
「分かったわ。」
ヌンタンはそう言った後にポケットに手を入れる、するとウルナは剣を抜こうと剣を触ろうとする。だがブリナキアはウルナのその手を止めヌンタンのほうを向く。ブリナキアがヌンタンのほうを向くとヌンタンは頷きポケットから破れた紙を取り出す。ヌンタンがポケットから取り出した紙には契約書と書かれている。この世界では契約書を契約者の前で破ることで契約の取り消しをすることが出来る、その場合契約をするときに渡されたものを相手に返さなければならない。その行為をするだけで相手の意思とはなく契約を無かったことにできる。だがこの方法で契約を取り消せないようにすることは簡単だ、契約書にこの紙は破ってはならないという項目を追加するだけでいいのだ。ところで話を戻すとヌンタンは契約書をすでに破っている、だからと言って契約を破棄した証拠にはならないのだ。例えば契約書を契約者の見ていないところで破る、これは契約を破棄したことにならない。ウルナはヌンタンのほうを向いて口を開く。
「契約書が破れてるからって契約を取り消した証拠にはならないじゃない‼」
「確かにそうね、じゃあみんなで元契約者さんに聞きに行くっていうのはどう。」
ヌンタンはウルナの方を向いてそう言った。しかしこの方法は自ら死にに行くようなものだ、何故なら契約を無効にしたということはその場で殺されていてもおかしくはない。だが契約を無効にしたにもかかわらずヌンタンは生きている、つまりこれはその場で了承を得て使用人をやめたということになる。しかしその了承を得てやめた上で自分が前までここにいたなどということを聞きに行くというのは馬鹿のすることだ。その場にその契約者と同じく選挙に出るブリナキアを連れていくこと自体が馬鹿のすることだ。私はこの人を応援するからやめたのだと勘違いされてもおかしくない。もしそうなった場合相手によっては無事ではないだろう。つまりいかないほうが賢いのだ。
ウルナは一度ブリナキアのほうを向く。ブリナキアはウルナが剣を抜けないようにしている手をどける、するとウルナがヌンタンのほうを見て口を開く。
「分かりました、付いていきましょう。」
「それじゃあ今から行きましょうか。」
ヌンタンはそう言うと宿の中にいる受付をしているソフィーの方を向いて口を開く。
「エリックという人はここに泊まっていますか。」
「その人ならここに泊まっていますよ。」
「なら案内してくれないか、私とそこの二人だ。」
ヌンタンがそう言うとソフィーはヌンタンのほうを向いて頷く。
「分かりました、では私の後をついてきてください。」
ソフィーはそう言った後、受付をしている場所から出て階段の前へと歩いていきそこで足を止める。ブリナキア達は宿の中へと入りソフィーの立っている階段の前まで歩いていく。
「そう言えばさっきまでブリナキアさんとウルナさんを待ってビドンメさんがいたんですよ、ああ後あの小さい鳥さん。」
「余計なことはいいさっさと案内しろ。」
「分かりました、それよりもあなたは誰ですか。」
ソフィーはヌンタンに向かってそう言った後ヌンタンに向かって短剣を抜いて突き立てる。するとヌンタンはそれに対抗するように剣を抜こうとする、しかしブリナキアのブラックミストによって剣とサックを固定され剣を抜くことが出来ない。
「分かった、それじゃあまずは剣を下せ。」
ヌンタンがそう言うとソフィーは短剣を下しサックに収める。
「そして私が誰かを説明しないといけないようだな…」
「ええ、誰かもわからない方を客人の部屋へ行かせることはできませんから…」
ソフィーはそう言ってヌンタンの顔を見た後にブリナキアとウルナの顔を見る。彼女たちも例外ではないということなのだろう。
「分かった、話そう、私の名前はヌンタンだ。」
「なるほど、ヌンタンさんですか、前に少し話を聞いていますしまあいいでしょう、付いてきてください。」
ソフィーはそう言うと階段を上っていく、すると階段の前に急に壁が現れる、そしてその壁の真ん中には一つのドアがある。そしてソフィーはそのドアに向かって指をさす。
「このドアの向こうにエリックさんがいます、彼もまた空間魔法の使い手なので…」
ソフィーはそう言うとブリナキア達の横を通り階段を下りていく。
「どうして彼女が奴が空間魔法の使い手ということを知っていたかということはさておき、この先がエリックのいる場所だ、奴は石を光らせることが出来なかった、つまり選挙に参加するべきではない人物だ。だから奴を、エリックをここで止めておきたい。そうすれば君が王になれる可能性も上がるだろう。」
ヌンタンはそう言うとエリックがいるとされる部屋への扉を開ける。するとそこには薄暗く、ただ長い廊下がある、その部屋の中は前にブリナキア達が止まったそれとは違っていた。
「さあ、突入だ。」
ヌンタンがそう言うとブリナキアとウルナより先にエリックの泊っているとされる部屋の中へと入っていく。ヌンタンに続きブリナキアが入る、しかし当たりの様子は変わらない。様子が変わらないということは部屋の中の人数が変わった時に発動する類の魔法はしかけられていないということだ。空間魔法と言えばその空間内の人数が変わった時に発動する魔法や、空間の形を変えたり、空間を別の空間へつなぐことを得意としている。そして空間魔法が属するのは無属性だ。
「奴のいるのは恐らくこの廊下の奥だ、だがそこへたどり着くのは困難だろう、もし私が足を引っ張るのなら置いていってくれ。」
「いえ、もしそうなったとしても置いていきませんよ。足を引っ張るからと言って人を切り捨てているようじゃ王になんてなれませんからね。」
「そうか、なら足を引っ張らないように頑張らないとな。」
ヌンタンはそう言いながら真っすぐと伸びている通路を歩いていく、すると突然その廊下の両端から一人ずつ人が現れる、するとヌンタンはサックから剣を抜き取る。その姿は焦っているように見える。
「戦うしかないんですか。」
ブリナキアがそう言うとヌンタンは頷く。するとブリナキアが仕方なさそうに鞘から氷華刀を抜く。そしてゆっくりと歩いていきブリナキアがヌンタンの肩を叩いた後ブリナキアの姿が消え、廊下に立っていたはずの二人が氷漬けになっている。そしてブリナキアが氷漬けになっている二人の間に突然現れる。
「空間がなぜか歪んでいます、ここにとどまっていては危険です。」
ブリナキアがそう言いながら氷華刀を鞘に入れ、ウルナとヌンタンのいるほうへと歩いていく。すると突然廊下に亀裂が走り、ちょうどブリナキアが立っている場所と、ウルナとヌンタンが立っている場所と出廊下がちぎれる。
「ブリナキア‼」
「私は大丈夫です、二人でここから先に出ていってください。」
「分かりました…必ず帰って来てくださいね。」
「わかった。」
ブリナキアはウルナにそう言うと廊下の奥の方へとゆっくりと歩いていく。ウルナとヌンタンはその姿を少しの間見た後に出口の方へと歩いていく。そのウルナとヌンタンの姿を追うかのようにだんだん亀裂が広がっていく。
ヌンタンは亀裂が自分たちのほうへとかなり広がってきているところを見る。そしてまずいと思ったのかウルナの手を取りヌンタンは入ってきたドアのほうへと進んでいく。しかし亀裂はついにウルナとヌンタンの足元にまで広がっている。
「ウルナ、あなただけでも逃げて‼」
ヌンタンはそう言いウルナの背中を強く押す。そしてウルナはヌンタンのほうを振り返らずにドアのほうへと走っていく。
そのころブリナキアは廊下の一番奥にあるドアの前にいた。そしてブリナキアはドアを開ける。するとそこには大きな部屋が広がっていて、その一番奥の方に机が置いてあり、その後ろに恐らくエリックが座っているであろう椅子がブリナキアのほうに背を向いている。ブリナキアはゆっくりと部屋の奥の方に置いている机のほうへと歩いていく。すると床が突然盛り上がり、元床だった場所が天井に当たる、しかしブリナキアは少し後ろにいたため何とか避けることが出来た。
ブリナキアがそのまま進んでいこうとすると後ろを向いていた椅子がブリナキアのほうを向く。その椅子にはエリックが座っている。
「やあ、また会ったね。」
「私は会いたくなかったんですけどね。」
「そうですか。」
エリックがそう言って机に手を置くとブリナキアの横に急に剣が現れその剣がブリナキアのほうへ向かって倒れる、ブリナキアはそれを氷華刀の入っている鞘で受け止める。
「貴方と会うのはこれで三回目ですね、今回は何を見せてくれるんですか。」
「お前は一体何をしてくれるんだ。」
「僕ですか、そうですね、本当の力でも見せてあげましょうか。」
エリックがそう言っていますわっている椅子から立ち上がり来ている上着を脱ぐ。すると魔女教徒が着ている服が見える。
「それでは、今からあなたを倒す準備に入りましょうか。」
エリックはそう言いゆっくりと机の前のほうへと歩いてくる。ブリナキアはその間に鞘から氷華刀を抜きとり、走ってエリックのほうへと近づいていく、するとまた床が天井へ向かって盛り上がる。だがブリナキアはそれを横に動いて避け、そのままエリックのほうへと走っていく。そしてエリックに向かって刀を突き立てる。
「もうヌンタンさんはあなたのもとで働いていないんですか。」
「さあどうでしょうね。」
「さっさと答えろ。」
「貴方が知ったところで意味はないですよ、ここで死ぬんですから。」
エリックはそう言い笑みを浮かべている、そしてエリックが後ろへ飛ぶのと同時にブリナキアが立っている場所へ向かって剣が落ちていく。するとブリナキアは床に手をつくすると一瞬ブリナキアの姿が消え、剣が一本床に刺さるのと同時にブリナキアの姿が現れる。そして剣はそのままブリナキアに向かって次々と落ちていく。そしてだんだんあたりにちりやほこりが舞い始める。
「これだけ剣が刺さればいくら魔族と言え死んでいるでしょう。」
エリックはそう言いながらゆっくりとブリナキアのほうへと歩いていく。そしてエリックがブリナキアのいるであろう場所まで歩いていったときにちりやほこりの中から突然手が出てきてエリックの顔をつかむ。
「引っかかったな‼」
「馬鹿な‼お前は死んだはず。」
エリックがそう言った時鈍い音が部屋中に響き渡り、エリックが部屋の壁のほうへと飛んでいき、壁に当たり、壁に無数のひびが入る。そう、ブリナキアが開いている手でエリックの腹を思いっきり殴ったのだ。そしてブリナキアは床に落ちている氷華刀を拾い鞘に収める。
「貴方は私の技を知らない、それゆえの敗北ですよ。」
ブリナキアはそう言いながらエリックのほうへと歩いていく。するとエリックが壁から落ち、立ち上がる。
「僕はまだ負けてなんかいない‼」
エリックはそう言いブリナキアのほうへと走っていく。そしてブリナキアに向かって右手を前に出すが左手だけで受け止められる。
「これだけの力の差があっても負けを認めないんですか。」
「黙れ、お前の力はこの球に封じ込めることが出来るんだろ‼」
エリックがそう言い左手でポケットから球を取り出す。しかしその玉はポケットから取り出すと割れてしまった。
「何故だ‼これはヘルがお前の力を封じていた球を完全にコピーしたものだ‼」
エリックはそう言いながら手の上で割れた球を見ている。




