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 彼らの犯罪が始まってからそれなりに時間が経つというのに、犯罪集団ゴクマの正体は、未だに不明だった。強盗、殺人、破壊工作。権力者や大企業に対して平然とそれらの犯罪を働き、しかも手口が派手だ。ある時は新築の企業ビルが爆破され倒壊し、ある時は大物政治家が磔刑よろしく裸のまま交差点に打ち付けられていた。複数の銀行が同じ日に立て続けに襲撃され、追跡した機動隊の半数が失われた。


 過剰なまでに暴力的で、破壊的。時として猟奇趣味さえ帯びて、その目的は不明。声明がないのでテロリストかどうかさえわからない。ただ罪を犯すためだけに、犯行を重ねているようにさえ思える。それがゴクマという連中だった。

 そんな事を考えながら、叉反は車を走らせる。

 カーラジオが引き続き現状を教えてくれた。二手に分かれた襲撃犯のうち、深田を攫ったグループは行方を眩ましていた。残って銃撃戦を行っていたグループは戦闘を切り上げて逃走、現在警察が追跡中。


 ひとまず叉反が追うべきは深田の行方だった。とはいえ、情報はない。警察でさえその行方を追っている最中なのだ。一介の探偵である叉反には、知る術がない。

別の切り口を探る必要がある。

 アクセルを踏み込んで、叉反は旧市街の道を急いだ。工場地帯を抜け、粗末な造りの安居酒屋や、いかがわしい店の立ち並ぶ裏通りへと向かう。どの店も昼間はまだ開いていない。しかし、それには構わず通りの奥まで進んで、叉反は車を停めた。


 建物と建物に間に人一人が入れるほどの隙間があり、そこに地下へと続く細い階段があった。体格の大きい叉反には少しきつかったが、そんな事を言っている場合ではない。足早に階段を駆け降りると、左手に店名の書かれたガラス張りのドアがあった。


 開いているかどうかはわからなかったが、店主は大概店にいる事を、叉反は知っていた。案の定、ガラス越しに照明が灯っているのが見える。ノックしようとして、ドアがわずかに開いている事に気が付いた。

――《Belladonna》

 いわば旧市街の中立地帯に当たるこの店では、どのような形であれ揉め事はご法度だった。もし禁を破れば、街中の組織から制裁を受ける羽目になる。事情は詳しく知らないが、まだ新市街が出来る前、店主と組織の古株達との間で取り決められたらしい。


 中に入る。一見すれば、どこにでもありそうなバーだ。ニ十席ほどのカウンターに、小さなテーブル席。カウンターの内側にある青い照明が仄かに光っているだけで、他に明かりはない。

「――誰だい?」

 店の奥から声が聞こえた。ビニールが擦れる音がして、カーテンの向こうから店の女主人が現れる。買い物帰りか何かだと、叉反は見当をつけた。


「まだやってないんだけど」

「俺です」

 叉反は言った。女主人とは顔見知りだ。向こうもすぐに気が付いたようだった。

「ああ、探偵。何? 何か用?」

「情報が欲しい。今すぐに」


 叉反の言葉に、女主人は曖昧な笑みを浮かべた。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してグラスに注ぐ。一口口をつけてから、言った。

「うち、そういうお店じゃないんだけどねえ」

「悪いがふざけている時間はない。金は出すから知っている事を教えてほしい」

 女主人の顔が、少し真顔に戻った。


「随分切羽詰ってるねえ。…………女?」

「依頼人の探し人だ。中年の男で、ついさっきゴクマに攫われた。テレビをつければわかる」

「あんまり見ないんだよねテレビ……。それと、やばい話ならお断りだよ」

「貴方に迷惑はかけない。手がかりが欲しいだけだ。刀山会の幹部で西島という男がいた。その男に近しかった者で、最近ナユタに来た人物を教えてほしい」


 女主人はグラスの水を少し飲んで黙った。顔からは笑みが消えていた。

「……さあ。知らないね、西島なんて。大体刀山会ってのは東京のヤクザだろ。なんでわざわざナユタまで来てるんだよ」

「西島本人は最近までナユタに来た事がなかったようだが、先遣として何人か信用できる部下を送っていた。後の刀山会の、勢力拡大の足かがりとして」


 そして、深田慎二を探し出すために。

「なんだ。そんな事を知っているなら、あんたのほうが詳しそうじゃないか。あたしに聞く必要はないだろ?」

「知っているのはそれだけだ。西島が部下を送っていたらしいという事だけで、どういう人物かまではわかっていない。だが、貴方なら知っているはずだ」


「なんでよ?」

「違う土地のスジ者がナユタで動き回るなら、ナユタの裏社会に挨拶する必要がある。他の土地とは違って、ナユタの裏社会ではフュージョナー系の組織のほうが強い傾向にある。そして、そういう組織に挨拶するなら、フュージョナーの構成員がよく出入りするこの店でコンタクトをとるのが一番早い」


 多少、まくしたてるような口調になったが、言い切って叉反は反応を見た。

 女主人は黙り込んでいた。グラスを手の中で弄びながら眉根を寄せていた。そのうちにグラスを呷り、中身を飲み干して叩き付けるようにグラスを置いた。

「知らないね」

 背を向けて、女主人は言った。グラスにもう一杯水を注ぎ、それもまた飲み干す。


「全然知らない。何も、全くわからない。とっとと帰ってくんない? 開店前だし、まだ寝てたいんだよ」

「名前まで教えてくれとは言わない。外見だけでも――」

「うるっさいな。知らないって言ってるだろ。あんまりぐだぐだ言ってると、いくらあんたでも警察を呼ぶよ」


 ミネラルウォーターを乱暴に仕舞って、女主人は煙草に火をつけた。背を向けたままだった。

 しばらく待ったが、彼女がこちらに振り返る様子はない。煙草の煙が暗い店内を漂っていく。

 迷惑をかけた。そう言って、叉反は踵を返した。彼女が何かを知っているのは確実だが、話す事はないように思われた。今だけでなく、これから先も。人柄の問題ではなく、危機管理の問題だ。どちらも悪くはない。叉反も、彼女も。


「――その攫われたって男はさ」

 ドアを開けようとした時、女主人が少し大きな声で言った。

「何かあんたにしてくれたわけ?」

「……いいや。だがもし追いつけなければ、依頼人は一生探し人に会えなくなる」

 女主人が深く息を吐いた。短い沈黙。金錆めいた煙草の臭い。


「新市街のイグニスってお店で働いている娘から聞いた事がある。一か月くらい前に見ない顔のヤクザが来たって。東京の人間で、えらく羽振りがよかったらしい。なんでかって聞いたら、自分には地獄の鬼がついてるんだって言ってたそうだよ」


――獄魔(ゴクマ)、だ。

「ありがとう」

 札入れから何枚か抜き出して、カウンターに置く。女主人は奥へ引っ込んでいくところだった。灰皿に押しつけられた煙草からは、まだ煙が伸びていた。


 店を出て、階段を駆け上がる。車は停めた場所にそのままあった。道の向かいで、帽子を被った作業着を着た男達や、すぐそばのビルの住人がこちらを見ていた。帽子のせいで作業員達の顔はよくわからない。だが、気にしている時間はなかった。

 キーを回して、ステアリングを切る。車をナユタ新市街へと向けて、走り出した。



 名前に反して、イグニスは穏やかな店だった。昼から営業をしていて、今の時間帯は客数もそれなりといったところだ。店長は席を外しているらしく、ホールの奥で仕事していた店の者に身分を明かして、話を聞かせてもらう事にした。

「ああ、あんたが尾賀さんね。探偵の。噂は聞いた事があるよ」

 バイトらしいホール担当の若い男が軽い調子で言った。


「……噂、ですか?」

「そうそう。ナユタで困った事があったら尾賀叉反探偵事務所に行けって。人探しから留守番まで引き受けてくれるってね」

「…………ちなみにそれは誰から?」

「誰だっけなあ。俺、この街来てからまだ日が浅いんだけど……。あのー、あれだ。(なみ)千鳥(ちどり)にあるでかいクラブの……」


「…………キングダムの志波(しば)?」

「そうそう! あのかっこいい人」

「………………」

 ……出所はわかった。今は捨て置くが早急に対策を立てなければならない。このままだと便利屋まがいの依頼が来てしまう。


「……それで、例の男に会ったというスタッフは?」

「ああ、そうでした。そろそろ出勤の時間なんですよ。あ、今来た。ほら、あの娘です」

 若者に言われて振り返ると、腕を組んだ男女が店の中に入ってきたところだった。女の恰好はそれほど目立つものでもなかったが、男は派手なジャケットを着ていた。女がおかしそうに笑いながら男にじゃれつくと、男も悪い気はしないようで銜え煙草をした口元をにやつかせている。角刈りにサングラス、背丈は西島ほどではないにしろ、がっしりとした体。


「あの男ですか?」

「ええ、東京から来たそうです。最近お見えになっていなかったんですが……」

 ちょっと怖いですよね、と若者は声を潜めた。直接は答えず頭を軽く下げて、叉反は男へと近付く。男女は話すのに夢中で、叉反に気付く様子はない。


「にしてもスズキさん、どうして最近来てくれなかったのお~?」

「仕事でよ、ちょっと青森まで行かなきゃなんなかったんだよ。でも、こうして会えたんだからいいだろ?」

 言いながら、男――スズキは女の臀部に触れる。

「やあだ! こんなところでえ」

「いいじゃねえか。お前こんな仕事辞めちまえよ。これから金がドーンと入ってくるからよ、俺が食わせてやるよ」


 げらげらと笑いながら、スズキは手近な席に着いた。女は着替えてくると言って男から離れ、店の奥へと消える。スズキの近くに、人はいなくなった。

 叉反はより歩を進めた。歩きながら、懐で機械を操作した。間近に来た辺りでようやく、スズキは叉反の接近に気付いた。

「……何だ? フュージョナー野郎」


 サングラスを軽く下げて、ヤクザ者は威圧的な視線を向けてくる。

「小汚え恰好しやがって。この店はてめえみたいな屑が入れる店じゃねえ。とっとと失せろ」

「病気の老人を撃ち殺した気分はどうだ、鈴木」

 感情を殺し、声を冷たく響かせる。半ば無意識的に、暗い声音になった。相手を見下ろしたまま、叉反は続ける。


「ベッドから動けない相手を殺した気分はどうだったかと聞いているんだ、鈴木」

 思ったより鈴木の反応は平静だった。短くなった煙草を消して、新たに一本つけ直す。

「……どうやら事情通みたいだがな、フュージョナー野郎。一体この俺に何の用だ?」

「ナユタで何をしていた」


 低い声で叉反は言った。

「西島はゴクマと組んで何をしようとしていた」

 その一言で、男の表情が一変した。今までの鬱陶しそうな態度から、殺気じみたものさえ感じる真剣な顔になっている。

「――あんまり嗅ぎ回らないほうがいいなあ、フュージョナー。でないと、お前だけじゃねえ、親兄弟まとめて消されるぜ?」


「計画書とは何だ」

 構わず叉反は言った。

「知っている事、全て答えてもらおうか」

 視線が交錯した。ヤクザ者は立ち上がり、食らいつけるほどの距離で、叉反を睨みつけた。

「場所を変えようぜ、フュージョナー。ゆっくり話せるところによ」


 ゆるりとした会話になどなるはずがなかった。路地裏に入った瞬間、鈴木の手に持ったダガーが閃いた。剣呑な武器だ。だが、取り扱い方はそれほどでもない。突き出されたダガーを持つ腕を掴み取り、壁に何度か叩き付けて手放させ、ダガーを蹴飛ばしてボディに一発入れる。すぐさま鈴木が殴り返してきた。頬に一発貰い、続けざま腹を殴られ、股間狙いの蹴りが上がる。左腕の腹で蹴り足を止め、その顔を右拳で殴り飛ばす。壁に叩き付けられた鈴木に、一気に詰め寄る。


 体ごと壁にぶつかる勢いで、叉反は鈴木を締め上げた。

「さあ、洗いざらい吐いてもらおうか。ゴクマと何を企んでいた? 計画書とは何だ?」

 胸ぐらを掴む拳がそのまま鈴木の首を圧迫する。痰が絡んだような息がヤクザ者の口から漏れた。相手はまだ折れていない。敵意に満ちた目つきはそのままだ。


「……っ糞野郎が。俺にこんな事をして、ただで済むと思ってんのか?」

「時間がないんだ。ちんたらやっている暇はない。それに、お前はこの後刑務所だ。親を殺した罪でな」

「証拠はねえだろ。俺がオヤジを殺したって証拠はよ」


「どうかな、取っ掛かりはいくらでもある。殺しの後に西島と話しただろう。奴の携帯から通話記録を遡れば、お前の携帯を特定出来る。使い捨ての電話だろうが、出所を探ればいずれお前にたどり着くだろう。同時に、当日のお前のアリバイも調査される。現場付近には、お前が処理し損ねた痕跡も残っているだろう。ナユタ市警には知り合いがいる。俺はそいつに、お前を引き渡すだけでいい」


 知っている事を話せ、と叉反は再び言った。

 鈴木が呼吸を整えた。殴られた顔を歪めながら、口を動かす。

「その様子じゃ、お前西島と会ったな? いつだ?」

「……奴が死んだ晩だ」

「そうかい」


 鈴木の顔に浮かんでいたのは、笑みだった。

「なるほど……。深田を逃がした探偵ってのはお前か。確かに西島じゃ敵わねえわけだ。図体だけのあの馬鹿じゃな」

「知っていたんだな。西島が死んだ事を」

「当たり前だ。だからナユタに戻って来たんだよ。これでようやく、俺のやりたいようにやれるんだからな」


 鈴木の体から力が抜けた。目の色が敵意ではなく、どこか弛んだものになった。

「嫌な野郎だった。大した頭もねえくせに言う事だけはでかい事を言う。周りの奴は皆自分の言いなりになると思っていやがった。だから、思い知らせてやったんだよ。本当に力を持っているのは誰かってな」


 鈴木が懐に手を伸ばす。胸ぐらを掴む手に力を込めると、ヤクザは両手を上げて見せた。片方の手で胸ポケットから煙草を取り出し、もう一方でライターを取り出す。火をつけて、美味そうに紫煙を吐き出した。

「俺は奴のようにはならねえ。バラけた刀山会をまとめて、のし上がる。逆らう奴は皆西島のようになる。俺らと、ゴクマの力でな」


「……ゴクマに西島を殺させたのはお前か」

「そうだよ。俺のほうが連中と上手くやってるんでな」

「何故急に俺に話した?」

「冥土の土産って奴だよ」

 鈴木の手が動いた。火のついた煙草が叉反目がけて飛ぶ。咄嗟に鈴木を突き飛ばして躱し、次いで腹部に衝撃を受けた。鈴木の靴の爪先が、鳩尾に食い込んでいた。


 体がよろめく。悠然とした動きで、鈴木が懐から拳銃を取り出した。

「これで終わりだ、探偵。あの世で西島とよろしくやるんだな」

 銃口が見えた。指の動きが見えた。屈んだ体勢からでは、蹴りを放つ事は出来ない。引き金が引かれる。その瞬間、身を大きく錐揉みに沈めた。

 銃声が響くのと同時に扇状に翻ったコートが音を立てる。砲丸投げのような勢いと共に、後部に重みを感じた。尻尾の一撃。節くれ立った蠍尾が、伸びた腕を巻き込んで鈴木の頭蓋に直撃する。


 およそ人間同士の戦闘を想定した相手には、予想外の一手であるはずだった。ふらついた鈴木の太腿にローキック叩き込み、側面蹴りで蹴り飛ばす。

 倒れたその手から拳銃をもぎ取って離れる。シグ・ザウエル。P220。少し古い型だが、ヤクザ者が持つには相応しくない軍用拳銃だ。西島達が持っていたものとはランクが違う。


 久し振りに銃把を握った。

「へ、へへ……」

 倒れ込んだ鈴木の口から、薄笑いが漏れた。体が反応した。シルバーの拳銃を鈴木に向け、両手で構えて射撃体勢に入る。

 ――遠い、過去の残像が目の前をよぎる。忌まわしい血の赤が。

「……っ!」


 その瞬間に、筋肉が硬直した。冷たい汗が背をつたう。

 自分が何をしているのか、瞬間わからなくなる。

「効いたぜ、フュージョナー野郎。さすがはあの尾賀叉反か」

 顔を腫らした鈴木が立ち上がる。頭を揺さぶられたはずなのに、西島よりもタフなようだ。鼻で息を吸い、吐き出して神経を落ち着かせる。相手はまだ動いている。現実から乖離している場合ではない。


「俺の事を知っているのか……?」

 銃を構えたまま、叉反は言った。鈴木の顔が笑みに歪んだ。

「てめえこそ忘れているみたいだな。二年前に一度会っただろう? ()地下(チカ)の〝阿片窟〟で」

 暗がりに充満する白い煙。現実と思考を失い、離脱感の深みに自ら落ちていく人々。その闇の中に身を置くだけで、自らも幻だと神経が摩耗していく日々。


「身内を一人失くして野良犬になった奴がいるって聞いたから会いにいったが、とんだ屑だった。腕っぷしがあって銃が使えるって話だったのに、どう見てもそんな事は出来そうにねえ。そう思ったんだがな……。何だよ、前評判通りじゃねえか」

 ふらふらになりながらも、鈴木は一歩こちらへ踏み出す。


「動くな!」

「は、はは。何だ、撃てるようになったのか? 一時は見るだけ吐いてたって聞――」

「黙れ。どうであれ、お前には関係ない」

「は、つれねえな……」


 鈴木が頭を抑えてうずくまる。煙草を銜え、火をつけて、ケースとライターを捨てる。ついでのようにポケットの中身を放り出すと、路面に大の字に寝っ転がる。

「まあ、いいや。どうせゴクマがうまくやるだろ。俺はしばらくゆっくりするぜ。頭が痛てえ」


 一口紫煙を吸い込み、吐き出すと、火のついた煙草を指で摘んで投げ捨てる。

「火ィ消しといてくれ」

 それだけ言って、鈴木は沈黙した。気を失ったのか、立ち上がる気配はない。

 叉反は銃を下した。一息つき、落ち着きを取り戻す。

 銃から全ての弾を抜き、銃弾をハンカチで包んで排水溝に捨てる。銃と弾倉もそれぞれ放り捨て、ダガーを探してそれも排水溝に隠す。


 それから散らばったポケットの中身を検める。煙草、ライター、財布。そして携帯電話。

 画面を見る。着信履歴に一件。時間はつい十分前のものだ。留守電にメッセージが入っている。相手は不明。番号はわかるが、名前は表示されていない。ボタンを押して、メッセージを再生した。


『――……旧市街の工場地帯にある十三番倉庫に来い。一時だ。次、電話に出なければ刀山会との取引は打ち切る。よく覚えておけ』

 野太い声だった。落ち着いて話しているようで、実は精一杯感情を抑えているようにも聞える。叉反は時計を見た。十二時半。倉庫ならあと三十分でぎりぎり着くかどうか。


 携帯を取り出して、叉反は警察へ連絡する。住所と、拳銃を持った暴漢に襲われた旨を告げて素早く電話を切る。鈴木の携帯を捨て、そこでようやく懐に仕掛けていた機械の事を思い出した。長時間録音可能なボイスレコーダー。そのスイッチを切った。

 鈴木は相変わらず起き上がる様子はない。その顔から少し離れたところで、まだ長い煙草が煙を昇らせている。


 踏み躙って火を消した。ここからナユタ警察署は近い。警官はすぐに来るだろう。

 踵を返す。土産は確かに受け取った。叉反は車まで走り出す。今のところ、糸は途切れずに追えている。このまま逃がすわけにはいかなかった。


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