黒の紙
「うっわー! 今年もすっげぇ量だなあ!」
どん、と床の上に手紙でいっぱいの木箱が置く。毎年毎年このくらいは届くが、やはりいつ見ても嬉しいものだ。黒サンタこと俺、エーテル・サンタクロースはまた外へと駆け出した。手紙で満たされた木箱がまだ何ダースも何ダースも、家から十メートルほどの郵便物用に空けてあるスペースに置いてあるのだ。
……今日はこれを読むだけで仕事が終わっちまうな。
俺ははひひひ、と悪童のように微笑んだ。
「エーテル、手伝おうか?」
白サンタのアルバス・サンタクロースが玄関に立っていた。白銀の柔らかな髪を三つ編みにした美青年である。ただ、彼の場合ふっくらとした頬が林檎のようにいつも赤く、そのせいか、美しい顔立ちでも人を気後れさせることのない、柔和な雰囲気があった。
「いいって。俺のが力仕事は得意だからな!」
「でも手紙がこんなに多いなら、手分けしたほうがいいと思うけど」
「そう言ってさー、俺の読む分の手紙を減らそうって魂胆だろ。お前はプレゼント選びしてろよー」
「んん? 僕は親切で言ってるのに、エーテルってば。……どうせ手紙は僕宛のが、ごほん!」
これ以上なく、わざとらしい咳だ。穏やかな顔をして、アルバスは(いけすかないことに)俺をからかうのを常としていた。
「畜生、白サンタだからって調子に乗り過ぎだっての!」
「はははは………ぶはっ」
アルバスの顔面に向かって雪玉をとばした。
「あっひゃっひゃっひゃ」
ざまあみろ! 俺は八重歯を覗かせて哄笑すると、走り出した。もうすこしで中天に届きそうな太陽は、きらきらと辺り一面の雪を輝かせていた。都会暮らしの雪慣れしていない人間ならば、目も開けていられない眩さだろう。
「やったな、エーテル!」
まだ、顎のあたりに雪の欠片をつけているアルバスもこっちに向かって走り出した。といってもいつも事務仕事ばっかりしているから、生まれたばかりの小鹿みたいにところどころで雪に足をとられていて、ものすごく遅い。
「のろま~っ」
「なっ、これは最近仕事をしていて、だね」
「言い訳不要!」
また俺は雪玉をこしらえて、アルバスに投げつけた。
「エーテル、君はいつのまにそんなに意地悪な子に……」
アルバスは雪玉を作ろうとしていたが、俺が続けざまにに雪玉を当てると背中を見せて逃げに徹した。時々、雪玉に当たって悲鳴とも奇声ともつかぬ声を上げつつ、アルバスは体力の持つ限り逃げ続けた。
「?」
そんな俺たちを不思議そうにトナカイたちが見ているのだった。
雪合戦が終わったのは二人が汗だくになり、正午を過ぎてからだった。さっきからアルバスは机に突っ伏して動かない。
「あー、疲れた。エーテル~水~」
喉元まで、『エーテルはお水じゃありません』という鉄板的台詞が出かかる。だが、俺も鬼ではない。流石にはしゃぎすぎたな、と思い、汲み置きしている水をコップに注いでアルバスの前に置いてやる。
「あ、エーテルが優しい。これは井戸の水が干上がるぞ」
鬼ではない俺も、カチンとくることはある。ふるふると早くも筋肉痛に苛まれているアルバスの手から、コップを引ったくった。目の前で喉を鳴らして、一息に飲み干す。
「ぷはぁ~、うまい。白サンタから取り上げた水は甘露よりもうまいぜ~、あっはっは」
「くぅっ。主よ、この凶悪なる黒サンタに天罰を与えたまえ……」
アルバスは伸ばした手を、ぱたりとテーブルの上に下ろした。あまり動かないなとは思っていたが、サンタでも運動不足は良くないらしい。まさかここまでとは…………。
対して俺はというと、健康的な汗をかいて一層清々しい気分になっていた。普段俺を言いくるめるアルバスが、俺の前で沈黙しているのをじっくりと眺めると、俺は家の外へ出た。
クリスマスも近い、貴重な時間を変なことに使ってしまった。大量の木箱を家の中に運びこんでいくと、冷静にそんな考えが浮かんだ。いや、俺のせいでは……ないけれど。だけれど何故か、罪悪感を感じた。俺はこう見えて仕事熱心で真面目な好青年のため、ときたま自分の責任ではどうにもならないことまで罪悪感を感じてしまう。……そういうことにしておこう。
いくつか運びこみ終わると、やっと力仕事はするべきでないと悟ったのかアルバスは昼食の用意をしていた。コーンスープの香りが玄関まで漂ってきて食欲をそそる。
「今日の昼御飯はなんだー?」
「今日はベーコンエッグとパンと裏の畑でとれた野菜のサラダ、コーンスープ」
「フライドポテトは?」
「ない」
「え~」
「朝にも出したでしょ」
「あれが俺の栄養源なんだよ……」
じゃがいもがまだ残ってたから、作ってくれるとばかり思っていた。あまりにショックで身体中が萎える。俺はとぼとぼとまた木箱を取りに外に出た。家に入ると、もう一度聞いてみる。
「今から作るんじゃ駄目?」
「うーん。もう僕お腹減ったしなあ。じゃあ、遊んだ分エーテルがいつもより働いたら、晩御飯に出そうか」
「えっ! 本当!? じゃあ、俺頑張る!」
自分でも目がきらきらと光を帯びるのがわかった。フライドポテト。それは万物を司る神が、人々の飢えを満たすためにお作りになった最高傑作。それの一欠片でも口にすれば、三百メートルの全力疾走さえも容易いエネルギーを吸収できる。嗚呼、フライドポテト!
俺は全力をもってして、郵便スペースに駆けると残りの木箱を全て積み重ねてそれを持ち上げた。
「このくらいっ……」
手紙とはいえ、ぎっしりと中身が詰まった木箱は重い。だが、俺なら出来る。大腿が負荷に震えつつも、俺は玄関口に木箱を運ぶことが出来た。
「わ~。エーテルって子供っぽいけどすごいよね」
アルバスが小声で何か呟いたが、俺には聞こえない。ソファーのスプリングを鳴らして座り込むと、もう手紙を手に取っていた。手紙には欲しい物か、悪い子供の名前が書いてある。サンタクロースは、この子供たちの手紙によってプレゼントと悪い子供を懲らしめるイタズラを決めるわけでは、ない。
こんな雪降るクリスマス直近の時期にそんなことがわかっているようじゃ、仕事なんて出来るもんか。実は、数多くいる天使たちと協力して子供たちの善行、悪行、欲しい物、全てを把握している。
じゃあ、手紙を読む必要はないのでは? だって? ふっ。
「ふふふ……」
拙い字で奔放に書かれた手紙は、どれもこれも微笑ましい。突拍子もない物をねだっていたり、家族の健康や幸せを願う孝行な内容があるかと思えば、悪い子供を密告する切実なものもあった。そして、その手紙の根底にはサンタクロースを慕い、頼りにする気持ちがあるのだ。俺は、サンタクロースとしてこれほど嬉しいことはなかった。自分達の仕事が、子供たちの夢を形作る一助となっている実感は、何物にも代えがたい。同時に、子供たちの幸せを願う者として手紙を読むのは当然のことだった。
「エーテル? 先に食べてるからね」
「うん~」
食卓にアルバスが昼食を運んでも、俺は見向きもしなかった。フライドポテトのことは置いといても、俺は集中すると空腹なんか感じる余白も無くしてしまうのだ。頭の全てを文字だけが占め、暫く俺は手紙を読むのに没頭した。
『白サンタさんへ、可愛くてあったかいコートをください』『食べきれないほどのステーキ!』『白サンタさん、トランペットください』『白サンタさんへ、』………………。
ときたま、とてつもなく芸術的な文字の手紙がある。その一つを、俺は暗号を解読するような心持ちで目を凝らして読んでいく。さっき親に代筆させたと思われる手紙を読んだばかりだったので、とてもではないが同じ言語を扱っているとは考えられなかった。近づけたり、遠ざけたりしてみたが、いまいち内容がわからなかった。おまけにずっと手紙を読んでいたせいで、眉間のあたりに圧迫してくるような疲労を感じてきて、目の前が霞んできた。
「うーん、なんだこりゃあ」
「さ、ん、た、さんへ、ねこ、をください。じゃないかな」
「わ、いつの間にそんなとこにいたんだよ」
少し肩越しに振り返ってみると、アルバスがソファーの後ろから手紙を覗き込んでいた。
「さっきの間に。そろそろ疲れてきたかな、と思って」
『まだそれほど仕事してないぜ?』と言いかけて、窓から夕日が差し込んでいるのに気がついた。
「昼御飯を抜いたから、もうお腹空いたんじゃない?」
「あー、そうかもな。うん、食べたほうがいいか」
俺は立ち上がり、読み終わった手紙の山を確認すると、黒サンタと白サンタの手紙の割合が十対一くらいだった。……ちょっと悲しくなる。
「アルバス、あのさ」
「白サンタの仕事は譲らないよ」
アルバスはにっこりと微笑んだ。こいつは白サンタのくせに性悪なところがあると思う。
「ケチ……」
「エーテルが黒サンタのがいいって言ったでしょ」
「そうだけどさ」
アルバスとサンタクロースの仕事をしていて、一回だけ黒サンタ、白サンタを交換したことがあった。でも、白サンタは子供の安らかな寝顔を見てまわるだけで、当日の仕事がなんだか物足りないのだ。黒サンタなら、阿鼻叫喚の乱痴気騒ぎを楽しめるというのに。その年クリスマスは、俺は肩透かしをくらった気分で、迎えることになった。アルバスは悪ガキ相手に慣れないイタズラをしてげっそりした顔をしていたのだったか。
一時の気の迷いなんてものはあるのだよなあ、と嘆息してみるとアルバスが「んん?」と訝しげに床を凝視していた。
「どうした?」
「いやー、テーブルの下に何か落ちてるからさ。……あ、これは手紙が破れてる。酷いなあ」
アルバスは屈んでそれを拾い上げると、俺を責めるように見た。くしゃくしゃに折れ、破れた紙片はくたびれた大人を連想させた。
「俺が破いちまったのかな!? うわあ、ごめんよっ」
聞こえるわけもないが、子供にむかって謝る。アルバスはそんな俺を尻目に、丁寧な手つきで紙片の皺をのばして広げた。そして、さっと目を紙片に走らすと小首を傾げた。
「ねえ、この手紙、ほとんどの部分がないみたいだよ」
「そうなのか?」
小さな紙片を、額を寄せあって覗きこむと、辛うじて一文が紙の上におさまっているだけだった。曰く、
「僕のクラスに悪い子供がいます……か」
本来あるべき、宛名や子供自身の名前はなかった。紙片は白い以外に特徴もなく、鉛筆で書かれている。
「流石にここまで欠損してるとなると、元から欠けてたんだろうね」
「じゃあ、子供を割り出しとかねぇとな。どの箱に入ってたかな」
手紙の木箱は地区ごとにわかれて郵送される。でも、この手紙はどれに入っていたのかよくわからない。俺が中身に手をつけた木箱は、三十二箱中の二十箱。あまり範囲が絞れない。
「とりあえず作業は中断して、晩御飯にしよう。折角準備したのに冷めるといけないから」
アルバスは俺の服の袖を引き、食卓を指差した。ニンジンや鶏肉の入ったシチューが、陰ってきた室内に白く湯気をたてている。そして、食卓の中央の皿にはフライドポテトが山盛りに……!
「アルバス、お前ってやつは天界の料理長にだって劣らないよ」
俺はアルバスにハグして、食卓についた。アルバスも座るのをじりじりしながら待って
「いっただーきま~す」
十字を切ってフォークとナイフを構えた。
「主、願わくば我らを祝し……」
俺がフライドポテトをつまみ始めても、アルバスは最後まで食前の祈りを言うまで食事に手を出さなかった。とりわけ俺が不信心なわけじゃない。俺の心にだって主への信仰は深く根付いている。ただ、俺は黒サンタ。主を困らせるいたずらっ子の役目を負う者。あんまり形式ばったことは好きじゃないんだよ。
「……アーメン」
アルバスは澄みきった表情でそう言った。アルバスは讃美歌や祈りの言葉さえ口にしていれば、充分聖者然としている。白いし。
「どうしたわけ、口にケチャップつけたまま呆けて」
サラダを取り分けながら、アルバスは猫のような笑みを浮かべた。
「なんだよ、いいだろ別に」
俺は唇の周りを嘗めてみたが、全然ケチャップがとれた気がしなかったので手で乱暴に拭った。
「ただお前って本当に白いなあって」
アルバスは意外だったのか、目を瞠った。「へえ?」もぐもぐとトマトを咀嚼しながら興味深そうに相槌を打つ。
「なんか、サンタクロースになる前のお前って想像できないんだよな。生まれたときから真っ白だったんじゃねえの」
「まあ、肌は白かったよ。髪も……色素が薄いほうだったかな。ただ、こんなに白くはなかったし、目は碧眼だった」
どことなくアルバスの視線が宙を彷徨う。その目は冬の月明かりに輝く雪のようで、白く、微かに水色が溶けている。遠い昔でも思い出しているのだろうか、暫くアルバスは黙々とシチューを口に運んでいた。
「……暗いね、ランプ点けようか」
「ああ、ありがとうな」
戸棚のマッチを取りにいくアルバスの様子に、違和感を感じた。もしかして、嫌な思い出でも掘り起こしてしまったかもしれない。サンタクロースになる前のことなんてずっと昔だから、こんな反応をされるとは思わなかった。それとも、遠い記憶のことだからこそ、気にしてしまうこともあるのだろうか。
しゅ…………かちゃ、ぼぅっ。
ランプに照らされて、アルバスが戻ってきた。食卓の空いているところにそれを置く。ちらと顔を盗み見ると、ランプの炎のせいかいつもよりも恐い顔をしているように見えた。
「白は好きだけどさ、たまに人から疎んじられる色じゃない?」
やっとアルバスはまた口を開いた。けれど、俺にはいまいち言わんとする所がわからない。
「潔癖すぎる色だと思わない?」
珍しく躊躇うような口調だった。白。アルバスが主から与えられた色。
「そう思う奴もいるかもしれないな。でも、お前が気に入っていればいいんじゃないか」
自分でも当たり障りのない言葉が出たと思った。けれどこれが本心で、これ以上に言いようがない。言葉は無駄な装飾をつけすぎると、簡単に虚言に成り下がってしまう。
「……うん」
アルバスは今度は卓上に目をやった。サラダの器は空に、シチューとパンが残り僅かになっていた。
「いや~、ずっと白を受け持ってるとたまにわからなくなる。あれだよ、愛し合う恋人であってもときにケンカやすれ違いを味わうようなものだね」
一転して陽気に訳のわからないことを言い始めた。
「なに言ってんだよ、お前」
俺は最後のフライドポテトをフォークで貫いた。そういえば、アルバスはポテトを食べただろうか。……特に気にしていない風なので、俺はそのまま黄金色をした至高の食物を噛み締めた。
「僕もだんだん白以外の良さがわかってきたってことだよ」
パンで残りのシチューをすくいとり、綺麗に平らげるとアルバスは食後の祈りを始めた。言葉に何か含みがあるのはわかるのだが、暗にアルバスが何を言いたいのかはさっぱりだった。軽く目を閉じ、今までに何百何千と口にした祈りをまた唱えるアルバスは、白サンタのアルバスに違いない。だが、白サンタでないアルバスも存在したのだ。過去のなかに。
「ごちそうさま」
わかんねえものはわかんねえけど、結果としてアルバスが『白以外の良さ』がわかったって言うなら悪いことじゃないんだろう。
俺は皿を集めて、台所で手桶に水を掬い、皿をそこに投入した。今日は家事という家事をアルバスに任せきりにしてしまったので、皿洗いくらいはやってやろうという俺の気遣いだった。それに、皿洗いは嫌いじゃなかった。石鹸で泡をたてて、じゃぶじゃぶ水音を立てると、鼻歌でも歌いたい気分になってくる。これで水が凍る寸前の冷たさなら、本当に歌っていただろう。
「冷た……」
皿を拭き終えると、すぐに暖炉の前に直行した。暖炉は俺が手紙を読んでいたソファーの向かい側の壁にある。当たり前だが、そのため煙突がこの家にはある。(俺は煙突から出入りしたことはない。煤だらけになっちまう)
「エーテル、手紙のこと忘れてないよね」
そうそう手紙である。すっかり全く悉く忘れていた。そそくさと暖炉の前を辞去し、件の手紙のあるソファー前のテーブルに行く。
「どう? 送り主を探れそう?」
食卓でアルバスはまったりしていた。日中、どうしていたかは知らないが仕事は終わったのかこいつ。
「俺は黒サンタだぞ。あまねく子供たちの願いを聞き届ける義務がある。俺なら子供の一人や二人、すぐに特定できるっての」
俺は手紙を手に持つと、もう一方の手で鉛筆の文字を撫でた。撫でたところから文字が崩れ、砂のように紙の上を滑り落ちる。ただし、床の上にはこぼれ落ちずに、黒鉛の粒は俺の周りをゆっくりと回り、漂った。全ての文字を崩しきると、粒を一点に集めさせた。どんな形にしてやるか、悩みどころだった。俺の思案と同じく黒い塊がもごもごと動く。
サンタクロースは何か困ったことが起きたときのために、まじないを使うことが出来る。俺は黒サンタだから、黒いものならば呼びかけをして従わせるまじないが使える。アルバスは白いものを従わせる。だから、あいつなら雪を思いのままに操ることだって可能だ。まあ、あいつは仕事意外では絶対にまじないを使わないけど。俺ならでっかい雪だるまや雪ウサギを軒先に作るのにな。
いつのまにか黒い塊がウサギの耳を生やした雪だるまになりかけていたので、慌てて俺は他のものを思い浮かべた。黒い塊は蠢くのを止め、一つの形へと落ち着く。二本足で立ち、姿勢よく佇むこいつは、ジンジャーマンを模した人の形。
「はら、ノワール来な」
「え、もう名前つけたの? しかも安直な」
「ほっとけ、いいだろ」
ノワールは差しのべた手に遠慮ぎみに乗った。手紙の差出人もこんな子供なのかもしれない。ちょん、と顔をつつくと指を掴んで小さい子のようにいやいやをした。可愛い。
「お前を書いた人はわかるかい」
怯えさせないように、ゆっくりと問いかけた。ノワールは頷くとテーブルに飛び降りる。真っ白になった手紙を置いてやると、ノワールはその上を歩きまわり、手から黒鉛の粒を落とした。
『ジス』
大きく、それだけが紙の上に書かれた。ファーストネームだけ。ノワールはつい先日文字として生まれ、俺から自我を与えられたばかりだから、記憶がそれほど鮮明ではないのだろう。ジス。……男の子だろうか。
「うん、わかった。じゃあお前が入っていた箱は、どれだかわかるかい」
ノワールは大きく頷くとテーブルの上で助走をつけて、一つの木箱に飛び込んだ。まだ三分の一ほど手紙の残る箱の中で、ノワールは遊泳するように動きまわる。箱にはA地区の四ー三ブロックと刻印されていた。
「ふうん……」
名前の一部と、だいたいの住所。わかったことはこれだけか。
「書類をみれば何人かに絞れると思うよ」
アルバスはそう言うと、欠伸をした。
「つっても、誰が悪い子供なのかはわからないだろ」
俺はニヤリと片方の口角だけを上げた。
「俺、ジスに会いに行こうかな」
「えー、君は街に出たいだけだろ。いけないよ」
「ばーか、んなわけないだろ。直に子供の声が聞きたいって思ったんだよ。ノワールだって、ジスに会いたいだろ?」
木箱からノワールを拾い上げると、ノワールは嬉しそうに手足をぱたぱたさせた。
「ほら、見ろよこの嬉しそうなノワールを」
「……すぐにいろんなものに感情移入するんだから。言っても聞かないんでしょ。僕が明日までに調べとくから、行ってくるといいよ」
「よっしゃ!」
嬉しさのあまり飛び跳ねると、ノワールが落っこちそうになった。俺がノワールを支えようと動くと、余計に揺れて、俺はぎゃあぎゃあ奇声をあげる。
一段落して、やっと安定した状況に落ち着くとアルバスが机に突っ伏して震えていた。
「うわ、アルバスどうしたんだよっ」
「や、本当、君たち、何て動きしてんのさ……ふふふふふ」
腹がよじきれるのではないのかと思うほどアルバスは笑い続ける。基本、サンタクロースなんていうのは愉快な奴なのだ。