表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

それからと言うもの、何故か毎日会う彼。

 内面外面ともに完璧な風峰くんの欠点とはいったいどこだろう?

 欠点が無いところが欠点だとか?


 もし私が彼だったら、人から望まれる完璧優等生であり続けるのは息苦しくて退屈な日々だろうな、なーんて思っていたのだが、最近その皆に優しくていつでも笑顔の優等生くんに変化がおきた。その完璧無敵な勇者の武装が解かれはじめたのだ。

 イイのかな?

 私は彼の満面の笑みを見ながら、ため息を付いた。

 彼がその地位を築き上げるまでには、相当な努力と忍耐が必要だっただろうに。



 

 ことの始まりは、彼がお昼休憩に私の教室に来た事からだった。

 廊下側の席の私は、後ろの席のシノちゃんと机をくっつけてお弁当を開いていた。お昼は換気のために教室の全窓を開けることになっているのだが、私は廊下から声をかけられひょいと振り向けば、風峰くんが布袋を持ってちょっと来てもらえる? と後ろの扉を指差していた。

 わざわざ廊下に出て対面して目立ちたくないし面倒だった私は、席を離れず彼の用事を察して手を出した。窓越しに。


「これ有難う。真央くんに返しておいてもらえるかな?」


 渡された布袋の中身は真央の体育ジャージ。

 私が風峰くんの例の秘密を知った朝、まさかの大呆けで服を失くしたらしい彼は、そのままの格好で帰るわけにもいかず、私は学校のジャージを貸そうか? と聞いたのだ。


「何で美琴のジャージ?」

 

 思春期な真央はだいたいいつもちょっと気怠そうに嫌そうにすることが多いが、本気で眉を顰めてる。私だって思春期だが、真央ほど繊細じゃないので何期も関係なくいたって変わらない。


「だって私のズボンは絶対入らないでしょ? 巻きスカートなら調節できるけどさすがに着たくないだろうし、ジャージならウエストゴムだから伸びるよ! 履ける履ける。袖と裾は捲くってごまかして、上はファスナー締めないで羽織えば良いんじゃない?」


 私ってばナイス。ジャージにブーツは変な組み合わせだけど、早朝で人もそんなに居ないから気にするな。気にしなければ気にならない。それなのに真央は首を振った。


「僕の貸す」

「え? 靴? 無理じゃない?」

「僕のジャージ!」


 サイズ、私のとたいして変わんないよね?

 私は真央に向けていた視線を彼の頭部に移動させる。平均的よりちょっと高めの私と五センチしか変わらない身長。高一男子として特に低いというわけではない。だが高二男子の中では極めて高い部類の風峰くんにとっては、私のジャージも真央のジャージも同じように小さいだろう。


 冷たい視線の真央が目を細めたので、とりあえず私は黙る。


「じゃあ取ってくるから少し待ってて」


 なんで僕がこんな事、とぶちぶち言いながら足早に神社の敷地内にある家へと急ぐ真央。そんな文句言うなら私の貸すのに。ね? 変な子。と風峰くんに同意を求めたら、彼は曖昧に微笑んだ。

 何だ。思うことはハッキリ言ってくれ。

 そうは思いつつも私も聞かない。どう反応するかは彼の自由だし一々思ってることを口にしてられないしね。そりゃそうだ。


「マオ、くんと仲良いんだね。姉弟だったんだ」


 同じ苗字で同じ神社が家なので、言わなくても知っている人は知っている。あ、神社のとこの姉だ。弟だ。という感じで。でも校内の情報はたいてい把握してそうな風峰くんは知らなかったようだ。噂好きな雰囲気でもないしね。


「うん、そう。私の可愛い弟」


 仲良しだと言ってもらえたので、私は胸をはって答える。


「弟、ね」


 真央の小さくなった後ろ姿を見送りながら、風峰くんが首を傾げる。それは、私達二人がそんなに似てないからだろうか。

 少しくせっ毛で明るい茶目の私に対し、真央は真っ直ぐな黒髪で漆黒の瞳。共通していることといえば色白なことかな。私は頬が赤くなりやすいからか血色が良いって言われるけど、真央は中性的で神秘的って言われている。同じ色白なのにずるい。

 

 そんなこんなで私の手元に返ってきたジャージなのだが、真央に直接返すには他学年だし、私の方が渡しやすかったのだろうか。

 彼を取り巻く女の子たちが興味深そうに私と袋を見比べるので、私は弟のだと強調しておいた。


「それでね、今日一緒に帰らない?」


 はい? 何とおっしゃいましたか?


「真央くんに何かちょっとした物をお礼したかったんだけど、何が良いか迷ってね。境木さんも一緒に選んでくれないかなと思って」


 なんて律儀なんだ。

 そんなの気にしないでと断っても彼は是非にというので、私は真央の好きな物を思い浮かべる。果物や料理は論外だからお菓子だろうか? 食べ物じゃなくても良いはずだが、そればかりが私の頭に過ぎる。


「プリンかチーズケーキ、あとシブースト」


 わざわざ一緒に買いに行くまでもない。

 コンビニのプリンで充分だよという私に、彼は「シブースト?」と聞き慣れないように繰り返す。

 そうか、男子は普通ケーキの種類にそんなに詳しくないよね。真央もたまたま私と一緒に食べて気に入ってるだけだし。

 ねぇまだ? と言いたそうに女子の一人が風峰くんを見ている。だから、もうプリンで良いんじゃないかな?


「じゃあプリンにしようかな? せっかくだから、真央くんの好きなお店教えて?」

「え、入り組んでるから口頭で道説明するのは難しい」


 我が家お気に入りの洋菓子屋さんは閑静な住宅街の路地にある。そもそも、お礼される程じゃないんだから、わざわざ良いよ。


「じゃあ、案内してもらえる? また帰りにね」


 そう言い残して彼は片手を振り、私は自分の思惑から外れてなぜか一緒に洋菓子屋さんに行くことになってしまった。解せない。

 は! まさかこれは口止め料なのか!?


「何か面白いことになってるわね~」

 

 シノちゃんがぱっちり二重の大きな目をきらりと輝かせる。


「ねぇミコ、知ってる? 勇者さまってば、今朝剣道部の主将に魔王って呼ばれてたらしいわよ?」

「えっと、何で?」

「さぁ? 反乱でもあったのかしら?」


 可笑しそうに小さくぽってりした唇を持ち上げる。美少女の企み笑顔は魅力的だ。目の保養。


「それで? 勇者と何があったの? なんでジャージ?」

「えっとそれはですねぇ。風峰くんがうちの神社に来てた時、服が……服が、んー、とりあえず服が必要になったから、真央がジャージ貸したの」

「……何か色々端折ってるわね」

「ま、いいじゃない?」

 

 放課後、風峰くんが教室に迎えに来たので私は慌てて反対側の扉から出て、追いかけてきた彼と一緒にプリンを買いに行った。

 気持ち的に遠い道のりを経て家に帰り着き、真央に「風峰くんがお礼にって」と渡したら、不審そうに箱を見るだけで寄り付かなかった。冷蔵庫に入れておいた中身は夜には消えていたけど。





 その翌日。

 風峰くんはまたもややって来た。

 廊下からひょいと頭がのぞき、私は今まさに食べようとしていた卵焼きを口に入れきれずポロリと落としてしまう。運良くお弁当箱の蓋の上だったので、救われた。私の好きな甘い卵焼き。床に落ちたら悲しくて恨んでしまうところだ。


「うちの家の人も、あのお店の”雪どけぷりん”美味しかったって」


 それは良かったです。ご丁寧にご報告有難うございます。


「うちの弟もわざわざお礼の品を有難う、気にしなくて良かったのにって」


 実際、真央はこれとは違った言い方をしていたが、私は大意を訳して伝える。真央のツンな言葉をそのまま伝えたら誤解されちゃうからね。

 

「それで、シブーストなんだけど」


 挨拶だけかと思ったのに、話はまだ続くらしい。

 私は向かいに座るシノちゃんと目を合わせる。彼女はにっこり笑うと「お構いなく」とお弁当を食べ始めた。酷い。何か見捨てられた気がする。

 だけどシブーストって何? という風峰くんの問いに私はそのクリーミィな味が舌に蘇り、ご機嫌に説明を始めた。

 

「パイ生地の上にね、カスタードとメレンゲを混ぜたクリームを重ねて、表面をキャラメリゼしたケーキの一種だよ。リンゴとか桃とか入ってるのも美味しいし、紅茶風味も私は好きだよ」


 あぁ食べたい。真央の好物だが、私の好物でもある。


「とっても美味しそうだね。じゃあ今日はそれ買って帰ろうかな。あと他に何かお勧めある?」


 そうだなぁ。私としては色とりどりで可愛いマカロンも好きだけど。

 廊下に「まだぁー風峰ー!? 俺腹減った! 早くしねぇと席なくなるぞ~!」と声が響く。食堂にでも行くのだろう。「悪い、今行く!」と返した彼は「じゃあまたね」と私とシノちゃんに手を振る。


「また、放課後にね。その時にお勧め教えて?」


 言葉通り放課後に昇降口で出会った彼はお勧めを聞いてきて、私の帰り道の近くにあるその洋菓子屋さんに行くのだから、自然と途中まで一緒に歩くことになった。

 なんだろう? 納得がいかない。

 風峰くん自転車通学なんだから、乗って一人で先に行けば良いのに。いや、でも、彼の言うとおり途中まで一緒なんだから、送っていこうという武士道? 騎士道精神?

 そういえば部活はどうした!? サボりか!? 品行方正な勇者がそれでイイのか!?





 

 そしてその翌日。

 今日も彼は現れた。今までこんなに接点はなかったのに急にどうしたと不審に思った私は、今まさにヘタを掴んで食べようとしていたミニトマトをお弁当箱に戻した。

 シノちゃんもクラスメイトも流石に三日連続のことなので、好奇心に満ちた視線を送ってくる。お昼休みにちょっと会話してるだけだが、それが我が校の剣道部が誇る『勇者』さまなので注目を集めてしまうようだ。やれやれ、彼はいつもこんなに人の注目を浴びて疲れないだろうか。

 今日風峰くんを取り囲んでいるのは、男女混合のグループだ。今日も食堂だろうか? 先に行っててと彼は友人らを促す。それが予想外だったのか数人が困惑して私とシノちゃんと風峰くんを見比べる。「んじゃ後でな~。お前の席とっておくから」と一人の男子生徒が歩き出し、それに彼らは続いた。


「神社に納める粗品なんだけど」


 なるほど。今日は正に私のアドバイスが必要のようだ。巫女さんが近くにいれば神社のことなのだから巫女さんに聞きたくなるだろう。遠慮なく集まっていた視線のほとんどが、なぁ~んだとばかりに外される。

 だけど勇者ファンの女子達は、ちらちらっとこっちを見ていた。気になるならコッチに来れば良いよ~。おいでよ~。


「それで和菓子が良いかなって思うんだけど……境木さん?」


 おっと、風峰くんの話もちゃんと聞かなきゃ。でも耳から耳へ素通りしてたわけじゃない。

 

「えっと、そうだね。特に禁忌とかはないからお店で売ってある和菓子であれば何でも大丈夫」

「羊羹とか、お饅頭とか?」

「うん、ようは気持ちだからね。それに社務所の方でしょ? それなら神社だから和菓子って拘らなくって洋菓子でも喜ばれると思うよ?」


 どうやら風峰くんは、本殿に上がる正式祈願に行くわけではないが、神社の神職の人たちを訪れる機会があるらしく、手土産に何が良いか考えたところ、結婚式やお葬式でタブーとされる物があるから、神域の神社はどうなのかと心配になったらしい。


「じゃあ今ちょうど季節だし、栗羊羹にしようかな?」

「あぁ、栗羊羹ね。良いんじゃない?」


 うちにも良く差し入れてもらう。


「やっぱりカステラ……苺大福……最中……マロングラッセ」


 カステラは牛乳に良く合うよね。苺大福も美味しいけど、私は葡萄大福にはまっている。最中は中の餡にお餅が入ってて、中身と外の皮が別々に包装されてて食べる時に自分で合わせて食べるのが、ぱりっとして香りが良くてイイよね! でもマロングラッセも季節だよねぇ。大振りの栗を甘ぁく煮て、あのバニラの香りも素敵で堪らない! あぁ、涎が出てきた。食べたい!


「うん。マロングラッセにしよう」

「そうだね! 良いんじゃない!」


 全くの私見だけどね!

  

 風峰くんが去り、ようやく落ち着いてお弁当を食べ始めた私に、シノちゃんが不自然にふふふふふと「ふ」をきちんと発音しながら私にずずいと額を寄せる。私もずいっと身を寄せ、頭突きしてやった。


「ちょっと何するのよ痛いわね。有り得ないでしょ、このすべすべのおでこにたん瘤とか!」

「だってシノちゃんが頭近づけてきたから。思うでしょ、これは催促だと」

「思わないわよ」


 もう、とオデコをさするシノちゃんは怒っていても可愛い。斜めに流している前髪を指先でちょいちょいと直している。


「ところで、何? どうしたの?」


 あの妙な笑い声は、何か言いたいことがあったからだ。時々シノちゃんは変だ。思わずヤメロと頭突きしてしまった。

 

「私も思うことはイロイロあるのよ。賢い頭脳から導き出される限りなく当たっているだろう予想もイロイロとあるの。まぁそれがすごく楽しいんだけどね、今回は残念ながら教えてあげられなさそうなの。でもね、一つ今教えてあげらる情報があるんだけど、知りたい?」

「えー、何だろー、知りたいなー」


 私は平坦な声で答えた。シノちゃんは不満そうに眉を寄せたが、直ぐに気を取り直してふふんとささやかな胸を張る。彼女は胸の大きさを気にしているようで「寄こせ」と私の胸を鷲掴みにする事があるが、私は可愛くって良いと思う。

 で、何だっけ?


「実はね……、何と! あの勇者さまが、剣道部やめちゃったらしいわよ!」


 ほう。


「それは思い切ったことをしたね」


 例の格好といい、剣道部退会といい、最近の彼は意外なことばかりだ。

 部活の先生や仲間たちに反対されただろうに、それを押し切ったのだろうか。完璧優等生の彼らしくない。彼はいつも人が望むように有ろうとしていたのに、その姿勢を変えるなんて何かよっぽどのことがあったんだろうか?



 放課後、風峰くんと出会うことなく校門の外まで出れたので、私はほっとした。もしかしたら、昨日一昨日のパターンで、和菓子のお店まで案内するはめになるかもしれないと警戒していたのだ。

 彼のことは嫌いではないが、もともと優等生で人気があったのに剣道部で活躍して勇者とまで呼ばれるようになってからは、その知名度と好感度と注目度が半端ない。

 ただでさえ神社の巫女さんってことで物珍しがられているので、彼と関わって余計な詮索をされたくないのだ。

 

 家に帰り着き制服から巫女装束に着替え、神社に顔をだす。

 いつもならお守りお札お授かり所に詰めて訪れた人々の相手をしたり、広い境内の掃除をしたりするが、実りの秋には新嘗祭で舞を奉納するので、今日からその稽古が始まる。

 まず本殿でご挨拶をしてから、事務の人や神職の人達が詰めている社務所に向かうと、浅葱色の袴が見えた。あ、真央だ。そう思ったのに何だか背が高い。


「お帰り、境木さん」


 そこに居たのは、風峰くん。あら? 浅葱の袴って出仕!? 神職見習い!?


「俺ピンチヒッターなんだ。去年まで剣舞を納めてた人の代わり。頑張るから色々教えてね? 宜しく」


 確かに舞手が見つからないと騒いでいて、急遽代理が決まったと昨日父が喜んでいたが、まさか彼だったとは。

 こちらこそ宜しくと答えながら、私は風峰くんの手元に目がいった。あれは……!


「マロングラッセ、好き?」

「好き!」


 何と言うことでしょう。そこには食べたいなぁと思っていた甘露に輝く大粒の宝石が! っていやいや、風峰くんが部活やめた理由ってこれ? 休部でよかったんじゃないの??

 私の手にマロングラッセを乗せてくれた風峰くんを見上げれば、彼は何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべていた。


 彼はこんな所に居てイイのだろうか? 

 優等生勇者の武装が少しずつ解かれて、彼が自分のしたいように自由にしているのなら私としては何も言うことはないが、この先が思いやられて、ため息が溢れた。


 何でウチかな?

 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ