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93.最強の戦士

 俺はズンズンと街中を進んでいた。

 自分の意思ではない。相変わらず身体はテラに乗っ取られたまま。感覚はあるのに、自由が効かないという何とも不思議な感覚が続いていた。

 俺の後に続き、モニカとノエルが歩いてくる。やはり様子のおかしい俺のことを気遣っているらしく、どうも落ち着かないのが気配でわかった。

 大通りを塔の方向へと進んでいく。街は度重なる戦闘で、初めてレグルノーラの地を踏んだときとはすっかり様変わりしてしまっていた。道を塞ぐようにして崩れたビルの残骸や、壁が崩れ、少し前まで様々な人の暮らしていた部屋がむき出しになったアパートメントを横目に、更にどんどんと進んでいく。

 いい加減、身体を返して欲しいのだが、テラは何も答えない。

 どうも、以前とは何かが違う。同化して初めてテラの意識が表に出たからだろうか。

 バァンと11時方向で破裂音がして、俺の身体は立ち止まった。直ぐ後ろにくっついて歩いていたモニカとノエルは、俺の身体にぶち当たってよろよろと止まった。


「オイ! 急に止まるなよ悪人面!」


 ノエルが大きな声で言うので後ろを覗き見ると、その顔に驚いて彼はヒィッと小さく声を上げた。明らかに、いつもとは違う反応だ。


「行ってみますか」


 とモニカは言い、


「ああ」


 と俺の声が言う。

 車の走らなくなった道路を横切って現場へと急いだ。ビルの影から市民部隊の銀色ジャケットが垣間見える。魔法を使って戦っているような音も聞こえる。

 敵。魔物が出たのか、ダークアイか、それとも。

 ビルとビルの間、狭い道を抜けていくと、今正に戦闘が繰り広げられている状態だった。

 黄色に光り輝く魔法陣から(いかずち)の魔法がほとばしっている。その先には一体の魔物。牛頭人身――ミノタウロスとかいうヤツだ。そいつは魔法で一瞬怯んだが、大したダメージは入っていない様子、市民部隊と思しき連中に向かって斧を振り回している。

 別方向では銃声が鳴った。やはり大型のミノタウロスが、別の市民部隊らに取り囲まれ、銃撃を受けている。それも、残念ながら致命傷を負わすことができないようだ。ダメージ軽減の魔法でも帯びているのか、身体全体が薄緑色の光で覆われている。

 他にも数体のミノタウロスが、そこかしこで市民部隊を襲っているのが見えた。これだけ一度に現れるなんて珍しい――同時多発的に現れることがあっても、魔物はこんなに密集して現れたりはしない印象があったのに。


「応戦しましょう」


 モニカは一歩前に出て巨大な魔法陣を描き出した。薄緑色の光を放つ二重円に文字が刻まれていく。


――“牛頭の魔物の速さを鈍らせよ”


 途端に、ミノタウロスらの動きが鈍る。

 なるほど、モニカは援護系に強いのか。

 続いてノエルも、


「しっかたないなぁ」


 と言いながら魔法陣を出現させている。


――“巨大なる我が化身、目の前の敵を撃破せよ”


 濃い緑色の魔法陣が光り、道のど真ん中にあの巨人が現れた。あまりの大きさに圧倒され、叫び声を上げる部隊の面々。同時に、俺たちの存在に気が付き声が上がる。


「きゅ、救世主……!」


 額の竜石に注目が集まっていた。赤い石こそが救世主の証……ってヤツね。

 竜化したまま現れたときとは全然反応が違う。やっぱり、人は見た目で判断するんだな。どの世界でも。


「待たせたな」


 明らかに格好を付けて俺の口はそう話した。

 俺らしくない。口角を上げて、不敵に微笑みやがって。

 手にはいつの間にか剣を握っていた。いつもの両手剣。俺が考えるよりも先にテラが出したらしい。

 足が地面を蹴り、風を切るようにして走って行く。


退()け!」


 強い口調に隊員らはクモの子を散らすように左右に去り、道ができる。

 剣に魔法が走る。炎を纏わせている。

 ミノタウロスが直前に迫ったところで、俺は剣を振り下ろしていた。手応えがある。竜化してもいないのに、相当の力が剣を伝っていた。なんだ、これは。


『戦い方を教えてやる』


 テラの声が頭に響く。


『竜化などしなくても、この身体は竜と同等の力を得ている。君は安易に身体を変化(へんげ)させているようだが、それでは肉体に負担がかかるだけ。竜化は最低限、真に必要なときだけに止めねば、心も体も全て竜に成り果てる』


 戦闘は苦手だと言っていた割に、テラの意思で動く俺は強かった。竜化もしてないのに、ミノタウロスは数回叩っ斬るとあっけなく倒れた。銃ですら、まともに傷つけられないような相手が、だ。


「次」


 言って俺の身体は、別のミノタウロスに向かっていった。

 やはり同じように魔法を纏わせた剣で斬る。その威力が、凄まじい。どうしてこんなに力が出るのだと、息を飲むほどに。


『腕の力だけじゃない。身体の隅々にまで力を行き渡らせる。私の力は普段、竜石の中に取り込まれてはいるが、必要に応じて君が使う量を調整すれば良いだけだとディアナも言っただろう。相変わらず不器用だな君は。肩書きだけ“救世主”になったとしても、力を使いこなせないのでは意味がない。私がこうして君の身体を操っている間に、君は力の使い方を覚えるんだ。いつまでも私が動かすのに甘んじていると、私が君に成り代わってドレグ・ルゴラを倒してしまうぞ』


 それは……よくない。


『よくないだろう。悔しかったら習得しろ。君は口で説明しても全く理解できないらしいからな。実戦あるのみ。美桜もそう思ったからこそ、君に色々と厳しく当たっていたのではないか? 私には、彼女の気持ちが痛いほどわかるがね』


 テラに美桜の愚痴なんか話したことがあっただろうか。などと思っている間に、俺の身体はまた一体、ミノタウロスを倒していた。

 強い。

 剣一本の力がこんなに強いなんて。

 ただ魔法を纏わせたのが原因ではない。しっかりと剣を使いこなしている。俺みたいに、何とか頑張って剣を振りました、斬りましたって感じじゃない。全身で剣を操っている。


「次行くぞ」


 ノエルの巨人がミノタウロスを両手で一体ずつ、鷲掴みにしている。しかし、手の中で暴れ、何度も逃しているのが見えた。


「ノエル、一匹こっちに寄越せ」


 俺が言うと、ノエルは巨人を操って、左手のミノタウロスを投げて寄越す。宙に放り投げられたミノタウロスは、ここぞとばかりに空中で体勢を直して着地しようとしていたが、その直前に俺の剣が身体を上下真っ二つにしていた。

 切れ味が、違う。

 同じ剣を出現させているはずなのに、どうなってんだ。


『持続的じゃなく、瞬発的に力を使う。持続的に使うより遙かに身体への負担が少ない』


 なるほど。つまり、剣を振るう瞬間にだけ。


『そういうこと』


 二つに分かれたミノタウロスの身体が地面に転がると、ノエルは、


「強い」


 と言葉を漏らした。

 あんなに俺を見下していたノエルが認めてるんだ。この強さは本物に違いない。


「さて、あとは」


 ノエルの巨人が別の一体を踏みつぶしているのを確認して、全体に目配せする。

 銃撃を受けながらも斧を振り回している一体が目に入った。


「ラスト」


 俺の身体は走り出し、途中で瓦礫を飛び越え――、そのまま宙を滑った。上着が風を孕み、バタバタと音を立てる。

 着地したのは斧を構えるミノタウロスの真ん前。

 斧が振り下ろされる。このままでは頭をかち割られ――るより先に、剣がミノタウロスの身体を貫いていた。ミノタウロスの手からポロリと斧が落ち、地面に刺さった。

 敵が確実に息絶えたことを確認すると、俺はゆっくりと剣を抜いた。

 血しぶきが身体にかかる。生温い、嫌な感覚だ。

 俺に覆い被さるようにして力尽きたミノタウロスを地面に放り投げると、俺の身体が肩で息をしているのがよく分かった。


「救世主様……!」


 モニカが息を切らして走ってくる。


「お怪我は」


「大丈夫。無傷だ」


 と、俺は答える。

 巨人の魔法を解いたノエルもゆっくりと歩み寄ってきた。しかし、その表情はまだ硬い。


「お前……、本当に“悪人面”か? 戦い方がまるで違う。まだ竜が……?」


 ノエルの言葉に、俺の声を借りてテラが応える。


「私が凌の身体を操ることに何か不都合でも?」


 ノエルは黙りこくった。

 戦いは終わったんだし、いい加減身体を返して欲しいと俺も思っていたところだ。テラが戻って来たことは凄く嬉しい。けど、このままじゃ色々と不都合もあるというもの。やっぱり、自分の身体は自分の意思で動かしたいのだが。

 市民部隊の面々がぞろぞろと集まり始めた。彼らは次々に、モニカやノエルと握手を交わす。しかし、なかなか俺の方までは寄ってこない。どうも、テラが操っている俺は、いつもよりも更に人相が悪いらしいのだ。皆、数歩下がってしまう。

 そんななか、見覚えのある一人の男が人垣を掻き分けて近づいてきた。アレは確か、第二部隊隊長のウィル。

 俺の姿を確認するとウィルはニッコリ笑ったが、直後に表情を硬くした。


「リョウ……、だよね。あのときの」


 それこそ、自信なさげに聞いてきた。


「キャンプではありがとう。竜と同化してかの竜と戦っていたのは君だったんだろう。僕らの中で噂になっていた。あのとき撃退してくれなかったらどうなっていたことか。ずっと礼を言わなくちゃならないと思っていたんだ。そして、君が竜の力を取り込んで救世主となったと耳にした。半信半疑だったが、確かにその額の石は伝説通りの」


 ウィルは手を差し伸べたが、俺は応じなかった。応じられなかった。

 テラが何故か、手を出すのを拒んでいた。

 申し訳なさそうに、ウィルは手を戻した。


「あ……、すまない。あんな一時的な出会いを運命的だと感じてしまったことを恥じるよ。それにしても、凄まじい強さだ。あのときも強いと感じていたが、桁違いだ。救世主という肩書きに相応しい。無礼を、お許しいただきたい」


 十は違うだろうに、ウィルは年下の俺に向かって頭を下げた。

 こんなことをされても一向に嬉しくないのだが、悔しいかな、自分の身体がコントロールできないため、気持ちを伝えることもできない。


「ミノタウロスはアレで全部か? 倒し損ねたものは?」と俺。


「大丈夫。全て、倒された。君のお陰だ、リョウ。強すぎて苦戦していたところに颯爽と現れるなんて、流石としか言いようがない。ミオたちもさっきまで一緒に戦ってくれてたんだけど、仲間がやられたとかで……。もしかしたら、まだ近くに居るかもしれない」


 仲間? 仲間って誰だ。

 聞きたい。聞きたいのに、全然喋ってくれない。

 テラ!


「情報、痛み入る」


 一応礼はしてくれたようだが、そうじゃなくて。

 俺が聞きたいのは、誰がやられたかってことで。

 こんなに俺が心配しているのに、俺の顔は表情を変える気配がない。

 テラのヤツ、聞こえてて聞こえないフリをしているに違いない。何の不都合があるのか知らないが、仲間の安否に表情を曇らせるくらいのことして欲しいってのに。これじゃまるで、俺が冷血漢みたいに見えるじゃないか。


「用は済んだ。帰るぞ」


 またもテラは俺の声でそんなことを言う。

 元々、俺が無茶したときくらいしか感情的にはならない竜だが、それにしたってなんて冷たい。ノエルもモニカも戸惑っているじゃないか。

 きびすを返し、元の道へ戻ろうとしたところで、


「待ってください!」


 と誰かが声をかけた。振り向くと、人垣の向こう側で誰かが手を振っているのが見える。


「開けて、開けてください。ちょっと、ちょっと用が」


 見知らぬ女性が駆け寄ってくる。誰だ。市民部隊のメンバーのようだが、全く見覚えがない。


「あの、待ってください。救世主様にご挨拶したいって方が」


 息も切れ切れに、彼女は言った。そんなに急ぐ必要もないだろうにと思ったが、人垣の向こう側に目を向けた瞬間、考えが変わった。


 美桜。


 血だらけの美桜が、そこにいた。


 いつもの市民服が、ところどころ血で汚れていた。髪の毛も乱れていて、くたびれたような顔をして。

 崩れたビルを背景に、そこに儚く咲いた一輪の花のようにたたずんでいる。


「凌……よね?」


 久々に聞いた、美桜の声。

 うなずきたい。うなずきたいのに、うなずけない。

 その後方には、須川。

 そして、ジークに肩を貸され、なんとか立っているのは……、帆船の(おさ)シバ。

 シバの白いシャツが、血だらけだ。足元には血だまりができている。つまり、やられたのは。

 モニカが青ざめた顔をして、シバに駆け寄った。


「治癒魔法を」


 肩の辺りをバッサリやられてしまっている。ミノタウロスの斧にやられたのか。力尽きたように項垂れるシバを、ジークが必死になって支えている。

 モニカの治癒魔法の光がシバを包むが、かなりの重症、簡単に治るとは考えにくい。俺では力不足かもしれないが、助けてやれるなら助けてやりたい。だのに。全然身体が言うことを聞かないなんて。


「どこに、行ってたの」


 怒りに満ちた美桜の声は、人々のざわめきを遮って、良く響いた。


「私に何の断りもなしに、どこに行ってたのよ、凌」


 両拳を握り、肩を震わせ、涙を浮かべる美桜。


「大変なことになるって言ったのに、勝手な判断でカッコつけて。竜と同化するなんてどうかしてる。そのままレグルノーラに飛ぶなんて、イカレてるとしか言いようがなかった。どれだけ……、探したと思ってるの。何を考えているの。あなたのご両親に、私たちはどうやって説明すれば良かったのよ」


 涙が美桜の頬を伝った。

 胸が、苦しい。

 そんな、そんな目で俺を見ないで。


「何もかもが滅茶苦茶だわ。私たち以外の記憶から、どうしてあなたという存在が消えてしまったのか。ねぇ、あなたは本当に存在していたのよね? ――“来澄凌”。私はあのとき、本当にあなたを“見つけた”のよね?」


 何を。

 何を言い出す。

 俺の存在が……消えた?

 冗談だろ、テラ。

 こんなに激しく胸が痛むのに、どうして俺の顔は無表情のままなんだ。どうして直ぐに身体を返してくれない?


「この世界を滅ぼそうとするかの邪悪な竜と戦うためには、この身体がどうしても必要だった」


 テラは俺の身体で長く息を吐き、顔色一つ変えずに言った。


「そして、“表”のしがらみを全て消去する必要があった。“来澄凌”という存在を“表”から抹消し、最後の戦いのために全てを注ぎ込むためだ。だが誤算は生じた。それは、君の存在だ、――美桜」


 俺は目を細め、美桜を睨み付けている。

 ダメだ、そんな目で美桜を見るなんて。


「やはり君の周囲だけは、どうすることもできなかった。忘れてしまっても良かったのだ。そうすれば、……これ以上、悲しまずに済んだものを」


 俺の右手が、スッと挙がった。

 美桜と俺の真ん中に、赤黒い魔法陣が出現していた。


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