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91.鑑定

 光の差さない中庭は、少し薄暗い。そればかりか、外の空気も遮って少し肌寒い。そう感じるのは、置かれている状況からだというのは勿論よくわかっている。

 肩を擦りながら、俺は誘導されるがままに、中庭の中央で横一列に並ぶ五人の鑑定士とやらの真ん前に進んだ。揃いの黒いローブを羽織った鑑定士らは、ジロジロと上から下まで舐める様にして俺のことを観察する。あまりのプレッシャーに、俺はブルッと肩を震わせた。

 ドリスは俺と従者の二人を完全に引き離した。モニカとノエルに黙って見ていなさいと笑顔で忠告し、二人は渋々それに従ったのだ。中庭の縁でマシュー翁と共にこっちを見守ってくれてはいるが、かなり心細い。逃げて良いなら直ぐにでも猛ダッシュで逃げたいくらいだ。

 何をされるのだろう。全く想像がつかない。

 向かい合って立つ俺と鑑定士らの直ぐ側で、ドリスは全体の空気を読み取る様にしばし間合いを持った後、「では」と切り出した。


「これから、能力の鑑定をいたします。その実力によってランクをEからSSに分類します。Eは魔法を帯びている、使える様になった程度。別の世界へ干渉できるようになったばかりの干渉者はこれに当たります。Dは二つ以上の属性の魔法を指示通りに操れる状態。二つの世界を自在に行き来できるようになれば該当します。Cはものを具現化させることができる状態。Bは魔法陣を使わずに一つでも魔法を使うことができる状態。又は、魔法陣を正確に記述し、実行できている状態。そしてAは二つ以上の魔法を同時に使うことができる状態。Sは竜を従え、三つ以上の属性の魔法を操り、表世界でもその力を使うことができる状態。SSは頭で思い描いたことを即座に魔法へ変換し、広範囲に効果を及ぼす大魔法を操れる状態を基準にします。これはあくまで基準であって、潜在魔法力、正確性、俊敏性、それから技量を加味し、それぞれの鑑定士が能力を見定めた上協議し、最終的な結論を出すことになります。いいですね?」


 随分ザックリしてるな。説明を聞いた最初の感想はそれだった。ディアナはSS、美桜やジークはAだと聞いたが、これじゃ自分のランクを推定しにくい。


「不満が、ありそうですね」


 とドリス。


「あ、いや。その……、大丈夫です。ところで、ひとつ。どうしてランクはアルファベット表記? こっちの文字を使えば良いのに」


「良い質問ですね。実はこのシステムを提案したのは“表”の干渉者だったのですよ。だからランク表記に“表”の文字を取り入れた。この協会の設立にも“表”の干渉者らが大勢絡んでいました。その、名残だと思ってください。他に質問は?」


「えっと、あの、具体的には、何を」


「結界の中に様々な強さの魔物を出現させます。魔力で生成した魔物ですから、どうぞお好きなように戦ってくださいませ。鑑定士は戦い方を直に見て評価します。同時に装置による魔法力の測定を行います。潜在的な力のどれくらいを放出しているのか、体力とバランスが取れているのかなど、総合的に見て判断します。他には? ないようであれば、早速鑑定に移ります。では各々、お願いします」


 鑑定士たちは小さくうなずき、それぞれ持ち場へと散っていった。

 広い中庭の内側には、一辺50メートルほどの正方形が白線で描かれていた。俺が今立たされているのはその中心。四人の鑑定士たちはその頂点に一人ずつ、タブレット端末のような薄い四角形の装置を持ち、俺の方を向いて立っている。残りの一人はと言うと、モニカたちとは逆側にいて、壁に設置してある機械の側で何やら準備を始めていた。

 壁際に立つ一人がスッと右手を上げると、白線に沿って勢いよく結界が張られていった。地面から迫り出るようにして張られた結界は、天高く伸び、屋根の高さまで到達したあと水平方向に伸び、俺の居る空間にしっかりと蓋をする形で閉じた。


「凌様はB以上の鑑定から初めてもよろしいですね、会長」


 マシュー翁の隣に移動したドリスが、とんでもないことを言い出した。


「いいんではないかの。ある程度の力はあると聞いておるし」


「ちょ……、ちょっと待ってください。そんな勝手に」


 俺が止めようとしても、


「Aからの方が良かったかの」


 と、マシュー翁はきょとんとして返してくる。


「そういう問題ではなくて。俺、要するにまともにこの世界の魔法を習ったことはないから、属性とか言われても」


「火・水・光・風・木・(ひじり)・闇。この七つの属性全てを操るのは至難の業じゃ。相性の悪い属性を同時に操ることはまず難しい。が、場に相応しい力を示さねば命を落とすことにもなりかねない。ディアナに様々な試練を与えられ、こなしてきた凌殿ならば、自然と様々な属性の魔法を操れるようになっているのではあるまいか」


「ではBから。凌様は魔法陣なしで一回以上魔法をお使いください」


 ドリスが装置を操る鑑定士に告げると、ただでさえ薄暗かった中庭が益々暗くなった。鑑定士の持つ端末と、壁面パネルから発せられる光がぼんやりと浮き出て見える。

 しんとした空間、どんなものと戦わせられるのかと腰を落とし警戒していると、ふいに青い色の付いた光が空中に現れた。光は次第に四つ足の動物に姿を変えていく――狼だ。体長が数メートルに及ぶ狼。動物園で見かけるそれの、何倍かの大きさ。


「砂漠狼か」


 ノエルの声が聞こえる。


「オレの巨人を倒したんだ、余裕だろ」


 砂漠狼は光を帯びたまま、ゆっくりと地面に降り立った。

 スープの奴だ。ふと、帆船で出された濃い味わいのスープを思い出した。ミンチにした肉の中から、じんわりと味が染み出てくるのだ。最初はクセがあってウッとしたが、何度も出されているうちにすっかり好物になっていた。帆船にいたとき遠目に見たことはあったが、近くで見るとこんなにも大きいのか。

 マイクロバスくらいの大きさ、と言えば良いか。巨大な狼は牙をむき出して威嚇してきた。咄嗟に退いて距離を取る。

 とりあえず、体勢を整えて攻撃しなければならない。ノエルの巨人の時もそうだったが、倒してみろと言われるのはあまり気持ちの良いものではないのだ。それでも巨人は明確な敵意を見せてきたからやりやすかったものの、こういう場でジロジロ見られながら戦うってのは気持ち悪い。けど、実力を知ればテラとの分離についても糸口が掴めるかも、なんて言われれば避けるわけにもいかない。


「仕方ない、やるか」


 自分を奮い立たせる。

 まずは両手剣。いつものヤツ。右手をギュッと握り、柄の感触をイメージする。重さを感じたところで、砂漠狼に向かって走る。

 靴底に短い草の感触、踏みしめ踏みしめ、飛び上がって頭を狙う――が、相手の方が一枚上手、すばしっこく攻撃を避けた。何度も剣を振り回した。けど、間合いに入ること自体が難しいのか、刃先が全く掠らない。

 今までの相手とは違う。巨大な上に俊敏、つまり相手の動きを封じるか、自分がその動きに付いていくか。どちらかをクリアしなければ直接攻撃は当たらないってこと。

 となれば、魔法。何の魔法がいい? 獣ならば炎か。炎で退路を断てば。

 一旦距離を取って魔法陣、と行きたいところだが、砂漠狼はそれを許さない。俺を噛み殺そうと、何度も牙を向けてくる。避けながら剣を振るう。その度に、やはり相手にも避けられる。

 魔法剣――炎を纏わせるしかない。が、刃先に向け魔法陣をスライドだなんて面倒くさいことをしている余裕はない。直接炎を纏った剣をイメージする。次に剣を振ったのと同時に炎が発生する。

 火の粉が飛んだ。何度もやっているからか、すんなりとイメージが具現化されたのだ。

 炎を帯びた剣に、砂漠狼は確実に驚き、怯んだ。威嚇しながらも後退っているのがわかる。

 それにしても、魔力で生成しているとはいえ、まるで本物の魔物と戦っているようだ。ノエルの巨人にしたってそうだ。張りぼてじゃない、命が吹き込まれた実在する魔物と戦っているのだと錯覚した。実際の魔物と何が違うかと言ったら、血が流れているかどうかってことくらい。魔力で生成された魔物が、プログラムじゃなくて自分で思考して動いているんだから、魔法という未知の力と科学との圧倒的な差を感じる。

 砂漠狼は苦手な炎を必死に避けた。避けて避けて、どんどん結界の隅へと下がっていく。そしてとうとう、鑑定士の一人が立つ結界の角へ。唸りながら炎を帯びた俺の剣を睨んでいる。

 ジリジリと間合いを詰め、俺は次の手を考える。いつだったか、炎に囲まれたことがあった。過去の世界、禁忌の子として五人衆は美桜を焼き殺そうとした。ドーム型に編まれた蔦に火が放たれ、そこから死にものぐるいで脱出したのだ。

 ああいうイメージではどうか。

 周囲を炎で囲まれれば、逃げられないのでは。位置さえ固定してしまえば、攻撃するのは幾分か楽なはず。

 剣を一旦地面に刺し、空いた両手を突き出す。

 空っぽの魔法陣を宙に出現させ、そこに文字を刻んでいく。


 ――“砂漠狼の動きを炎の円で”


 続きが、刻めない。

 向けられた炎がなくなったのを好機に、砂漠狼が襲ってきた。咄嗟に避け、地に転がる。

 折角の魔法陣が消えた。

 準備が完了するまでの間は敵が攻撃して来ない、そんなのはテレビや漫画の中だけか。


「チッ」


 舌打ちし、体勢を立て直した。

 とりあえず、Bは確定だよな。魔法陣なしに魔法を使えればいいんなら。さっき魔法剣でそれはクリアしたはず。ドリスの方を見ると、次はAですよとばかりにニコニコ笑顔を向けてくる。

 Aは二つ以上の魔法を同時に使うことのできる状態、だったか。魔法剣と何か。でなければ、新たな魔法を二つ。

 ええぃ。鑑定なんていう面倒なことに気を取られてると集中力が切れる。

 間合いの取れない相手、となれば逆に間合いを取りながら戦った方が良い。飛び道具か。

 美桜ならここで惜しみもなくでっかい銃器を取り出すんだろうけど、あいにく俺は武器に疎い。弓を試してみるか。やったことはないけどね……!

 左手に弓をイメージする。軽くてしっかりと相手を狙えりゃ良い。それから矢。背中にストックが必要だ。

 足の速い砂漠狼の攻撃を避けつつ、俺は必死に弓をイメージした。なかなか隙がない。立ち止まって集中する時間が僅かでもあれば何とかなるのに、そうは問屋が卸さないらしい。

 今は鑑定中、実力の程をみたいというなら立ち止まってゆっくり見せたいところだが、実戦となれば敵は待つどころか隙ばかり突いてくる。実戦形式の訓練だと思って甘んじて受け入れるしかないんだよな。わかっていながらも、とにかく人目が気になって思うように動けない。

 どうやらマシュー翁も俺の動きが鈍いのに気が付いたらしい。


「凌殿、視界を遮った方が良いかの」


「できるならば」


 俺の返事を確認すると、マシュー翁は向かい側に手で合図を送った。

 鑑定士の一人が装置のスイッチをポンと押す。すると、たちまち結界の外に濃い霧が立ちこめた。鑑定士達の姿が消え、マシュー翁、ドリス、モニカにノエルの姿も消えた。結界で囲まれた四角い空間だけが浮かび上がり、俺と砂漠狼だけが残された状態。


「救世主様からはこちらが見えなくなったのですか?」


 と、モニカ。


「左様。こちらからは丸見えじゃがの」


 それでも、俺の視界から消えただけでありがたい。


「ところで凌殿、竜の力を解放しても良いのじゃよ」


 マシュー翁の声が聞こえる。


「いや、まだ大丈夫」


 ハッタリで言ったわけじゃない。

 力を使うどころか、相手にもダメージは入れられてないし、自分も無傷。こんなことくらい竜石に頼るなんて絶対に嫌だ。

 急いで弓を具現化させる。手の中に感触、目で確かめると、シンプルな初級者用の弓があった。初めてだし仕方ない。矢は――背中で音がする。良し、準備はできた。

 あとは上手く距離を取って攻撃できれば、だが。

 狭い空間と言うこともあってか、なかなか距離が広がらない。剣とは違い、構えて打つという二段階の動きが必要な上、当然だが照準も合わせなくてはならない。放つだけ放って届きませんでしたというわけにはいかないのだ。

 走っても限界がある。俺の足と砂漠狼の足じゃ、人間と自動車が競争しているようなもの。瞬時に移動できるような、もっと別の方法を考えなくては。瞬時に。瞬時……。

 ん?

 できるのか、そんなこと。だが、やってみなければ結論は出せない。

 マシュー翁や鑑定士たちの前でそんなものを披露してどう思われるかはさておき、そうすれば距離が取れ、攻撃をする余裕が出るはずだ。

 意識を、自分が居る場所とは対角線上にある一番遠い角地に集中させる。砂漠狼を、とにかく目一杯自分に引き寄せてからが勝負。走って、攻撃するフリをしながら引き寄せる、引き寄せる。あと数メートル。これ以上は無理か。

 足元に魔法陣――いや、描いている暇はない。目を閉じる。次に目を開けたとき、俺はあの場所に。砂漠狼の尻尾が遠くに見える、180度角度の変わった景色の中に。


 どよめきが起こった。


「消えた?」


「救世主様ッ!」


「どこじゃ!」


 砂漠狼が結界にぶち当たり、跳ね返る音。


「――ここだ!」


 目を開ける。間違いない、思った通りの場所に飛べた。

 転がり、首を振って立ち上がろうとする砂漠狼が遠くに見える。

 背中の筒から矢を一本取り出して弓を引く。どんな矢が一番いい? 毒矢か。いや、火だ。あの中身がやはり魔力の詰まった風船のようなものだったのだとしたら、毒じゃ意味がない。

 矢の先端に炎を纏わせ、目一杯引いた弓で――放つ。放物線を描くようにして宙に放たれた弓は、恐らくそれだけでは威力が弱い。分散、複製して分散させれば。


「増えろ!」


 次の矢を構えながら、放った矢に意識を集中させる。空中で四、五本に増えた矢が炎を纏わせながら砂漠狼の背に刺さった。血の代わりに噴き出すのは青い光。巨人の時と一緒だ。

 悶える狼。叫び、のたうち回る。

 今だ。俺は次々に矢を放った。放っては分裂させるのを繰り返しているうちに、砂漠狼はすっかりと弱ってきていた。

 これならとばかりに、俺は弓をぶん投げて砂漠狼の元へ走った。今なら間合いが取れる。それどころか、砂漠狼はさっぱり動かなくなってきていた。

 手の中に、さっき地面にブッ刺したままだった剣の柄の感触を思い出させる。来い、俺の剣。

 剣の感触が右手から伝わり、俺は柄を握り直した。両手に持ち替える。

 走りながら、纏わせる魔法を考えた。炎はさっきやった。効果は微妙にあったものの、倒すまでには至らなかった。ならば別の魔法――風ではどうだ。剣にしっかり纏わせ、放つと同時に魔法の力を加えれば。

 背中じゅうびっしりと矢が刺さり、息も絶え絶えの砂漠狼の真ん前まで辿り着くと、俺は思いっきり剣を振り下ろした。剣を纏う風の魔法が分散し、かまいたちのように回転しながら砂漠狼の皮膚を裂いていく。砂漠狼の身体を構成していた魔法が、凄まじい勢いで止めどなく噴き出していった。しぼみ、しぼみ、しぼみ、シュッと小さな音の後、その大きな身体は煙のように消えた。

 ……どうやら勝った、らしい。

 たった一人になった空間で、ふと息を吐く。


「流石、このくらいはまだまだ準備体操、といったところですかの」


 マシュー翁の声。


「どうかな」


 俺は額の汗を腕で拭き取りつつ、苦笑いした。肩で息をしてはいるが、確かにまだ不思議なくらい余裕がある。


「次は、ランクA相当。二つ以上の魔法を同時に使用していただきます」


 ドリスの淡々とした声を合図に、又新たな敵が出現する。狭い空間に現れたのは大きな鳥とオオトカゲ。


「に、二体かよ」


 たじろぐ俺に、ドリスの声は追い打ちをかける。


「一体は雷鳥。常に(いかずち)を放電する、危険な鳥です。もう一体は岩オオトカゲ。近づく敵を火で焼き殺します。この二体と戦いながら、条件をクリアを目指してください。倒せなかった場合でも、もちろん過程を評価します。どうします、竜化して戦いますか?」


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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