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78.白い竜と言い伝え

 細かすぎる字がびっしり印刷された資料をまじまじと見つめ、芝山以外の五人は唸った。

 研究熱心な芝山に感心しているヤツも居ただろうし、あんまりにも細かすぎてどん引きしたヤツも居ただろう。

 芝山自身が二次干渉者であることもあってか、一次干渉者に巻き込まれレグルノーラに飛ぶという仕組みをわかりやすく略図で示してある。一次干渉者を中心に力の渦があり、その円の中に入っているときは干渉可、円から出てしまうと干渉不可。二つの世界を繋ぐゲートについても、一次干渉者は一人でゲートを潜ることができるが、二次干渉者は一次干渉者の手を借りなければ潜ることができない。これも、簡易的なイラストで示してある。

 見れば見るほど、芝山はいつ寝ているのか不安になった。そして、俺以上にレグルノーラが好きすぎて堪らないことがよくわかる。


「で、陣君。レグルノーラ側の干渉者についてだけど、君も含め魔法を使える人間は等しく干渉者ってことになるのかな」


 資料をめくりながら渋い顔をする陣に、芝山が尋ねた。

 陣は頭を掻きむしりながら眉間にしわ寄せ、口をひん曲げた。


「いや。あくまで他世界に干渉できる人間のことを干渉者というのであって、魔法を使える人間は単に能力者とか、魔法使いとか。能力者ではあるけれど干渉者ではないというのが多いな。かといって、レグルノーラで魔法は一般的なのかと言われたらそんなこともなくて。魔法なんか使えない人間の方がずっと多い。ただしその中には、魔法を使う必要に迫られないから能力を開花できない人間ってのも含まれる。力なんて使えなくても普通に生きていけるからな。レグルノーラで干渉者と呼ばれる人間は、大抵“干渉者協会”ってのに加盟してる。そこで能力を判定してランク付けしているから、ある意味協会に認められているかどうかってのが一つの区分にはなってるかな」


「“干渉者協会”……聞いたことがある」


 芝山が反応する。


「魔法使えるからって、仲間に干渉者なのかしつこく聞かれたことがあった。そのときに、ランクはどれぐらいなんだとかランク上位の干渉者はやっぱり凄いのかとか質問攻めに遭ったんだ。有名な組織らしいけど、結局その実体ってのがよく分からなかった。来澄は知ってる?」


「知らないな。ランクがどうのは、俺も帆船で始めて知った。美桜は教えてくれないし」


「教える必要はないと思ったから教えなかったのよ」と美桜。


「大体、人をランク付けするなんて趣味が悪いわ。どんな能力があって、どのくらい強いかなんて、実際戦ってみないとわからないでしょ。数値化明確化することに何の意義があるのか、私には重要性を感じられなかったから、当然凌にも教えなかった」


「とか言いつつ、美桜はキッチリA判定なんだよな」


「ちょっとジーク……!」


 美桜が陣を肘で小突く。

 陣は顔を緩め、


「だって仕方ないだろ。本当のことなんだから。ちなみに僕もAね。美桜と違ってギリギリのAだけど」


 なんだ、言うだけ言っておいて、自分はキッチリランク付いてるんじゃないか。しかもAって。


「だからそういうの止めてって言ってるじゃない。渋々付き合ったのよ、ジークが協会に判定してもらうっていうから。そしたら、私のことも協会側が勝手に判定しちゃったの」


「そんなの断れば良かったじゃないか」


「無責任ね、ジーク。あのとき私、いくつだったと思ってるのよ。八つよ。自分が成人したついでって連れてったこと忘れたの? まだ小さかった私に拒否権なんてなかったんだから」


「そうだったっけ。ゴメンゴメン」


 仲睦まじい痴話げんかを見せつけられ、お腹いっぱいだ。長い間一緒に過ごしてきただけに二人とも息がピッタリで、つけいる隙もない。

 こんなに仲が良いのに、ジークよりも俺の方を選んだと言うんだから、女という生き物は本当に何を考えているのかわからないもんだ。ま、美桜は周囲にこんだけ人が居る前で堂々といちゃいちゃするような女じゃないし、ジークと居るときはなるべく彼に気を遣わせないようにしているのかもしれないが。

 などと、一人悶々と考え込む俺の腕を、須川が左からトントン叩いてくる。


「ねぇねぇ、ちょっといい?」


 何故かヒソヒソ声。


「陣君て、年齢詐称してんの?」


「年齢詐称?」


 っと、思わず普通のボリュームで返してしまった。


「芳野さんが八つのとき成人……? どゆこと?」


「あ――――っ! 聞き間違い、聞き間違いだよ、怜依奈!」


 ガタッと陣が立ち上がり、必死に両手をこちらに向けて左右に振る。

 うっかりスルーしてた。そうだよ、まだ須川と古賀は陣の正体のこと知らないし、今のところは古賀はまだグレーな存在だから、余計なことは喋らないってさっき、暗黙のルール的なものを陣と美桜に提示されたばかりだ。

 陣は美桜の方にきっと向き直って、人差し指を前に立て、シーッと何度もジェスチャーしたが、美桜は悪いと思いつつ謝りたくないのか、頬杖を突きつつ顔を緩ませ目を背けていた。


「あと、陣君のこと、聞き間違えじゃなきゃ『ジーク』って呼んでたような」


「――あ、愛称だから。そこは愛称だから。怜依奈も僕のことそう呼んでも良いよ」


「う、うん?」


 YES、YES、OK、OKと、何故か英語で須川を説き伏せ、彼女が無理やり納得したのを確認すると、陣はみんなに向かって、


「SORRY、続けて」


 とまた英語を混ぜて目配せし、深呼吸しながらようやく席に着いた。

 明らかな動揺ッぷりで、これはもう、自分はレグルノーラの人間で本当はみんなより十は上なんですって言えば楽なんじゃないかと同情してしまうほどだ。

 にしても、今の話だと、美桜は八つのとき既にランクAと判定されていたってことだろ。今は……、今はどうなんだ。もしかしてS、まさかSSとか。彼女が干渉者協会とやらに改めて査定を頼むことはなさそうだし、少なくともAと考えておいた方が良さそうだ。


「ランクはさておき、ボクも含めて干渉者が他世界に干渉する方法っていうかさ、どうしてそんな能力を身につけるに至ったのかは知りたいわけだよ」


 騒ぎに一区切り付いたところで、芝山が話題を戻した。


「ボクも須川さんも、恐らく古賀先生も、一次干渉者の影響を受けてレグルノーラに行けるようになった二次干渉者だ。ボクらが巻き込まれた経緯は、恐らく二枚目表の図の通りだと思うんだけど、一次干渉者の三人はどんなだったんだろう。来澄は以前、確か美桜に声をかけられて自分の力に気付いたって聞いたけど、当の美桜や陣君の場合は?」


「それ……必要?」


 両肘をテーブルについて、ムスッと頬を膨らました美桜が、じろりと芝山を睨んだ。


「私、必要ないと思うわ。経緯なんて聞いたところで何の参考にもならないわよ。場合によっては酷くプライバシーを侵害する問題じゃない。悪いけど、私はこの場では答えないわ」


「えぇぇ……、そんなこと言わないで、さし支えないところだけでも」


「さし支えないところなんかどこにもないから。ジークの話だって、聞くだけ無駄だと思うわ。そういう話じゃなくて、もっと身になる話をしたらどう? 例えば、他にも二次干渉者かもしれない人がいるのかどうかとか、“こっち”でも“向こう”でも、不審な人物を見かけた、不穏な動きがあった、みたいな情報はないのかとか、どの武器が一番扱いやすかったかとか。例えばダークアイに対しての有効な攻撃方法やダメージの大きかった武器の種類、判明した攻撃パターン。まだあるわ。レグルノーラでは自由に使える魔法を“こちらの世界”で上手く使うためのコツ、オススメの防具、“向こう”で知り合った頼りになりそうな干渉者や能力者、一般市民の情報……、そういう情報を交換するためにここに集められたのだと私は解釈していたけど。勿論、芝山君の努力を無下にするわけではないのよ。これはこれで非常に興味深い試みだと思うわ。今まで文書に纏めようと思った人なんて居ないだろうし。こうやって形に残しておくことで、私たちは確実に“この世界じゃない別の場所”と行き来しているという(あかし)になる。その点は流石芝山君、素晴らしいチャレンジ精神だと思う。だけどね、今は喫緊の課題として、“この世界”がレグルノーラにどんどん近づいてきていることについてもっと話し合うべきだと思うの。私の部屋が“ゲート”に蝕まれてしまったのは、恐らく何らかの大きな力が働いて、二つの世界を以前より強く結びつけようとしてるんじゃないかって。これはあくまで私の実感であって、他のみんなはどう思ってるのかはわからないんだけど、何となく、以前より“こちら”で力が使いやすくなったような気がするの。何となくよ? みんなはどう?」


 美桜は言いながら、チラリチラリと一人一人の顔を見つめた。

 さっきのドタバタで調子の狂っていた陣は気を取り直して眉間にしわ寄せ、美桜の言葉の一つ一つにうなずいた。古賀はあごに梅干しをこさえて天井を仰ぎ、芝山は自分の資料に目を落としてため息を吐き、須川はまた難しい話かとつまらなさそうに椅子に背を預けた。


「もしかして、だけど」


 俺は恐る恐る手を上げた。

 みんなの目が一斉にこっちの方に向いて、俺はゴクッと一回唾を飲み込んだ。


「俺、最近ちょっとこっちでも“力”使えるようになってきたんだけどさ。もしかしてそれって、俺の力がアップしたんじゃなくて、レグルノーラの影響っていう可能性があるってことなのか?」


 美桜はコクリうなずいて、


「多分ね。須川さんの件もあったじゃない。あのときみんな躊躇なく魔法を使ってたけど、前はあんなことできなかったはず。いくらあの教室が“ゲート”だったからって、おかしいとは思わなかった?」


「そう言われると……なぁ」


 当時現場にいた芝山と陣に同意を求めたあとで須川の方を向くと、彼女は事件を思い出したらしく表情を暗くしていた。


「あの。もしかして」


 と、今度は須川が肩をすぼめて手を上げる。


「私があの……、ああなったのも、その……、関係、あるのかな」


「あると思うわ」


 美桜が力強くうなずき返す。


「初めは気のせいだと思ってたのよ。だけど、一次干渉者でもないあなたが急に“力”を使えた――それは決して歓迎される“力”ではなかったのだけど、とても不自然なことだと思うわ。しかも、しかもよ。実体化したでしょ? 通常、上位ランクの干渉者にならないと、ああいうのは難しいはずなのよ。もしかしたら、私たちの知らないところでものすごく良からぬことが起こっているんじゃないかと仮定してもおかしくないでしょう。それに、私“向こう”で変な噂を耳にしたのよ。少し前にキャンプの付近で巨大な白い竜が出たって話」


 俺はぎょっとして目を見開いた。

 陣も眉をピク付かせてこちらを見た。


「白い竜なんて、レグルノーラには存在しないのよ。緑系中心に、黒、灰、黄、赤茶、群青、色の濃い竜が殆どで、どんなに色素が薄くても薄めのグレーが限界。だのに、その日現れたのは真っ白い竜だったって言うじゃない。しかも人語を喋っていたと。それだけじゃないわ。街を呑み込むくらい巨大な竜だったって話も聞いた。冗談にしては悪質でしょ。だって、誰もが口をそろえて同じことを言うのよ。今までそんなことなかったのに。悪魔以上の脅威が迫ってるってことなの? あまり考えたくはないんだけど」


「それなら、ボクも聞いた」


 スッと芝山が手を上げる。


「丁度ボクが不在だったとき、仲間が帆船で白い竜が飛ぶのを見たらしい。キャンプの方から砂漠の果てに向かって飛んでいったらしくて、うっかり目撃した何人かが、精神的にやられて大変なことになってた。何でも、世界を終わりにする竜の言い伝えがあるとかで。ドレ……なんだっけ」


「――“ドレグ・ルゴラ”だな」


 古賀のひと言に、時間が止まった。

 少なくとも俺と陣の時間は止まった。

 見開いた目が乾き、汗の滲んだシャツが急に冷たくなって全身が震え、口から喉から気道から肺から、全部の呼吸器から水分が抜けた。


「“ドレグ・ルゴラ”……?」


 初めて聞いた名前なのか、美桜が首を傾げている。

 まさか。あの世界に居て“かの竜”の存在を知らないわけがない。古賀の出方を覗っているのか、それ以上の言葉を紡がない。


「ああ、“ドレグ・ルゴラ”だ。この前、白い竜が出たって騒ぎになったあと、農場で土いじりをしていて耳にした。どうもウチの農場と街を挟んだ反対側にある森のそばに白い巨大な竜が出たと、そういう話だった。現地で世話になってる地主さんと農場の手伝いをしてくれてる数人に話を聞いたところに寄ると、どうもレグルノーラには触れてはいけない存在として巨大な竜の伝説があるらしい。ヤツは砂漠の果てに棲んでいて、世界を混沌に陥れる存在らしいんだ。それが“ドレグ・ルゴラ”。レグルノーラの人々は恐れ多くてまともに名前を呼ぶことすらしないらしい。“かの竜”と言えばそれは“ドレグ・ルゴラ”のことを指すのだと教えてくれた。あまりよろしくない存在だというのはよくわかったが、その竜が現れたことと、今“こちら側”でも“力”が使えるようになっていることと、何か関係があるんじゃないのか」


 古賀が一人一人の反応を見ている。

 多分この中ですべての事情を知っているのは俺と陣だけ。まさか美桜とドレグ・ルゴラが繋がっているだなんてこと、言えるわけがない。それは陣も一緒のようで、言うなよ言うなよと凄まじい眼力を飛ばしてくる。言うわけないだろとこっちも陣を睨み付け、必死にこの空気を乗り切ろうとした。


「関係があるかないかは、簡単に判断できないでしょうね。いいえ、もしかしたら塔の上層部は全部知っているかもしれない。知っていても口外できない理由があるのかも。教えてって言って教えてくれるとはとても思えないし、自分たちで理由を探す必要がありそうね。竜と接触すれば、案外簡単に全てがわかりそうな気もするけれど、砂漠の果てへ飛んだとなると、それも難しそうね」


 美桜はそう言って首を傾げた。

 接触なんてそんなこと。

 何が起きるのか想像できない、というか、想像しちゃダメだ。この上なく恐ろしいことが待ち受けてるに決まってるんだから。


「ちょ……、ちょっと休憩しないか。議論も詰まってきたし」


 この雰囲気に堪えきれず、俺はとうとう声を上げた。


「賛成。トイレ行きたい」


 陣を見ると、ヤツも汗だくでまともな精神状態ではなさそうだ。


「仕方ないなぁ、じゃ、10分間ね。50分になったら再開で」


 腕時計を見ながら芝山が言い、それに伴って各々休憩に入った。

 俺と陣は足早に会議室を去り、申し合わせたかのように男子トイレへ急ぐ。


「ちょっといいか」


「いいよ。このあとな」


 この短い時間に、確認したい事項が出てきた。

 用を足してトイレから出ると、俺と陣は誰も居ない公民館の二階へ駆け上がった。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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