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7.“干渉者”と“悪魔”

 二つの世界には、互いに“干渉者”が存在する。

 この事実は、俺の胸を躍らせた。

 美桜は来てよかったでしょうとばかりに、ほくそ笑んでいる。このときばかりは悪い気はしなかった。1時間という長さにも納得できたからだ。

 ジークはモニターの並ぶ作業机付近から椅子を持ち出して、おのおの座るように言った。尻が痛くなるようなくたびれた作業用椅子は、自宅のパソコン用椅子を思わせるくらい、安っぽかった。

 モニターは十個近く無造作に配置してあって、何かのグラフや表、レグルのあちこちの風景が映し出されている。縁にあるメーカー名のロゴを見て、俺はアレッと声を出した。


「これ、日本製じゃん」


「そうだよ。やっぱり電化製品は日本製だよね」


 思いも寄らぬ返事に俺はガクッと肩を落とした。“やっぱり”じゃなくて、俺が言いたいのは。


「ジークは気に入るとすぐに、“こっち”に持って来ちゃうのよね。一般人に見つかったら大変よって言ってるんだけど。服装もだけど、“表”のものばかりに固執するのは危険だと思うわ」


「一般人なんて、こんなところには来ないよ。美桜は心配性だな」


 論点がズレている気がする。どうも調子が狂う。


「あのさ、物理的に可能なの? “あっちの世界”のものを“こっち”に持ってくるとか。物理法則には反してないの?」


「できるわよ。ジークは“裏の世界の干渉者”だもの」


 さも当然よとばかりに、美桜が答える。

 そういう、ものなのか。“干渉者”だからで許されるような、そんな単純なことなのか。

 イマイチあっちとこっちの世界の関係を理解できてない俺は、首をひねって眉をひそめた。


「まぁ、凌が納得できないのはわからなくもないよ。まだ“干渉者”として動き始めたばかりだし。美桜から説明はしてもらったの? “この世界”のこととか、“干渉者”の能力についてとか」


「いや。全く」


 美桜には悪いが、即答だった。

 ジークは目を丸くして、「全く?」と聞き返してくる。


「な――んも、聞いてない。ただ、『目をつむれ』『集中しろ』『裏の世界に来た』『念じろ』、それだけ」


「それ……だけ?」


 俺が大きくうなずくと、今度はジークが肩を落とした。オーマイガッとばかりに、両手で頭抱えてしばらく静止し、ガバッと顔を上げる。


「美桜、あんまりじゃないか。君って()は」


 矢面に立たされると美桜は、足を組み直しふんぞり返った。


「だ……だって、特段仲がいいわけじゃない話したこともない単なるクラスメイトだったのよ。こんなこと、どう話したらいいのかわからないじゃない。私が超がつくほど人見知りで話し下手なの、知ってるでしょう」


 顔を赤らめて視線を逸らした顔が、か、可愛い。

 じゃなくて。


「話し下手にも限度があるだろ。もうちょっとこう……わかりやすくというか、取っつき易くというか。言葉を選んで納得できるよう説明してくれりゃ、俺だって馬鹿じゃないんだから理解でき」


「そんな単純な世界じゃないんだもの。説明なんかするより、感じた方が早かったでしょ」


「そういう問題ではなく」


 埒があかない。

 見かねたジークが、どうどうと両手で俺たちを制した。


「仕方ない。なら、僕がかいつまんで説明するよ。特に、凌が知りたいと思っていることを順番にね」


「た……頼み、ます」


 ジークは見たところ、二十代半ばから後半。完全なる大人だ。

 ちょっと緩い感じと言えばいいのだろうか。言葉の端々に“細かいことは気にするな”的な意思を感じる。けれど、本当はかなりしっかりした人間なんだろう。冗談を言いながらも目は笑ってなかったから。

 ちょっと待っててねと前置きして、ジークは作業机にあったキーボードをカチャカチャ打ち始めた。全てのモニターがスッと真っ暗になり、「これで、どうかな」というジークの声の後に、一つの画面に見覚えのある景色が映し出された。


「うちの、高校だ」


 思わず声が出た。


「私立翠清(すいせい)学園高校。“表と裏を繋ぐ場所”のひとつよ」


 美桜はモニターを無表情に見つめている。

 レグルノーラに来てまで学校の話題が出ると思わなかった俺は、手にじっとりと汗がにじむのを感じていた。


「二つの世界の距離が一番近いところってことかな。世界は球形でも直方体でもない歪んだ形をしていて、あるところでは近づき、あるところではものすごく離れている。世界の形が実際どうなっているかなんて視覚的に捉えることは不可能だけど、点在する“ゲート”つまり、“表と裏を繋ぐ場所”が不規則的に並んでいることから見ても、そう考えるしかないだろうね」


 できる限りわかりやすいよう、ジークは指で形を描いたり、手で位置を示したりしながら、ゆっくりと説明してくれる。


「どうして、うちの高校が」


 俺は動揺して、画面に釘付けになってしまっていた。

 どこからどう見ても、ついさっきまで自分がいた場所だった。

 画像は更に、様々な角度で数ヶ所から学園全体を捉えていた。映し出された校舎の時計は、ついさっき“こちら”へやってきたのと同じ時間を指している。校舎二階の中央にある教室の窓を凝視すると、イチョウの青々と茂った木に半分以上隠れてはいたが、男女の生徒が見つめ合っているのが見えた。

 俺と、美桜だ。

 つまり、この画像はたった今映し出されているもの。校門を潜って帰っていく生徒たちが動いているのを見るに、今まさにどこかで盗撮しているということなのだろう。

 大量のサーバーで埋め尽くされたこの部屋で、この男は一体何をしようとしているのか。

 ジークはまたカチャカチャとキーボードを叩いて、真っ暗だった画面の一つ一つに映像を映し始めた。


「“ゲート”は確認できただけでも、十以上はある。君たちが通ってる高校の、あの教室はそのひとつ。校舎の中には他にも弱い“ゲート”はあるようだけど、あそこが一番“裏”に近い。だから美桜は、凌、君を教室で誘った」


 教室、体育館の裏、それから中庭。なるほど、あの教室以外からでも、“こっち”に来ることができるかもと、そういうことか。

 他にも、商店街の小路や駅裏のコインロッカー、それから学校の近所の小さな公園の映像もある。


「ジークはつまり、ここで“ゲート”の様子を監視してるってこと?」


 他に聞きようがなく、思った通りのことを口にしてしまってから、まずかったかなとジークの顔をのぞき見るが、彼は彼でなんていうことなしにフフンと笑った。


「常時監視してるってわけじゃないよ。しょっちゅうカメラを飛ばしてたんじゃ、“あっちの世界”の人間にもバレちゃうしね」


 スッと、ジークはそのデカい手を、俺たち二人の真ん前に差し出した。

 手のひらの真ん中に、小さな虫がいる。コガネムシのようなオレンジがかった茶色い甲虫だ。その、頭に当たるところが不自然に丸く、照明を反射してチラッと光った。


「この部分がレンズ。胴体部分には“こっち”にデータを飛ばすための機械が入ってる。遠隔操作で自在に飛ばして、好きな角度から撮影できるのがポイント。よくできてるでしょ」


 これには感嘆のため息が出た。

 やっぱり、“こっちの世界”の方が、科学は進んでる。


「最近やたらと“魔物”が出るっていうんで、部隊の連中にも頼まれたんだよ。“あっちの世界”で一体何が起きているのかって。こんなこと、僕にしかできないからね」


「部隊?」


「ほら、前にも少しだけ言ったじゃない。レグルノーラを守る市民部隊の話」


 すかさず美桜が口を挟んだ。

 そういえば、ちょっと前、怪物との戦闘後も、同じような話をしたのを思い出した。


「レグルノーラは今、“悪魔”に怯えてるんだよ」


 言ってジークは、また別の映像を見せ始めた。

 今度は、レグルノーラの市街地で起きた事件や事故、それから、様々な怪物の映像だった。俺がやっつけた……実際には、やっつけ損なったわけだが、あのカブトムシみたいな怪物も混じっている。


「この一年なんだ。“悪魔”がやたらと干渉するようになってきたのは。その正体を突き止めれば何とか対処できるんじゃないかと思ったんだけど、そう簡単にはいかなくてね。水際でいくら市民部隊や干渉者たちが必死になって戦っていても、“おおもと”をやっつけなきゃ意味がない。どこからやってきて、どうして“悪魔”になってしまったのか。せめて、時間帯や干渉度合いに何かしらの規則性がないものかと、いろいろ分析してみたんだけど、それもあまり役には立ってなくて」


「でも、ある程度は分析してみたんでしょ。ジークなりの分析結果は知りたいわ」


「分析って言っても、あんまり面白いもんじゃないよ。とりあえず、出現場所を地図に記して、時間帯や現れた魔物の種類を表にしてはみたものの、コレといってはっきりとした傾向があるわけでもなく」


「――あ、あのさ」


 二人がなにやら難しそうな話をしているのをじっと聞いていたのだが、どうにも腑に落ちないことがあった。


「話の腰を折ってゴメン。ちょっといい?」


「何かな、凌」


「“悪魔”って、結局のところなんなの? さっきから、“表”がどうの言ってるってことは、“あっちの世界”となんか関係があるってこと?」


 一瞬、間ができた。

 ジークはまた、何も喋ってないのかよという風に美桜に目配せしている。

 美桜もまた、何にもと、さも当然のように目を逸らした。


「あるも何も、“悪魔”は、“表の世界の干渉者”が変化したものだと考えられてるんだよ」


「――え?」


「つまりね」


 と、今度は美桜が、ジークに私が喋るからと目で合図している。


「“表の世界”の何者かが、私たち“干渉者”と同じように、何らかの力を使って、“この世界”に魔物を送り込んでいるのではないかと。これはあくまで推測の域を出ないのだけど。第一、“あちらの世界”で“裏”の存在を知るものは少ないのだから、元々そういう能力を持っていた誰かが、悪意を持って“裏”に干渉したと考えるのが自然ね。もし、干渉パターンが分析によって判明するのだとしたら、人物像を捉えやすい」


 美桜の目は、乾いていた。いつになく、つり上がって見えた。


「人間……、なの」


「恐らくは、ね」


 恐らく。いや、その言い方じゃ、十中八九と思ってよさそうだ。

 まさか、相手、“悪魔”とやらが同じ人間だなんて思いもしなかった。

 悪の親玉は大抵でっかいモンスター、じゃないのか。ゲームのやり過ぎか?

 俺は渇いた喉に、無理やり唾を押し込めた。ごくっと喉仏が動く。


「凌、“干渉能力”は、単純に“経験値”とイコールじゃないってのは、美桜から聞いた?」


 突然ジークに話を振られ、俺はびくっと身体を強張らせた。


「い、いや」


「いわゆる“経験値”――って言っても、ゲームじゃないんだから、数値があるわけじゃないけど、“経験によって得られる能力”は、当然、経験を積めば積むほど高くなる。でも、それは“干渉能力”が高くなるのとはまた違う。“もうひとつの世界に干渉する力”を強くするのは、ひとえに“精神力”だと思ってくれていい。“世界を変えよう、干渉してやろう”という気持ち如何で、“干渉能力”に差が出てくる。さっき美桜が言ったように、“悪意を持って干渉”すれば、その力は“悪魔”と呼ばれてしまうことになる」


「その“悪魔”の正体さえわかれば、“干渉”をやめさせさえすれば、“レグルノーラ”には平和が訪れるはず、なのよ。理屈的にはね」


 何となく、二人の言っていることが見えてきた。

 要するに、“悪魔的な力”を持った“干渉者”ってヤツが存在するわけだ。“あっちの世界”のどこかに。

 美桜は一緒に“悪魔”を探す相手として、なぜだか知らないが俺を選んだ。

 ジークは元々、“こっちの世界”でいろいろと“悪魔”について調べていた。“あっち”での様子を監視しながら、“悪魔”の行動パターンを分析していた。

 なるほど。

 だんだん自分の立ち位置が見えてきた。


「で、どうなの。分析の結果、何かわかったことはあるの?」


 美桜の問いに、ジークは困ったなと苦笑いし、頭をボリボリと何度か掻いてから、「これ見て」と、この部屋に通されたときに画面に表示されていたグラフと表を再表示した。


「残念ながら、行動パターンには規則性はない。まんべんなく、昼夜問わず現れてる。それから、“干渉パターン”、つまり、現れた“魔物の種類と攻撃のパターン”にも特に規則性はない」


 ジークの言う通り、地図にはバラバラとまんべんなく、出現カ所を示す点が記されていた。

 魔物についてのデータが記されている表やグラフも、数値がほどよく疎らに散っているのがわかる。


「これだけ多種多様な攻撃ができるなんて、かなりの力量だと思わないか? 少なくとも、その“干渉能力”の高さは、神レベル。“干渉者”がいくら“悪魔を打ち砕く者”という意味を兼ねていたとしても、僕たちみたいに、何とか戦えてる程度の力じゃ、どれだけ束になっても敵わないだろうね。――あまり考えたくはないんだけど、ひとつ仮定がある。聞きたい?」


 ジークは椅子ごと俺と美桜の方に向き直って、一層真剣なまなざしを向けてきた。


「何よ。もったいぶらないで」


 美桜は、何を今更という風に眉をぴくっと動かして、ジークを睨んでいる。


「こんなこと言ってしまうのはどうかと思ったんだけど。もし違ったら、そっちの方がありがたいな。“表の世界”にはホラ、“嘘からでたなんとか”ってことわざがあるらしいし、言葉にしてはいけない気がして」


「いいから早く」


 ジークは、本当に言いたくなさそうに、口を歪めた。

 そんなに言いたくなければ、思わせぶりなことなど口にしなければよかったのにと、俺はそのとき、まだ他人事のように感じていた。


「多分、“悪魔”の力を持った“干渉者”は一人じゃない。複数人で、互いにその存在を知らずに、個々に干渉してきている」


 聞こえてきたセリフは、あまりに信じがたかった。

 俺と美桜は互いに顔を合わせ、一体どういうことだろうかと首を傾げた。


「“悪魔”は、一人じゃ……ない?」


 恐る恐る尋ねた美桜の声は、微かに震えている。


「多分、の話だよ。一人一人の力は小さいかもしれないけど、混ざり合って強大な“悪魔”となり、“この世界”を混沌に陥れているのではないかと。現れる時間や干渉のパターンに規則性がない理由を、合理的に考えただけだけどね」


 そこまで言って、ジークはふうっと大きく息を吐いた。

 そして、スッと人差し指を前に出し、俺たちの視線を集めた後で意を決したように、分析の核心を口にしたのだった。


「つまるところ、“悪魔”は、何人いるか、わからないってことさ」


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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