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54.臭い

 久々に美桜を見た。

 “向こう”ではたった一日しか経っていないのだが、俺にとってはものすごく久しぶりだった。

 相変わらず、彼女は綺麗だった。長い茶髪をなびかせて、凜々しく立つ様は、鳥肌が立つほど美しい。曇天を透かして降り注ぐ日の光が彼女を照らす。ダークアイの攻撃に使っただろう大筒を肩に担ぎ、瓦礫に足をかける様は、戦乙女そのものだ。

 俺はゴクリと大きく唾を飲み込み、体勢を整えて彼女に向き直った。


「や……休んでたんじゃなかったのかよ」


 俺が聞くと、彼女はまあねと軽く笑って、大筒を持ったままヒョイと身軽に瓦礫の山を飛び越えた。美桜は気に入りのAラインスカートを翻して、軽やかな足取りで近づいてくる。俺とは違って戦い慣れている美桜は、しっかりと胸当てや腕当て、それから膝当てまで装備している。この辺、見習わなくてはと思いつつ、彼女をまじまじ観察していると、


「あれ? どうしたの市民服なんか着ちゃって。似合わない」


 美桜はぷっと吹き出し、声を出して笑った。


「悪いか。俺だって服装くらい、どうにかできるようになってきたんだよ」


 確かに似合うとは全く思っていないけど。

 そっぽを向く俺に、美桜は半笑いで謝ってきた。


「ごめんなさい。見慣れないもんだから、つい。いいんじゃないの。できることが増えたってことは、“力”を使いこなせるようになったってことだし」


 褒められているのか、馬鹿にされているのか。

 相変わらず、何を考えているのか全然わからない。


「そっちこそ、何やってんだよ。ホントは学校休む必要なんてなかったんじゃないのか。体調、良さそうに見えるけど」


「失礼ね。今日は一日中寝込んでたのよ。“あっち”ではね」


 歓談、というわけではないが立ち話をしていると、ダークアイと共に戦った市民部隊の男が、恐る恐る近づいてきた。


「2人は……どういう関係?」


「彼は私と同じ“干渉者”よ、ウィル。凌は、いつから彼らと?」


「あ、えっと。さっき、から。あ……改めまして、凌、です。よろしく……」


 今更どうしたらいいのかもわからず、俺はウィルにぺこぺこ頭を下げた。

 ウィルは困ったような顔をしながら、頭を掻いている。


「あれ……、君、なんだかさっきと雰囲気違うね。戦ってるときはもっとシャキッと……」


「き、気のせいですよ気のせい」


 無自覚だが、良く言われる。別に態度を変えているわけではないのだが、美桜がいると特に、ペースに巻き込まれてしまってそう見えてしまうのかもしれない。

 にしても、だ。

 俺は視線を落として、美桜の肩に担がれた、物騒な物体をまじまじと見つめた。

 相変わらず銃器が好きらしい。これに魔法を載っけてブッ放ったのか。だからこそあの威力。完全抹消はできないにしても、かなりのダメージが入っていたのは確か。魔法と物理攻撃を掛け合わせれば、ダークアイの殲滅も、できなくはないということか。

 ジロジロ見つめるのに気付いたのか、美桜は大筒をゆっくり肩から下ろした。


「あ、忘れてた。ごめんね、直ぐに片付けるわ」


 言った直後にスッと大筒が消える。武器がなくなると、急に美桜が小さく見えるのが、なんとも面白い。


「具合が悪いついでに“こっち”へ来て、市民部隊のお手伝いをしてたのよ。凌が居たなんて驚きだわ。昨日の調子じゃ、とても“こっち”になんて来られるわけないと思ってたから」


 昨日、というと、久々の登校の直後に美桜のマンションに呼び出されたときのことを指すのだろう。確かに俺はあのとき、ネガティブ一直線で、何を言われてもマイナスにしか受け取れなかった。体調も悪かったし、“能力の解放”に慣れず、“レグルノーラを救う”とディアナに誓ったにもかかわらず、どう動けばいいのか途方に暮れていた。

 確かにあのときと比べれば、レグルノーラと向き合う姿勢は変わった。知らなくていいことまで全部、無理やり知らされてしまったから。そう、美桜のことだって。


「美桜の方こそ具合が悪いんだったら、“こっち”に来ないでゆっくり休んでればいいのに。飯田さんにあまり心配かけるなよ。お前のこと、一番心配してくれてるんだろう」


「そ、それはそうだけど。時間があれば私、できるだけレグルノーラへ飛んで戦いたいと思ったのよ。私にとって、“二つの世界”はどちらも同じくらい大切なんだから。何度も言ってるでしょ」


「そういう問題じゃなくて。まずは身体を大事にしろって話だろ。戻れよ」


「なによそれ。珍しく命令形なのね」


 美桜は腰に手を当て、頬を膨らませた。

 なんだろう、これまでただ威圧的にしか見えなかった彼女が、何となく可愛く見えてしまった。これは、何の変化だ。

 腰を引いて苦笑いしていると、今度は美桜が俺をまじまじと見つめ始める。いぶかしげな目をして、上から下まで舐めるように観察している。


「な……なんだよ。気持ち悪いな」


 と、今までだったらこの時点でビンタの一つくらい飛んでいたかもしれないが。

 美桜は何か腑に落ちないような顔をして、一歩二歩下がり、それからもう一度、念入りに何かを探っている。

 周囲にいた市民部隊の戦闘員たちも、その様子が気になったのか、徐々に集まってきてしまった。

 気まずいな、この空気。そう思ったところで、美桜がまた、妙なことを言い出す。


「あなた……、誰?」


「へ?」


 ちょっと意味がわからない。自分から俺の名を呼んでおいて、突然誰だなんて、具合悪くて気でも狂ったか。


「誰って……、来澄凌、だけど。どうしたんだよ、急に」


「本当に、凌? 嘘でしょ。昨日までとは臭いが違う。別人、じゃないの」


「ハァ?」


 臭い、だなんて、何を言い出す。

 確かに美桜は、臭いで干渉者や悪魔を判別する能力があるようだが。それは、俺が色や歪みで何らかの力を察知するのと同じで、それぞれの個体が持つ独特のものを感じ取れるということに違いはなさそうなんだけど。

 俺自身、何も変わったことはないはずなのに、彼女は一体何を。


「私の知ってる凌と違う。前はもっと……弱くて、辛うじて感じ取れる程度だったのに、今日は急にハッキリして。でもこの臭い、嗅いだことがある。すごく昔……、懐かしい、臭い。嫌な臭いじゃない。優しくて、強い臭い。あれは誰だったかしら」


 考え込む美桜。

 昔って……、どれくらい昔だ。まさか、俺が過去に飛んだときのことを、覚えているのか。あのとき美桜はまだ四つ。そんな前のことを鮮明に覚えているわけ……。それに、もしハッキリ覚えていたとしたら、俺が彼女の秘密を知ってしまったことさえ、バレてしまうんじゃ。

 それは、よくない。

 俺はあくまで、不幸にも彼女に才能を見いだされてしまった頼りない干渉者。

 余計なことは喋らない方がいい。

 砂漠に飛ばされたことも、帆船に乗ったことも、時空嵐に巻き込まれて過去に行ったことも。

 だって、全部知ってると彼女に知れたら、美桜はこの先自分という存在の意義を考え、もっと苦しむことになるかもしれないんだ。彼女自身が自分の秘密をどれだけ知っているかもわからないのに。


「ぐ……具合、悪いからじゃないのか。そう感じるの。風邪?」


「うん。熱と、鼻。夏風邪みたい」


「じゃ、じゃあそれだ。“表”で具合悪いのがこっちまで影響してるんだよきっと。だからいつもと違うような気がする。そういうことなんじゃないのか」


「そうかしら……」


 美桜はまだ納得できない様子で、ジロジロと俺を見つめている。


「戻って寝ろよ。どっちかで起きてどっちかで寝てるとかじゃなくてさ。しっかりと身体休めないと。熱もあるなら、特に激しく身体動かすのはアウトだろ。何度?」


「37.8だけど……、そんなのどうだっていいじゃない。“こっち”ではすこぶる快調よ? 熱なんて全然」


「いんや、そんなことない。二つの世界で命は繋がってるんだ。こじらせたら大変だろ」


 気を遣えば遣うほど、美桜は首を傾げた。

 もし本当に“臭い”とやらが違うとしたら、何が違うのか、俺にはよくわからない。ディアナの荒行で力を操れるようになったことが関係するのか、それとも、今は近くに居ないけれど竜を従えていたからなのか。

 とにかく今は、美桜を“表”に帰すのが先。そうしないと、せっかく合流した市民部隊の面々に、キャンプのことを切り出せない。


「な、戻れよ。ゆっくり休んでから、また来ればいいじゃないか。俺もなるべく、学校から“こっち”に飛ぶようにするからさ」


 無理やり会話を纏めると、美桜はムスッと顔を歪めて、面白くなさそうに口をとがらせ、ため息を吐いた。


「急にお兄さんぶって、変なの。同い年よね」


「あ、当たり前だろ。悪いけど、留年なんかしてないからな」


「絶対、今日の凌はおかしいと思うわ」


 まだ言うか。


「じゃ、ウィル、またね。ライルにもよろしく」


 手を振り、人混みに背を向ける美桜。数歩進んで、それからまた振り向く。


「ホントにホントに、凌、で間違いない? 学校戻ったら、聞くからね」


「はいはい」


 行けよと手で合図すると、犬猫じゃないわとでも言いたげな目で睨まれる。

 美桜の足元にうっすらと魔法陣が浮かび上がったと思った矢先、彼女の姿がスッと消えた。どうやらちゃんと戻ってくれたらしい……。

 肩から力が抜ける。

 美桜のヤツ、妙なところで鋭い。これは本格的に、隠すところは隠さないと、あとで面倒なことになりそうだ。しっかりと情報整理して、俺なりの立ち振る舞いを考えていく必要があるな。


「君、美桜と親しいんだ」


 と、ウィルが聞く。


「あ……まぁ、親しいというか、何というか。学校でも一緒だし、何かと俺には言いやすいみたいで」


 ハハッと、ウィルだけじゃなくて他のメンバーも苦笑いしているところを見ると、俺たち二人の会話で何か感じるところがあったのか。


「彼女があんな風に感情さらけ出すの、初めて見たわ」と、一人の女性。


「確かに、美桜はいつもクールで、戦うことでしか自分を表現できないなんて言っていたこともあった」と、今度は別の男。


 へぇと、美桜の別の一面を知ってうなずいていると、ウィルがスッと右手を差し出してきた。


「いつだったか、ジークに『とある干渉者に、市民部隊への協力を求めている』って話を聞いたことがあった。『まだ力は使いこなせないが、できるようになればかなり強力な助っ人になるはずだ』って。それが、君だったんだな。名前は聞いてる。僕は第二部隊隊長のウィル。さっき名前の出てたライルは、第一部隊の隊長。第一部隊は主に竜騎兵で、こっちは歩兵が主体。近頃頻繁に出るダークアイ殲滅のため、大体はこの二つの部隊が協力して作戦を行ってる。第三部隊は森に張ったキャンプで主に生活支援を、第四部隊は食料や物資の調達と供給を、第五部隊は砂漠の侵食の調査を主に行ってる。もし君が協力してくれるなら、かなり助かる」


 ニコッと、優しく微笑むウィルは、兄貴より少し上くらい。面倒見もいいんだろう、部隊の面々も、ウィルに心をすっかり許しているようだ。


「こちらこそ、俺で良ければ」


 右手を差し出すと、思いっきり強く握られた。大きく無骨な手だ。


「キャンプにいる第三部隊と連絡を取ることは?」


 ついでだ。聞きたいことを聞いておこうと、話を切り出す。


「勿論。連絡は密に取り合ってるよ。お互いの情報を共有しなくては、万が一のとき対応できないからね」


「じゃあ……、キャンプに砂漠の帆船から物資の要請があったことなんかも、ある程度把握を?」


「ああ、彼らは定期的に森へ寄るからね。最近は街へ行っても店が軒並み閉まってるからって、キャンプに寄っているそうだね。柄は良くないが、気はいいヤツらだって聞いてる。砂漠の魔物についても情報をくれるし、時空嵐の発生箇所や森の消滅箇所も、彼らが居ることで把握できていることが多いんだ。それが、どうかした?」


「その帆船の(おさ)に聞いたんだけど、キャンプに見慣れない干渉者が合流してたらしくて。ウィルは知ってるかなと思って」


「見慣れない……? さぁ、わからないな。君自身がキャンプへ向かって確かめた方が早そうだけど、場所は知ってる?」


「いや、全然」


「ここからあのビル群を抜けた先へ真っ直ぐ進むと、キャンプへ出る。一本道じゃないからイメージしにくいかもしれないけど、近くに目印の大きな泉があるから、わかるんじゃないかな」


 ウィルが指差した先には、いつぞやにジークとエアバイクの尻に乗ってダークアイと戦ったとき、空中で何度もぶつかりそうになったビルがいくつもそびえ立っていた。

 なるほど、何となくだが、位置関係が掴めた。


「今行くなら、送ろうか?」とウィル。


「ありがたいけど、まさか、魔法で? それともエアカーとか」


「いやいや。竜の背にでも乗せてやろうかと」


 言ってウィルは指笛を吹いた。途端に、バサバサと上空から音がして、瓦礫の真上に、巨大な黒い影ができる。大きく羽を広げた翼竜は、さっきまで上空でダークアイを威嚇していた個体のようだ。

 ゆっくりと高度を下げて、瓦礫の上に降り立つ竜。その背には、既に人が乗っている。


「ウィル、呼んだ?」


 竜の背で男が叫ぶと、ウィルは大きく手を振って、


「呼んだ。ちょっと貸して。これからキャンプに彼を連れてってくる」


 男はわかったと手を振り替えして、スルッと竜の背から降りた。


「さっき協力してくれた干渉者なんだけど、キャンプに用があるそうなんだ。ちょっと借りるよ」


「了解了解」


 パンと手をたたき合って、男は竜をウィルに預けた。


「見てたよ、上から。結構いい動きしてたじゃん」


 すれ違い様に声をかけられると、急に恥ずかしくなる。


「ああ、ありがとう、ござい、ます」


 頭を掻きながら、俺はぺこぺこと、何度も頭を下げてしまっていた。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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