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53.再戦

 そびえ立つビル群と、巨大な黒い影、周囲を飛び交う竜――。互いに声をかけながら二十人前後の戦闘員が黒い影に向かって激しく魔法を放ち続けるその様は、さながら野戦場だった。

 ビルの外壁は崩れ、立体交差した道路は地面に落ち、砕けたガラス片とコンクリの上を、厚底のブーツを履いた銀ジャケットの人影が走り抜ける。

 映画のワンシーンなら、ドキドキワクワクが止まらない、最高の場面だったろう。が、これは現実。俺がすべきは傍観じゃなくて、彼らを助け、合流して、キャンプへ向かうこと。そのためにも、何らかの形で応戦しなければ。

 街路樹の下を潜り、大通りへ出ると、黒い魔物の全容が目に入った。塔のようにせせり立った真っ黒な粘着質の胴体には、ギョロギョロとした目玉がいくつもくっついていた。四方八方に触手が伸び、竜を鷲掴みにしようと大きく手を広げている。更に、分身と思われる巨大な黒い眼球が散らばり、市民部隊の戦闘員らの行く手を阻んでいる。

 “ダークアイ”だ。

 物理攻撃が殆ど通じない上に、彼らが従えている竜は、不定形生物が苦手らしかった。

 パッと見でも五体以上の竜がこの場にいるが、必死に人間の期待に応えようと頑張っている程度なのだろう。どこか尻込みして、距離を取って戦おうとしているように見える。

 竜と言えば、ふとテラの存在を思い出す。

 あいつ、どうしてるんだろうか。過去の世界で別れたっきり、会ってない。気を失った美幸と美桜をテラに任せて、戦い終えて戻ったときには確か、かの竜にやられて意識を失っていた。ディアナが融通して今の時間軸に戻してくれていればいいんだけど。

 主従契約を結んだとはいえ、互いに違う世界を本拠地にしているわけだから、そうそう意思疎通もできない。そこが厄介だ。1人で戦うより、口うるさいがテラと一緒に戦った方が上手く動ける気がしていただけに、色々と弊害があるのが困りもの。

 どうにかして呼び寄せることができれば。

 ディアナは確か、指笛で竜を呼んでいた。テラもあんな感じに呼び出せるのだろうか。それとも、魔法陣? 

 いずれにせよ、不定形生物が怖いんじゃ、戦力にならない可能性もある。頼らず、自分だけの力で何とかするか。

 走りながら、魔法陣をイメージする。

 何の魔法がいい。やはり、全体攻撃か。

 どういった攻撃が効くのか、試してみるしかないのだろうか。市民部隊の連中を見ても、炎に雷、水に風と、ありとあらゆる属性の魔法を試しているようだが。とりあえず、俺はこれか。


 ――“雷よ、敵全体に降り注げ”


 立ち止まり、意識を集中させて魔法陣に文字を刻む。眼前に出現した魔法陣に両手を押し当て、巨大な雷を上空からダークアイめがけて……落とす。閃光に竜たちが仰け反り、戦闘員たちが動きを止めた。地鳴りと衝撃で足元が震える。

 よし、まずは一発。確認して更に近くへ走って行く。


「誰だ」


「加勢か」


 口々に叫ぶのが聞こえるが、どう答えたらいいか。とりあえず、適当にうなずき返し、次の魔法。攻撃が当たりやすくなるよう、この不定形を固めてやれば。

 再び立ち止まり、大きめの魔法陣を錬成する。この巨大な魔物を全部固めるには、かなりの魔法量が必要だ。俺の力だけじゃそんなこと、しようにも限界があるし。


「手伝って」


 直ぐそばにいた男に、協力を求める。俺より一回りくらい上の彼は、困惑しながらも、


「どうすればいい」


 と聞き返した。


「“ダークアイ”を凍らせて、それから爆破系の魔法をかけるか、風系の魔法で粉々にするか。固まりさえすれば、もしかしたら物理攻撃も通じるかもしれないだろ」


「なるほど。では、凍らせれば」


「ああ」


 彼は即座に魔法陣を錬成してくれた。その様子を見て、各々魔法を放っていた戦闘員らが次々に、同じ魔法陣を描き始める。魔法陣の字を読み取ったのか、竜の背にいた男たちも、攻撃の手を緩めている。

 ダークアイを囲うようにして、いくつもの魔法陣。その中でたった一つ、俺のだけ日本語で。いい加減、芝山のようにすっかりレグルの字覚えればいいんだけど。そんなこと覚えるよりも、今はとりあえず魔法を発動できるかどうかが大切なわけで。


 ――“ダークアイの身体を全て凍結させろ”


 見てくれなんかより、中身中身。


「行けぇ!」


 俺の声を合図にして、次々に魔法が発動していく。

 地面を伝い、手前から奥に向かって氷の柱がザクザクと地面から突きだして、分身の目玉が小さい方から凍りつき、それからベトベトしていた触手の先、本体の端っこから胴体まで、どんどんどんどん凍っていく。よし、良い感じ。更に魔法をつぎ込んで、このまま、本体までカチンコチンに凍りさえすれば。

 がしかし、そう上手くいくはずもなく。これだけの人数が揃っていながら、巨大なダークアイの全てを凍らせてしまおうなんて所詮無理があったのか、本体は全くもって無傷のまま。そこから熱が伝ったのか、一時は凍りついたと思われていた触手も目玉もすっかり解けて。


「ちっくしょ」


 思わず叫ぶが、


「大丈夫、効いてる。動きが鈍った」


 誰かが言ったのでホッとする。

 思ってたのとは違うけど、まあまあ、結果オーライってことで。


「魔法剣は効く?」


 さっきの男に尋ねると、


「必ずしも効くとは限らないが、撃退はできる」


 なんとも曖昧な答え。

 殲滅なんて期待できないんだ。せめて、追い払うことができれば。

 使い慣れた両手剣を手の中にイメージ。だんだん柄の握り心地もしっかりしてきて、これぞ俺の剣みたいになってきた、シンプルな両手剣。あれで。

 重さを感じ、両手で握り返す。カチッと柄と(やいば)が噛み合う音。この、しっくりとした重さが丁度、好きになってきたところだ。両手でしっかり持ち上げて、魔法陣を刃先に向かって走らせる。得意の炎の魔法を乗せて、まずは手前の、目玉の化け物めがけて走って行く。

 側で戦う女性戦闘員に「どいて」と声かけて、彼女が一歩下がったのを確認してから、宙を蹴り上げる。見えない階段を駆け上がって、目玉の真上に。目線さえ向けられなければ何とか倒せるはず。あの、ギョロリとした目を見てすくみ上がるくらいなら、見えないところから攻撃すればいいのだ。

 振りかざした剣を、思いっきり地面に向けて叩き落とす。

 炎を纏った剣先が、目玉の真上に落ちていく。

 ほらどうだ、見られさえしなければこっちの……、と、思った瞬間、足がすくむ。ギョロリと目玉が空を向く。俺を見ている。眼球――。ダメだ。見られた。目を、目を閉じろ。心が揺れた、その瞬間に、刃先もぶれた。悔しいかな、眼球ど真ん中とはいかない、まぶた部分を掠め、端っこを切り落とす程度のダメージ。目玉は直ぐにまぶたを修復し、元に戻ってしまう。


「クソッ」


 苦手だ。この、目玉が。俺の方さえ見てくれなければ、何とか攻撃を当てることができるものを。

 着地し、悔しがる俺を見て何か思ったのか、さっきの彼が近づいてきて、


「サポートする。もう一度やれるか」


「ああ」


 期待しても良さそうな力強い申し出に、こっちも強くうなずき返す。

 気を取り直し、もう一度。距離を取って助走、それから駆け上がる。

 今度こそ、眼球を真っ二つに。

 炎を纏ったままの剣を、空中で高く掲げる。目玉がこっちを向く前に――、補助魔法が発動する。眼球が金縛りに遭ったように動きを止め、粘着質のまぶたが苦しそうにピクピクしている。今なら。


「てやぁぁぁぁあぁぁッ!!」


 刃先が目玉にめり込んでいく。炎が細胞を焼いていく。

 力を強める。もっともっと炎を大きくして、このまま内部から焼き尽くしてしまえ!

 黒い蒸気が立ち上る。切れ目から徐々に、眼球が溶け出していく。剣先が眼球の中心部を通り抜け、無事に地面まで到達する頃には、目玉は殆ど黒いドロドロの液体みたいになって、地面に広がっていた。

 着地した場所にさえ、黒い粘液がびっしりとくっついていて、靴底が汚れた。ぬめっとした感触に転びそうになりながら、やっとの思いでその範囲から抜けると、不意に拍手が巻き起こった。


「君、“表の干渉者”か」


 肩で息をする俺に、さっきの男が話しかけてきた。

 そういえば、今日はいつもの制服じゃなくて、市民服にしたんだった。服装を変えるなんて普段はやらないから、周囲からどう見えるかなんて考えてもみなかった。なるほど、能力さえ使わなければ、“レグルノーラ”に完全に溶け込める。美桜もこうやって服装を変えてた。そうすることで動きやすくなっていたって、今更だけど納得する。


「まあね。そんなことより、眼ン玉一つくらいで安心してないで、次。もっと広範囲を効率的に攻撃できればいいんだけど」


 俺は男を横目に、剣を握り直した。

 気付けば汗もダラダラで、ただでさえピッタリフィットの市民服の中はすっかりベタついていた。だけど今は、そんなこと気にしている場合じゃなくて。

 小さい目玉ばっかりに気を取られてても仕方ない。本体を、本体を攻撃しないと意味がないんだ。


「二段構えで行くか」


 男が言う。


「っていうと?」


「一度凍らせた後に炎の魔法で焼いた。そしたら、いつもより効率よく倒せた。ってことは、急激な温度の変化に弱いのかもしれない。二手に分かれて、一陣は氷系魔法、二陣は炎系か爆発系の魔法で追撃する。広範囲で一気に倒すとしたら、この方法がベストだろう」


「なるほど」


 話は聞いたなと、男は周囲に目配せした。その場にいた、男女入り交じって十人弱の戦闘員たちはそれぞれうなずいて、ダークアイを取り囲むように散っていく。

 俺も深くうなずいて、魔法陣の錬成を始めた。

 程なくして、いくつかの魔法陣が青白く輝き始める。宙に浮かび上がったその青色は、水・氷系魔法の証。それぞれに文字を刻み、ある者は凍てつく氷の粒を、ある者は吹雪を、ある者は大きな氷の(つぶて)を、ダークアイめがけて浴びせ始める。

 その間にも、ダークアイは触手を伸ばし、術者を呑み込もうとする。それを、空中から竜が威嚇し、その度にダークアイは触手を引っ込めた。

 ある程度魔法を出し尽くした、その頃合いを見計らって、第二陣。俺もこっちに参加する。赤く輝く魔法陣――炎と爆発系の魔法だ。イメージはそう、大きな火の玉を作って……、拡散させる。


 ――“炎の塊よ、ダークアイの懐で弾けろ”


 魔法陣に文字を刻み、一気に魔法を注ぎ込む。

 火の玉……、もっと、もっと大きく。膨れろ、膨れろ。

 熱を発し、熱風が吹き出すのを肌で感じながら、大きさを確認する。直径30センチ、40センチ……もっとだ。50……、60。これが限界か。両手で押し込むようにして、炎の塊をダークアイめがけて放った。眼ン玉や触手をすり抜け、本体の近くまで飛んでった塊は、そこで拡散。

 続けて、二陣に参加した戦闘員らの魔法もどんどん発動していく。

 目玉が破裂する、触手が蒸発する、本体に穴が開く。

 こころなしか、徐々に身体が縮んでいくようにも見える。ダークアイに絡みついていったあの黒いもやも、少しずつだが小さくなっていく。

 あと少し。

 今度は別の魔法を。

 再び魔法陣を錬成する。赤い、魔法陣。さっきより少し大きめのそれを宙に描き、文字を刻んでいく。


 ――“炎を含んだ嵐を巻き起こせ”


 右腕を左腕でしっかり支え、手のひらに力を入れて、しっかりと魔法を注ぎ込んでいく。瓦礫で足場も悪く、決して力を入れやすい環境じゃないのだけれど、そんなことを言い訳にして、“解放”された“力”とやらを使えないんじゃ、何のための“覚醒”だって、また周囲にどやされる。当然、そんなことを言うようなヤツは今近くに居るわけじゃないんだけど、せっかく使えるようになった“力”、ここで存分に発揮しないで、どこで発揮する。

 魔法陣から風が吹き出す。

 炎を纏った風。風は徐々に風速を強め、嵐になる。炎は周囲に散らばったダークアイの欠片を焼き尽くした。それを確認しながら、足場の悪い大通りをどんどん進んでいく。魔法に巻き込まれぬよう、周囲の戦闘員らはうまく道を空けてくれる。その度に俺は頭を下げて、前に進む。粗方の欠片を焼き尽くしたところで、俺自身の集中力も魔法も尽き、後残るは本体だけ。

 やっとこさ辿り着いたが、どうしてくれよう。せせり立つ本体にはギョロギョロの目玉が無数で、それだけで俺の足はすくんでしまった。

 コイツを何とかしなきゃ、その先、市民部隊の連中とゆっくり話をする時間なんて、取れそうにないわけで。早くしないと“キース”とか名乗った、恐らく“かの竜”の化身と思われる人物との接触も難しくなる。

 額の汗を腕で拭い、本体を仰ぎ見た。

 曇天と、黒いもや、それから無数の目。

 こんな化け物に、どうやって太刀打ちすればいいんだ。いくら“能力が解放”されたとはいえ、限界だってあるだろうに――。

 思った矢先。

 ドンという強烈な破裂音と共に、ダークアイ本体上部に穴が開いた。恐らくは本体の向こう側、俺とは真逆の位置で誰かが戦っているのだ。ドンドンと、今度は二発、続けざまに穴が開く。はじけ飛んだ本体の欠片が凄い勢いで落下してくるのを、俺や一緒に戦った戦闘員たちは必死に避けた。

 ベチャベチャッと気味の悪い音を立てながら、黒い塊が地面に打ち付けられていく。さっき魔法剣で切りつけたときと似た、焼かれた断面を含んだ塊は、音がする度、ドサドサと落ちてくる。

 更に、追い打ちをかけるようにして爆発魔法。通りの真ん中を塞いでいたダークアイの塔が、真ん中からポッキリ折れ、よりによってこちらに向けて落ちてくる。

 潰されたらたまったもんじゃない。

 今来た道を引き返し、必死に逃げる。

 全方向から攻撃していたのかもしれないが、よりによって味方の居る方に攻撃してこなくても。確かにダークアイはダメージを受けているけれども。きちんと周囲を見まわした上で戦ってくれないと。

 50メートルほど戻って、振り返った。

 砂埃が立ち、黒いもやもやとダークアイの粘着質の欠片が瓦礫に被さって、さながら世紀末の光景を醸し出していた。

 どうやらダークアイは、戦いに負けたらしい。大きく広げていた身体を急速に縮め、そのままスッと煙のように姿を消した。

 勝った、と解釈していいのだろうか。

 ハッキリとわからないところが、何とも気持ち悪い。

 それにしても、魔法を使い切った後の猛ダッシュは辛い。肩で息をして、喉がカラカラで痛くなって、その上、胃もキリキリしてくる。唾液腺から噴き出すヨダレを拭いつつ、俺はゆっくり頭を上げた。


「美桜!」


 誰かが叫んだ。

 俺はハッとして、彼女を探す。

 煙が少し落ち着いて、遠くまで見渡せるようになってくると、うずたかい瓦礫の上に大きな筒を担いだ女のシルエットが見えてきた。


「なんだ。凌ってば、ちゃんと来てるんじゃない」


 美桜だ。

 学校を休んでいた美桜が、揚々として俺を見下ろしていた。


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