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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく裏の世界と不遇の救世主〜  作者: 天崎 剣
【14】美桜の居ない日

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52.不審な男

 朝の騒ぎで集中力が途切れ、すっかりレグルノーラに行き損ねた。

 よくよく思い出してみれば、入院前は無理やりだが毎日のように“向こう”に飛んで、あちこち騒いで回ったんだ。ウロウロしているウチに時間切れで戻って来たり、かと思えば突然の戦闘で身体が追っつかず、美桜に厳しい目線を向けられたり。

 美桜が珍しく休んだからとはいえ、そういったことを全部忘れてしまったかのような錯覚に陥るのは、必ずしもいいとは言えないと、自分でもよく分かっている。命を捧げるつもりでディアナに“能力”を“開放”して貰ったのは、事実なのだから。

 向こうが全然気にならないわけじゃない。むしろ体調もいいんだし、必要とされているのだから、積極的に行くべきだとわかっていつつ、考えることが多すぎて集中できなかったのだ。

 美桜レベルになれば、まぁ、気が散ろうが体調悪かろうが、飛んでしまうんだろうけど。

 ディアナが以前言っていたように、俺と彼女じゃ、同じ“干渉者”でも違うタイプ。彼女が先天的にそういう能力に長けているのに対し、俺はやっと、同じラインに立てたばかり。

 上を見ればキリがない。自分のペースで何とか、関わっていくしかないのだ。

 それにしても、ジークのヤツ、完全に学校に馴染んでいた。4月から紛れていたってのも、あながち嘘じゃなさそうだ。あの性格だし、下手したら俺よりもずっと、学校内に知り合いがいそうだ。人付き合いが苦手すぎて、友好の範囲をなかなか広げられない俺とは正反対、なんだろうな。

 午後の授業が終わり、ぼんやりしながらリュックを背負うと、芝山が変な咳払いをしながら近寄ってきた。

 何だよと眉をひそめると、


「放課後。時間取るって」


 眼鏡をクイクイさせながら、口をへの字に曲げて睨み付けてくる。

 忘れてた。ジークに会ったことで、芝山との約束が頭からすっかり抜けていた。


「あ……、そうだ。俺も芝山にちょっとお願いがあって。ここじゃなんだから、場所移すか」


 疎らに人が残る教室を見まわして、芝山と一緒に教室を出る。

 女子共がまたコソコソキャーキャーしているが、気付かない振り。一体彼女らは何に興奮しているのか、俺には理解できないし、したいとも思わない。

 どこなら話せそうか、歩きながら考えた末、屋上に行くことにする。放課後は昼休み以上に来る人もまばらだし、いいんじゃないかと、芝山が言ったのだ。

 芝山は普段、これから塾へ向かうのだそうだ。志望校へ少しでも近づくために必死らしい。お前は行かないのかよと言われたが、なるようになるさと適当に相づちを打った。正直なところ、進学するかどうかも考えてなくて、今生きることに精一杯。将来の展望もある芝山とは、レグルノーラ以外の話では、なかなか噛み合いそうにない。

 放課後の屋上は、まだ暑かった。傾きかけたとはいえ、真夏の日が熱した空気は簡単に冷えてくれない。

 屋上から下を見渡すと、運動部の連中がグラウンドで汗だくになっているのや、水泳部がプールで泳いでいるのが目に入った。声を上げ、快活に動いている彼らを見ると、俺は全然違う世界に身を投じてしまったんだなと、妙に悲しくなる。元々汗を流して青春って柄じゃないが、今置かれた立場を考えると、本当に、自分の存在意義とは何なのか、深く考え込んでしまうのだ。


「砂漠で、美桜のことを教えてくれた“裏の世界の干渉者”について、話したことがあったの、覚えてるか」


 芝山は、他に誰も居ないのを確認すると、屋上の柵に身体を寄りかからせた。


「勿論、覚えてるよ。それが?」


 美桜に巻き込まれ、二次干渉者となってレグルノーラをさまよっていた芝山が、砂漠の帆船の(おさ)として活動できるようになった、その切っ掛けを作ってくれた人物がいたと、そういう話だった。芝山の記憶では、背の高い男性。何故かしら、それ以外のことは覚えていなかった。


「会ったんだよ。久々に」


「どこで」


「森で市民部隊がキャンプを張っているって話は知ってるだろ。都市部に現れた“ダークアイ”から逃れるため、市街地の住民を避難させてる。長期滞在には不向きだが、継続的に物資を運ぶことでやっと成り立ってるキャンプだ。そこに、来澄と別れた後向かったんだ。そしたら、ばったり。こっちは名前もうろ覚えだったってのに、彼はボクのことをハッキリ覚えていて、『砂漠では快適に過ごせてるか』って聞くんだ。ボクは、その節はってお礼を言ったんだけど、『砂漠に興味を持つ干渉者が現れたのは本当に嬉しいこと。砂漠の果てに何があるか、まだ興味はあるのか』って。当然、勿論だと答えた。そのために船を操って砂漠を走っているわけだし、ボク自身、未知の世界へ向かうことに使命感を持っているとも言った。そしたら、彼は嬉しそうに笑って、船の速度を上げる魔法を教えてくれた。そこまではよかった」


 芝山は一旦喋るのを止めて、それから俺の方にゆっくりと向き直った。


「彼の口から、君の名前が出た。『“リョウ”って名前の干渉者に心当たりはないか』って。なんでも、十年以上前に一度出会ったっきりなんだそうだけど、消息が不明で、もし知っていたら教えてくれないかってさ。ありきたりな名前だし、他人かもしれないから、君のことは言わなかったけど、“あそこ”はボクたちの常識が通じない世界だし、もしかしてってこともあるのかと思ってさ」


 十年以上前――? てことは、ジークじゃない……?

 芝山の話を聞いたときから、俺はてっきり、レグルノーラで芝山に接触していたのはジークだと思い込んでいた。世話好きの彼なら、異世界に迷い込んで途方に暮れていた二次干渉者に手を差し伸べるくらいのことはするだろうと。

 が、今の話を聞く限り、ジークじゃない。むしろ、時空嵐に巻き込まれ、過去へ飛ばされたときに出会った誰か。ディアナの周囲にそんな人物がいたか? まさか“深紅”の姿をしたテラじゃないだろうし。あいつは竜で、美幸にべったりとくっついていて、そんなことするわけもないし。

 誰だ。

 該当するような人物が、思い当たらない。

 暑さからじゃなく、焦りから喉が渇いた。

 あのとき、俺はそんなに大勢の人間と接触はしなかったはずだ。まさか、会話すらしなかったディアナを支持する能力者? あの場には確かに何人もの能力者が居て、各々が五人衆の誰かと戦っていた。その中の一人だったってことは?


「どうしたんだよ」


 考えを巡らす俺に、芝山が声をかける。

 尋常ならざる汗が後から後から噴き出てくるのを不審に思ったようだ。


「いや……。ところで、その彼の特徴は? 服装とか、顔とか」


 そうだなと、芝山はあごに手を持っていって、思い出す仕草をした。


「背は……高い。(おさ)になったときのボクと同じくらいか、それより少し高いか。華奢ってわけじゃないけど、結構細身で。黒髪で、優しそうな顔、してたかな。黒い色が好きなんだって。上から下まで黒い服をしてたから、キャンプでは結構目立った。糸目でさ、笑うと目が消えるんだ。で、知ってるのかよ、来澄」


 俺は、酷い顔をしていたんだと思う。

 身体がカチンコチンに固まって、指一本動かせない恐怖に襲われていた。

 多分、彼は。


 ――かの、竜だ。


 名前も知らない恐ろしい存在。

 彼が、俺のことを覚えている。

 それだけでも鳥肌が立った。

 ほんの短い間の出来事だった。小屋で待つ美幸の元へ向かい、そこで彼が美幸を抱き上げて恐ろしい言葉を話すのを聞いた。死体の転がる草地の真ん中で美幸と抱き合い、口づけを交わすのを見た。そして、あの邪悪な波動と魔法陣におののいた。

 俺はその間、ただ呆然と立ち尽くしていただけで。

 まさか。考えすぎだ。

 過去に迷い込んでしまった一人の干渉者のことを、覚えているはずなんて。


「彼は、今もキャンプに……?」


 大きく息を吸い込み、気を取り直して芝山に尋ねた。


「ああ。居ると思うよ。ボクたちは用事が済んだからまた砂漠へ戻るけど」


「名前は、わかる? 彼の」


「確か、キース……って言ったかな」


「そうか……、貴重な情報、ありがとう」


 何のために芝山に接触したのか、その理由が知りたい。美幸に近づいた理由と、何か関連性があるかもしれないし。彼がキャンプを去る前に、何とかして会うことはできないか。早急にレグルノーラに飛んで、キャンプの一を把握しないと。


「で。来澄の用事は? なにかお願いがあるって」


「そ……、そうだった」


 うっかり、忘れるところだった。芝山にしかお願いできないことを。


「前に、何人か芝山と同じ方法で……つまり、美桜の影響下で引きずられるようにしてレグルノーラへ飛ぶヤツが数人居るって、教えてくれたよな。それが誰なのか、知りたいんだ」


「個人を特定しろってこと?」


「そういうこと。二つの世界を行き来できる人間が、意識的に“向こう”に干渉しているか、無意識的に干渉しているか、それも知りたいんだ。個人が特定できれば、少しは対処のしがいがあるってことかな。どうもレグルノーラに現れる“悪魔”の正体は、いわゆる人間の悪意の固まりらしいからな。“ダークアイ”だけでも消えてくれれば、“向こう”の人間もゆっくり過ごせるんだろうし」


「ふぅん」


 芝山は口をとがらせて、眼鏡をクイクイ上げた。


「本気で、救う気なんだな。レグルノーラを」


「まぁな。色々と、背負わされたから」


 まだ能動的に動くまでには達していないが、それなりに使命感は持つようになったんだ。……空回り状態だが。


「美桜が登校したら、やってみるよ。来澄、君も一緒にするんだろうな」


「え、あ……うん。いいけど、どうやったら」


「ボクに聞かれてもわからないよ。美桜の力を感じて、それに乗っかってみたらどうかな。いつもは自分の力で飛ぶんだろうけど、それをあえて、美桜の力を借りてやってみたら、同じ方法で飛ぶ誰かを感じることができるのかもしれないし」


「あ! なるほど。お前、頭いいな」


「……来澄に言われると、なんかムカつくんだけど」


 ハハッと苦笑し、そう言わずにと肩を叩くが、その手を芝山は嫌そうに払った。


「戦っているときの来澄は、妙に格好良かったのにな。こっちだと全然パッとしない。一体何が違うんだか」


 それは褒められていると受け取っていいのか。

 芝山は重い肩掛けバッグをヒョイと持ち上げて、


「じゃ、ボクは塾だから」と手を振った。


「お前こそ、(おさ)のときとの差をどうにかできないのかよ」


 立ち去ろうとする芝山に、声をかける。


「うるさいな。その差を楽しんでるんじゃないか」


 言い残して屋上から去って行く芝山は、ニヤニヤと嬉しそうな顔をしていた。





□━□━□━□━□━□━□━□





 前日に壮大な旅を果たした自室のベッドに腰掛けて、俺は精神を集中させた。

 暑苦しい制服を脱ぎ捨てて、Tシャツに半ズボンの軽装だが、向こうへ行くときはそれなりに体裁を整えなければならない。この前、過去で美幸が見繕ってくれた市民服はどうだ。五人衆との戦闘ですっかりボロボロになったが、イメージ次第で新調できるはず。

 短時間でもいい。“向こう”に行きたい。

 芝山の話を聞いて、強く思った。

 どこに飛べば一番話が聞けるだろうか。どこに行けばキャンプに近づけるだろうか。どんなに考えてもよくわからなくて。

 市民部隊のキャンプなんだから、市民部隊の連中に聞くのが一番なはずだ。ライルとかいう市民部隊の隊長と、美桜は仲が良かった。過去でも面識はあるし……あまり、いい出会いではなかったが、彼に聞くのが一番だろう。

 が、残念ながら彼らの本拠地を俺は知らない。あの塔――白い塔の付近に行けば、ディアナや、その側近が教えてくれるだろうか。

 とにかく、策はないが向こうへ行きさえすれば、何かわかるかもしれない。

 その程度の認識で、俺は目を瞑り、右腕の刻印を擦った。

 意識を集中させる。身体の中心に力を込め、全ての重さという重さが自分の足元にかかっていく。自分の身体が徐々に床に沈み、二階の床を突き破り、一階の天井をすり抜けて、家具を伝い、更に地面に向かって落ちていく。

 空を突き抜け、着地するのはいつもの小路――いや、別の場所にしよう。

 街の中心、塔の下へ。過去の世界で市民部隊に出会った場所。あそこなら。

 イメージを巡らす。塔の前の、大きな公園。背の高い木々があった。あの木陰へ。

 ……そっと、地面に足を付けた。

 柔らかな草の感触が、靴底から感じられる。思い切って両足を付け、感じた重力を信じて目を開ける。

 できた。

 ゲート以外の場所にも飛べる。イメージさえしっかりできれば。

 目の前の巨大な白い塔。ここまで来たのはいいが、市民部隊と接触するにはどうしたらいいか……。

 辺りをきょろきょろ見回すが、人っ子一人いない。当然か。一般市民は皆避難してる。残っているのは能力者や市民部隊などの戦闘員のみ。

 来るべき場所を間違えたか。

 あちこちうろうろと歩き回り、参ったなと頭をかいていると、ふと遠くで物音が聞こえた。

 爆発音だ。

 誰かが魔法を放っているのか。

 急いで音のするほうへ走っていく。

 塔の公園から少し離れたところにある、大きな通り。街路樹の陰から黒いものが見えた。不定形の黒いシルエットが、煙のように揺らいでいる。

 魔法陣が光り、魔法が放たれ、その合間を縫うようにして戦闘員が走っていく。目線を上げると、羽を広げた大きな竜。背には銀色のジャケットを羽織った人影。


「ビンゴ!」


 思わず叫んだ。

 探していた市民部隊に違いない。

 俺は頬を緩めて、彼らの元へと走って行った。


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