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5.信じる

 “裏の世界に干渉する”とはすなわち、“裏の世界で様々な力を使い、敵をなぎ倒す”ということらしい。これは、芳野が直接言ったわけではないが、俺はそう捉えた。そうでなければ、武器だの魔法だのは必要ないわけで。

 “レグルノーラ”には“魔物”と“悪魔”が居るらしいことも、なんとなくわかってきた。

 この前初めて遭遇したのは“魔物”。都市を囲う森には魔物が生息していると、芳野は言った。つまりあれも、本来ならば森の奥深くに棲んでいるものだったのだろう。どういう進化を遂げているのかよくわからないが、“向こう”で言うところの、クマやイノシシが突然人里に現れましたというのと、同じことだと思って良いのだろうか。

 では“悪魔”とは何だ。

 芳野は何も語らない。

 そのときが来たら、教えてくれるのだろうか。


 剣を具現化できて以降、芳野はやたらと魔物が過去にも出現したという場所に、俺を無理やり連れて行った。あの緑の魔物のような強そうな敵は殆ど出なかったが、デカい虫のような魔物や、どう猛な獣などはちょこちょこ出没していた。

 剣は何とか出せるようになったものの、身体が思うように動かず、俺は何度も芳野を怒らせた。


「要するに、イメージ力が足りないのよ、凌は」


 魔物が居なくなるやいなや反省会が始まる。

 俺はビルの背にもたれるようにして項垂れて聞くばかり。

 徐々に滞在時間が増えていくと、説教の時間も増す。


「どうしてあと一歩が踏み出せないのかしら」


 芳野は怒っていた。魔物を倒し、その死体を(あぶく)のように消すと、芳野は決まって怒り出すのだ。

 最早恒例行事。

 何とか倒したことに対する労いぐらいあれば良いのだが、芳野は全く褒めなかった。ここまでけちょんけちょんに言われると、自尊心が深く傷つくのだが、何故か芳野は俺には遠慮しない。


「全てはイメージ力よ。自分を信じるの。できると。あなたには、自分を信じようとする力が足りなさすぎる。これも恐らく、“イメージの具現化”を阻む一因よ。もうちょっと、自分を信じてもいいんじゃない?」


 俺は目を逸らしつつ、長くため息を吐いた。こう毎度毎度言われたのでは、俺自身、何のために“見つけられた”のかよく分からなくなってくる。それこそ、俺でなくても誰でも良かったのではないかとさえ思えてきてしまう。

 ここまでがテンプレだった。


「自信なんてどこにもないよ。所詮、俺は想像力貧困だし、自己否定の塊だし。芳野さんみたいに自信たっぷりに生きている人間とは、根本的に違うんだよ」


 簡単に魔物が倒れたこともあり……というか、倒したのは芳野だったのだが、今日は“向こう”に戻るまで余裕もあった。その若干の余裕が、俺に本音を喋らせてしまった。

 芳野は人通りの戻って来た街を背に、明らかに機嫌を悪くした。眉をしかめ、怒りに打ち震えて拳を握りしめていた。


「根本的に、何が違うの」


 いつもより低い声に驚いたが、俺は何食わぬ顔で突っかかってやった。


「顔も良い頭も良い学校のマドンナに、クラスのお荷物的ブ男が敵うわけないと言ったんだ。才能がある人は、ない人の気持ちなんてわからない。だから、どうしてできないのかと突っかかってくる。芳野さんと俺は、所詮生きる世界が違うんだ。“干渉者”だか何だか知らないが、俺のことを誘って巻き込んで成功したと思ってるの、そもそもそれ、間違いだから。俺はどんなに努力しても、芳野さんみたいにはなれない。大きな壁が間にあるのに、どうやって乗り越えられるって言うんだ。期待するだけ損だし、意味がない」


「――その呼び方は止めて。私のことは“美桜”と呼ぶ。そういう約束よ」


「約束なんか、した覚えもない。芳野さんが勝手にやったんだ。俺の意思なんか関係なしに」


「また」


 “芳野さん”と呼ぶ度に、芳野は機嫌を悪くした。

 俺を見つめる芳野。真っ直ぐで淀みのない目に見つめられると、俺はどうしたら良いのかわからなくなる。本音とは言え、喋ってしまったことにさえ後悔してしまう。

 けど、彼女は言わなければ理解なんてしてくれないだろう。だからあえて、俺は彼女に突っかかった。


「“レグルノーラ”を救いたい気持ちはよく分かってる。魔物を倒すときも、俺にこうやって説教するときも、芳野さんはいつも真剣だ。だけど、それを俺に押しつけるのはお(かど)違いなんじゃないか。もっと才能のあるヤツ、力を持っているヤツがいるんだろうから、俺なんかに期待せず他を当たった方が身のためだと思うぜ」


 フンと鼻で笑い、顔を芳野に向けた瞬間、左の頬に強烈な痛みが走った。

 芳野が、平手でぶったのだ。

 両目に涙を蓄えている。ヤバい。言い過ぎたか。


「それ以上、自分を卑下しないで。悪いけど、私は凌だから“この世界”に誘ったのよ」


「けど」


 頬を擦り、深くため息を吐いて反論しようとした。が、できなかった。

 芳野が居ない。


「あれ。戻った……、のか?」


 俺より先に? 普段は俺の方が先に意識を失うのに。





………‥‥‥・・・・・━━━━━■□





 教室に意識を戻し目を開けたとき、芳野は既に居なくなっていた。

 普段は俺が目を覚ますのを待っていてくれるのに、明らかにご機嫌を損ねた証拠だ。

 マズったな。

 彼女の強引なやり方にとうとう我慢できなくなっただけで、怒らせるつもりはなかったのだが。

 芳野にぶたれた左の頬が、何となくジンジン痛んだ。“向こう”での痛みは、“こっち”にそのまま持ってきてしまうらしい。

 両手を頭の後ろに当てて天井を仰ぎ見、自分の行動を顧みた。

 いや……、怒らせるつもりがなかったんじゃない。怒られても良いから、言いたいことを言いたかったのだ。

 普段とは違う世界の中で動き回るのは結構面白い。彼女があんな態度でも、毎日“レグルノーラ”へ行くのは、現実世界とは違う変な感覚に慣れ、楽しくなってきているからだ。

 彼女を怒らせたことで、これがなくなってしまうと思うと、ちょっと惜しいな。

 俺はゆっくりと息を吐いて、帰り支度をした。





□━□━□━□━□━□━□━□





 次の日も、芳野はいつもと同じ態度だった。

 いつもと同じように俺を無視し、いつもと同じように目も合わせなかった。

 昨日のこと、怒ってるよなと話しかけたかったが、彼女は独特のオーラを放っていて、全く近づく余地がない。前の席なのに、だ。

 授業と授業の間の短い休み時間も、俺はボーッと、ただ芳野の背中ばかり見つめていた。こんなことで険悪になるのは嫌だし、できることなら今まで通りでいて欲しいというひと言がどうしても言えない。茶髪が揺れ、椅子の背にかかるのをただただ呆然と眺めた。これが周囲からどんなにか奇妙に見えているのかなど、そのときの俺に考える余地はなかった。

 だから三時限目が終わり、芳野が突然振り向いたとき、俺は心臓が破裂しそうなくらい驚いたのだ。


「あまりジロジロ見ないでくれる?」


 小さな声だったが、彼女は間違いなくそう言った。


「え……、俺、そんなにジロジロしてた?」


 俺もできる限り声をひそめて聞き返した。


「女子があなたの噂してる」


 噂。

 どんな噂だ。

 慌てて周囲を見渡すと、俺の視線に気付いて女子の群れが一斉にそっぽを向いた。ほ……んとうだ。なんで。


「言動には気をつけることね」


 彼女はそう言って席を立った。

 まだヒソヒソ話が続いているようで、女子は俺の方を見てはキャーキャーと何かわめいていた。

 最悪だ。

 顔も悪ければ取っつきにくい、近づきたくない男子ナンバーワンだという噂を耳にしたこともあるが、こういう風に微妙に離れたところでコソコソと本人にわかるように反応されると、それはそれで傷が付く。

 畜生。また、芳野に借りを作ってしまった。

 こんなことで、放課後の時間がなくなったら……、俺はどうしたら良いんだ。





□━□━□━□━□━□━□━□





「馬鹿ね。そんなこと気にしてたの?」


 放課後、芳野はいつもと同じ時間に教室に戻ってきた。

 気にしていた方が馬鹿だったと言わんばかりの吹っ切れようで、俺はすっかり力が抜けた。


「そんなことより、今日も行くわよ」


 彼女は言って、椅子の向きを変える。

 今日は昨日より少し天気が良い。開け放した窓から風が吹き込み、カーテンを揺らしている。

 俺がいつも通りに手を差し出すと、芳野はいつも通りに手を重ねる。

 この儀式に何の意味があるのかはよく分からないが、彼女の存在を感じながら“レグルノーラ”に飛ぶと安心感がある。


「目をつむって」


 彼女の声さえ、心地良い。


「いち……に……」





………‥‥‥・・・・・━━━━━□■





 いつもの小路。小汚い細い道は、相変わらず清潔感の欠片もない。

 芳野は俺が来たのを確認すると、こっちへおいでと手で合図し、小路から大通りへとズンズン歩き出した。


「ホントに怒ってない?」


 俺は心配になってまた聞いた。


「怒るわけないでしょ。あなたの言い分は当然だもの。私がもっと配慮すべきだった。だからこの件はお終い」


 芳野のこういうハッキリとした言い方は嫌いじゃない。


「それより、“芳野さん”は止めてよね。よそよそしい。私たち、もうそういう仲じゃないでしょ」


 どういう仲だよ。突っ込もうと思ったけど、そんなのは些細なことだ。

 肝心なのは、彼女が思ったより大人だったってこと。何が彼女をかき立てているのか知らないが、とりあえず“この世界”に来ることを許されたのは何となく嬉しいわけで。

 調子よく歩いていた俺を、芳野は大通りに出る直前で遮った。思わず彼女の腕に引っかかり、つんのめりそうになる。


「なんだよ」


「――シッ。今、微かに邪気が。警戒しながらゆっくりと出て」


 そう言い放った彼女の胴体には、先ほどまで存在しなかった銀色の装甲、頭部にはゴーグル、小さな手に余るほどの大型銃。後ろ手に渡された細身の銃を、俺は恐る恐る受け取って構えた。

 彼女の陰に隠れながら、俺は息を潜め、その邪気とやらに気を配った。右を見ても、左を見ても、それらしきものは見当たらない。芳野が警戒しすぎるのじゃないかと、高をくくりたくなるところだが、俺はまだこの世界に慣れていない。ただ、言われるがままに手に馴染まない重たい銃を構えるしかないのだ。

 一歩、一歩とにじり足で前に出た。

 やはり気のせいではと肩の力を抜いた瞬間、前方で女の叫び声が聞こえた。


「走って!」


 声にせき立てられるように、俺は走り出した。走って何をすればいいか、そんなことも分からずに。

 ドンと、右から歩いてきた人の胸に身体がぶつかる。中年の男にすみませんと頭を下げ、よろけた足を進行方向に直す。銃の重さでふらついてしまう。こんなものを軽々と担いで、あんな装備でよく走れるなと芳野の方に顔をやれば、彼女はスイスイと空気抵抗も重力も感じさせない素早さで、走行中の車の屋根を飛び越え、人垣を分け、悲鳴のした場所へと向かっている。あんな動きができるようになるまでにはかなり時間がかかりそうだなと苦笑いし、俺は重い身体と銃を引きずって通りの向こうに急いだ。

 通行人が騒いで人垣を作っていた。様子を見ようと急停車した車に後続の車が追突して、急ブレーキと追突音。それからまた悲鳴、窓ガラスが割れる音。芳野がぶっ放っているのか銃声が数発、獣のようなわめき声、ドシンと何かが倒れる音に続いて血しぶきが通行人にまで降りかかり、更にギャアと痛烈な悲鳴が上がった。


「道、道開けて!」


 左手で人垣をかき分けて進もうとするが、前に進めない。やじうまなのか、さっきまでそんなにいなかったはずなのに、やたらと人がたくさんいる。

 畜生と口の中で呟くと、


「飛べ、飛ぶのよ、凌!」


 芳野の声がした。

 アホか、飛べるか、人間が重力に逆らえるわけなかろう。心の中で思ったのを見透かすように、


「念じて! あなたは飛べる!」


 怒号にも似た芳野の声に、俺の心臓は大きく一度、ドキリとなった。


 ――飛べる、この、世界では。


 人垣から離れ、数回深呼吸。飛べるかもしれないけど、いや、飛べるとして、一気に芳野みたいに飛び上がれるわけない。足場、足場があれば――と、目の前に止まった車のボンネットを見やる。これだ。

 正直、あっちじゃ走るのは得意じゃなかった。どちらかというと体育は苦手で、汗をかくくらいなら成績関係なく見学でやり過ごしたい方。だけどここじゃ、どんな言い訳も通用しない。行く、しかないのだ。

 助走を付け、ボンネットに足をかけ、身体を上に。空に向かい、階段があるつもりで前に踏み出す。体重を消せ、風を感じろ、空気の中に溶け込むように、全身を宙に預けるんだ。

 ぶわっと、身体が浮いた。

 そこでもう一段階高く足を上げる。飛べ、――俺!

 空気の階段を蹴った。更に行ける。

 大きなバネで飛び上がった感じで、人垣の上を飛び越えろ!

 ざわざわっと足下で声がする。誰もが俺を見上げている。

 と、飛べた。

 前に向き直ると、茶色い巨大な甲虫が目に入った。カブトムシかクワガタを人型にして、更に手足の本数を倍に増やしたようなヤツだ。うねうねと複数の手を動かしては通行人に襲いかかっているのが見える。そこから少し離れたところで、芳野が大型銃を手に、撃ちあぐねている様子も見て取れた。撃てば、周囲も巻き込んでしまうのだ。


「美桜!」


 俺の声に、芳野は空中の俺を仰ぎ見る。


「やった、飛べた! ……けど、銃は止めて! 剣を!」


「え? 剣?」


 そんなもの、持ってたか? 丸腰で“この世界”に来た俺が今持っているのは、この銃だけのはず。だが、確かに銃はヤバイ。今のこの状況に俺の腕じゃ、周囲を巻き込むに違いないのは一目瞭然。


「イメージして!」


 空中でそんなことを言われても、とっさにできるわけがない。

 飛べるとこまで飛ぶと、俺の身体は怪物のすぐ上まで達していた。このまま撃つよりも、落下して位置エネルギーを攻撃に変えた方が……。

 ん? つまり、そういうことか?

 右手に意識を集中させ、頭上まで持ってきて左手を添える。

 銃身を、鋭く長い光る(やいば)に変えるんだ。よく、ゲームなんかで主人公とか勇者が持ってるアレ。斬るんじゃなくて、叩き斬るのが正解な、あの武器だ。初期装備でいい、柄から真っすぐに伸びたぶっとい刃、先っぽまで鋭くとんがったファンタジーの代名詞みたいな剣をイメージしろ。

 引き金がいつの間にかなくなったのが感触で分かる。皮の巻かれた柄はガサガサとして、汗の滲んだ俺の手から抜けないよう、滑り止めになっているようにも思えた。


「そこよ、ぶった、……斬って!」


 ぶつ切りの声。

 怪物の触手の一つが、芳野の眼前まで迫っていた。


「美桜――――!!」


 大きく、剣を振り下ろした。

 全身が、前屈みになりながら落ちていく。剣を、(やいば)を間違いなく、怪物の本体に当てなくては。

 漫画みたいに上手く姿勢が取れない。風圧で腰が浮く。

 ヤバイ、ヤバイヤバイ。こんなんじゃなくて。

 そう、イメージするんだ。

 俺はあの怪物を、このまま全体重をかけてぶった斬る。ぱっくりと半分に切り裂かれる怪物を、思い描け。周囲に飛び散る肉片、体液、粉々になる触手を、叫び声を。


「どけぇぇぇぇ――――っ!!」


 俺の声に、群衆が散り散りになる。

 そうだ、それでいい。早く退け、退くんだ。

 触手のいくつかが、まだ数人の男女を捉えている。早く、早く退け、でないと巻き添えを食う。

 俺にはどうしようもない。芳野も動けない。どうする? どうしたら。

 と、どこからともなく銃声が数発。触手は千切れ、解放された人質が道路に散る。

 今だ。


「うぉぉぉぉぉおぉぉりゃぁぁぁぁああああ!!!!」


 ガツンと、俺の両腕に衝撃が走った。

 イメージした通りの剣が、少しなまくらかもしれないけど、鉱物の名前、わからないけど、凄く固いヤツが、怪物の頭にザックリと突き刺さった。更に体重をかけろ、半分に、真っ二つに裂けろ! 裂けろ裂けろ……!





………‥‥‥・・・・・━━━━━■□





 目を開くと、そこには美桜がいた。

 開け放した教室の窓から入った風が、ゆっくりとカーテンを揺らしていた。

 粗く肩で息をする俺を、美桜は無表情で眼鏡越しに見つめている。


「残念、もう少しだったのに」


 ぽつりと、呟いた。

 全身、汗でずぶ濡れだった。手のひらまで湿っているのが分かる。美桜は俺と繋いでいだ手を、スルッと引きはがした。


「か、怪物は? あれからどうなったんだよ」


 喉がさっきよりもずっと酷く渇いている。唾を飲み込むだけで、痛みを感じるほどに。

 美桜はフンと鼻で笑い、ゆっくりと立ち上がった。ギィと、教室に椅子の脚が床をこする独特の音が響いた。


「イメージした通り……とまではいかないけど、一応、死んだみたいよ。部隊の応援がなかったら、人質もろとも、だったかも。ラッキーだったわね」


「部隊って、美桜が言ってた、“レグルノーラ”を悪魔から守る市民部隊とかいう」


「そう。彼らが危険をいち早く察知して駆けつけてくれたから、何とかなったようなもの。……まだ、もう少し訓練が必要ね。今日みたいに、行ったら突然戦闘なんてこと、今後もないとは限らないし。常に気を張っておかないと、いずれ死ぬわよ」


 冷たい目で、美桜は俺を見下ろした。

 俺は目を合わすこともできず、斜めに視線を落とす。

 耳に、音が戻ってきた。下校の挨拶を交わす声、道路を横切る自動車の排気音、それから美桜の、ゆっくりと長く吐いた溜め息。


「ま、突然やれと言われてできるわけがないのはこの間の件でよくわかったから。上出来、なんじゃない。駆け出しの“干渉者”にしては」


 上から目線にイラッとくるが、言い返すこともできない。なにせ、その通りなんだから。


「名前、呼んでくれてありがとう。これからも“向こう”では“美桜”って呼んでよね」


「へ?」


 思いも掛けない感謝の言葉に俺はたじろぎ、声を裏返した。

 そういえば俺、無意識に芳野のことを“美桜”って。


「また明日。今度はもう少し長く居れるように、今日は早めに休んだらどう?」


「……お気遣い、どうも」


 机にかけた黒いショルダーバッグをヒョイと持ち上げると、椅子の向きを前に直し、美桜はすたすたと教室から立ち去った。長いストレートの茶髪が左右に揺れ、迷いなく真っすぐ歩く仕草はまるでモデルみたいだ。

 俺はガツンと、机に頭を落とした。

 あんなに小綺麗な子と二人っきり、だったのに。


「俺は、何やってんだよ……」


 恋心を抱く要素もない今の環境に、ただただ溜め息が漏れた。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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