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46.五人衆

 青いラインで縁取られた白いフードを被り、丈の長いマントを羽織った男たちは、ロッジの前に広がる草地に、美幸と美桜、そして黒竜の子供を囲むようにして立っていた。

 威嚇のために魔法弾でも放ったのか、木が数本なぎ倒されている。草の一部には火が付いて、ぷすぷすと焼け焦げた匂いがたちこめていた。

 尋常じゃない。

 力ない女子供に攻撃魔法を向けるなんて。

 俺はギリッと奥歯を噛んで、そのまま美幸たちのもとへ駆け寄ろうとした。が、テラが止める。


「行かせろよ」


 しかし、銀髪の優男は顔を硬くして、腕で進路を塞ぎ、


「君じゃ無理だ」


 と冷たく言い放つ。

 美幸たちのことを一番心配しているのはテラだろうに、なんだって俺を止めようとするんだ。

 思った瞬間、テラの身体は金色に光り輝いた。目の前から消えたかと思うと、彼は人間の姿で光を帯びたまま美幸たちの真ん前に。高く手を上げ、上空に魔法陣を描き始めた。


「テラ!」


 あいつ、確か戦闘は苦手だって。


「邪魔する気か」


 白マントの一人が両手を突き出し、低い声で言った。同時に残り四人も身構える。それぞれの前に金色に光る空っぽの魔法陣。文字が、一文字一文字刻まれて――。

 居ても立ってもいられなかった。


「行くな馬鹿!」


 ジークが止めようと、裾を引っ張る。


「うるさい、これが行かずにいられるか」


 魔法でも物理攻撃でも、なんでもいい。あの白マントたちを止めないと。

 必死にイメージを巡らす。飛び道具か。銃器か。コントロールに自信はないけど、脅しぐらいにはなるかもしれない。こうなったら空砲でも何でも。足止めになればそれで。

 手に、銃の感触をイメージする。そうだ。拳銃でいい。刑事ドラマに出てくるような、拳銃で。重みを感じろ。鉄の感触。ズッシリと重い――来た。

 両手でしっかり握りしめ、天に向かって引き金を引く。

 パンパァンと乾いた音が二発。

 白マントの五人がビクッと肩を震わすのを、俺は見逃さなかった。


「テラ、行けぇぇぇぇぇぇえ!!!!」


 チラリと、テラがこちらを見、うなずく。レグル文字が天空の魔法陣に刻まれていく。

 全ての文字が刻み終わるより前に、白マントたちが体勢を立て直し、各々の魔法陣に文字を刻み込む。

 どちらが、早いか。

 上空の魔法陣が、金色に光った。中心のダビデがくるくると高速回転し、稲妻が五方向に割れて降り注ぐ。


「伏せて!」


 美幸は小さな美桜と黒竜の子供の頭を抱え、地面に突っ伏した。

 激しく地面に突き刺さっていく稲妻で、ドドドッと足元が大きく揺れる。

 白マントの二人が完全に稲妻の餌食となり、魔法陣が消えた。あと三人はまだ、魔法陣を描いている。一つ、また一つと魔法陣が光り出す。文字が読めない。何を、何をするつもりだ。


「ヤバイ、来るぞ!」


 ジークが叫ぶ。

 ドッと、大きく空気が揺れる。

 緑色の太い何かが何本も何本も、地面からせせり出る。

 蔓だ。蔓が絡み合うようにして、天に向かって真っ直ぐ伸び、美幸と美桜、テラと黒竜を囲う柵を作り出していく。

 凄まじい、力。見えない力が風を作って、部外者は去れとばかりに俺とジークを吹き飛ばそうとする。

 両腕で顔を庇い、踏ん張って持ちこたえるも、その威力たるや、今まで感じたことのない激しさだ。手にしていた拳銃がポロッと手から零れる。それを拾う余裕さえない。

 雷に打たれた二人も立ち上がって加わり、魔法の蔓は天空で見事に重なって巨大な鳥籠を作り出していた。太い蔓は、腕一本辛うじて通るだけの間隔で均等に並ぶ。こじ開けようにも、一定間隔で横にも蔓が張り巡らされ、簡単に壊れそうにない。


「な、何だよ。これ……」


 瞬く間の出来事に、息を飲んだ。

 巨大な鳥籠を取り囲む白マントの男たちは、息も乱さず、ロッヂの上で立ち尽くす俺とジークを見上げている。


「最悪だ……」


 振り返ると、ジークは息を荒くし、玄関口にへたり込んで青い顔で震えだした。


「“五人衆”に目を付けられてるなんて、ディアナ様、一言も」


 怯えている。つまり、コイツは相手の正体を知ってる。


「“五人衆”って、市民部隊とは関係が?」


 振り返り屈み込んで、頭一つ小さいジークに目線を合わせ、声を低くして問い詰める。


「“五人衆”は、部隊の上層部で……。ディ、ディアナ様とは折りが合わなくて。元々、政治的な力を市民部隊は持っていなかったんだけど、強い力を持った干渉者たちの中には、塔の方針に満足しない人も多く居て。その中でもディアナ様に匹敵するくらいの力を持ってるのがそこに居る――」


「五人、なのか」


「僕も詳しくは知らないんだ。“五人衆”が自らやってきて術を使うだなんて。絶対、無理だ。応戦なんか、できるわけない」


 ディアナに匹敵とは、穏やかじゃない。

 ゴクリと大きく唾を飲み込み、籠の中を再度覗き込む。

 ――テラが、変化(へんげ)を解いて、竜に戻っている。羽を広げたまま地面に伏して、狭い籠の中で窮屈そうに転がっている。黒竜の子が心配しているのか、首を何度もテラの身体に擦りつけ、クゥクゥと弱々しい声で泣いているのが見える。

 そして美桜は……、小さな美桜は母親の身体にしがみついて、わんわんと声を上げて泣き叫んでいた。


「仲間か」


 白いマントの一人が言った。俺たちのことを、美幸たちに問い詰めているらしい。


「彼らは関係ないわ。ゲストよ」


 美幸は立ち上がって気丈に答えた。真一文字に結んだ唇に、悔しさがにじむ。


「関係ない割に、我々を威嚇してきた。彼らにも、それ相応の処分を下さねばなるまい」


 そう言うと、言葉を発したのとは別の白マントが、スッと俺たちの目の前に現れた。

 ジークと二人、息を飲んで硬直していると、ふわっと身体が浮きあがった。すうっと、空中を滑らかに移動させられ、俺たちは無理やり鳥籠の前へと連れ出される。

 術を解かれ、草地に尻餅をつく形で落っことされた俺とジークは、白いマントの男たちをゆっくりと見上げた。

 歳は三十代から五十代。揃いも揃って、男たちは冷たい顔をしている。さっきから発言しているリーダー格は四十代くらい。フードの下で、黒い髪をキッチリと整髪剤で固めていた。


「まだ子供だ。サイモン、どうする?」


 俺たちを連れてきた男が、リーダー格に尋ねる。


「子供でも、ディアナの手のものに違いない。彼女が子供を使って、竜をここに連れてこさせたのだろう。大人であれば、容赦なく追求したところだが、子供ではな……。何も知らされず、ただ言付けを全うした、といったところか。まぁ、子供であったからこそ追跡は容易かった。魔法陣にあんなに細かく指示を書き込んでいたら、誰だって簡単にここまで辿り着けてしまうぞ?」


 サイモンと呼ばれた彼は、そう言ってニヤリと冷たい笑みを俺たちに向けた。

 年端のいかないジークは、自分の犯したミスに気付き、歯を震わして必死に首を振っている。


「自分より身体の大きな竜とここへ飛んでくることだけに夢中になって、その方法や後始末など、肝心のことには目が行かなかったようだな。安心しろ。我々が綺麗にしておいた。次にあの場所を訪れる者があっても、ここへ辿り着くことはないだろう。子供とはいえ、きちんと魔法を発動させ、使命を果たしたことは賞賛に値する。さすがはディアナの弟子。基本をしっかりと学べば、力をコントロールできることを知っている」


 褒められているのか、馬鹿にされているのかさっぱりわからない。

 ただ言えるのは、コイツはかなりヤバイということだけ。こういう緊迫した場面で冷静なヤツが、一番怖い。


「バド、そこの茶髪の少年は、記憶を消して街へ戻せ」


 サイモンの言う少年とは、ジークのこと。

 さっきからサイモンの指示で動いていたこの男が、バド。一番年下らしい彼は、無言で頷き、ジークの真ん前に立ちはだかった。


「怖がることはない。忘れるのは我々がここに来たという事実だけ。今見聞きしたことだけだ。ディアナにはきちんと竜を送り届けたと伝えればいい。新しい竜を歓迎し、喜んでいたと」


 バドはそう言って、ジークの頭に手のひらを向けた。小さな二重円の魔法陣が程なくジークの額に現れる。光り、刻まれる文字。為す術もなく、強張った表情でバドを見上げるジーク。

 直ぐそこで泣いている美桜の声が遮断される――全ての音を呑み込むようにして魔法が発動した。ジークの身体がまるで飴細工のように溶けていくのを、俺たちは呆然と見つめるしかない。そしてそれを、一言も喋らず表情も変えず、こともなくやり遂げるバドという男……。ディアナに匹敵するとジークが言ったのもうなずける。

 隣にいたはずのジークの姿がすっかりなくなると、ふいに音が戻って来た。

 再び、美桜のむせび泣く声。黒い竜の小さな鳴き声も耳に入る。

 バドは手を下ろし、


「彼は?」


 と、今度は俺に目を向けた。


「彼と、その黄色の竜は、別枠だな」


 今度は別の男が喋った。一番年上の白髪交じりの男。


「お前も気付いたか、タイラー」


 と、サイモン。


「気付かない方がおかしい。異なった時間軸から飛んで来た、お客様のようだ。彼らを戻してやるとしたら、元居た時間軸へ。迷い込んでしまったのか、意図的に来てしまったのか。どちらにせよ、我々を脅かす存在ではない。が、早急に戻したほうが良さそうだ。さっきの子供より、我々に対して敵意を多く持っている」


 タイラーの鋭い目線が向けられ、俺は思わず背中を震わした。

 待て。

 このままじゃ、ジークみたいに何もしないまま戻されてしまう。それだけは、それだけは避けたい。


「そ、そんなに、責められることをしたのかよ」


 捻り出すようにして出した言葉が、これだった。

 一瞬、タイラーの太い眉が動いた気がした。その程度でもいい。何とかしてここに居る時間を少しでも、引き延ばさなきゃ。


「こんなことをしたって、未来は変えられない。美桜は……、禁忌の子は生き続けるんだ。魔物だって悪魔だって、レグルノーラからは居なくならない。それどころか、事態はもっと悪い方向に進んでいく。それは、あんたたち五人衆とやらの力が及ばなかった結果じゃないのか。今、こんな無力な状態の彼女らを捕らえることに、何の意味があるって言うんだ」


 声が妙に上ずった。変な興奮で握りしめた拳の中が汗で湿った。

 思いとどまれ、反論しろ。

 俺は必死に祈った。

 このあと何かが起こる。想像付くだけに、どうにかしてそれを止めたかった。


「無力であることと、罪のないことは、同等ではない」


 タイラーは低い声で言った。


「かの竜が何故、異界の少女に心奪われたのか、我々に知る由はない。子供を孕ませたのも、竜の意思かもしれない。しかし、世界の狭間に生きる竜と、人間との子など――まして、異界の人間との間にできた子など、我々は許すわけにはいかない。禁忌の子は災いを生む。絶対に存在してはならない。ただでさえ不安定なこの世界は、更に歪んでいく。感情などと言う曖昧なもので繋がれた二つの世界を、これ以上近づけるわけにはいかないのだ」


 わかるかねと、タイラーは首を傾げた。


「だけど美桜は、この世界を脅かす存在になんかならない。必至に世界を救おうと、頑張ってる。現に未来では――」


「未来などという不確定なものを、信じろというのか」


 言ったのはバド。草を踏み、目を見開いて俺を見下す。


「レグルノーラの人間では、ないな」


 と、サイモン。

 無言だった残りの二人も、視線をこっちに向けてにじり寄ってくる。


「どうやら、ディアナの送り込んだ番狂わせは、彼だったようだ。なぁ、ロッド」


「私の予言も、ときには役に立つだろう、ラース」


 ニヤリと笑みをかわしながら、楽しそうに。

 背筋が凍った。

 喉が、カラカラに乾いていく。


「だ……、だったとしたら? 俺がレグルノーラの人間じゃなくて、“向こう”から来た干渉者で、しかも今から十三年ばかし未来から来ているんだとしたら、どうなんだよ。しょ……処遇が変わってくるのか。悪いけど、“能力の解放”とやらは済んでるから、多分それなりに強い、と思うよ」


 ハッタリだった。

 勝てる見込みなんかない。

 でも、テラは気絶してしまってるし、美幸も美桜も籠の中。

 動けるのは俺一人だってのに、最悪な啖呵の切り方をしてしまった。それでも――、やるしか、ない。

 腰を浮かせて足を踏みしめる。

 一番近くにいる敵はバド。この短い間合いに適しているのは刃物。右の拳を左の脇の下に隠し、柄の感触をイメージする。細く長い、鋭い刃先を。

 相手は俺の目線に集中している。わざと目線をずらす。蔓で編み込まれた籠の中へ。バドの目線も逸れる。その、隙に。

 刀を抜いた。日本刀だ。シャッと空気を切る音。はらりとマントの合わせ部分が切れ、白マントの下からやはり白いジャケットが現れる。慌てるバド。チッと舌打ち。脇に差していた片手剣を抜く、振り上げる。

 まともに戦ったんじゃ、大人の力に勝てるわけがない。魔法を併せる。風を纏わせ、一太刀で無数の風の(やいば)を生み出せたなら。

 頼むぞと、右腕をさする。“我は干渉者なり”――刻印に恥じぬ力を。

 腕から柄へ、刃先へ、空っぽの魔法陣が移動していく。文字を、刻みながら。


――“纏った風で敵を切り裂け”


 バドの剣が眼前に迫る。腰を落とし、くるりと回って避けながら一振り。空気の(やいば)が幾重にもなって、五人衆に飛んでいく。

 が、まともに攻撃を受けたのは、近くに居て避けきれなかったバドだけ。あとの四人はスマートにかわして、攻撃の準備を始めている。

 奥にいたラースとかいう男の魔法陣が、緑色に光った。かと思うと、手前にいたバドの身体がむっくりと大きく膨れあがった。筋肉を増強……、補助魔法か。


「少しは、やるようだが」


 風にやられ、頬に傷を負ったバドは、左の手でグッと血を拭い取った。ペロッと舌なめずり。


「だが、そこまでだ」


 ブンと大きく剣を振る。足場の悪い草地に足を取られそうになりながら、必死にかわす。攻撃の、一つ一つが重い。掠っただけでも致命傷になりそうだ。


「ちっくしょぉ!」


 一か八か。バドの懐が空いてる、そこへ刀を、ブッ刺す。

 刀を引き抜くとブシャッと血しぶきが飛び、俺のグレーの市民服が赤く染まる。が、そんなのどうだっていい。

 うめくバドを横目に、次はタイラー。魔法陣を構え、俺の動きを追っている。

 次は、次はどうする。

 刀じゃ間合いが足らない。もっと長い――。


「異界の少年よ。何故に彼女を庇う」


 タイラーは言いながら魔法陣に文字を走らせていく。


「理由なんて、必要なのか」


 今度は長い柄をイメージする。その先に鋭い(やいば)を備えた、槍。

 来い、早く。早く俺の手の中に。


「大切な人を救うのに、理由なんて、必要なのか」


 来た。

 刀が槍に変わる。左手を添え、(やいば)を敵に向ける。

 両足で踏ん張って、攻撃に移ろうとした矢先。

 タイラーの魔法陣が青く光る。氷の(やいば)が、無数に飛び出す。


「チッ……!」


 無理だ。氷つぶてを落とすのが先。次から次に、際限なく飛び出す氷を、槍を振り回しながら撃ち落としていく。

 手が、痛い。氷の粒が刺さって、あちこち血だらけだ。防具。グローブを。それから、身体にも防具ぐらいないと、持たない。どっかのRPGで見たような、簡易的な鎧でもいい。何かで身体を守るんだ。重すぎない程度の素材で、身体をそれなりに守ってくれるヤツ。

 イメージを巡らせようと必死になっている俺に、更なる追い打ち。

 周囲になぎ倒されていた木々が、手足を生やし、のっそりと起き上がっているのが見える――。ロッドって言ったか。番狂わせを予言したっていう彼の魔法。まさか、木に命を与えて……。


「さて、お次はどうする? 少年」


 クククッと、さも楽しそうに、ロッドが笑う。

 タイラーの魔法が切れ、肩で息をする俺の周囲に、ドシンドシンと大きな足音を鳴らしながら、木の化け物が歩いてくる。ゆっさゆっさと枝を揺らし、ケケケと奇妙な笑い声を上げるそいつらは、ボロボロの俺を崖っぷちまで追い込んだ。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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