表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/161

37.最悪の勘違い

『“逃げたい”という“イメージ”が先行したな。私はガードするつもりだったのに』


 頭の奥でテラが言う。


「攻撃を真っ正面から受けたいなんて思うヤツはいないよ」


 テラに返事し、俺は袖で汗を拭った。

 視界に黄色の竜の羽。背中で動くそれは、テラと同化した証のようなものだ。

 (おさ)の姿をした芝山が剣を下ろしたのを確認してから、俺はゆっくり降下し、甲板に降り立った。


「来澄、なんだその羽……。あの男はどうした」


 当然とも思える質問に、俺はどう答えるべきか悩む。説明して納得してもらえるかどうか。

 羽を畳んで周囲を見回す。どうやらこの姿がとても奇妙に映っているらしく、甲板上の乗組員たちは、腰を抜かしたり震えたりしてこっちを見ている。


「テラは別に逃げちゃいないよ。今は……ここ。俺の中」


 親指で自分の胸を指し、わかるよなと目線を送る。

 (おさ)はサーベルの先をトントンと甲板に何度か叩き付け思案しているようだ。


「どういう、意味」


「テラは元々竜だって言ったろ。攻撃を避けるため、同化した。……できるだけ穏便に済ませたい。話し合おう。テラは口はアレだけど、悪いヤツじゃない。俺があまりにも頼りないから、ああいう態度を取ってしまっただけで、お前のことを否定してるわけじゃないんだ。魔法陣については、本当にありがたい。だけど簡単に向こうに帰れない理由もある。テラが言う魔法陣が正常に働くかどうかに関しては、正直俺にはわからない。こっちの“魔法”についての知識が、殆どないからだ。力はあるのかも知れないが使い方がわからない。だから俺にも芝山のように魔法陣を使って“二つの世界”を行き来できるのか、自信ない。それで、直ぐに返事ができなかった。俺はどうしようもないヘタレだから……。ただ、ここでお前に会ったのは本当に良かったと思ってる。奇跡だ。もし可能なら船で森まで乗っけてってもらいたい。俺の願いはそれだけで、それ以上のことは何も望まない。だから、だから機嫌直してくれよ」


 身振り手振りで必死に弁明。

 これで静まってくれるならありがたいんだが。


「同化……? 聞いたこともない。竜に跨がったり、従えて戦闘したり……そういうのは、市民部隊なんかでも、よく目にした。あの巨体がさっきの男の姿に変化(へんげ)したというのもにわかに信じがたかったが、竜と同化しただなんてどう受け取ったらいいのか。まさか、侮辱しているのか?」


「……はぁ?」


「その身体の中に、どうやったら巨大な竜が収まるのかって聞いてるんだ。例えここが“向こう”の常識を越えた世界だとしても、納得なんかできるわけがない」


 やりたい放題授かった力を使いまくっておいて、何を今更。

 喉の直ぐそこまで出ていたセリフをグッと飲み込む。

 できるだけ面倒なことにならないよう努力していたはずだったのに。何ごともなくことが進めばって、願うだけ無駄なのか。


「ところで来澄。今の自分の姿、鏡で見たことは?」


 と、(おさ)


「あ……あるわけ、ないだろ」


 テラとはちょっと前に出会って契約を結ぶことになった。しかも、この砂漠で、だ。無理やり同化して空中戦やらかして。それで気を失って今に至るってのに、そんな余裕あるわけがない。


「お前が“悪魔”……じゃないのか」


 (おさ)はそう言って顔を歪めた。

 甲板がざわめく。皆、口々に何か喋っている。


「悪魔……あれが?」


「アレはさっき砂漠で……まさか」


(おさ)が言うんだ。間違いない」


「あ……、悪魔だ! 悪魔が出た!」


 船員のひとりが腰を抜かし、叫んでいるのが見える。

 次から次へ、俺の姿を確認しては悪魔だ悪魔だと叫んでいる。

 俺は、直ぐに反応ができなかった。


『彼は何を言っているんだ。何故そのような発想に?』


 テラがまた頭の中で喋っている。

 それは……、こっちが聞きたい。なにをどうしたらそう――。


「大きなコウモリ羽は、“悪魔”の証。……だろ」


「ち……違う。コレは竜の」


 翼竜の黄色い羽が、逆光で真っ黒いコウモリ羽に見えたのか。

 空はどんより曇っているが、夕暮れ時。色という色が暗く沈んでいる。翼竜の羽も、夕焼けの光を後ろから受ければ、影になって真っ黒く見えるのかもしれない。マストから垂れ下がった裸電球ごときじゃ、色は完全に再現できない。これじゃ、言えば言うほど、言い訳がましく聞こえてしまう。

 こんなことになるくらいなら、まだ一人で砂漠をうろついてたほうがマシだった。一人なら誰かに気兼ねすることもない。どんな格好になろうが、どんな方法で戦おうが、気にならなかったのに。

 もともとぼっちで、人と関わるのは苦手だ。

 苦しいのは苦しいが、こうやって人の目に晒されるのが一番嫌だ。“ダークアイ”の時も感じた、“目線への恐怖”。考えすぎれば行動できなくなる。


「“干渉者”じゃなくて、“悪魔”の方だったとはな。ここでは“砂漠固有の魔物”は出ても、“悪魔”は出ないと思っていた。だから、時空の狭間だとか、地の果てだとか言われても安心して航行できた。それが今……、覆った」


「ご、誤解だ。俺は単に竜と」


「いや。誰がどう見たって、そりゃ“悪魔”だ……。そうか。お前がこの世界を危機に陥れている“悪魔”の一人か……。上位干渉者だなんて嘘っぱちだな。そんな奇妙な姿で一体何をするつもりだ。この世界を崩壊させて、その先、何が待ってるって言うんだ」


 サーベルを構え、威嚇する(おさ)の顔は、怒りで引きつっていた。

 自分の姿をコントロールできれば――。例えば同化しても必要なとき以外身体を変化(へんげ)させなくて済む方法があるなら。変化(へんげ)させなくても、竜の力を活かせる方法があるなら。

 俺には、芝山みたいに自分のイメージしたとおりの姿で居続ける“力”はない。

 スニーカーを履いてみたり、長袖から半袖にチェンジさせたり。その程度のイメージ力じゃ、身体の中に入り込んだテラの影響を抑えられない。

 悔しいが、美桜やディアナの言うとおり。もっと“力”の使い方をもっと覚えなきゃ、実戦に活かせない。


「誤解だ。本当に誤解なんだ。テラと……、竜ととっさに一体化しただけで、決して俺は悪魔なんかじゃ」


「見苦しいぞ、来澄。さっきの男がどこに消えたか知らないが、お前の言い分は全く信用ならない。“世界を救う”なんて目的さえ本当かどうか。迷い人のフリをして船に入り込み、仲間の男と合流して(おさ)である私に接触、ついに本性を現した。……さてはこの船を沈める気だな?」


「ハァ? な、何言ってんだ芝山。勘違いをするにも程が」


「船ではその名で……呼ぶな!」


 (おさ)は叫びながら、俺の胸めがけサーベルを突いた。さっきより距離が短い。あっという間に剣先が到達する。

 とっさに左腕で胸を庇う。ザクッと腕を剣が掠め、鮮血が舞う。


「痛……ッ」


 力強い突きに、俺は歯を食いしばった。


『盾をイメージして、防御しろ! 持たないぞ!』


 テラの声が響く。

 攻撃を左右にかわしつつ、自分と(おさ)の前に、大きな盾があることをイメージする。頑丈な盾が攻撃を弾く。宙に浮いた盾。大きな円盤形の……。

 パァンと音がして、何かが剣を弾いた。できた。金属製の盾が左腕に。


『足元をすくえ。こうなったら、とにかく攻撃だけでも止めさせなければ』


「クソッ」


 なるようになれ!

 腰を屈め、(おさ)の足を払う。よろける(おさ)、それでも体勢を立て直し、またこちらに向かってくる。俺がまだ立ち上がりきらないうちに一撃。とっさに盾で庇う。


「羽が邪魔だ」


 時折視界を遮る羽は、戦いに不利。思わず漏らすと、


『ならばこれで』


 ふと羽が消え、背中が軽くなる。代わりにずっしり、胴体に何かが纏わり付いた。


「また変わった……?」


 (おさ)が呟く。

 それもそのはず、俺の身体には装甲が。黄色の竜の鱗をあしらったそれは、両腕両足まで適度に覆っていた。重いが、防御力は高そうだ。


「サンクス」


 コレなら背中ばかり気にしなくていい。


「ひょいひょい姿を変えやがって……。それが“悪魔”的な力を持ったヤツの余裕か……?」


 サーベルが弧を描く。いつまでも後ろに逃げてばかりはいられない。甲板には乗組員たちも大勢いる。彼らを巻き込まぬよう気を配りながら、右回りに移動する。

 マストの影に隠れ、攻撃をかわしながら右へ、左へ。時折剣が装甲を掠め、ひやりとするが、武装している分、安心感はある。


「すばしっこい……。だったらこれはどうだ」


 (おさ)の攻撃が止まった。ホッとしてマストの影から顔を出したのが運の尽き。

 眼前に青い光を放つ、大きな魔法陣が浮いている。周囲に書き込まれているのは、やはりレグル文字。よ、読めない。何の魔法――。

 思ったのも束の間。

 魔法陣から俺の方向へ、無数の氷の(やいば)が飛んでくる。

 嘘だ。こんな狭いところで。

 周囲には人だかり。避けるわけにはいかない。


『シールドを張れ! 早く!』


 俺が考えるよりも早く、テラが俺の腕を動かした。右腕が意思とは関係なく前方に突き出される。

 ザクザクッと氷の(やいば)が何本か刺さった。痛烈な痛み。腕や足、顔。装甲のないところは防ぎようがない。マストや甲板の床にも、氷の(やいば)がどんどん刺さる。これが、一般人を襲ったら。


――“巨大なシールドで、攻撃を全て押さえろ”


『遅い!』


 魔法陣が現れるより前に、力が働いた。透明な壁がドンと現れ、(やいば)を全て受け止める――これは、テラの力か。


『戦闘は常に時間との勝負。私が全て尻拭いしてくれると思うな』


「わかってるよ!」


 青い魔法陣が消えた。かと思うと(おさ)は高く腕を掲げ、何やら別の呪文を唱え出す。


「――出でよ!」


 指先から新たな青色の魔法陣。サイズこそ小さいが、そこから天に向かい、うねうねと太く長いものが飛び出していく。透明な……、人の胴体ほどもある太さのアレは一体。

 などと、考えている暇はない。

 透明な何かは勢いつけて、俺の方へ向かってくる。ガバッと、口を開けるそれは――。


『凌、よけろ!』


 が、間に合わなかった。そいつは俺の身体に真っ正面から、ぶつかってきた。

 なんだ。

 ――水?

 水の固まりが水竜のようにくねりながら俺の周囲に巻き付いていく。

 水柱だ。水柱の中に、閉じ込められた。

 砂漠のど真ん中で、コイツ、とんでもない魔法を。

 噴水みたいに、水は空に向かって勢いよく流れ続ける。息が、息ができない。

 水の勢いに負け、足は甲板から離れた。完全に、身体が浮く。

 こんなところで息絶えるわけにはいかない。なんとかして、なんとかして脱出しなくては。


『苦しいと思ったら、負けだ。“イメージ”しろ。水中でも息はできる』


 無茶な。そんなこと、できるわけ。


『“イメージ”がすべてを優先する。君は、そういう“力”を持っている』


 またそんな、根拠のないことを。


『ここで死んだら、“向こう”でも死ぬ。忘れたのか』


 忘れては、いないけど。


『だったら、“イメージ”しろ。水中でも息はできる。魔法も打てる。相手はコレで勝利したと思っている。今の隙に』


 また……、とんでもないことを言い出す。

 あと何秒息がもつ? 正直なところ、そんなことしか考えてなかった。

 逆転の発想をしろってことか。逆さ吊りにされたときも、テラのヤツ、空に向かって重力が云々言ってたな。

 水中でも息ができる。そう“イメージ”すれば苦しくはない。空気を吸うのと同じように水を吸い込んでも、息苦しくならない。酸素をしっかり肺に取り込める。

 怖い……いや。怖くなんかない。この世界じゃ“向こう”の常識は一切通用しないんだ。水の中で呼吸するくらい、できて当たり前――。自分を信じるんだ。使い方はわからないが、“力”だけはあるらしい。それを上手くコントロールできるようになれば、怖いものナシって、そういう話だったはずだ。

 大丈夫、大丈夫だから。

 息が、息がもう、もたない。胸が、苦しい。

 水を、水を思いっきり吸い込むんだ。そうすればきっと、呼吸が楽になる。酸素が取り込まれる。

 大丈夫。大丈夫。

 きっと、きっと大丈夫。


「――プハァ!」


 思いっきり口を開けた。水が体内に大量に押し寄せる。喉が……鼻が、痛い。いや、痛く、痛くない。痛いわけない。コレで呼吸が楽になる。絶対大丈夫、大丈夫に決まってる。


『慌てず、ゆっくり息を吸い込むんだ。大丈夫。次第に楽になる。楽になったら目をしっかり開いて、相手を見ろ』


 テラの言葉が励みになる。

 そうだ。大丈夫だ。楽に……、楽になってきた。

 水柱の向こう、(おさ)の姿も、確認できる。


『その調子だ、凌。相手はコレで終わったと思っている。油断している隙に、魔法を打て』


 魔法……。いくらなんでも、それは。

 あんなんでもクラスメイト。傷つけるわけにはいかないだろうに。


『攻撃魔法だけが魔法じゃない。彼がもっともダメージを受ける方法で。しかも、相手よりこちらが優位に立てそうな魔法を』


 無茶だ。テラは無茶ばっかり言う。

 でも、そうでもしないと、誤解も解けない。話し合いにも応じてくれそうにない。

 やるしか……ないか。

 水柱の中に浮いたまま、俺はスッと肩の力を抜いた。

 もう呼吸は随分楽になっていて、空気の中にいるのと変わらないほどだ。

 右腕をグッと伸ばすと、水柱の外に手が出た。(おさ)の方に手のひらを向け、意識を集中させる。魔法陣を……魔法陣を出すんだ。


「なに……してるんだ?」


 水の中を、(おさ)の声が伝う。


「まさか、まだ生きてるのか」


 その、まさかだ。手のひらに、少しずつ力を送る。テラに教わったとおり、ゆっくりと、力を集中させていく。

 周囲のざわめきが、水の流れに溶けて聞こえる。

 こんな状態で生きてるなんて誰も思わなかったろうし、俺だって思わなかった。恐怖かもしれない。それでも生きていられるのは、ここ“レグルノーラ”が、“イメージ”により力を増幅できる世界だから。

 (おさ)がこちらの異変に気付き、歩み寄ってくる。水流も次第に弱まり、徐々に水位を下げている。

 間に合うか。

 金色の魔法陣を目の前に展開、文字を……急いで刻む。


――“帆船の(おさ)の”


 (おさ)は歩調を速めた。水柱の水位がどんどん下がる。


――“変化(へんげ)を”


 魔法陣の寸前に(おさ)の姿。もう水位は腰の下まで来ていた。


――“解け!”


 明朝体の文字が魔法陣を埋める。文字を得た魔法陣は金色に輝き、光を放つ――。

 が、魔法陣より手前に(おさ)の身体。掲げた剣先が、凄まじい勢いで迫……。


「効くか……ッ! そんな、もの……!」


 (おさ)のサーベルが、盾の上からのしかかった。

 全体重を乗せた一撃は、俺の背中を甲板に打ち付けた。すっかりびちょびちょになった甲板に、濡れて重くなった身体がベチャッと音を立てて張り付いた。(おさ)は濡れるのも構いなしに、俺の身体に覆い被さり、凄まじい力でサーベルを盾に押し当ててくる。本来、そういう使い方をする武器じゃないだろ……なんて、今彼に忠告したところで、耳は貸さないだろう。

 歯を食いしばり、目を見開き、金髪を振り乱して迫る(おさ)。せっかくの美形が台無しだ。


「や……やめろ、芝山……」


 盾を構える左腕が悲鳴を上げそうだ。右手を添え、なんとか攻撃を防ぎ続ける。

 魔法陣は……魔法陣はどうなった。発動しているのか、していないのか。

 魔法陣から放たれる金色の光は、まだ消えない。

 力が不足していたのか。文字の刻み方がマズかったのか。

 どうでもいい。とにかく早く、正気に戻さなきゃ。

 話を、話を聞いてもらって、森を抜ける。早く。早く……!


「どうなってるんだ……。あんな攻撃されて、何故、無事なんだ……」


 (おさ)はギリギリと歯を鳴らした。

 盾の上から覗く(おさ)の髪の毛が、心なしか黒くなっているように見える。そして、僅かに身体を震わしているようにも。


「安寧の地を奪おうとする輩は……誰であろうと許さない。あのテラという男も、お前も……!」


 (おさ)の声が、芝山の声にも聞こえる。

 ということは、魔法陣は成功して――。


「お……、(おさ)。もう、もう止めてください、こんなこと」


 声を上げたのはザイルだ。どこで様子を見ていたのか――、足元に駆けつけ、(おさ)の身体を俺から引きはがそうとしている。


「うるさい! 私に指図する気か!」


 (おさ)は抵抗するが、何人かがザイルの後に続くようにして(おさ)を囲んだ。地団駄を踏む(おさ)を、数人が引きずるようにして船尾まで連れて行く。

 俺はようやく、重さから解放され、ゆっくりと盾を退けた。

 しんどい……。

 大きく肩で息をして、少しずつ身体を起こす。

 盾を腕から外して放り投げ、俺は呼吸を必死に整えながら、立ち上がった。フラフラとおぼつかない足で(おさ)の元へ向かう。

 水分を含んだ服と、身体にピッタリ張り付いたテラの装甲が凄く、重い。歩くのもしんどいほどに。そう思うと、ふとからだが軽くなり、同時に誰かが俺の身体を掴んだ。


「大丈夫か」


 テラだ。同化を解いて、濡れた背中に手を回し、肩を貸してくれる。


「ああ」


 俺は小さく呟いて、歩を進めた。

 戦っている間ぐらぐら揺れていた船は、失速し穏やかに砂地を進んでいた。日は落ち、マストから垂れ下がった裸電球が、柔らかく甲板を照らしている。その明かりの届くか届かないかのところで、(おさ)は乗組員たちに囲まれていた。


「こんな一方的な戦いはあんまりです。端から見てりゃ、リョウは必死に応じてるだけで、一切手出ししてない。彼が何をしたのかわかりませんが、理屈も何もかも、一方的すぎますよ」


 一際大きく聞こえたのは、ザイルが(おさ)を責める声だ。

 数人から囲まれ、(おさ)は項垂れていた。その髪は、すっかり黒く、短くなっていた。


「どいつもこいつも。誰がこの船を動かしてると思ってるんだ」


 甲板に尻を付き、肩を落とした(おさ)は、そう言って(おもて)を上げた。

 ――と、どよめきが起きた。一様に(おさ)を見て、誰だ誰だと騒ぎ始める。

 薄暗い甲板の隅、肩で息をする小さな男。身体に合わない大きめのシャツと丈の短いマント。それから、大きめのブーツ。そこにいたのは、キリリとした帆船の(おさ)ではなく、キノコ頭と眼鏡が印象的な――高校2年生の芝山哲弥だった。


「なんだよ来澄。笑ってるのか。無様な格好だって、笑ってるのか!」


 芝山は叫んだ。汗だくで、顔を涙でぐちゃぐちゃにして。

 いいやと首を横に振っても、芝山はまた声を荒げた。


「力の差を見せつけたとか、思ってるんだろ。そうやって力を見せつけて、この船をぶんどるつもりか!」


「おい、何を考えて」


 テラが前に出そうになるのを、俺は止めろと目で合図する。


「そんなことは絶対にしない。俺には船の動かし方なんか、わからないんだから。それより話がしたい。芝山の力で、砂漠を抜け出したいんだ。竜と同化したって長距離は飛べないし、テラだって俺を抱えて長く飛ぶのは無理だったし。それしか方法がない。――頼む、頼むよ。機嫌直して、連れてってくれ。お願いだから」


 パシンと両手を合わせて頭を下げる。

 こんなので芝山の機嫌が直るわけが、ないんだけども。


「馬鹿か」


 芝山が言う。そりゃそうだ。こんな状況でこんなこと、馬鹿以外の何でもない。


「馬鹿なのは、ボクの方。来澄が“悪魔”だなんて、馬鹿げた発言だった」


 え? 今なんて。

 驚き、顔を上げると、芝山は腕で涙を拭いながら、笑いを堪えきれずに口角を上げていた。


「顔はアレだけど、中身は意外にも真っ直ぐで驚いた。見てくれで判断しちゃダメだって、口では言ってても、頭は理解してなかったってことだね。何が君をそうさせているのか知らないけど、どうやら敵ではないらしい……。その男が――、君の(しもべ)だとかいう男が本当に竜なのかどうか、まだ信じてはいない。でも、君の力が優れていて、それに太刀打ちできそうにないってことはよく分かった。……いいよ。どこにでも連れてってやる。帆船が行けるとこまでなら、どこへでも」


「ほ、ホントか!」


「ただし……、(おさ)の正体がこんなんだって知って、彼らがボクを追い出さなければ、だけどね」


 芝山の視線の先には、多くの乗組員たちがいた。やっと収まった騒ぎに胸を撫で下ろし、集まってきたのだ。芝山は彼らにグルッと目配せして、それからゆっくり息を吐き、唇をギュッと噛んでから放り出していた足を畳み、正座した。


「――すまない。ずっと、騙してた。ボクはここに居る来澄凌と同じ、“あっちの世界”から来た高校生で、本当は全然大人なんかじゃなくて、格好良くも、頼りがいもない、子供だ。多少力が発揮できたからっていい気になって、船動かして、(おさ)だなんて呼ばれて図に乗ってた。“干渉者”には違いないけど、世界を救うような力はないし、今みたいに、時折ブチ切れて迷惑をかけることも本当に多い。それでも……、もし可能なら、このまま船に、帆船にいさせて欲しい。頼む……!」


 板地に手を付き、頭を下げる芝山。

 突然の土下座に、どうしたもんかとどよめく周囲。

 凄まじい、覚悟だ。あの芝山が――プライドの固まりみたいな芝山が、こんなこと。


(おさ)……(おもて)を上げてください」


 一歩進み出たのはザイルだった。人情深げな男は、土下座したままの芝山の前に膝を付き、トンと背中に手を当てた。


「皆、責めたりはしませんよ。砂漠で助けてもらった恩がある。ここは楽しくて、生きがいがあって、何より、飽きない。それもこれも、(おさ)、あんたがいるからだ。突拍子もないことをするだけの勇気や知識があるから、皆、付いてくるんです。この先も、船を動かしてください。そして、この砂漠の先に何があるのか、一緒に探しましょうよ」


 賛同し、うなずき合う男たち。

 芝山は肩を震わせたまま、しばらく頭を上げようとはしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
↑もっとレグルノーラの世界に浸りたい方へ↑
「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ