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150.静寂

――『白いの』



 違う。それは僕の色であって。



――『偉大なるレグルの竜(ドレグ・ルゴラ)



 名前? 違う。名前すらない白い竜を畏怖した人間がそう呼んだだけ。



――『かの竜』



 最早名前を呼ぶことすら(はばか)った。

 あやふやな呼び方は、存在すらあやふやにする。



 僕は何だ。

 何のために生まれた。



 ヤツの心の叫びが脳内に響き渡った。

 長い長い時間を生きてきた竜の、とても些細な、それでいて決定的な悩みと苦しみ。

 頭痛が更に激しくなった。痛みが波及して、身体全体に痛みが広がっていった。

 今までどんな攻撃さえ受け止め、血が出ようと身体が欠けようと平然としていたクセに、記憶の中に入り込んで心を覗いたことで、ヤツは初めて苦しみだした。


「……力を貸して、皆」


 美桜の声が聞こえる。


「凌も必死になって抵抗してる。今を逃せば、もうかの竜を倒すことはできなくなる」


 それぞれが口々に了解の言葉を発し、それらをとりまとめるように、今度はローラが声を上げた。


「良いんですの? 今の状態でかの竜を倒せば、同化したリョウもろとも消えてしまうかもしれない。そうしたら、リョウと契約を結んだあなた自身も尽きてしまう。ただ、半竜のあなたの場合、卵に戻れるのかどうかすらわかりませんわ。それは承知で?」


「勿論。私がどんな覚悟で契約したと思ってるの」


 力強い美桜の声。

 ガサゴソと何かを取り出す音。


「――これを、使えば良いんでしょう。凌の記憶を見たわ。もしかしたら凌の力には及ばないかもしれないけど、私の白い竜の力を全部使えばどうにか」



「どうにか……、させて、たまるか……ッ!」



 俺は顔を上げて美桜を睨み付けていた。

 彼女らに向かって、ガバッと開けた口から黒い炎を噴射させる。が、寸手でディアナがシールド魔法。弾かれた炎がシールドの表面を滑り、空気に溶けた。


「ここは任せなさい。私がヤツの攻撃から守ってやる。ローラ! お前は魔法陣を。そして、できるだけ強固な魔法を」


「わかりましたわ、ディアナ様。ではミオ、竜玉をこちらに」


 俺の目は美桜を追おうとした。が、その視界を誰かが塞ぐ。


「来澄。私がお前を止めてやる」


 ――シバ。


「寧ろ、私が止めないで誰が止めるというのだ」


「それ、オレのセリフ」


 と、今度はノエル。

 バッと両手を突き出し、魔法陣を錬成する。緑色の光を発し、文字が刻まれていく。


「最後の最後まで、ホント手の焼ける救世主様だぜ……!」


「同感だな。無謀すぎて、放っておけない」


 ジークまで余計なことを。

 その横にスッと現れたのはレオ。魔法を纏った剣をオレに向け、


「魔法が得意な面々はローラ様の手助けを。我々は魔法陣が完成するまで、最後の悪足掻きと行こうではないか」


 勝機が見えてきたからか、皆の表情が明るい。

 さっきまでのどん底感が、徐々になくなってきている。

 当然、ドレグ・ルゴラはそれが気に食わない。フラフラとした頭を左手で押さえながら、右手で魔法を放つ。魔法陣なしに黒い炎を手のひらから発し、足元を集中攻撃。距離を取ってから改めて大鎌を手に引き寄せ、斬り込んでくる敵を迎え撃つ。

 上段からレオが迫る。鎌を振り上げ食い止めると、今度は中段からシバのサーベル。くるりと鎌を振り受け止めるが、直ぐ次の攻撃。鎌がレオの肩を掠める。更に鎌の柄がシバの胴体に直撃し、そのまま突き飛ばされた。


「うぐっ」


 声を上げつつ、また立ち上がるシバ。

 その奥で完成した深緑の魔法陣が煌めき、現れたのは一体のゴーレム。いつもとは少し違う、厳つく、そして何よりその造形美にため息が出るほど完成された石の巨人。


「――行けぇッ!」


 ノエルの一声でゴーレムが突進してくる。普段ならば飛び退いて逃れるところだが、身体が追いつかない。石の拳をまともに浴び、宙に投げ出された。


「ぐぁはッ!」


 声が漏れる。顔を上げる。今度は何だ。ジークが光の魔法を。

 打たれる前に打たなければと思ったのか、ヤツは身体から一気に黒い気を放出させた。光の魔法がかき消され、その風圧で何人かがぶっ倒れた。

 ホッと息を吐く。一瞬の隙、シバが水竜を出現させ、再び俺の方へ――。











『一体、何を考えている』


 ヤツの声が頭に響く。


『コレはリョウの身体。私を倒そうとすれば、リョウも死ぬことになる。人間どもは仲間を殺そうとしているのか?』


 困惑している。

 何が起きているのか、理解に苦しんでいる。


『何が人間どもを突き動かすのだ。以前はこのようなことはなかったはずだ。あのときは――、キースは金色竜を従え、たった一人で挑んできた。今は? 徒党を組むからか。一人では何もできないクセに、何故こうも複数人でつるむと強くなる? 人間とは何だ。弱いだけの、補食されるだけの生き物ではないと?』











 混乱は動きを鈍らせる。

 それまで決して効かなかった類いの魔法や攻撃が、徐々に効き始める。

 両腕をクロスさせ、向かってくる水竜から身を守ろうと試みたが、その勢いに押されてしまう。踏ん張った足元の氷に亀裂が入り、右側が半分沈んだ。どうにか攻撃を防ぎ、足場の大丈夫なところまで避難。けれど聖なる光の魔法を含んだ水竜の攻撃で、身体のあちこちが焼けるように痛くなった。


『こんなはずでは……!』


 痛みとは無縁だった白い竜は、平静を失った。

 防ごうとすれば防げるはずの攻撃が次々に直撃し、身体の至る所を傷つけられた。傷口を塞ぐ魔法すら、だんだん追いつかなくなってきている。

 攻撃魔法の威力も落ちてきた。密度の低いスカスカの魔法は、相手の動きを封じるどころか自分の体力を削っていく。

 肩で息をし、目眩で揺れる視界の中で戦う。それでも、ヤツは自分の存在を消されまいと、必死だった。

 たった一人で。

 何に頼るということもなく。

 ただ、己の力だけで。


『同情、しているのか。だとしたらそんなものは不要だ。私は私以外の誰でもない。私の意識に溶け込み、さっさと消えろ……!』


 振るった鎌の刃が、仲間の肉を割いた。

 止めてくれ!

 声の限りに叫びたかった。

 飛び散る鮮血。レオとジークが腹を裂かれた。

 ノエルの巨人が、オレのことを叩きつぶそうと何度も殴りかかってくる。鎌が弾き飛ばされた。チッと舌打ちし、黒炎を吐く。絡みつく業火を振り払うこともなく、ゴーレムはまた向かってくる。

 ゴーレムの攻撃を素手で受け止めた。半竜化しているとはいえ、その重さに圧倒される。竜になれば? いや、もうそんな力、どこにも残っていなかった。限界が近づいてきていた。


「凌! 聞こえるか!」


 遠くからディアナの声がして、ハッと顔を上げた。


「意識を保て! 今、助けてやる……!」






 ――強大な白銀の光を感じた。






 俺の身体は激しい拒絶反応を示し、その場から動けなくなる。

 青い炎に焼かれるような、無数のナイフで突き刺されるような、身体が全部バラバラになるような。それはともかく、例えようのない痛み。


 ――死ぬ。


 咄嗟に思ってしまうほど、その力は強烈だった。

 細胞のひとつひとつが剥がされていく。分解され、空気に溶けていく。

 足元が崩れていくのがわかった。

 氷は溶け、亀裂を発した。砕けた氷と共に身体がズシンと沈んでいく。理解していても、身体は言うことを聞いてくれない。自分の中に流れるものとは全く逆方向の力が、無理やり身体に侵入してこようとする。



 聖なる光の魔法だ。



 竜玉で膨れあがらせた力が、頭上から降り注いでくる。

 ディアナの慈愛に満ちた心、ローラの何ごとにも屈しない心、ジークの仲間を信じる心、シバの誇りに満ちた心、モニカの悲しみを吹き飛ばす強い心、ノエルの強くなろうとする心、そして美桜の運命に立ち向かおうとする心……。

 いろんな心が光となって、黒く澱んだ力に支配された俺の身体に降り注いでくる。

 彼らが魔法陣にどんな言葉を刻んだのか、俺が確認する術はない。ドレグ・ルゴラは彼らの清らかな心と力に、そして突きつけられたヤツの隠された弱みに、最早立ち向かうことすらできなくなっていた。






 激しい光は、俺の五感を全部吹き飛ばした。





















 全てが真っ白になる。





















 音もなく、風もない。

 ただ真っ白いだけの場所に飛ばされた俺は、ゆっくりと目を開けた。











 分離……してる。

 さっきまで目に見えていた、半竜化したような腕じゃない。まともな、人間の手足が見える。

 手を動かせば自分の意思でそうしている感覚がある。

 冷たい床の上にうつ伏せていた俺は、ゆっくりと身体を起こした。

 けれど、不思議なことに身体に重さを感じない。ということはつまり、コレは意識体であって、本体は聖なる光の魔法でどうにかなってしまったということなのだろうか。となると、俺は死んだと定義づけられるわけであって。でも、不思議と身体はどこかにあるのだという安心感がある。コレは一体、どういうことなのだろうか。

 ふと、直ぐ側に白いものが転がっているのが見えた。

 恐る恐る近づき、ハッとする。

 白い竜だ。

 てことは、ドレグ・ルゴラ? ヤツの意識体も、俺と同じように身体から分離して、こんな所に飛ばされてしまったのだろうか。

 寝て……る?

 そろりそろりと足音を消しながら、何とか竜の頭のところまで辿り着いた。

 こうしてみると、美しい竜だ。美桜のようなしなやかさには欠けるが、ゴツゴツとしたフォルムながらも、長い年月を生きたという貫禄に溢れている。鱗の一枚一枚がキラキラと輝き、虹のように光が反射するのがたまらなく美しい。

 誰がこの竜を、悪竜だと言ったのだろう。

 レグルノーラの人間や竜たちの感覚はよく分からないが、少なくとも俺には、とても気高く崇高な存在に思える。

 そっと腕の鱗に触る。ひとつひとつの鱗が大きい。手のひら大のそれを、ゆっくりと撫でてみる。これが自分が同化していた竜だというのが、にわかには信じられない。同化していたときヤツは相当にイカレていたし、俺だって気が気じゃなかった。こんな風に透き通った気持ちで最初から見ていられたのなら、少しは印象が違ったかもしれないと考える。

 ……まぁ、最初に出会って直ぐに死刑宣告されたのだから、そんなことは不可能だったわけなのだが。


「何を、している」


 ふいに、声が降ってきた。

 頭を上げると、ドレグ・ルゴラの赤い目が俺をじっと見つめていた。


「起きてたのか。悪い。良い鱗だなと思って」


「良い、鱗?」


「白くて綺麗な、良い鱗だよ。頑丈だし。金色竜のテラとはやっぱり鱗の種類が少し違う。あっちはもう少し弾力があったし、小型竜だから一回り小さかった。お前の鱗は真珠みたいな綺麗な色をしてる。あ……、レグルノーラには海がないから、真珠は知らないか。貝の中にできる、小さな宝石だよ。白は純粋さの象徴。神聖で崇高な色だ」


 ヤツの白い鱗を撫でながら、俺は何気なしに思った通りのことを喋った。

 それをどう受け止めたか知らないが、ヤツは今までで一番穏やかな顔で俺を見下ろしている。


「初めて聞いた」


 ボソリと呟いた声に、いつもの棘はなかった。


「俺が思うにさ、グラントは恐れ多くて、名前を付けられなかったんじゃないかと思うんだ」


 グラントの名前を出すと、ヤツはわかりやすく目を見開いた。


「白い竜を初めて見たグラントは、お前が持つ力や容姿に相当困惑したはずだ。レグルノーラには白い竜は居ない。だから面食らった。突然変異的に生まれる白い生き物は、自然界では長く生きることができないそうだ。敵から身を守ることができず、目立ってしまうからな。グラントは、そんなお前を不憫に思って引き取ったんだろう。本当は、『白いの』なんて半端な呼び名じゃなく、心に温めていた名前があったはずだ。けど、グラントは、それを最後までお前に伝えることができなかった。白はどんな色にも簡単に染まってしまう。変な名前を付けてしまえば、きっとそういう風にお前が染まってしまうと怖くて仕方がなかった。だから最後まで、お前を『白いの』と呼び続けた。彼は酷く不器用だった」


「――それを証明する術は」


「残念ながら、ない」


 俺は首を横に振る。


「けれど、気持ちはよく分かる。名前はその生き物に命を与えるものだから、慎重にならざるを得ない。ペットを飼うときもそうだしさ。自分の子供に名前を付けるときもそうだって聞く。例えば俺の名前は“凌”だけど、これは“凌ぐ”、“苦痛や困難に屈しない、苦難を乗り越える”様な人間になって欲しいって、親が付けてくれた名前。お陰で色々と滅茶滅茶なことになっちゃったけど、俺は自分の名前を信じて乗り越えていく。名前には魂が宿る。名は体を表すって諺もあるくらいだし、とにかく名前を付けるのには覚悟が要るんだよ」


「……覚悟、か」


 ヤツは目を伏せ、しばらく思案していた。

 幼き日々に想いを馳せているのか、俺の言葉の何かに引っかかったのか。

 ただひとつ言えるのは、ヤツの中から黒いモノがすっかりなくなってしまったような気がすること。黒すぎてこれ以上何にもならなかった黒が、漂白剤で綺麗に落とされたみたいになくなってしまった。そうでなければ説明が付かないくらい、とても穏やかで、とても静かな気配が漂っている。


「金色竜に付けた名前にも意味が?」


 ボソリと、恐る恐る口に出した言葉は意外なものだった。

 俺は思わず頬を緩ませ、


「意味なんかない。アレはリアレイトで言うところのプテラノドンって恐竜に似てるなって思ったから、そっから一部貰って“テラ”って。意味っていうか、呼びやすさ、親しみやすさ重視だったから、“想い”……かな。長い間付き合ってくつもりで生き物に付ける名前は、親しみやすさとか、呼びやすさとか、そういうモノを重視する。音の響きってのも大切だからな。まぁ、竜の性格は契約した(あるじ)に依存するらしいから、どんな名前にしたとしても、大人しくはならなかっただろうけど」


 ハハッと苦笑いすると、ヤツは目を細めてゆっくりと首を傾げた。


「ミオも、お前と契約した」


「ああ。とにかく、お前のことを止めたかった。彼女は自分が破壊竜と呼ばれたお前の血を引いていることに対して酷く責任を感じていた。自分にしかできないと、自ら契約を申し出た。けど、果たして互角に戦えたのかどうか。結局俺は同化を解かれ、お前に呑み込まれた。……強すぎる。その力、どうして破壊以外に使えないのかと思うほどに」


 そう言ってヤツの顔を見上げると、大きな赤い瞳が心なしか潤んでいるような気がして、俺はドキリとしてしまった。


「リョウ、お前は何と不思議な人間だろう」


「――え?」


「お前が私の心を見てしまったように、私もお前の心を見てしまった。何故だ。何故お前は私を恨まない。殺したいという心、憎らしいという心がまるで感じられなかった。以前の、キースのときとはまるで違う。どんなに私が街を破壊しようが、人間を喰らおうが、お前の心は決して黒くならなかった。狂いはしても、黒くはならない。それどころか」



「――救いたいと、思った」



 俺とドレグ・ルゴラは同時にそう発した。

 大きな目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ち、床を濡らしていく。一粒落ちる度に、水たまりができ、それがどんどん繋がって広がっていく。


「苦しさがわかったからだ。誰かに理解して欲しかったんじゃないか。ただ力尽くで倒したとして、お前はまた力を蓄えて二つの世界を襲いかねない。本当の苦しみの原因を知らなきゃならなかった。だから多分、俺が選ばれた。誰かを信じるのが苦手で、まともに人付き合いできなくて、自分の殻に閉じこもって、自分が誤解されてもそれで構わないと思っていて。そういう俺だからこそ、お前のことを理解できると。誰が選んだのかはわからない。金色竜の卵を与えたグロリア・グレイさえ、俺にはそんな力はないだろうと、そんなことにはならないだろうと高をくくった。ディアナは薄々何かを感じていたらしいが、それだって偶然に過ぎなかったはずだ。では美桜は? どうだったろう。記憶の中に押し込めていた人物と俺が似ていたから、偶々声をかけただけだったのかも。俺が過去に飛ばされ、お前の魔法の邪魔をしたのだって、本当に偶然だった。時空嵐の存在なんか知らなかったし、そこでお前と出会うなんて、とてもじゃないけど想像も付かなかった。お前はあのとき、俺の存在を知って興味を持ったのかもしれない。けど、それだって偶然だ。偶然がどんどん重なって、俺はとうとう、お前に辿り着いた。俺は……、多分、お前を救うために力を得たんだと思う。そう考えたら合点がいく。俺なら、お前を苦しみから解放できるから。お前の一番欲しかったものを与えることができるから……!」






「“ゼン”」






 ヤツはぎょっとして、身体を後ろに引いた。


「な……んだ、それ、は」


 聞き慣れない単語に、拒否反応を示しているようにも見える。

 それでも俺は、言葉を続ける。


「今から、俺はお前のことを“ゼン”と呼ぶ。色々考えた。善悪の“善”、完全の“全”。あんまり悪い言葉のない響きだ。レグルノーラはイメージが力となる世界。だからこそ、名前は大事だった。お前はその大事なモノを、ずっと欲していた。ゼン、お前、俺の竜にならないか。契約しよう。俺がずっと側に居てやる。お前のことを大事にしてやる」


「――嘘を、付くな……ッ!」


 真っ白な空間に、ゼンの声が響き渡った。


「人間は短命だ。ずっと、などという言葉を信頼できるわけがない。人間の言うずっととは何年だ? 百年か、二百年か? 精々五十年、六十年が限度なのだろう? 我々竜の寿命を考えたことがあるか? お前の約束など、信じられるわけがない。契約したところで、お前は私より先に死ぬ。私は卵に還る。新しい(あるじ)に出会えるまで卵の姿で過ごす。そんなくだらない存在に成り下がるほど、私は愚かではない」


 ……確かに。

 長くは生きられない。

 どんなに頑張っても、これから百年なんて絶対に無理だ。

 卵の中で過ごす孤独については、テラから聞いたことがあった。前の(あるじ)、芳野美幸のことをただ想い続けていたと。


「――もしかして、別れが怖い、とか」


「な、何だと?」


「出会いと別れは表裏一体。お前は出会いの先にある別れが怖いんだ。だから全部壊して、何もなかったことにしようとする。人間に興味がありながら、自分よりも先に死ぬ人間と契約したがらないのはそういう理由で。――……あッ!」


 ふと、頭の中にとんでもない方法が浮かんだ。

 これならもしかしたら、長い間ゼンと共に生きることもできるかもしれない。

 途轍もなく危ういし、誰もが全力で止めそうだけど。

 ゼンの願いが叶うなら。それが俺にしかできないことなのだとしたら。

 アリ……?


「あのさ、ゼン」


 俺が頭を上げて慎重に話しかけると、ゼンは俺の言葉に耳を傾けるようにして頭を近づけてきた。

 その長い首も、前足から背中にかけてのラインも、本当に美しい。彼が自分の姿を忌み嫌う理由が全く見当たらないほどに。


「例えばさ。俺の身体を(うつわ)として使い続けられるなら、どう……?」


 恐る恐るの言葉をどう捉えたのか。

 ゼンは息を飲み、しばらく動かなかった。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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