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149.一番欲しかったもの

 身体の底から黒いモノが湧きだしてくる。

 全てを闇に沈めようと、全てを黒く染めようと。

 俺を取り囲む仲間たちの顔は引きつっていた。来澄凌の姿ではあるが、そうではない。倒すべきだとわかっていても倒すわけにはいかないと苦しんでいるようにも見える。それを、ドレグ・ルゴラは感じ取って悦んでいる。


「来澄を……返せ……!」


 振り絞るように言ったのはシバ。サーベルの先をこちらに向けて、歯を食いしばっている。その目には涙が浮かんでいた。


「返す? 不可能だ」


 ヤツは俺の顔でニヤリと笑う。


「コレはもう、私の身体であり、私そのもの。元には戻らない」


「――リョウの身体ごと倒すしかないと」


 半泣き状態でノエルが言う。ガタガタと足が震えているのが見える。


「そういうこと、ですわね。残念ながら」


 とモニカ。


「ここまで来て、お慕いしていた救世主様に向かわなければならないなんて。冗談にも程がありますわ」


 普段感情の起伏を見せない彼女の顔は、珍しく真っ赤だった。

 空には黒い雲が渦を巻いていた。湖の氷はどんどん溶け、足元さえ危うくなっている。帆船はその船体の殆どを湖に沈め、僅かに船尾が湖面から顔を出している程度になってしまっていた。

 遠くにレグルノーラの大地が微かに見え、それ以外は真っ平らな氷の世界が続いている。

 興奮し温度さえまともに感じない身体であっても、この寒々しい景色には鳥肌が立ちそうだった。色の乏しい灰色の世界は、せっかく見えかけていた希望さえ全て消してしまいそうだ。

 けれど。


「だからって、倒すべき相手は変わらないわ。モニカ」


 全ての悲しみを吹き飛ばすように、ローラが声高に言った。


「あなたの愛する救世主様は、まだ希望を捨てていないはず。命に替えてでも世界を救う覚悟でしたわ。例えあのような状態となったとしても、彼ならばどうにかしてくれるはず。私たちは私たちのできることを」


「要するに、戦うしかない」


 言ってジークはその手に剣を具現化させる。


「厄介な」


 とレオも、他の皆も、次々臨戦態勢になってゆく。

 ドレグ・ルゴラは俺の顔でまたニヤリと笑い、全身に魔法をかけた。身体が赤黒い光を帯びると、筋肉が急速に膨れあがった。姿こそ変わらないが、力が身体の底から更に湧き上がっていくのを感じる。


「面白い」


 目を細める。


「これほどに心が高ぶるのは、いつ以来だろう」


 そう言って俺は大鎌を振り上げた。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















「やめなさい、白いの」


 背中の方で声がして、俺は咄嗟に振り向いた。

 年老いた竜が高い位置から俺を見下ろしている。

 俺はキィと甲高い声で鳴き、そいつを睨み付けた。


「お前のそれは狩りではない。野蛮な殺しだ」


 深い森の中、僅かに差し込んだ光の中で、グラントは俺を諭すように言う。

 辺りには血の匂いが立ちこめていて、小動物の死骸が無残にも散乱していた。

 自分の白い鱗が真っ赤なのにようやく気が付いたが、俺は首を傾げている。


「狩りと殺し、何が違うの」


 引き裂いた肉と食い散らかした骨が目に入る。


「わからんか、白いの。お前は食うために殺しているのではない。殺したいから殺している。それを、狩りとは言わない」





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 黒い風が音を立てて湖上を駆け抜けた。

 煽られ飛ばされる女性たちを横目に、風に耐えた男どもが勢い付けて向かってくる。

 初めに銀の弾丸が数発。寸手でかわす。炎を纏った剣、聖なる光を纏った剣。レオとジークが代わる代わる切りつけてくるのを、鎌の先で弾き返す。

 隙を縫ってルークが魔法。やはり聖なる光を、今度は大きな球に変えて俺に投げつけ弾けさせるが、びくともしない。弱すぎる。

 俺は魔法を振り払い、また鎌を振る。しかし黒い風は壁のような何者かによって弾き返される。淡い緑色の光を帯びたゴーレムが三体。いつの間にか俺の周囲を取り囲んでいる。ノエルだ。

 ゴーレムが次々に拳を振り下ろしてくる。避ける。拳が氷面にぶち当たり、大きく亀裂が入る。次のゴーレムも同じように突っ込んでくる。また氷が砕ける。飛び上がって攻撃範囲から逃れると、今度は爆風が正面から襲ってきた。不意打ちに防御が間に合わず、慌てて両腕で頭を守る。この魔法はローラとモニカ。二人息を合わせ、二つの魔法を融合させて攻撃したのだ。

 チッと舌打ちし、俺は左手を突き出した。赤黒い魔法の玉を幾つも出現させる。それを今度は次々と投げつけ――。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















「契約って、知ってるか?」


 聞き慣れない言葉を聞いた。

 俺は背筋を伸ばして声の方を見る。

 森の中に小さな人間の子どもが数人、円陣を組んで座っている。


「契約? それって人間の(しもべ)になるやつでしょ?」


 別の子どもの声。


「当たり。(あるじ)になる人間に、新しい名前を貰うんだ。そして契約を結んだら、人間の世界でも生きていける」


「人間って、今の、こういう姿をした生き物のことだよね」


「そうそう」


「それって楽しいの? よくわからない」


 人間の子どもの姿をしている彼らは、変化(へんげ)を覚えたばかりの子ども竜であることを俺は知っている。自分もまた、同じように人間の子どもの姿になっていたから。


「人間と契約すれば、何かあっても卵に戻れるし、また新しい人間と契約すれば復活できるようになる。命が永遠に続くってこと。凄く面白いと思うけど、グレイはどう?」


 最初に声を上げた男の子が嬉しそうに言うと、その隣で女の子がうーんと首を傾げている。


「ゴルドンはそれがいいと思ってるかも知れないけど、私は嫌だな。人間なんて面倒くさい。姿格好はとても綺麗だし、変化(へんげ)するのは好きよ。でも、そういう関係になるのはちょっと違う気がする。……ねぇ! そこの君はどう?」


 グレイと呼ばれた女の子が、立ち上がって俺に声をかけてくる。

 彼らから離れた木陰で休んでいた俺を、こっちにおいでと誘っている。

 俺は目を逸らした。


『何だあいつ。人間の姿をしてるときは、僕のことが誰だかわからないのか?』


 俺が入り込んだ誰かの声が頭に響く。

 無視をしていると、よりによってその子は、俺のところまで駆け寄って顔を覗き込んできた。


「ねぇ、どう思う? やっぱり人間の(しもべ)になりたい? 気高い竜として生涯を全うすべきだと思わない?」


 金色の目と黒い髪が印象的な、とても可愛らしい子だ。

 俺は慌てて顔を腕で隠した。


「わ……、わからない。難しい」


 何と答えればよかったのか。

 中途半端過ぎて怒られるかな。そう思っていると、彼女は更にまじまじとこちらを覗き込んでくる。


「ねぇ。見かけない顔だよね。凄く白い肌。それに、髪の毛の色も変わってる。白? 銀色? 人間って、もっと色が付いているような。人間に変化(へんげ)するなら、もう少し人間のことを研究した方が良いよ。あなた、名前なんていうの」


「……え?」


 思わず顔を上げた。


「やだ。目も変な色。もう少し暗い色の方が良いんじゃない。真っ赤っかよ。ね、名前は? あなたの名前教えて」


「名前……?」


 途端に、俺は目を丸くする。


『名前って、何だ。僕の名前?』


「友達になりたいの。お名前、教えてくれる?」


 おかしい。女の子の顔が歪んで見える。


「名前。僕の、名前は」





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 黒い玉があちこちで弾け、その度にうめき声が上がった。

 俺はケタケタと笑い、また次の魔法を錬成する。

 その魔法が完成するかどうかというとき、背後に巨大な何かの気配を察知した。振り向く。目を見張る。

 水竜。

 水でできたこの竜には見覚えがある。砂漠でも平気で水の魔法を使う、シバの。


「来澄ィィィィイィィィィイイィイイイイイ!!!!」


 シバはやたらとデカい声で俺の名を呼んだ。

 大丈夫、聞こえてる。

 俺はここに居る。

 水竜がガバッとデカい口を開き、俺に向かって突っ込んでくる。

 俺は鎌を振るうが、水を切ることはできない。水竜はそのまま俺の真っ正面に突っ込んだ。途轍もない量の水が、一気に身体にのしかかった。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 柔らかい少女の手が、俺の右手を包み込んでいる。

 制服姿の彼女は、少しはにかんだような顔で上目遣いに俺を見た。


「今日はありがとうございました。私、迷子になったの一度じゃなくて。もしよかったら、またここに来たとき、相手をしてくださいますか」


「ああ。構わないよ」


 俺は彼女に優しく微笑んでやる。

 薄暗くなった街の中、ネオンの光が柔らかく彼女の顔を照らしている。彼女は、未だ高校生だった頃の芳野美幸に違いなかった。

 そっと手を離すと、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて、俺の手を握っていた両手を自分の胸に当てた。


「名前、教えていただけますか」


 彼女に言われて、俺はビクッと身体を揺らした。


「名前?」


 思いも寄らぬことを言われたのだろうか、身体が急にほてり始める。


「私、美幸です。芳野美幸。あなたのお名前は?」


 彼女のキラキラとした目が、逆に俺を追い込んでいく。


『何と答えればいい? 名前? この個体の名称……? 個人を区別するための記号?』


 目を泳がす。どうにかそれらしきことを答えねばならない。


「キ……、キース。私のことはキースと」


『この個体の名は、確かキース。彼女の求めているモノは、それに違いない』


「キース。ありがとう。また」


 名前を聞くと、彼女は嬉しそうに声を弾ませた。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 肺に水が入り込み、息苦しさで目を覚ます。

 記憶だ。

 ドレグ・ルゴラの記憶。

 ヤツが俺の意識を身体の奥底に閉じ込めようとすればするほど、ヤツの過去が見えてくる。孤独で惨めだった白い竜が、どんどん心を歪めていく様が見えてくる。

 ヤツは肺から全部空気を吐き出すようにして水竜を振り払った。竜の身体は水に戻って霧散した。

 全身びしょびしょになると、急に冷えが襲ってくる。それまで感じていなかった外気の冷たさが、身体の隅々にまで貼り付いてくる。

 ぶるんと身体を振るい、炎の魔法で一気に身体を乾かすが、芯までは温まらない。それどころか、ヤツの震えは増す一方だった。


『何を……見ている。リョウ、貴様、私の何を見ている』


 肩で息をしながら、ヤツは脳内の俺に訴えかけた。


『戦いに集中できない。どんなに強くなっても、力を使えないのでは意味がない。何故お前は私の心をかき乱す。私はお前の身体を奪った。お前の魂を奪った。お前は全てを失ったはずだ。なのに何故、まだ抵抗を続けるのだ』


 ゴーレムに続いて、大型の狼が二体錬成されていた。ノエルが限界を突破すべく、ありったけの力で次から次に魔法生物を出現させているようだ。

 その他にも数カ所で魔法の気配がする。

 立ち上がって攻撃を仕掛けねば、逆に攻撃を受けてしまう。わかっていても、ヤツは俺の身体を上手く動かせなくなってきている。


『見るな。これ以上、私の過去を』


 両手で鎌を振り上げ、ぐるんぐるんと何度も回す。その軌道に無数の魔玉を発生させ、拡散。四方八方に闇の魔法が弾けていく。ひとつひとつの威力が凄まじく、爆弾が破裂したような振動と音が静かな世界に響き渡った。氷のプレートが激しく揺れ、砕け、足元を取られそうになった仲間たちが、互いに助け合いながら逃げている。


『何がしたいのだ、リョウ。お前は私に完全に取り込まれた。それでもなお、お前は抵抗を続ける。お前は一体、何者――』





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















「“美桜”って、名前。どう思う?」


 膨らんだお腹をさすりながら、美幸が肩を寄せてくる。


「“美幸”の“美”の字と、“桜”。桜は、私の住んでいる国で愛されている木の名前。皆に愛される子どもに育って欲しい。そう願って付けたの。どう思う?」


 少し遠慮がちな美幸に、俺はそうだねと愛想なく呟く。


『人間は、名前を付けたがる』


 頭の中で、身体の主は思考を巡らす。


『愛でるための名前か。識別するための名前か。どちらにせよ、直ぐに名前を付けたがる。いや、人間だけではないな。竜たちも、互いに名を呼んでいた。しかしグラントは、私に名前を付けなかった。私は自身の子ではないからか? 私の名は何だ。キース、……ではない。それはこの人間の名前。私は何と呼ばれていた? 今まで私は、どんな名で呼ばれていた?』





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 頭がフラフラとしだした。左手で頭を抱え、必死に痛みを抑え込む。髪の毛の間から伸びた角が指先に当たった。頭を抱え込む手の先には、人間のモノとはとても思えない鋭い爪が生えていて、頭を掻きむしろうとするとザクッと刺さり、血が頬まで滴り落ちた。

 次々に打たれる魔法をはね除け、切りつけてくる相手を鎌でなぎ払う。その隙間を縫って攻撃しようと試みるが、徐々にその頻度が低くなっていく。


『止めろ。リョウ。それ以上は』


 自分で俺のことを取り込んでおきながら、ヤツは明らかに苦しみだした。


『ダメだ。違う。私は……、私は。……――ではない。決して、……では』


 ――パンッと乾いた音がして、左肩に激痛が走った。ジョーの放った弾丸が肩を打ち抜いていた。聖なる光の魔法を含んだ弾丸は、黒い力に冒された身体を直ぐに蝕んだ。強烈な浄化作用で身体は火照り、息苦しさが増してくる。

 ヤツはその肩を右手でむしり取った。これ以上聖なる光の魔法が自分の身体を侵食してたまるかと言わんばかりに、銃創ごと肩を千切った。あり得ないくらいの血が身体から抜け、痛みで思考回路が止まりそうになる。ボタリと氷の上に落とした肉塊。切り取られた肩を擦る右手。全神経を集中させ、肩を再生させていく。神経が繋がり、まともに左腕が動くようになるまでほんの数十秒。けれどあまりの光景に、誰もが俺を狂っていると思ったに違いない。


 狂っているのは俺じゃない。

 ドレグ・ルゴラだ。


 俺の垣間見た一連の記憶に、ヤツの秘密が隠されている。

 俺はヤツの本当の苦しみに触れかかっている。

 だからヤツは混乱した。

 ヤツが何を欲したか。ヤツが何に苦しんだか。

 もう少し、もう少しで手が届く。


 高く、鎌を掲げる。全身全霊を込め、鎌の遙か上、頭上に巨大な魔法の球を作り出していく。黒い雲、黒いもや、黒い風が全部全部一つに纏まり、雷を抱き始める。


「私の心をかき乱す者は、誰一人として生かしておくことはできない……!」


 ドレグ・ルゴラは俺の声でそう言って、ギリリと歯を鳴らした。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















「白いの」


 グラントの弱々しい声。

 年老いた竜は、最後の力を振り絞り声をかけたのだ。

 深い森の中、彼を取り囲む何体もの成竜を差し置いて、その奥で隠れるように老竜の旅立ちを見つめる俺を、グラントは呼んだ。

 成竜たちは道を空け、普段は決して存在を認めようとしなかった若く白い竜を彼の前に通した。冷たい目線の中、俺は肩を強張らせながら進む。

 グラントは群れの中でも一目置かれる、長老だった。竜も生き物だ。いずれ寿命が来る。白い竜は頭でそうわかっていても、理解が追いつかないでいた。


「白いの」


 グラントはまた、俺のことをそう呼んだ。

 長い首をゆっくりと彼の顔に寄せると、グラントはシワだらけの顔でニッコリと微笑んで見せた。


「お前が白いのにはきっと理由がある。心を汚してはならない」


 弱々しいながらも、グラントはひとつひとつの言葉を噛みしめるように囁いた。


「だけど、(おきな)


「お前には力がある。何のために誰が与えた力か知れない。けれど、使い方を誤ったらいけない。お前はその力で、歪みを正さねばならない」


『説教か』


 白い竜は思っていた。


『最後の最後まで、(おきな)は僕に説教を』



 ギリリと奥歯を噛み、拳を握る。その手を、グラントのシワだらけの手がそっと包む。


「白いの。お別れじゃ」


「ダ、ダメだ! 僕は未だ――」


 大粒の涙が、つうと頬を滑り落ちた。


『貰ってない。欲しいもの。僕が一番欲しかったものを』































『……僕の、名前を』































 ――名前だ。


 名前が欲しかったんだ。

 自分を表すための、ただひとつのものを。

 誰もが持っているはずのものを、かの竜は持っていなかった。



――『名前など……、何の必要があろう』



 ヤツは言った。



――『“偉大なるレグルノーラの竜”――“ドレグ・ルゴラ”』



 それだって、二つ名のようなもので、彼を指すものではあったとしても、彼自身の名前じゃない。

 与えられるべきものを、唯一の保護者グラントは与えなかった。与えることができなかった。グラントもまた不器用すぎて、名前を与えることを躊躇した。

 アイデンティティを失った白い竜は、迫害されていたことも重なって、どんどんおかしくなっていった。誰も自分を見てくれない。誰も必要としていない。それがどれだけ孤独を作り出し、彼を追い込んでいったか、誰にもわからない。



 つまりは、お前は自分を。

 自分を認めて欲しかった。



「だ……、まれ。黙れ黙れ黙れリョウ! お前に私の何がわかる! 私の何を理解したつもりになっている!」


 ヤツは俺の声で叫んでいた。

 何ごとが起きたのかと、攻撃の手が止む。

 鎌を落とし、頭を抱え、身悶えする俺を、大丈夫かとハラハラしながら見守っている。


「人間如きに私の孤独はわからない。私を理解できるはずなどない」


 ヤツは完全に攻撃を止めた。


「どう、なっているのだ」


 半竜化した美桜を支えるようにして立つディアナの姿が目に入る。ケイトとエリーも一緒になって、美桜の身体を支えている。


「戦ってる。凌が、戦っている」


 美桜がぽつりと言った。


「諦めてない。必死に抵抗してる。……今、かもしれない」


 ヤツは、俺の目をギッと見開いた。


「何がぁ、“今”だとぉ……?」


 手の中に魔力を溜めようとするが、上手くいかない。

 混乱した頭では、まともに魔法すら使うことができなくなっている。

 ヤツは再び、俺の頭を抱えて悶えた。


『違う、違う違う違う違う。私はそんなものを欲したことは』


 嘘だ。

 本当は、ずっとずっと誰かが、自分の存在を認めて名前を付けてくれるのを望んでいた。


『名前など、どうでもいい。私が私でありさえすれば』


 お前はそう言って、自分を偽ってきた。

 テラのことを心底羨ましがった。あいつには名前が沢山あったからだ。ゴルドン、テラ、深紅、シン、アウルム……。人間と契約を結ぶ度にあいつは名前を貰っていた。それが羨ましかった。だから一層あいつを恨んだ。


『違う。それは金色竜が人間と同化して私に刃向かおうとするからであって』


 お前は、誰かの唯一になりたかった。

 自分を恐れたり、或いは崇めたりして付けられた、肩書きのようなものじゃなくて、自分を敬愛し、自分だけの名前を付けてくれる存在を、ずっと欲していた。

 白い見た目から同じ竜ともつるめず。

 人間からは恐れられ。

 心を開くことを知らず、お前はどんどん捻くれた。

 終いには黒い湖に身を委ね、心まで全部真っ黒にしてしまった。

 心を閉ざして、誰にも触れさせず、だけれど本当は、寂しかった。



 愛されたかったはずだ。



 偽りの名前を名乗る度、お前は与えられる行為がどこに向かっているのか悩んでいた。美幸が“キース”と呼んだとき、お前はそれが自分ではなく、自分が(うつわ)としている人間に向けられた言葉なのだと気が付いた。

 名前というものを与えられたことのないお前は、自分をどう呼ばせたら良いのか、考えることすらできなくなっていた。

 名前とは何だ。それは必要なものなのか。

 何故人間は名前を欲するのか。

 名前など、個体を判別するための記号に過ぎないのではないか。

 お前の記憶の随所に、そういう気持ちが見え隠れしていた。

 グラントが懸念した通り、お前の力は向かうところを間違えた。本来ならば、お前の力は破壊じゃなくて。






 ほんの、ボタンの掛け違いってヤツだ。



 グラントがあんなに頑なじゃなかったら。



 竜たちがお前を爪弾き者にしなかったら。



 誰かがお前に優しくしたら。



 手を差し伸べていたら。































 誰かが、お前を愛し、お前だけの名前を呼んだなら。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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