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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく裏の世界と不遇の救世主〜  作者: 天崎 剣
【30】破滅の竜と捨て身の救世主
144/161

144.聖なる光の魔法

 帆船が湖面を進むにつれ、白い竜のシルエットがはっきりしていく。竜は湖面より少し上に浮いていた。羽ばたいているのではなく、銅像のように固まったまま、宙に浮いているようだ。鱗に貼り付くようにして銀の粒が幾重にもなって竜の全身を覆う。発動し続ける聖なる光の魔法が、白い竜の身体をほのかに光らせている。

 傍目からは、それが生きている竜なのかどうかすら判別が付かない。

 実に異様な光景だ。

 どこまでも続く湖の上、そこだけ異空間のようだ。

 宙を漂う銀の粒たちは、それぞれが意思を持つかのように竜に吸い寄せられていく。ぴたりと粒が鱗に付くと、そこからじわじわと光が広がる。ひとつ、またひとつと粒たちはこぞって白い竜に貼り付いていく。


「どうしても白い竜のところに向かうので?」


 船縁に寄りかかりながらじっと白い竜を凝視していた俺に声をかけたのは、ザイルだった。乗組員が数人、不安そうな顔をして一緒に付いて来ていた。


「ああ。どうしても」


 俺は彼らに振り向いていったが、彼らは更に顔を険しくした。


「さっき(おさ)のところにも行って、どうにか引き返せないかお願いしたんだが、無理だと言われた。リョウならばと思ったが、無駄か……」


「悪いな。でも決して、あの竜と戦おうとしてるわけじゃない。どうにか助けてやれないかと思って」


「助ける? 白い竜を?」


「ああ」


「――あちゃぁ。(おさ)もリョウも狂ってやがる。相手は白い竜ですぜ? あんな恐ろしいモノをよくも」


「恐ろしくはない」


「へ?」


「そういう気持ちがやがて募り、湖を黒くしてしまったんだ。怖がらなくていい。あの白い竜は、ドレグ・ルゴラじゃない」


 一人一人に目配せし、丁寧に話す。

 怖いモノを怖くないと言われても、きっと直ぐには納得してもらえないだろうけど。

 振り返り、再び白い竜を見る。視界に一度に入りきらないまでに距離が縮まってきていた。


「なぁ、ザイル。確か、エアボート、あったよな。アレも再現できてる?」


「へ? へぇ」


「シバに伝えてくれ。白い竜のところまではエアボートで行く。船を止めてくれって」





■━■━■━■━■━■━■━■





 船内へ戻り格納庫へと向かう。数層に別れた船内には様々な部屋があり、その一つにエアボートを格納していた部屋があったのを、俺はなんとなく覚えていた。大きな開口部があり、そこから飛び立てる仕組みになっているのを、以前世話になったときに見たのだ。

 乗組員の男に案内され、格納庫でエアボートのエンジンが温まるのを待っていると、そこに大慌てでレオとジョーがやってくきた。


「何をなさってるんですか!」


 二人とも結構な剣幕だ。


「何をって、これからあの白い竜のところへ行こうかと」


 俺が言うと、レオは沸騰したように大声を上げた。


「そうやって勝手に動かれては困ります。救世主殿はご自分の立場というものがわかっていない。第一、一人で向かってどうなさるおつもりでした」


 親よりずっと年上のレオに言われ、俺はしゅーんと肩を落とした。ジョーと二人で怖い顔をして、ズンズンと迫ってくる。


「え、ど、どうって……。そりゃ、竜のところまで行ってみて、考えるというか。魔法でどうにかなるならそうしようというか」


「エアボートの運転は? 魔法と同時にこなすのは難しいと思いますが」


 とジョー。

 運転の仕方など知らない。が、エアバイクの時みたいに、気合いで何とかなるだろうと高をくくっていたのがバレてしまった。俺は口を引きつらせ、目を逸らした。


「やっぱり……、こんなことだろうと。俺とレオが来て正解だ。どうも、後先考えず突っ走る性格らしいからな、救世主様は」


 ジョーの言葉がザクザクと心に刺さる。全く反論できない。


「運転は俺に任せて。レオが救世主様をサポートする。一人で行くより、そっちの方が安全だと思うけど?」


 赤毛のジョーは、そう言って俺にウインクを飛ばしてきた。

 全く、申し訳ない。

 俺は彼らの提案を、渋々と受け入れた。

 ハッチを開け、エアボートに乗り込む。ボートの操縦席は進行方向の後方にあり、そこにジョーが、手前に俺とレオが乗った。フワッとボートが浮き上がり、ハッチから滑るように船外へと飛び出していく。エアバイクより船体は大きく安定しているが、掴まるところが船縁しかないところが辛い。どうにか振り落とされないよう、両手でしっかりと掴まっておく。

 ジョーはなるべく揺れないよう気を遣って運転してくれているようだ。ボートは徐々に高度を下げ、水面へ。船底の全てが水に浸かると、今度は湖面を滑るようにして白い竜へと向かっていく。スピードもかなり出る。しかも、帆船より小回りが利く。

 水飛沫を上げ、ボートはどんどん白い竜に近づいていった。


「どこまで近づく?」


「足元ギリギリまで頼む」


 レオもジョーも、俺の言葉に目を丸くしたが、


「仕方がない」


 と二人とも諦めたかのようにため息を吐いた。

 雲の隙間から差し込む光が白い竜の影を湖面に映す。その下へと滑り込むようにボートを走らせ、徐々にスピードを落とした。

 ボートが止まったのを確認して、俺はゆっくりと立ち上がる。

 見上げると、脱力したまま光に包まれ、微動だにしない竜が視界を覆っていた。

 学校で見た竜だ。あのときより少し小さいような気もするが、それは周囲に比べるものが何もないからかもしれない。未だ新しい鱗に銀の粒がびっしりと貼り付いていて、光に照らされチラチラと光っている。


「美桜」


 少し声を張り上げて呼ぶと、竜は背中をググッと丸めて姿勢を変え、俺の真上に顔を見せた。柔らかな曲線の美しい雌竜が、大きな目を何度かしばたたかせて、じっと俺を見つめている。


「大丈夫。誰も君を傷つけやしない」


 聞こえているのだろうか。

 不安で押し潰されそうになりながら、俺は彼女に手を伸ばした。全く長さは足りないのだけど、それでもどうにか気持ちを伝えたくて、目一杯の笑みと一緒に手を伸ばした。


「怖かったんだろう。不安だったんだろう。寂しかったんだろう。もう、大丈夫。俺がいるから」


 揺れるボートの上で必死に訴えかけるが、竜は無言のまま。反応もない。

 人間の言葉がわからなくなってしまったんだろうか。

 不意に襲われる不安に、俺は首を横に振る。大丈夫。そんなことはない。彼女は彼女のまま、何も変わらないはずだ。

 と、どうにもできないでいる俺の腹を、レオがツンツンと突いてきた。


「魔法」


 あ、そうだ。魔法。

 白い竜の大きさに圧倒され、うっかりと忘れるところだった。

 俺はレオに小さく頷いてから、改めて白い竜の顔を見上げた。そこに、美桜の面影は欠片もない。

 さっきは、勢いで使えてしまったが、実際、聖なる光の魔法なんて、俺に使いこなせるのだろうか。不安が押し寄せてくる。けれどこれができなかったら、もう方法なんて見当たらない。悪しき心、悪しき力を消し去る魔法として、術者の心の透明さが反映される聖なる光の魔法を使うしか。

 両手を掲げる。広げた指の隙間から、白い竜の顔が見える。

 精神を統一し、力を高めてゆく。


――“聖なる光よ、その力をもって、白い竜を蝕む黒を浄化させよ”


 魔法陣の色は白銀――、一文字一文字、明朝体で書き込んでいく。


「美桜、今助けてやるからな……!」


 プリズムのような七色の光を帯びた白銀の魔法陣が、目映い光を放ち始めた。

 溢れ出した力が湖面を激しく揺らし、同時に船も大きく揺れ始めた。のたうち回る船から落とされまいと、レオとジョーが船縁に掴まっているのが見える。俺自身も落ちないように、どうにかこうにか両足でグッと踏ん張る。

 光が、辺りを白く包み込んだ。

 音と色が消え、風が渦を巻いた。

 光の中で白い竜がバラバラに分解されていくのが見えた。鱗に貼り付いていた銀の粒が四方八方へ散り、竜のシルエットを砕いていった。

 竜が消える?

 彼女が消えてしまう!

 ダメだ!

 船底を蹴飛ばして、俺は高く跳ね上がった。伸ばした右手、どうにか届けと必死に願った。

 消えかかっていた色の中に、うっすらと肌色が見えた。






 俺はそれを、ひしと捕まえた。






「美桜!」


 それは彼女の腕だった。

 柔らかくか細い、少女の腕だった。

 亜麻色の長い髪と、青みがかった瞳が視界に入る。

 白いワンピースを着た彼女を、俺は空中でグイッと引き寄せた。

 温かい。吐息、心音、肌の感触。

 これは夢?

 違う。絶対に違う。

 彼女は、本物の。

 両手で彼女を抱きかかえた瞬間、フッと重みがかかった。


「救世主殿!」


 足元でレオの声がする。

 目をぱちくりさせている間に、自分が自然落下していることに気付いた。つまりこれは、魔法が解けて重力が。


「間に合え!」


 ジョーがエアボートにエンジンをかけ、急上昇させている。

 要するに状況はこうだ。

 聖なる光の魔法が発動し、白い竜は美桜に戻った。俺はジャンプして彼女を抱きかかえたが、その高さがちょっとまともじゃなかった。加えて魔法発動中に風が巻き起こり、魔法が切れたことで、元の場所からだいぶズレたところに俺は落ちそうになっている。

 両手で美桜を抱えたまま、背中から落ちるのが良いのか、どうにか着水すべきかと考えるよりも先に、ボートが俺たちを受け止めた。背中に衝撃があり、凄まじい音を立てていたところから察するに、俺は背中から落ちた。腕の中で美桜が苦しそうにうめき声を上げている。


「大丈夫か、救世主殿!」


 船の上で呻く俺を気遣って、レオが駆け寄ってきた。全然大丈夫じゃない、大丈夫じゃないけれど、俺なんかよりもっと大切な。

 片目をつむって、美桜の方を見る。


「み、美桜は」


 どうにかこうにか捻り出した声で尋ねると、誰かが力なく俺の胸を叩いてきた。全然力の入らない、小さな拳。そしてなんだろう、胸の辺りがじんわりと温かくなっていく。


「……馬鹿」


 蚊の鳴くような声。


「馬鹿、馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……」


 胸の上に、小さな振動が伝っていく。

 その正体がわかったとたん、俺の力は全部抜けた。





















■□━━━━━・・・・・‥‥‥………





















 手を何度も握り直す。

 黒い革手袋をした手は、握る度にキュッキュと音を出した。


「おかしい」


 人間の姿をした俺は呟いて、周囲を見渡す。

 なだらかな斜面に貼り付くように広がる住宅街が、軒並み壊されているのが目に入った。

 未だ昼間中で日は高いはずなのに、分厚い雲のせいで辺りは薄暗かった。生臭く、生温かい風が肌に纏わり付いた。

 それでも、一時(いっとき)よりは身体が軽かった。鉛のように重たいものが俺の侵入を阻んでいたはずだったのに、何故かしらすんなりと身体に戻れた気がした。かといって、俺が自分の意思で身体を動かすには、まだかの竜の警戒が強かった。

 ヤツは俺の心が戻って来たのに気が付いていたのかどうか、何度も首を傾げては手を握り直し続けた。首を回し、肩を回して、身体の不調を確認している。

 背後にフッと気配を感じたが、俺の身体は振り向かなかった。ヤツは、現れたのが何者かを察して声をかけた。


「何が起きている」


 ゴソゴソッと音がして、何者かが問いに答えた。


「黒い水ガ、消えタようでス。我ガ(あるじ)、湖で何かガ起こっテいマす」


「やはりか」


 俺はクルッと振り向いて、声の(ぬし)を見た。

 リザードマン。しかも、五体いる。ヤツらは一様に無表情で、同じような格好をして、俺に向かって跪いていた。


「思うように力が出せない。力を入れれば湧き出すはずの黒い水が、一向に出てこない。それどころか、この身体の中に忌々しい光が戻り始めている。人間どもめ、絶望に打ちひしがれたのではなかったのか」


 俺はギリリと歯を鳴らし、吐き捨てるように言った。

 辺り一面、爆撃にでも遭ったかのような焼け野原だった。ポツポツと鉄骨の骨組みが残るくらいで、建物という建物は壊され、木という木は焼き払われていた。人間の住めるような状態ではなく、復興しようにも長い年月がかかりそうなくらい、何もかも焼き尽くされていた。

 それが視界の奥、どこまでもどこまでも続いていて、丘の上にあったはずの高級住宅街も、丘の下に広がっていた街も、まるで最初からなかったかのように消え去ってしまっていた。


「救世主ガ復活しタと、レグルノーラでは騒ぎ始めテいまス」


 別のリザードマンが口を開くと、俺はピクリと頬を引きつらせた。


「どういうことだ。救世主リョウの身体はここにある。復活など、するはずもない」


 胸を強く叩き、ヤツは怒りを露わにする。

 リザードマンはあくまで無表情に、報告を続ける。


「しかシ、事実としテ、レグルノーラの雲ハ晴れ始メていマス。新タな塔ノ魔女ガ、救世主ヲ率いて砂漠ノ果てへ向かッタとの証言モ聞かれマしタ。我ガ(あるじ)、もしヤ本当ニ救世主が復活ヲ」


 そのリザードマンの話は、最後まで聞けなかった。

 怒りを露わにしたかの竜は、俺の腕を竜の腕に変えて巨大化させ、そいつを握りつぶしてしまったのだ。手の中でブチッと背骨の砕ける音がして、リザードマンはそのまま動かなくなった。他のリザードマンたちも、その様子を見て震え上がっている。


「黒い水が消えた? バカな。あの水は私の力であり、私そのもの。何をした……、リョウ!」


 ――ヤバい!

 存在に気付かれた!


「私の知らないところで、コソコソと動いていたな。私がお前の身体を使って愉しんでいる間に、お前は一体何をしてくれたのだ!」


 ヤツの関心が、完全に俺の意識に集中した。

 だ、ダメだ。マズい。ヤツに囚われる前に、早く意識を元に――……!!





















………‥‥‥・・・・・━━━━━□■





















「まさか無事に戻れるとは思ってなかった。本当によかった」


 シバの声がする。


「全くですわ。本当に、なんて無茶を。私が目を逸らした隙に、こんなことになっていたなんて。冷や冷やしましたわ」


 ローラが呆れたようにため息を吐いている。


「過去の戦い方を聞いても、自ら鉛玉になってぶつかっていくようなことが何度もあったようだし、俺たちが何を言っても聞かないような雰囲気だった。けど、どうにかなって本当によかった。ホッとした」


 失礼な物言いは、ジョーだ。


「頼りなくはあるが、こんなに真っ直ぐでは憎むに憎めない。あの調子で最後まで突っ走るつもりなのかもしれない」


 今度はレオが、すっかりくたびれたような声で言った。


「それにしても、いつの間に聖なる光の魔法を身につけたのでしょう。私たちがリアレイトで戦ったときは、そんな力は一切見せなかった。短期間に身につくような魔法ではありませんから、元々使えたが使っていなかった、ということなのでしょうか」


 ルークの声が近くで聞こえる。

 ローラはそうねと小さく息を吐いて、


「隠されていた力を、ようやく発揮してきたと考えれば納得できるかもしれませんわね。彼は自分の力を使いこなせていないだけのような気がしますわ。それにしても、あんな力、彼はどうやって手に入れたのでしょう。普通の干渉者が持てる力ではありませんわ。以前は金色竜と同化していたと聞きましたが、今、その竜は居なくなり、同化は解けているのでしょう。つまり、あの力の上昇は、竜との同化とはあまり関係がないのではなくて?」


「いや、そうでもない。やっぱり、竜と同化すれば格段に力は上がる」


 とシバ。


「けれど、今は同化する竜も居ない。ま、“表”ではしっかりと身体を奪われてかの竜と同化してるわけだが」


 そこまで聞いたところで、ゆっくりと目を開けた。

 船室のベッドの上。また運ばれてしまった。一日に何度も、ホントに申し訳ない。

 けれど、声の主たちは、俺のベッドじゃなくて、もう一つ、通路を挟んだ先にあるベッドの辺りで話し込んでいる。その上で寝ているのは美桜。彼女の横顔が人影の間から見えてホッとする。

 夢じゃない。どうにか俺は美桜を救った。

 こんどこそ、間違いなく。

 そう思うと、どっと疲れが出た。色々と苦しいことが続きすぎて、達成感というヤツを感じる余裕もなかったのだ。


「あれ、起きてる?」


 シバが気付いて近づいてくる。

 俺は右手を軽く挙げ、シバに答えた。


「ルークが治癒魔法かけてくれたようだけど、ちょっと遅れていたら半身不随だったかもって。無茶しすぎだ」


「ア……ハハ。そうか。酷かったな」


 あまりの激痛だったから、どこか打ち所が悪かったんだろう。けど、どうにかこうにか命拾いした。それは単純に、良かったと言うべきなのだろう。


「美桜は」


 彼女の名を言うと、彼女と俺の間に立っていた数人が移動して、俺のベッドからも見えるようにしてくれた。美桜は寝息を立て、ゆっくりと眠っているように見える。


「“表”のときのように中途半端に戻ったりはしていない。見た目はすっかり元通り。けど、未だ目を覚ましてはいない」


 シバが神妙に解説してくれる。

 彼女にとって、竜化はかなりの身体的負担だったに違いない。

 恐らく、俺の身体を借りたかの竜が、あの夜に施した魔法のせいで、彼女は再び竜の姿になってしまった。その後、どういう経緯か時空の狭間である黒い湖に辿り着いたところで、聖なる光の魔法を浴びたということなのだろう。

 ローラが湖に向かうと言わなければ、美桜と再会することもなかったのだろうからこれは全くの幸いだった。


「湖を浄化したことで、かの竜の力が少しずつ弱まるはずと踏んでいるのですけれど、それが証明されなければ次の手を打つのは難しそうですわね」


 ローラが難しそうな顔で深くため息を吐いた。


「証明、と言っても、実際かの竜の力を確認しようとするならば、“表”へ向かうか、それとも救世主殿にかの竜の中に戻っていただくか。どちらにせよ博打でしかないのでは」


 レオも唸っている。

 そうだ。

 俺の意識は“表”へ飛んでいた。そうして自分の身体に意識を戻し、ドレグ・ルゴラの中の変化を垣間見たんだ。


「――ヤツは、気付いている」


 俺は、自分自身が言った言葉に怯えて、ガバッと身体を起こした。


「どういうことですの?」


 とローラ。


「ヤツは、湖の浄化に気付いた。そして、俺がこうして“裏”で自由に動き回っていることにも気付いた」


「え? つまり?」


 シバが目を丸くする。


「要するに、それは」


「あまりよくはない状況だと」


 ルークもジョーも、一瞬で顔を曇らせた。


「そういうことです。多分、ヤツはここに戻ってくる。あんまり考えたくはないけど、時空の穴をこじ開けて、“表”からこの“湖”までやってくる可能性は大いにある。そうすれば、意識体である俺は本体に引き寄せられるはず。そこで上手く分離できればいいが、失敗すれば再び同じことに」


 言葉にした途端、脂汗がどっと噴き出した。

 そんなこと絶対にあってはならないと心に留め置いたことが現実になろうとしている。そう思うと、とても生きた心地がしなかった。


「も、もしかの竜が“ここ”に来たとして、実際勝算は? ここまでしておいて、まさか元に戻ったり、なんて」


 乗組員たちも抱えるシバの焦りは尋常ではなかった。ただでさえとんでもないところまで連れてきてしまったというのに、まさか、かの竜が迫ってこようだなんて、受け入れられるはずがないのは尤もだった。


「さぁな。俺の本体と同化したかの竜の強さは、シバも“表”で散々見せつけられたはずだ。勝てるかどうかはともかく、竜化して互角まで行ければ、竜玉の力を使ってローラがどうにかしてくれたり……するんだろうけど、生憎相棒の金色竜はヤツに殺されてしまった。今更新たな竜を探すってのも難しいだろうし、魔法でどこまで戦えるのか、やってみるしかないだろうな」


 額の汗を拭きながら、俺は深くため息を吐いた。

 勝てるわけがない。あんな化け物と。

 それは皆気付いている。どうにかできるはず、どうにかしたいとは思っていても、実際力が及ばなければ、意味がない。


「例えば、ですわよ。同じ空間に、リョウの身体と意識体が同時に存在なんて、そんなことはできないと思いますの。それぞれ引き合うのであれば、引き合わせないように(うつわ)に入れておかなければならないでしょう。それが相棒たる竜なのだとしても、可能ですの?」


 ローラの問いに、直ぐに言葉を返せない。

 例え常識の通じない世界だからって、ある程度の法則はあるのだろうが……。


「やって……みなくちゃわからない」


「要するにリョウは、相棒になる竜さえ居れば、同化して戦えるかもしれないと、そうおっしゃっているのですね?」


 ローラの顔が引きつっている。

 全く、申し訳ない。他に方法が全く浮かばない。


「この湖の真ん中で、竜なんてどうしろと」


 レオも憤っている。

 そりゃそうだ。レグルノーラの大地でならともかく、こんな所に竜なんてどこにも。



「私が……、その竜になるわ」



 ふと、今までにない声が辺りを鎮めた。

 皆、互いの顔を見合っている。一体、今のは誰の声かと。



「私が、凌と同化すれば戦えるんじゃないの?」



 耳を疑った。

 美桜だ。

 ベッドの上で荒く息をしながら、美桜が俺の方を見てニッコリと微笑んでいた。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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