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140.復元

 キャンプの奥へ進むと森へ出る。元々森の一部を切り開いてできたキャンプは、背の高い常緑樹にグルッと囲まれていている。

 木々の間の一本道は、キャンプから砂漠へ抜けるためのものらしい。砂漠には独自の生き物が生息していて、それらを捕獲して食糧にしたり、広がり続ける砂漠について調査したりと、様々な理由で使われてきたようだ。

 それに、丁度この界隈は他の場所に比べて森の幅が狭く、砂漠の帆船から乗組員たちが街へ向かうときの経由地として都合が良かった。彼らはそういうこともあって砂漠の果てから転移してきたときも、すんなりとキャンプに受け入れてもらえたのだと話を聞いた。何にせよ、無責任に転移させてしまった帆船の乗組員たちと合流できたことは、かなり嬉しかった。


「――ということは、俺たちは知らんうちに(おさ)の偽物と旅をしていたわけか。うぅ~、恐ろしい!」


 まるで宵闇のように暗く沈む木々の間を歩きながら、ザイルが筋肉質の両腕を擦った。他の乗組員たちも顔を見合わせながら、


「全く見破れなかった」


「知ってたらあんなことには」


 と話している。


「それだけ巧妙だとなると、誰も責めることはできない。私がもっと頻繁に帆船へ戻っていればそんなことには」


 シバは言うが、実際、あんなのを見破ろうだなんて無理だったのだ。

 俺は完全に騙されて、シバが魔物になったと思い滅茶苦茶追い詰められてしまった。まさか巨大な白い竜が精神的な部分に攻撃をしかけて来るだなんて思ってもみなかったわけで、そこは正直盲点だった。

 強大な敵といえば“力尽くで押さえつけ、力を見せつけ、破壊行為を行う”とどこかで決めてかかっていた。だから、したたかに丹念な準備を行い、じわりじわりと追い込んでくるようなことはしないだろうと、そう思い込んでしまっていたのかもしれない。

 ヤツには時間がたっぷりあった。そこがヤツの強みだったのを、忘れてはいけなかった。

 人間ならできっこない長い長い年月をかけた罠さえ、ヤツにとってはほんのひとときだったわけで。そう考えると、俺は一体いつからヤツに狙われていたんだろうかと思い始める。本当に、十三年前のあの日、ヤツを邪魔したのが切っ掛けだったのかと。


「過ぎ去ったことは仕方ありませんわ。今は前を向いて進まなければ。こうして皆、揃っているのですから」


 沈んでいる空気を散らすようにローラが言う。紅一点、彼女の存在はまるで太陽のよう。とは言っても、暗雲立ちこめるレグルノーラに暮らす人々は、太陽の光さえまともに浴びたことはないわけなのだが。

 周囲が次第に明るさを取り戻し、視界の奥が開けてくる。木々が疎らになり、木々の背が徐々に低くなり、足元も土から砂へとどんどん変わっていく。体感温度が上がり、生温さが増す。そうだ、この臭い、この温度。身体が覚えてる。砂漠へやって来たのだ。

 ザクッザクッと砂を踏みしめる感触。

 思えば初めて砂漠に来たとき、俺は絶望しかなかった。ディアナは丸腰の俺を砂漠に放置した。具現化さえまともにできなくて、魔法なんて全然わからなくて、ただ必死に生きることだけ考えた。あれがなかったらテラとは会えなかっただろうし、俺もこうして成長することはなかった。彼女なりの荒療治だったのだろうが、あのとき俺が潰れていたらどうしただろうか。まさか、絶対に大丈夫だなんて確信を持っていたのだろうか。

 シバと出会ったのも砂漠だった。最初はいけ好かないと思っていた彼と親しくなれたのは大きい。頼もしい仲間というものを得たのも砂漠だ。

 砂漠は二つの世界の間にあると、誰かが昔言っていた。

 それは恐らくこの地が永遠に続くと信じられていたからであって、実際は有限な地だったのだけれど、レグルノーラの人間にとって砂漠というのは二つの世界を分けるもの。何かが始まるとき、終わるとき、砂漠を経由するというのはそういう考え方の上では理にかなっているのかもしれない。

 砂地を進んでいくうちに、ヒールの高いブーツを履いていたローラは徐々に歩きづらくなったのか、何度もふらつくようになる。そっと手を添えると、


「ありがとう」


 とはにかんで、


「この格好じゃダメね、着替えるわ」


 と、次の瞬間にはもう別の装いになっていた。

 涼やかな薄手のワンピースには大きめのフリルが付いている。ローブの丈は短くなり、足元は砂地をしっかり踏みしめられるよう底の平らな靴へと履き替えられていた。髪の毛も高い位置できゅっとひとまとめにされ、まるでさっきとは別人のようだ。

 男たちは皆目を丸くして、それがさっきまでの彼女なのかどうかを確認するような仕草で覗き込んでくる。そのくらい、格好が変わるだけで印象が変わる。女子とは凄まじい生き物だと考えさせられる。

 彼女はそんな視線を気にも留めず、ズンズン進んだ。


「砂漠は初めてなの。思ったよりもずっと広い」


 地平線の向こうまでずっと続く砂と岩の大地を、ローラはじっくりと見回した。

 感動を覚えているのだろうか。ま、普通一般の市民が砂漠に来るというのはまずないらしいから仕方はない。まして、レグルノーラは狭く閉ざされた世界。開放感のある砂漠に面食らうのは当たり前だ。


「で、どうやって船を復元するのだ」


 シバが腕を組み、首を傾げる。

 復元するとは言っても、船自体はもう黒い湖の底だ。何一つ残っていない。


「前にも言ったのだけれど、人の記憶を元にして具現化させる方法を採ります」


 くるりと向き直って、ローラは自信たっぷりに話した。


「関係者から少しずつ情報を集めて寄り正確なものを作りだしていく。復元とは言うけれど、実際は曖昧な記憶をより強固なものにしてから具現化するというのが正確ね。だからもしかしたら、幾つか以前と違うところが出てくるかもしれない。いつもは小さなものを復元させるのよ。例えば、なくしてしまったぬいぐるみだったり、壊れてしまった宝物だったり。今回は帆船でしょ。正直なところ、私の魔力だけじゃ足りないと思って。文献を漁っていたら、魔力増幅の手段として竜石を使う方法があると書かれていたものだから、グロリア・グレイのところへ」


 へぇと感心の声を面々は漏らしたが、俺は思わず、


「それ、失敗したらどうするつもりだった?」


 と聞いてしまう。

 するとローラはフフと笑って、


「失敗を恐れていては何もできないもの。もし断られていたら、別の方法を探していただけよ」


 何とも思い切った考えの持ち主だ。ダメな結果ばかり想像して凹みまくる俺とは対極に居る。


「復元した後はどうする? まさか砂漠の縁までまた船を走らせるのか? どれくらいかかるのかわからないぞ」


 今度はシバが怪訝そうに尋ねる。

 ローラはやはり余裕の表情だ。


「位置情報の記憶を辿って、船ごと転移させます。縁から落ちる最後の最後まで帆船に居た乗組員の皆さんやリョウの記憶をお借りすれば、正確な位置を捉えることは出来ると思いますわ」


 ……なるほど。記憶を使ってというのには半信半疑でいたが、自分の魔法に自信がなければこのような発言は出ないだろう。信じるが吉、とも言う。


「わかった。それならばどうにかなりそうだな」


「ありがとう! 流石は救世主と言われてるだけあって、物わかりが良いわね」


「いや、そこ、あんまり関係なくね?」


「では早速だけど、グロリア・グレイにいただいた竜玉を貸してくださる?」


 ローラはそう言って、スッと右手を差し出した。

 洞穴の竜グロリア・グレイがくれた竜玉はたった一つ。洞穴の奥には大量に竜玉が保管されていたが、彼女はその一つさえ渡すのを躊躇していたほどだ。

 腰に結わえていた道具袋から、俺は竜玉を取り出した。硬式野球のボールよりも少し大きいくらいのその球は、石と言うだけあって少し重い。が、鉄球のように重すぎることもなければ、テニスボールのように軽すぎることもない。丁度手にしっくりくる重さだ。

 ローラの手にそっと竜玉を載せると、彼女はその表面をゆっくりと指で撫でる。指先が触れたところから少しずつ光が溢れ、次第にそれらは魔法陣を形作っていった。

 彼女はうんと一回頷き、その竜石を左手に持ったまま、今度は地面に向かってそっと右手をかざした。砂地に大きめの魔法陣を描き、その中に文字を書き込んでいく。


――“記憶の中に眠った砂漠の帆船よ、我の求めに応じ、その船体をを復元させよ”


 魔法陣が白銀に光り、魔法が発動し始めた。


「魔法陣の中へ一人ずつ入ってくださる?」


 ローラに促され、まずはシバが恐る恐る魔法陣の中央へ進む。白銀の光は聖なる光の魔法。わかってはいるがためらうのだろう、シバと言うよりは芝山の方が前面に出たような、変なすり足で進んでいく。魔法陣の中心部に入ると、下からスキャニングするように光の輪が迫り出て、シバの身体を下から上に、上から下に何度かなぞったあと、スッと足元に消える。


「次から次へ、全員終わった後で復元が始まりますわ」


 魔法陣の外へ出たシバが緊張したとばかりに胸を撫で下ろしたのを見てから、今度はザイルが中に入る。やはりビクビクとして肩をすくめ、光の上下に顔を青白くさせている。

 同じ要領で乗組員たちがどんどんとスキャンを終わらせ、最後の一人が終わった後、ローラは俺にも声をかけた。


「リョウも船には乗ったことがあるのでしょう。お願いしますわ」


 わかったとうなずきで返し、魔法陣へと足を向ける。

 複雑な魔法だと、俺はそればかり感心していた。二つ以上の動作を一つの魔法陣に書き込むだけでも相当大変なのに、それを確実に実行するだけの技量がある。共に塔の魔女を目指していたというモニカの魔法も素晴らしいが、ローラは抜きんでている。もっとも、俺がモニカの全てを見てきたわけではないし、彼女が俺の前で何割の力を出していたのかはわからないのだが。

 蝶の文様で縁取られた魔法陣の中央部まで進んで足を止める。俺の殺風景な魔法陣とは違い、ローラの魔法陣には艶やかさがある。蝶と花、蔓がとても美しい。下から迫り出す光の輪が身体の外側を通っていく。頭部に光が差し掛かったところで、一瞬帆船の記憶がバッと去来した。三往復ほどしたところで光が消え、魔法陣を出る。

 対象者全員がスキャンを終えたことを確認すると、ローラは両手を皿のようにして竜玉を持ち、自ら魔法陣の中心部へと進んでいった。

 白銀の光がローラを幻想的に照らす。光という光が竜玉に集められ、恒星のように光り出した。彼女はそれを頭上まで掲げ、魔力という魔力を竜玉に注いでいく。


「――帆船よ!」


 まるで稲光のような強烈な光が辺りを照らした。

 あまりの強烈な光に、僅かに目を逸らした、その間に何かが起こったらしい。

 巨大な箱のようなものが辺りの光を全部遮るようにして目の前に現れていた。薄暗さとものの気配を感じ、ふと見上げたところでアッと叫んだ。


「は、帆船……!」


 白銀の光を僅かに帯びた、見覚えのある船。

 砂地を行く巨大な帆船をこうして下から眺めるのは久しぶりだ。


「嘘だろ……、あの船が元通りに」


「す、凄すぎる」


「これが塔の魔女の力か……!」


 口々に詠嘆を漏らし、その出来映えの素晴らしさに感動する。


「船の中も概ね元通りだと思いますわ。……もう少し、砂の深いところで復元した方が良かったかしら」


 ローラはそう言って照れ気味に笑う。キツイ顔ばかり見ていたが、笑うとえくぼができてかなり可愛らしい。

 竜玉を受け取ると、底に描かれた彼女の魔法陣はすっかりと消え、元の透明なガラス玉へと戻っていた。なるほど、確かに凄い。使い方さえ間違わなければどうにかなりそうだ。


「大丈夫。ありがとう。で、ここから船を転移させると」


 竜玉を道具袋に片付けながら尋ねると、


「ええ。まずは船の内部へ。(おさ)が表に戻らないうちにさっさとやることをやってしまわなければならないのでしょう」


 ローラはまた、ニコリと笑った。





■━■━■━■━■━■━■━■





 船体横に垂らされた縄の梯子を伝い、乗組員たちは次々に船内に乗り込んでいく。

 慣れた船は居心地が良いらしい。乗組員たちは早速いつもの持ち場へ向かっては、以前と同じだと口々に話している。傷だらけの床や切れたロープまで元通りで、これが壊れた船とは全くの別物だなんてにわかには信じられない様子だった。

 シバは俺とローラを船長室に案内し、深々と頭を下げた。


「本ッ当にありがとう。ここまで再現率が高いとは思わなかった。感謝する」


 ローラは恥ずかしそうに首を横に振って、


「こちらとしてはかの竜を倒すためにはどうしても必要だったからそうしたまで。……今後の、ことだけれど」


 彼女は俺とシバの顔を交互に見て、慎重に話し始めた。


「この船を砂漠の縁まで転移させた後、塔の能力者を数人こちらへ連れてきます。黒い湖の浄化にどれほどの力が必要かわからないから、とにかくたくさんの人間が必要になるの。できるだけ万全の状態で浄化を行うためにも、(おさ)や乗組員の皆様には、是非航行に必要なものをしっかりそろえていただきたいのです。必要物資はこちらで負担します。市民部隊の方で物資の運搬を手伝ってくださると約束もいただいていますわ」


 可能な限りたくさんの魔法を注げば、それだけ効果が上がる。グロリア・グレイが言った“乗算”という言葉を、彼女はしっかりと理解している。


「ところで、いつの間に市民部隊とそんな約束を?」


「それはさっき、キャンプであなた方が一騒ぎしている間に」


 言われて俺はシバの顔をチラッと見た。何ともばつの悪そうな顔をして頬を擦るシバ。確かにあの説教は長すぎた。そうでもしないと人の話を聞かない連中なのだから仕方もなかったのだが。


「準備には半日もあれば十分ですわよね」


 とローラ。

 シバが無言でうんと頷く。


「明日の早朝、砂漠の縁へと旅立ちましょう。それまで魔力の回復と物資の準備を万全にしておくこと。私は一旦、塔へ戻ります。頭の固い連中には理解してもらえないかもしれないけれど、できるだけたくさんの能力者に協力してもらえるよう、掛け合ってみますわ。……協会の消滅が本当に痛いのだけれど、こうなってしまってはもう、どうにもならない。市民部隊の方はライルがどうにかしてくれるそうですから、安心して。これ以上かの竜の好きにはさせないつもりで、全力で向かいましょう」


 ローラの言葉には熱がこもっていた。静かながらも熱く滾る炎が瞳の奥に揺らいでいる。

 歴代の塔の魔女がそうだったように、彼女もまた、命を懸けてレグルノーラを守ろうとしているのだ。

 ローラがスッと前に出した右手の上に、俺とシバが順に手を重ねた。


「着実に、かの竜を追い込むために」


「これ以上ヤツの好きにさせないために」


「二つの世界を救うために」


 互いに顔を見合う。

 今までにない、良い興奮が湧き上がってくるのを感じる。


「――絶対に、やり遂げる」


 重なり合った手と声が、心の奥までグッと響いた。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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