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111.異界からの救世主

――“大地よ、無垢なる者たちを戦火から護り給え”


 魔法陣に刻まれるレグルの文字。

 黄緑色に光り輝いた魔法陣が発動すると、同心円状に光の粒が広がっていく。中庭を囲うようにして膨らんだ光の粒たちは、次第に繋がり強固なシールドを作り出す。

 流石モニカ、素早い。ありがとうと目で合図。


「ひとつ、お伺いします。ここはつまり、救世主様の知る世界だと?」


「ああ正に。ここは俺が通ってた学校」


「学校ってことは学び舎、つまり部外者が来る可能性もあるってことか」


 ノエルも歯をギリギリとならしている。

 狭い空間、どう戦えば良いのか迷いがあるのだ。しかもここは“リアレイト”。“表の世界”とも呼ばれる、魔法や魔物とは一切縁のない世界。そこで戦わなければならないとなると、かなりのリスクがある。

 しかも、よりによって学校の中庭だ。

 有機物は魔法でも元に戻しにくい。つまり、戦闘で派手にぶっ壊す、踏み潰すのが憚られるってわけだ。

 その辺は二人ともなんとなく察しているらしく、いつもなら派手な召喚魔法を突然発動させるノエルも、補助魔法でガンガン行こうぜと援護してくれるモニカも、どうしたら良いものかと空っぽの魔法陣すら出せずに戸惑っているように見えた。

 俺自身、両手剣を出現させたのは良いものの、このまま突っ込むべきなのか、それとも相手が完全に形を成してから対処法を考えるべきなのか迷っていた。

 元々戦いには不向きな場所だ。いくら“ゲート”から魔物が現れるからって、倒せば何でもオッケーだというわけにはいかない。もしかして美桜たちは、そういうこともひっくるめて穴を塞ぐことに全力を注いでいるのだろうか。


「――来澄ィ……」


 聞き覚えのあるダミ声が突如中庭に響いた。

 喉に何かを引っかけたような変な声。

 嫌な予感がした。

 噴水から湧き出た黒い水が完全に魔物の形を作る前に、俺の中でヤバいという言葉が連呼されていく。


『凌、ヤツだ』


 テラの声が頭に響く。


『警戒するようモニカとノエルにも伝えろ』


 テラもしっかり感じていたようだ。

 この気配は、俺たちが散々苦しめられた挙げ句、どうにもできなかった相手。ある意味、因縁の。

 剣をおろし、二人に向き直って制止する。


「攻撃は待て! コイツは、コイツは無理だ」


 俺の焦りが伝わったのか、二人ともビクリと背中を震わした。


「無理?」


「どういう意味ですか?」


 ノエルとモニカが口々に言う。


「攻撃より防御! ちっ……くしょぉっ、間に合うかっ」


 喋ってても埒があかない。防御魔法! 詠唱すっ飛ばして三人の周囲に丸いシールドを張る。

 普段補助系の魔法などほとんど使わない俺に、モニカは明らかに驚いていた。何かを感じたらしく防御力を上げる魔法、それから自動回復魔法を重ねてかけてくる。

 ノエルは戸惑いながらも補助系魔法用の魔法陣を出現させ、文字を書き始めていた。


「無駄ダ」


 そう聞こえたのと同時に、黒い水が急速に固体化した。中からバッと長い腕が飛び出す――鱗のある腕、尖った爪がハッキリ見える。開いた手のひらをこちらに向け、そいつは魔法を発動させようと。


「マズい!」


 言ったときにはもう遅かった。

 魔法陣をかき消され、突風を浴びせられ、そのままノエルは宙を舞った。声をかける間もなく、それどころかダメージ軽減のタイミングも見失ったため、花壇の中にそのまま叩き付けられてしまった。


「ノエル!」


 振り向いたのが更に悪かった。


「救世主様、後ろ……!」


 相手の重い蹴りに気付かず、思いっきりすっ転んだ。脇腹にかなりの衝撃、激痛に顔を歪めながら必死に相手の正体を確かめる。

 間違いない。あいつだ。


「こ……、古賀、明」


 耳まで裂けた口をニタリと開け、ケタケタと笑いながら俺たちを見下していたのは紛れもないあの男、リザードマンに身体を乗っ取られた物理教師古賀明に他ならなかった。

 爬虫類に身を落とした古賀は、武器こそ持っては居なかったが、いつでも俺たちを殺せるとばかりに殺気立っていた。


「未ダ生きテ居たとハなァ。しブとい男ダ」


 イントネーションがおかしいのは、リザードマンの姿では喋りにくいかららしい。

 古賀は全身をすっかり現して、あの日俺をレグルノーラに残して消え去ったのと同じ格好でこっちを見ていた。


「は、半竜人……! かの竜の使い……!!」


 モニカは足をすくませて一歩も動くことができないようだ。顔を手で覆い、肩を縮めて震えている。


「完全にこの世界から消えたと安心シていたのに、“救世主様”とハ随分出世したモノだナ。竜ノ力ヲ完全ニ使いこなセるようにナッたという噂ダが、思ったヨり大しタことハない」


 噴水から現れたリザードマンの古賀は、ゆらゆらと身体を揺り動かしながら軽快に歩み寄ってきた。

 俺は痛めた腹を庇いながら剣を杖にして立ち上がり、おもむろに土を払った。


「やっぱり、“こっち”に戻っていたのか。あのとき、“向こう”で仕留めるべきだったな」


 できもしなかったのに、俺は強がった。

 どうしてもコイツには、弱いところを見られたくなかったのだ。


「殺セるものなら殺シてみれば良かっタだろウ? “人殺し”ニなルのが怖くテ、お前ハあのとき躊躇っタ。そウでなくてモ、実力ノ差ガあったことニ気ガ付いテいたのカどうか」


 クククと喉を鳴らす古賀。

 そうさ。

 その通りだ。

 あのとき俺は“人殺し”になるのが怖くて、まともに攻撃を入れられなかった。物理の教師、Rユニオンの顧問として日常的に接していた古賀明という人間が、まさかレグルノーラから派遣されたかの竜の手先・リザードマンに身体を乗っ取られていただなんて、思いも寄らなかったからだ。

 ヤツは二次干渉者のフリをして俺たちに近づき、あわよくば、かの竜の側に引き込もうとしていた。計画……と言っていただろうか。かの竜は何らかの企みをしていて、実行に移すためにリザードマンを“表”に送り込んだ。それがコイツらしい。

 もしひと思いに殺せたなら、どんなに楽だったか。

 葛藤があった。

 罪のない人間を一人殺すことになる。そうしたら、残された家族はどうなるのだろうか、この先どんな不幸が待ち受けているのだろうか。そういうことばかりが頭を巡り、結局何もできなかった。

 甘いと古賀は言った。

 俺もそう思った。

 けど今は。

 今なら、()れるだろうか。

 既に芝山に手をかけた今の俺なら、或いは。

 ――顔を上げると、人間の姿に戻った古賀がいた。浅黒い顔をした古賀は、さんさんと照りつける日差しの下で不敵に微笑んでいた。


「冗談だ。お前は人を殺せるほど強くはない。優しすぎるんだよ」


 ポンと古賀が俺の肩を叩いた瞬間、弾けるように全ての魔法効果が消えた。俺たちにかけられた補助魔法も、中庭に張られたシールドも、一気にかき消された。

 古賀のヤツ、人間の姿では魔法が使えないんじゃなかったのか。

 驚いたように見上げた俺を、古賀は面白そうに見下した。


「良いことを教えてやろう。あと五日で夏休みが終わる。部活や後期補習で学校には少しずつ生徒が戻ってきている。お前の仲間は必死になって穴を広げまいと努力しているようだが無駄だ。もうじき面白いことが起きる。お前ごときの力ではどうすることもできないくらい物凄いことが起きる。俺は今からそれが楽しみでならないんだ。なぁに、心配しなくていい。それまで俺は大人しくしているよ。お前も精々最期までの日々を楽しむんだな」


 その顔が、酷く憎たらしい。

 湧き上がる怒りを抑えられなくなれば、直ぐにでも剣先を向けてしまいそうだった。

 そんな俺を嘲笑うかのように、古賀は「じゃあな」と小さく言ってウインクし、そのまま中庭から出ていった。校舎へと続く小道に消えていく古賀の背中を見ながら、俺は憤りに堪えるので精一杯だった。

 黒い水はいつの間にか消えていた。

 空気も光も、元通りの中庭。


「な、何なんだよ、アレ」


 苦しそうな声を出しながら、ノエルが花壇の中で必死に立ち上がっている。

 押しつぶされた花々を見つけて、ようやくモニカが金縛りから解けたように動き出した。


「ああっ、大変。せっかく綺麗に咲いていたのに」


 ノエルの元に駆け寄り、根元から折れた花たちを見てガックリと膝を落としている。


「俺のせいじゃないからな」とノエル。


「わかってます。ノエルを責めたりはしないわ。けど、こんなになっていたら、皆悲しむでしょうね」


 土を払うノエルの横で屈み、モニカは花壇をじっと見ていた。

 数列にきちんと並んで植えられた花は土にまみれ、茎が折れ、花弁が取れて滅茶苦茶だった。飛ばされた衝撃でノエルの身体が当たったのか、レンガもところどころズレたり欠けたりしている。


「ちょっと、やってみます」


 モニカは俺とノエルの顔を交互に見てから、両手をそっと花壇にかざした。


――“大地よ、小さき花たちの時間を巻き戻せ”


 魔法陣が花壇の真上に出現し、クルクルと反時計回りに動き出す。逆再生しているかのようにへし折れた茎が元に戻り、踏み潰された土が膨らみを取り戻していく。単純に見えて、かなり高度な技。モニカはやはり、ただ者ではない。

 魔法陣の光が消えるころには、すっかりと花たちは元に戻り、凜として咲き誇っていた。


 ……パチパチと離れた場所で誰かが拍手した。


 俺たち三人はハッとして構え、音の方に身体を向ける。


「誰だ」


 言うと拍手はピタッと止まり、


「いやぁ、凄いね。流石は塔の魔女の候補生。そういうことまでできちゃうんだね」


 聞き覚えのある声がした。


「ジーク……、いや、陣郁馬の方か」


 俺が剣を下ろすと、ノエルとモニカも警戒を止める。


「ジーク? 干渉者の?」


 とモニカ。


「え? でもあのときとは違……」


 ノエルも困惑気味だ。

 葉が生い茂る桜の木下を通って現れた制服姿の男に俺は見覚えがあったが、モニカとノエルは初対面。俺が親しげに話しているのを見ても、単に“表”での知り合いが現れたのだろうかくらいにしか思えないようだ。

 陣は片手をあげて挨拶し、俺たちの側まで来ると、


「今の時間は偶々人が居なかったから良かったけど、そろそろ学校が始まるとあって、あっちこっちで生徒の姿を見かけるんだ。この中庭だって、園芸部の女の子たちが朝から世話をしていた。来るタイミングを失敗してたら、注目の的になるところだったよ」


 大げさにリアクションしながら話す様は、ジークの姿をしているときと同じだ。“こっち”じゃイケメン高校生の姿をしてるけど、実際は俺たちより十は上のいい大人なのだ。冗談交じりにもしっかり警告してくれるのはありがたい。

 陣の顔を見てすっかり安心した俺は、ようやく手の中から武器を消した。


「待たせたな。当初の予定とは違ってしまったけど、約束通り何とか“こっち”に戻って来た。“異界からの救世主”として」


 そう言って手を差し出すと、陣は何かを含んだような変な笑い方をして、


「待ってたよ、凌」


 と手をしっかり握り返した。


「相当待った。長かった。本当は大した時間は経過していないはずなのに、相当待った様な気がするだけかもしれない。色々ありすぎて、立ち話じゃとても済まない。君を待っていたのは僕だけじゃない。美桜もシバも怜依奈も待ってた」


 “シバ”の名前を聞いた瞬間、俺の心臓は激しく鼓動した。

 唾を飲み込み、陣の顔から目を逸らすが、陣はそんな俺の様子に気付いていないのか、更に話を続ける。


「君という存在がどんなに大きかったか、今更のようにひしひしと感じた。どうにもできない相手というモノが存在して、僕たちが如何に小さいかをただ見せつけられるだけの日々だった。この間も話した通り、古賀先生はあの後何食わぬ顔で戻って来て、今も学校に居る。今日はテニス部の練習があるとかで来るのはわかってたんだ。けど、僕らには何もできないし、何も進展していない。君が来ればまた違った展開になっていくのではと思ってみていたけれど、やはり手出しをするのは難しそうだ。あ……、そうだな、詳しい話は部室でしよう。その前に、君とその二人の格好をどうにかしなければならないけどね」


 陣はなかなか、手を離そうとしなかった。

 相づちを打ちつつ、彼の言葉に応えようと口をもごもごさせても、彼は自分のペースでただひたすらに喋りまくった。

 ようやく最後の言葉に辿り着いたとき、うんうんと深くうなずいた俺にようやく気付いたように見えた。


「この格好じゃ校内は動けないもんな。制服に着替えるよ」


 俺はそう言って目をつむり、自分の制服姿を思い浮かべた。

 目を開けて、自分の服装が替わっていることを確認する。ここしばらくレグルノーラっぽい格好ばかりだったから、高校の制服は何だか妙に新鮮だ。

 額の石だけはどうしたら良いものか苦慮するが、とりあえず前髪で隠しておけば問題ないだろう。


「凄いなリョウ。戦闘は微妙だけど、こういうのは感心する」


 と言ったのはノエルだった。

 彼の前でも結構物を出したり引っ込めたりしている自覚はあったのだが、改めて言われると変な気持ちになる。


「着慣れた格好だから、パッとできたんだよ。で……、ノエルとモニカもどうにかしなきゃ連れて歩けないよな」


 金髪白人顔のノエルと、黒髪ではあるが白人顔で年上のモニカでは、単に制服を着せただけではカモフラージュが難しい。

 どうするよと陣に目配せすると、


「学内にもハーフの子や留学生は居るし、気にすることはない。とりあえず制服だけ用意してやれば何とかなるんじゃないかな」


 ポジティブ過ぎる答えが返ってきて、俺は面食らった。


「そ、そういうもん?」


「そういうもん。君はいちいち見てくれに囚われすぎているんだよ。だから自分のことを不細工だとか根暗だとか、そういう風に定義づけてしまう。良くないと思うよ」


 不細工という言葉を久々に聞いてカチンときた。


「悪かったな、不細工で」


 口を尖らせ反論すると、


「救世主様は不細工ではありませんよ。素敵です」


 モニカがすかさずフォローしてきて、それはそれで微妙な気持ちになる。


「とにかくさ、誰かが来る前にさっさとやらないといけないんじゃないの? ここで立ち話してるわけにはいかないんだろ?」


 一番冷静なのは一番年下のノエル。

 俺と陣ははいはいと適当にうなずき合い、俺がノエルの、陣がモニカの服を変化させることにした。


「自分はともかく、人の格好まで変えられる?」


 首を傾げながら見上げてくるノエルを、


「まぁちょっと待ってろ」


 と諭し、目を閉じた。

 ノエルと自分の前に人差し指を立てて集中、ノエルの格好に高校の制服を重ねた姿を想像する。こういうイメージ像を頭に描くのも、以前はかなり苦手だったが、慣れてきたせいか随分スムーズにできるようになってきた。

 人差し指の先一点に集中し、描いた像をノエルに飛ばす。


「へっ?」


 ノエルがひっくり返ったような声を出したところで目を開けると、翠清高校の制服に身を包んだ小さな金髪男がわたわたと格好を確認しているのが見えた。


「ちょっと大きかったかな」


 サイズがハッキリしなかったからなるべく小さいのをと思ったつもりだったが、心なしか制服がノエルを着て歩いているような状態になってしまった。足元のスニーカーも、サイズがあっているのか怪しい。“こっち”で言えばまだ中学生程度、しかも成長期はこれからですというくらい小さなノエルには、高校の制服はあまり似合っていなかった。

 モニカはと言うと、おっと、意外に似合っている。……が、大きすぎるせいもあって、可愛い女子高生ではなく、女子高生のコスプレをしている外人のお姉さんにしか見えないところがなんともシュールだった。


「素敵です……! “表”の格好は刺激的で憧れます!」


 どういうわけだかモニカは大喜びで、これのどこが良いのとブー垂れるノエルとは正反対の反応。これは術者の問題かもしれないが、そこはどうしようもないので諦めて貰うしかあるまい。


「ま、これでどうにか学校には入れそうだし、じゃ、行こうか」


 陣はそう言って、俺たちに付いてくるよう合図した。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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