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109.犠牲

 空を覆うどす黒い雲の中に、不自然に白いもやが被さっていた。間近ではわからないが、これが森の辺りからは大きな竜の形に見えるらしい。白の正体が何なのか、近づけばわかると思っていたがそうでもない。近づけば近づくほどわからなくなっていく。

 高速で進む帆船。魔物に成り果てた帆船の(おさ)・シバが姿を現したことで、その速度は更に上昇した。彼の怒りや苦しみがそのまま添加されるのではないかと勘ぐってしまうほど、急激に速度が増したのだ。

 止めなければならない。

 そうしなければ、恐らくシバに対して何の感情も持たぬモニカやノエルは簡単にシバを殺してしまう。

 俺は再び手の中に両手剣を戻した。そして魔法。炎を纏わせ、魔物を睨む。

 黒光りした身体は明らかにぬめっていて、それだけで気持ち悪い。無数の眼ン玉はダークアイを連想させる。

 初めてダークアイに睨まれたとき、俺は一歩も動けなかった。眼ン玉が怖くて、視線が辛くて、反撃どころか身を守ることさえできなかった。

 アレは嫉妬の目だと美桜は言った。自分たちを妬み、膨らんだ悪意が形になってできたものだと。

 芝山もそうなのだろうか。

 ヤツも何か負い目を感じていたのだろうか。

 俺が一次干渉者で自分が二次干渉者なのが納得いかなかったのだろうか。

 美桜が何故か俺と良い感じになったのを今更のように恨めしく感じていたのだろうか。

 小馬鹿にしていた俺が救世主などと呼ばれることが気に食わなかったのだろうか。


『狙うなら頭だ』


 テラの声が頭に響く。


『シバの身体を狙わなければ倒せない』


 うるさい。

 俺はそんなこと。


「ちっ……くしょぉっ!! 芝山ァ!!!!」


 腹の底から叫んだ。

 叫びながら剣を構え、魔物に突撃した。

 粘着質の黒い物体が足に纏わり付くのを必死に払い、全力を込めて腹を掻っ捌く。斬る瞬間にだけ竜の力を注ぐと、しっかりと腕に手応えがあった。パクッと傷口が開き、中から血が――出るどころか、ピッタリとくっつき直し、戻っていく。

 冗談だろと何度か同じ攻撃。開き、戻る。開き、戻るの繰り返し。


「だから通常攻撃は通じないってさっき!」


 ノエルの怒号。


「しっかたないなぁ! 頭の悪い救世主様の手助けしてやンよぉ!」


 パァッと辺りが深い緑色に光った。かと思うと、光を帯びた巨人が突如目の前に現れた。

 巨人は恐れることもなく、黒い魔物に向かっていく。高く張られた帆に頭を引っかけながら、巨人は思いきり魔物へ体当たりした。

 腹ばいになっていた魔物があっという間にひっくり返り、船長室の真上に雪崩れた。天井が崩れ、室内がむき出しになる。巨人は仰向けになったナマズのような魔物に何度も鉄拳を食らわせる。一撃一撃が重い。流石としか言いようがない。

 バキバキと音を立てて船長室が崩れるに従い、それまで見えていなかったモノが徐々に見えてくる。ドアを開け放した直後は真っ暗闇で何も見えなかった室内、その奥にあったのは大きな穴。壁から床にかけて広がった巨大な穴には見覚えがある。


「美桜の部屋と一緒だ」呟くと、


『一緒? どういうことだ』とテラ。


「美桜の部屋にも大きな穴が開いた。広がった穴から骸骨兵がどんどん這い出して、俺と美桜、ジークで必死に閉じたんだ。あの穴とおんなじだ」


『“表”でそんなことが? そしてこの帆船でも同じことが起きていると』


「ああ。それがどういうことだか、テラにはわかるか?」


『なんとなくだが、覚えている。確か前にもこんなことが』


「――テラ様と話をなさっているのですか」


 独り言に気付いたのか、モニカが突然声をかけてきた。彼女は彼女で、必死に俺たちのため防御系の魔法を連続で発動していたようだ。魔法陣が現れては消えを繰り返しているのが視界に入る。


「ああ。テラがあの穴に覚えがあるのかどうか。恐らく船長室の穴が原因で、シバは魔物になった。もしかしたら策があるのかもしれないと思ってさ」


 剣を構え直しテラの答えを待っていると、今度はノエルが、


「まだそんな話してんのかよ」


 と返してくる。


「喋ってるくらいなら動けよ! オレの巨人が止めている間に頭を攻撃しろ!」


 だからそれは嫌だって言ったろ!

 声を出そうとして出ていないのに気が付きハッとする。

 まただ。意識が交替した!


「全くノエル坊の言うとおりだな」


 俺の声で言ったのは間違いなくてテラの方だった。

 だから何だよその『ノエル坊』って!


「黙れ凌。君は全てを失ったと言いながら、まだ失うモノを持っていた幸福に浸りすぎているのだ。シバのことは私もよく知っている。君と共に世話になった。君とは同郷の仲間だというのも勿論承知だ。だが、それとこれとは別問題。君が言うところの『嫌だ』というのは単なるわがままに過ぎない。君が()らないのなら私が()る。幸い君の身体は私と相性が良いのでね。私はいつでも君に成り代わることができる。ノエル! もう少し時間を稼げるか」


「テラの方に変わったな。それならもう一踏ん張り……」


 って、何二人で結託して。

 そうじゃなくて、俺が聞きたかったことに対して答えが欲しかったのに!

 あの穴の正体をテラは知っているのかどうか。


「あの穴か」


 言いながらテラは俺の身体を使い、剣を掲げて更にそこに纏わせた炎を強くした。


「あの穴は、時空の狭間に通じている。“表”すなわち“リアレイト”と“裏”すなわち“レグルノーラ”の間にある真っ暗闇だ。たくさんの鬱憤とたくさんの不満、欲望、嫉妬、憎悪、恐怖、悲哀。そういう暗い感情が二つの世界からこぼれ落ちてできた場所。そして……、ドレグ・ルゴラを封じた場所」


 ギリリと、俺は奥歯を噛んだ。


「つまりな」


 バサッと、背中に羽が生える感覚。

 足元のヘドロから脱するため、テラは強く地面を蹴った。

 身体がフワッと宙に浮き、そのまま魔物の頭めがけて飛んでいく。


「全部ドレグ・ルゴラの仕業なのだ。君は標的にされた。君の大切なモノを最初から全部奪うつもりで、かの竜はありとあらゆるモノを仕掛けた。シバが帆船の(おさ)になったのも、君がこうして止めに来るのも、かの竜は全部知っていて、君に絶望を味わわせるためだけにシバを化け物にしたのだとしたらどうだ! 君はそれでもシバを救おうとするのか!」


 止めろ……、テラ!

 俺の身体をこれ以上使うな。その剣を振るうな。

 視線が魔物の頭部にあるシバの身体を狙っている。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


「抵抗する気か」


 当然。

 抵抗するに決まってる。

 ここで俺がシバを、芝山を殺すわけには……いかないんだぁぁああ!!!!

 ――感覚を無理やり戻す。テラと意識がぶつかり、頭に衝撃が走る。


『何をする! 凌!』


 うるさいうるさいうるさいうるさい!

 これは俺の身体。そりゃ、一人じゃ何もできない非力な男だし、テラの力あってこその俺だというのは重々承知だ。けども。


「シバは……、芝山は……、絶対に殺させない…………!!」


『綺麗事だ! 殺さずどうやってこの化け物を止めるというのだ! いつまでも甘い、甘すぎる!』


 また腕が思ってもみない方向に。テラのヤツ、往生際が。


『往生際が悪いのは君だ! こうなったら力尽くでも』


「させるかぁっ!!」


 魔物が目の前に迫る。

 ノエルの巨人が力尽き、魔物が束縛から逃れた。

 黒く巨大な口が俺の方を向いて大きく開く。

 ヤバい、勢いが止まらない。

 次の瞬間、視界が暗転する。


「救世主様――ッ!!」


「あの馬鹿ッ!」


 モニカとノエルの声。途中からくぐもって聞こえる。

 生温かく湿ったモノが身体に纏わり付く。

 等間隔に並ぶブツブツした何かが、肌の上を這った。

 息ができない。あまりに強烈な腐敗臭に気が遠くなりそうだ。

 耳に響くのは等間隔のポンプ音。音と共に身体が奥へ奥へ運ばれていく。

 身動きが、取れない。


『――来澄』


 シバの声。


『私の勝ちだ』


 勝ち? 何のことだ。


『世界の果てが見える。どこまでも続くと思われていた砂漠にも果てはあったのだ。レグルノーラは地球とは違う、平面的な世界。それを私は証明した』


 果て?

 見える?

 いつの間に到達したというのか。


『お前の力を取り込み、私は砂漠の向こう側へ行く』


 ちょ……っ、シバ、何を言って。


『マズいぞ凌』


 テラ。どうした。


『この先は強酸の海。溶かされる』


 は?


『まだわからないのか。喰われたんだ! このままでは酸に溶かされ、骨になる』


 言われている側から、強烈に身体が痒くなってきた。

 露出している部分が急激に熱を持ち、刺すような痛みを感じる。

 どこで落としたのか、手にあったはずの剣もない。


『これでも君は、まだシバを救おうというのか。彼を救うために、君は自分を犠牲にするのか。二つの世界を救うという使命を、ドレグ・ルゴラを倒すという使命を、君は忘れてしまったのか』


 それは違う。

 俺は自分の大切なモノを守るために。


『ならば答えは決まっているはずだ。内側からこの魔物を攻撃する。いいな?』


 いい……わけ、ない。

 そんなことをしたらシバは。


『本当に大切なモノが何か、守らねばならないモノが何かわかっているのなら、躊躇はしないはずだ。まともな状態だったらシバはどう答えるか、君はわかっているのだろう。何度も言うぞ。君が()らないのなら、私が』


 ――俺が……、やる。


 そう思った瞬間、心が激しく痛んだ。

 悲しみとか、怒りとか、絶望とか。そういう単純な感情じゃなくて。何と言うのだろう、胸が張り裂ける? 心が壊れていく?

 ニヒルで端正なシバの顔と、澄ました芝山のガリ勉眼鏡顔が交互に浮かんだ。

 大切なモノを何一つ失いたくないというのは、贅沢なのだろうか。

 何かを得るためには何かを犠牲にしなければならないということなのだろうか。

 俺は欲張りなのだろうか。

 塔の魔女ディアナが自分の家族を失ったように。

 洞穴の竜グロリア・グレイが地上での暮らしを失ったように。

 俺も芝山を犠牲にしなければ世界を救えないのだろうか。

 両肩をギュッと抱いた。指が肩に食い込んだ。

 熱を持った涙が頬を伝っていくのを感じる。

 目をつむったまま、眼前に魔法陣を描く。


――“力を高めよ。膨らみ弾けろ。魔物の腹を裂くまで”


 まぶたの裏に光を感じ、着実に魔法が実行されていくのを感じる。


 芝山、ゴメン。

 ゴメン、ゴメン、ゴメンゴメンゴメンゴメン……。


 魔法とは別に、俺は念仏のようにそれだけをずっと唱えていた。

 自分の力が風船のように大きく膨らんでいくのがわかった。

 俺は頭を抱え、目をつむったままじっと食いしばっていた。

 力が膨れていくのと同時に、魔物の身体も大きく膨らみ、俺は次第に粘膜の束縛から解放されていく。

 ゴムの伸びるような音。限界まで引っ張って、ギリギリで保っているような軋み音がして、俺は思わず耳を塞いだ。

 激しい破裂音が塞いだ耳の奥まで響き、その振動が空気を伝って爛れかけた俺の肌を打った。飛び散っていく魔物の断片と、それが次々に甲板に落ちていく音。最後にドッチャリと重いモノが落ちて、俺はようやくうっすらと目を開けた。

 ゆっくりと甲板に降り、俺はその塊の側まで寄った。

 黒い肉塊の隙間から、長いストレートの金髪が覗いている。華奢な指と、丈の短いマントの裾も見えている。


「救世主様! 大丈夫ですか!」


「リョウ! 無事か!」


 モニカとノエルがそれぞれ駆け寄ってくる。

 けれど、俺は反応することができなかった。目の前の惨状に、ただ呆然と立ち尽くした。


「た、大変です。お顔が……、腕も、足も。羽までも」


 強酸で溶かされた身体を、モニカは労ってくれるらしい。桃色の魔法陣を発動させ、傷を癒やしてくれる。


「魔物は……倒したぞ。なのに、どうして船は止まらない」


 俺は肩で息をしながら、無意識にそう呟いていた。

 その形相があまりに怖かったのか、ノエルは青い顔をして首を横に振った。


「わ、わからない。まだシバの意識がある、とか?」


 足元の肉塊に視線を落とす。

 シバの上半身と下半身は完全に千切れていた。顔は見えないが、流れ出ている血の量とこの状態では、生きているとはとても考えにくい。

 気が付くと、俺は手に両手剣を出現させていた。

 おもむろに剣を掲げ、そのまま肉塊に突き刺す。ぐしゃっと肉に刺さる感触。抜き、もう一度刺す。


「おい! 何してんだ!」


 ノエルが体当たりして止めにかかる。けど、俺はこれだけじゃダメだともう一度剣を掲げた。


「完全に息の根を止めるには心臓を打つ。或いは、首を落とすしかない」


「ふざけんな! お前さっき、シバは殺させないって。何やってんだよ!」


「何をやっている? 見ての通りだ。俺がシバを殺した。それしか方法はなかった。ここまできたら中途半端に何かできない。しっかりと息の根を止める。物事が常に何らかの犠牲の上に成り立っているのだとして、俺の場合、それがシバだったのだとしたら、中途半端にしておく方が失礼じゃないか。これで俺は世界を救うしかなくなった。逃げ場を完全に失った。全部ドレグ・ルゴラの仕業だろうが何だろうが関係ない。俺は自分でシバを殺す道を選んだ。そうすることで、俺はこれまで以上にこの世界と運命を共にする覚悟をせざるを得なくなった。なぁに、たった一人、リアレイトからの干渉者が減っただけのこと。彼が偶々俺の知り合いで、親友で。たったそれだけのことだ。大丈夫だ。お前に言われなくても、俺はきちんと前を向いてる」


「向いてません!」


 大きく怒鳴ったのはモニカだった。


「前なんか向いてません。下ばかり見てる。本当は辛いのに、どうして辛いとおっしゃらないんですか。かの竜は卑怯です。救世主様の純粋な気持ちを利用して、踏みにじって、(もてあそ)んで。あんな状況では、誰にもシバ様は救えません。悪いのはかの竜で、シバ様でも、ましてや救世主様のせいでもないのです。そこは……、そこはご理解ください。これ以上、ご自分を責めないでください。お願いです。このままでは……、救世主様が、壊れて、しまいます」


 モニカは優しい。

 俺なんか、壊れてしまっても良いというのに。

 膝を折り、俺はシバだった肉塊を手に取った。甲板に広がるヘドロと血液が膝にくっついて、濃いグレーの服に広がっていく。

 殺したなら、殺した感触が欲しかった。魔法なんかじゃなくて、キッチリととどめを刺した感触を腕に残したかった。そうしなければ、俺は夢の中でぼんやりとシバを失った悲しみに流されてしまうだけだと思った。

 この手でシバを殺した。

 今頃、“表”でも芝山は息絶えたのだろうか。

 美幸は交通事故で死んだことになっていた。芝山はどうだろうか。

 シバの金髪に手を伸ばしたところで、ザワザワと騒ぎ立てるような声がして、俺はすっくと立ち上がった。


「大変だ! って、うぉおっ! なんじゃこりゃぁ!」


 一際デカいのはザイルの声。

 甲板に上がってくるなり、破壊された船長室やら飛び散った肉塊やヘドロやらに目を丸くしている様子だ。


「魔物は倒した。あとは船を止めるだけ。恐らくシバがどこかに魔法陣を残してると」


 最後まで言わぬ間に、ザイルは身振り手振りで緊急性を訴えてきた。


「た、助けてくれ! この船はもうダメだ!」


「どうしたのですか」とモニカ。


「穴が! 変な穴があちこちに!」


「穴?」


 聞き返している間にも、乗組員たちが次から次へと甲板に上がってくる。そして口々に助けてくれと叫んでいる。


「真っ黒い大きな穴がそこら中に開いて、中から黒いモノがわっと噴き出してきた。船長室と一緒だ。お願いだ、助けてくれ!」


 船長室に目をやる。

 さっきの穴は更に広がり、美桜の部屋の時のように塞げば何とかなるようなサイズではなくなっていた。甲板のあちこちにまで広がり、そこからまだまだ黒いモノが染み出ている。


「助けてくれったって……、ここは砂漠だぜ? 船から降ろして終わりってわけにもいかないし」


 ノエルが言いながら船縁から砂漠を覗く。

 船のスピードは収まらないし、俺たちの乗ってきたエアバイク四台はヘドロに呑み込まれ、格納庫にあるホバークラフトまで辿り着くのも難しそうだ。

 となると、


「転移魔法しかありませんね」


 モニカは冷静にそう言って、ゆっくり周囲を見渡した。


「ザイル様、乗組員の皆様を一箇所に集めてください。転移魔法をかけ、森まで飛ばします」


「できるのか? そんなこと」


「やってみなければわかりませんよ。ノエルも救世主様も力をお貸しくださいね。急がなければこの船ごと時空の狭間に落ちてしまいますから」


「落……ちる?」


『気付いていなかったのか、凌』


 と、今度はテラの声。


『地平線が途切れている。砂漠の砂が時空の狭間から噴き出す風に乗って高く上がり、白い煙を上げている。あれが、巨大な竜の正体だ』


 ノエルの居る船縁に急いだ。身を乗り出して船の外を確認する。

 本当だ。地平線が……崩れている。そして船は、その途切れた地平線に向かって進んでいる。このままでは。


「せめて、無関係な皆さんだけでも助けなければ。救世主様、私たちはどういたしましょう。このまま森へ一緒に戻りますか? それとも」


「地平線の向こうへ行くか?」


「救世主様がお決めください」


 ――これも、罠か。

 ここまで来ておいて、引き返す馬鹿はいないだろうと高をくくられているのか。

 帆船に乗って俺たちが時空の狭間に飛び込むのを、ドレグ・ルゴラは今か今かと待っているのか。

 帰れば安全だ。間違いない。

 けど。

 これだけの犠牲を払っておいて、自分の身の安全ばかり案じていては意味がない。それが例え、あの凶悪な竜の思うところであったとしても。


「行こう。時空の狭間へ」


「本気かよ……! おい、テラは止めないのか!」


 ノエルはすっかり青ざめて、俺の中に居るテラに助けを請う。


『残念だが、私が止めても無駄だろう。もう引き返せないところまで来ているのだから』


「テラも容認してる。じゃ、そういうことで、転移魔法に全力を注ごう。いいな」


「よくないよ! オレ未だ子どもなんだけど! 死にたくないし!」


「あら、普段は子ども扱いしないでって言ってるくせに。おかしいのね、ノエル」


 皮肉たっぷりにモニカが言うので、ノエルはカチンときたらしい。


「うっせーな。死にたくないのはみんな一緒だろ。リョウ、全力でオレを守れよ」


「逆です。私たちが全力をかけて救世主様をお守りするのです」


「知るか!」


 俺たちが揉めに揉めている間に、乗組員たちは甲板の被害の少ないところに一箇所にまとまっていた。その中には、美味い飯で腹を満たさせてくれたコックの姿もあった。

 モニカが乗組員たちをグルッと囲むくらいの大きな魔法陣を甲板に出現させると、男たちからはどよめきが上がった。一文字一文字刻まれていく文字。縁が大きすぎて全体は見えないが、船の乗組員たちを森へと、そういう内容が書かれている。

 魔法陣が光り始めた。


「リョウ、また、会えるよな」


 寂しげにザイルは言った。


「ああ。きっと」


 無責任に俺は言う。

 魔法陣に力を注ぐ。これだけの人数を一気に飛ばすにはかなりの魔力が必要だ。

 光が強くなり、徐々に乗組員たちを呑み込んでいく。

 森へ。

 そして、それぞれの帰るべき時間軸へ。

 どうにか戻って欲しいという願いを込めて、俺は力を注ぎ続けた。


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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~
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「レグルノーラの悪魔」から20年後のお話です。
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