聖女の姉ですが、神聖力も魔力もありません〜歴史的な大聖女は18歳でいきなり力が発動するようです〜
数ある中から作品を選んでいただきありがとうございます!
恋愛要素は薄いので、ハイファンタジーでの投稿にしました!
コミカルなお話を目指しましたので、笑っていただけると嬉しいです。
土砂降りの雨が窓に打ちつけている。
雨の音のせいで、外の音は何も聞こえないと思っていた。
大きな屋敷から忘れられたように建っている掘っ立て小屋が聖女の姉、いわゆる凡人イレーネの住処。
止め処無く降っている雨とは違う不規則な音が混じる。
カーテンを開き、外を見る。
小屋から五十歩ほどのところに布の塊が落ちていた。
不自然さの目立つ布を見に、外へ出る。
泥と血が滲む青みがかったローブを着た男を見つけた。
男の目が一瞬開いたような気がした。
だが、その直後、辺りが真っ白になる。
イレーネは目が眩んだ。
男の目も傷の状態も何も見えなくなってしまった。
* * *
拾った男を引きずりながら家の床に転がした。
血はローブについているだけだった。
男の方は気を失っているが、呼吸は静かだ。
イレーネは少し安堵する。
ローブからはみ出た金髪は、汚れていても艶がある。
それに──イレーネは男の顔をまじまじと見る。
「それにしても端正な顔立ちね。こんなボロボロで行き倒れていたなんて、私と似たような境遇かしら?」
イレーネは神聖力も魔力も持たない凡人。
プラチナブロンドと言えば響きがいいが、金色の色素を持たなかっただけの銀髪。
イレーネはいつしか厄介者として、ここに追い払われた。
妹のミレーユは聖女。
淡いブロンドの可愛らしい容貌。
周りから人気があった。
聖女の力は軽い傷ならすぐに回復させられるようなのだ。
それでも王国に五人しかいない貴重な存在。
国ぐるみでとても大事にされている。
ミレーユのおかげで子爵家であるにも関わらず、貴族社会から爵位以上の待遇を受けている。
例えば、王族主催の伝統行事にミレーユとその家族が呼ばれることなど。
かつての大聖女は、今は発見されていない。最後に存在が確認されたのは数百年前になる。
なんでも瀕死の人間を治癒してしまうらしい。神様のような力だ。そんなもの本当にあるのだろうか。イレーネは信じていなかった。
*
昨年、ミレーユが突然、こう呟いた。
「お姉様がいると集中できないわ」
ミレーユはイレーネが視界に入るだけでも嫌なようだ。
父は部屋の位置を変えようと提案した。
だが、ミレーユはすぐに一蹴した。
そしてミレーユが新しい寝床を提案する。
いや、命令として通った。
庭の端に粗末な小屋がすぐに建てられた。
イレーネが初めて小屋にやってきた時のことだ。
嬉しそうにミレーユがイレーネに近づいてきた。
二人きりだった。
「何もせずにのうのうと暮らせる凡人は本当に羨ましいわ。私なんて毎日聖女としてお勤めしているのに。まぁ、お姉様にピッタリな掘っ立て小屋で、どうぞお幸せに」
イレーネは呑気にミレーユの言葉を受け入れた。
(それはそうかもしれないわ。だって働いてないし)
イレーネの反応になぜかミレーユの方が悔しそうな顔をした。
小屋生活では、見かねた使用人が木材や釘を分け与えてくれる。
キッチンの壁に棒を打ちつけて、コップ掛けにする。
洗面所には釘を出っ張ったままにしてタオルを引っ掛けられるようにした。
イレーネの“好き”を少しずつ増やす。
すっかり愛着が湧いてしまった。
*
突風がガタガタと窓を揺らす。
その音に呼ばれるように、イレーネの意識が現実に戻ってきた。
男の寝息が聞こえると、イレーネは男に視線を向けた。
「もし行くところがなかったら、ここに住んでくれるかな? 住人として」
イレーネは無駄な期待をしてみる。
それにしてもダイニングの床に、気を失った人を転がしておくのに、イレーネは気が引けた。
タオルを敷いたベッドの上に、彼をなんとか持ち上げる。
そのまま一息ついていたイレーネは、玄関でノックの音が聞こえた気がしたので歩き出す。
扉を開けると、警備隊が立っていた。
その制服には緻密な紋章が縫いつけられていた。
帽子がずぶ濡れで、今も雨に打たれている。
「ここらへんで人を見かけなかったでしょうか?」
「⋯⋯どんな人ですか?」
「第三王子のテオドール殿下です」
ローブ姿の怪しい男は拾ったが、王子なんてここにいるはずがない。
「見かけていないですね」
イレーネは即答した。
「失礼ですがここには一人で住まわれているのですか?」
「そうですね。小さな小屋ですし」
「夜分に失礼いたしました」
女性の一人暮らしということに気を使ったのだろうか。警備隊はすぐに帰っていった。
イレーネは今晩、非常に大きな問題に直面していた。
怪しい男にベッドを貸したままだ。
イレーネは寝るところがない。
ダイニングテーブルに枕だけ置いて座りながら寝た。
* * *
木を叩く音がする。
何度もする。
イレーネは重たいまぶたをこじ開けて、音の出どころを探す。
イレーネはノックされていた玄関扉を開ける。
そこにいたのは、ミレーユの執事だった。
彼が一人でここに来たということは、何か良からぬことが起きているに違いなかった。
「こんな朝早くから、何かありましたか?」
手櫛で髪を整えながらミレーユの執事を見る。
「屋敷にすぐお越しください」
小屋の外で待つ執事をあまり待たせたくない。イレーネはすぐに支度を始めた。
簡素なワンピースに身を包んだ。
一度だけ寝室に目を向けた。
「まぁ、いいか」
* * *
久しぶりに屋敷へやってきた。
イレーネは興味深く周りを見渡した。
屋敷の中はほとんど変わっていない。
だが、小屋を自分の思い通りにする夢がある。
屋敷の柱の装飾や間取りが気になって仕方がなかった。
通された食堂には父、母、ミレーユ、それから昨日の警備隊と偉い人がいた。
警備隊より肩の紋章が豪華だった。
おそらく警備隊長だ。
皆ため息をついている。
まるでこれから犯人が判明するかのような場面だった。
「集まりましたかな。私はテオドール殿下の側近のマグヌスです」
昨晩、非公式の行事に参加したテオドール殿下は帰路についていた。
天候不良のため、ここより手前の都市に滞在していた。
だが、突然、街中に魔獣が出現。
テオドール殿下と側近、護衛隊が都市から馬車で逃げた。
王都を目指していた途中で、馬車の外から何かに攻撃された。
馬車は大破。
圧倒的な物理攻撃から魔獣だと予想される。
豪雨と闇の混沌の中、魔獣に立ち向かう護衛とテオドール殿下。
二人の護衛は、魔獣の圧倒的な力の前でなすすべもなかった。
一人は全身に咬傷のような傷で大怪我。
もう一人は未だ意識が戻らぬ重体。
護衛を容易く薙ぎ払った魔獣はテオドール殿下を襲うはず。
大至急、見つけて治療をしなければ、生死の危機だ。
ちなみに魔獣は魔塔魔導師と冒険者ギルドの協力により撃破済みのようだ。
父はすぐに屋敷周辺の捜索の許可を出している。
「依然として殿下の行方が分かりません。どなたか昨晩、何か不自然な物音など聞いていませんか?」
昨夜は不自然な物音も聞こえた。
「後は人影とか⋯⋯テオドール殿下は蜂蜜のような艶のある金色の御髪です」
小屋に連れてきた男は金色っぽい髪だった気がする。
「青藍色のローブをお召しになっております」
⋯⋯青色ローブを着ていた。
やばい⋯⋯。
イレーネは誰が見ても犯人だと分かるような動揺を見せた。
「イレーネ嬢でしたかな。何か心当たりでも?」
イレーネは背中に嫌な汗を掻き始めた。
頭の中では「これ、不敬罪かな?」と渦を巻き出す。
イレーネは走って逃げた。
「元あったところに捨ててきます!」
タイミングのよいことに扉が開いた。
部屋に入ってきた人物を見て、最悪のタイミングだと思い直した。
遠くから側近のマグヌスが声を上げた。
「テオドール殿下、ご無事だったのですね!」
イレーネはすぐさまカーテシーをする。
隣をすり抜けようとしたイレーネの目の前に立ちはだかるテオドール殿下。
ミレーユが走ってきた。
花が舞うような優雅な所作で挨拶をする。
「聖女・ミレーユがテオドール殿下にご挨拶を申し上げます」
イレーネは隙を狙って、扉から立ち去ろうとする。
「それでは私は失礼いたしますわ、ほほほ」
イレーネは朗らかな笑みを浮かべて会釈する。
テオドール殿下はミレーユを一瞥すると、イレーネの方ばかり見ている。
急にイレーネの手が掴まれた。
「私を治してくれた大聖女殿はどちらに行かれるのかな?」
昨晩、妙な光が瞬いたし、ローブに血がついていたが、まさか大怪我を治したなんて信じられない。
「いや〜⋯⋯大聖女? 何かの間違いですわ。ミレーユは聖女ですが」
ミレーユもこの時はイレーネの意見に激しく同意する。
「だってお姉様は神聖力も魔力も全然ないじゃないですかぁ」
「そうですよ。聖教会で調べてもらったんですよ」
鋭い目に変わったテオドール殿下と距離を取ろうとするイレーネ。
手の力が強くなる。
そうだった。なぜか手を繋がれていた。
狩猟に特化したような獣の鋭い目。
捕まったら何かが終わるとイレーネの直感が告げる。
(隙をみて、必ず逃げるのよ)
「大聖女殿、私の護衛がどこかで治療を受けているのですが、助けてもらえないですか?」
「助けられるかは分からないけど、心配ですね。ミレーユを連れて行くといいですよ」
イレーネは聖女のミレーユを自分の身代わりにしようとする。
テオドール殿下にしっかりと手を握られた。これはもう連行されると諦めた。
その後ろからミレーユが付いてくる。
イレーネは怖くて後ろを振り返らなかった。
廊下を進むと、ゲストルームに入る。
そこでようやくイレーネの手が解放された。
部屋のベッドには、二人の男性が寝かせられていた。
側近のマグヌスの説明の通りなら、一人は意識不明の重体だ。
もう一人は頭を上げたので、彼ではないと分かった。
「で、殿下⋯⋯申し訳⋯⋯ございません」
「辛かっただろう。もう少しの辛抱だ」
イレーネは二人の会話を右から左に流して、横になっている男性を見る。
(早く目を覚ますといいわね)
するとイレーネの手から光が漏れ出す。
慌てて男性の胸元につけて光を隠した。
「イレーネ、オーストンの状態はどうだろうか?」
「えー、変わらないですね」
オーストンは薄っすらと目を開けた。
イレーネは目が点になった。
テオドール殿下のことは夜の豪雨で外だったから分からなかった。
だが、目の前の意識不明の重体だった人が目を覚ました。
それに手も光ったし、否定できない。
(いや、手が光ったのは見られていないはず)
慌ててオーストンの胸元から手を離す。
「オーストンさまが自然と目を覚ましました」
「なにっ!?」
テオドール殿下が駆け寄ってくる。
オーストンの顔をよく見ようと、真隣に顔を寄せてきた。
(頬がつきそうなくらい近いわ! 何とも思っていなくても、こんなに格好良いなら、心が揺らいじゃいそう)
「殿下⋯⋯お側で⋯⋯お守り⋯⋯できず⋯⋯」
テオドール殿下は首を大きく振り彼を気遣う。
「無理に話さなくてもいい。目を覚ましてくれて本当に良かった」
「本当に良かったですね。たまたま、私が様子を見た時に起きたみたいですね」
テオドール殿下の顔がゆっくりとこちらに向く。
笑顔を貼り付けたまま、イレーネは足を一歩引く。
「君は怪しすぎる。都合よく、意識不明の重体だった人が目を覚ますはずがない」
「それでしたら⋯⋯あっ! ミレーユではないですか!?」
すかさずミレーユがやったと主張する。
ミレーユは目を大きくした。
さすがに声も出ないほど驚いている。
「そうかそうか、大聖女殿の言いたいことは分かった」
テオドール殿下は満面の笑みを浮かべた。
「良かった!」
イレーネも喜ぶ。
「ミレーユ、ハリソンを治してやってくれ」
真顔に戻ったテオドール殿下は淡白な声で伝える。
「えっ?」
また目が点になったイレーネ。
ミレーユは急いでハリソンに駆け寄る。
聖女の力を司る精霊を呼ぶべく詠唱を始めた。
仄かな光が手に宿る。
ハリソンの傷口に手を当てる。
しばらくすると手を離した。
それが治療を終える合図だと分かる。
「ミレーユ、ご苦労だった。ハリソンどうだ?」
ミレーユは急いでお辞儀をした。
ハリソンは身体を上げようとして、痛みから顔を歪めた。
「前より良くなりました」
「分かった。それでは大聖女殿、ハリソンの前に座ってくれるだけでいいです」
イレーネはハリソンの前に座る。
痛そうに顔を歪めているハリソンの胸元の傷は赤黒い。
座るだけでいいと言われたが、もう少し傷が良くなったらいいなぁと欲を張る。
ミレーユのような詠唱はできない。
イレーネの手がまた光り始めた。
今度は手を動かさなかった。
(私がやったってバレたら、連れて行かれるわ。一生、私の手塩をかけた小屋に戻ってこれないもの)
ハリソンは身体を起こした。
「傷が治りました! ありがとうございます、大聖女様!」
治ったようだ。
当の本人も聖女の力だと確信する。
(それならやったことが分からなければいいのよ)
「それはおめでとうございます、私がやったことではありませんが」
しっかりと述べた。
“それでも私はやっていない”と。
清々しい気持ちだった。
(目の前のハリソンさまを救ったのに、私がやったようには見えないなんて完璧な作戦ね)
テオドール殿下が拍手をしながら近づいてくる。
にこやかな表情だったので、こちらも微笑む。
(さぁ、そろそろ私の退場ね)
「素晴らしい力だったよ、大聖女殿」
「殿下も見ましたでしょう? 私は手も動かしていません」
「よく見ていたよ。詠唱もせずに、身体も動かさずに治すなんて、歴史文献でもそんな記述は見当たらない。それにミレーユの力をもってしても、ハリソンの大怪我は完治しなかった」
それでもイレーネが大聖女である証拠にはならないはず。
少し不満そうにイレーネは唇を尖らせてみる。
「もしかして大聖女ということに疑問を抱いているんじゃないかい?
“自分が大聖女であるはずがない”って」
悔しいが図星だった。
イレーネは小さく頷いた。
「君は18歳になったばかりではないかな?」
イレーネは驚愕した。
「はい、つい先日なったばかりですが⋯⋯」
「歴史的な大聖女は18歳でいきなり力が発動するようだ。それから右手首の内側に光の線のような痣がないかい?」
イレーネは自分の右手首の内側を盗み見る。
痣があった。
最近できた引っかき傷かと思っていた。
「さて、私を救ったのも、オーストンとハリソンを救ったのも、誰がやったのかな?」
子どもを諭すような穏やかな論理で、退路をきっちり塞がれた。
それから痣は決定打だった。
イレーネは助けを求めて周りを見る。
オーストンは熱狂的なファンのように、陶酔した顔でイレーネを見つめている。
ハリソンは満面の笑みを返してくる。
ミレーユは顔色を悪くし、悔しそうにイレーネを睨みつけている。
テオドール殿下は⋯⋯見なくても分かる。
「⋯⋯私です。⋯⋯でも、私の小屋はまだ完成していないのに⋯⋯」
小屋の中を改築していたイレーネには受け入れられない。
粘るイレーネ。
テオドール殿下は腕を組んで、思い出しているようだ。
「あの小屋は君が手入れをしていたんだね。壁に直接作られた棚は面白い発想だったよ」
「そう思いますか? あの棚にはこれから私が手彫りしてうさぎとリスを作るのです。棚は寝室以外にも廊下からダイニングに繋げて、“森の小路”を表現するのです!」
嬉しさのあまりテオドール殿下に触れそうなほど、近くで熱弁した。
イレーネから無数の光の粒が溢れ出すとふわりと宙を舞いながら窓の外に消えていった。
目を見開いてテオドール殿下が固まった。
それはまるで少年が心から驚いたような素直な表情だった。
そして顔が赤い。
「ほら、私は聖女じゃありませんよ。殿下の顔が赤いのはまだ治っていないからでしょう?」
「そんな自然体で話しかけてくるなんて不意打ちだな。君って人は⋯⋯」とテオドール殿下は小さく呟いた。
イレーネはよく聞こえなかったので、聞き返そうとした。
その矢先にテオドール殿下は、廊下に向かって大声で命令した。
「大聖女殿が見つかったぞ! 小屋ごと連れて行け」
「うそ〜!?」
小屋を丁寧に運んでくれるとテオドール殿下に約束してもらった。
そしてイレーネはテオドール殿下と同じ馬車に乗せられた。
馬車の外から声が聞こえる。
「屋敷の周りが花畑になっている!」
「もう秋なのに急に春になったみたいだ」
イレーネは聞こえなかったふりをした。
「小屋の話を嬉しそうにした時、光の粒がたくさん屋敷の外に出ていったよ、大聖女殿?」
テオドール殿下は愉快そうに笑う。
「もうっ! 私は何も聞こえないです」
「今度、小屋に合うティーセットを探そうか?」
「えっ、いいんですか?」
イレーネは嬉しそうな顔でテオドール殿下を見つめると、また光の粒が溢れ出した。
「また春になっちゃうよ?」
「も〜!!」
イレーネは悔しそうに頬を膨らませた。
心の中では楽しみだったが。
* * *
街中──。
「聞いたか? 今度来た大聖女様は心が清らかで、自分が貰ったお金を全部慈善活動に充ててしまうそうだ」
「そんな神様のような人がいるんだねぇ。どんな見た目なのかい?」
「披露式はまだなんだってさ」
ミレーユの通う聖教会支部──。
「聞きましたわ。ミレーユ様のお姉様って大聖女様なんでしょう? やっぱりミレーユ様も質素倹約なのかしら?」
「⋯⋯えぇ、そう、ですね」
「食べ物も修道院と同じようなもので、簡素なドレスなんて、心から尊敬しますわ」
「⋯⋯⋯⋯」
ミレーユは屋敷に戻ってくると、人けのない小屋の跡地で地団駄を踏んだ。
「むかつく! むかつくわ!! イレーネのせいで、一生贅沢ができなくなっちゃったじゃない!」
王城のはずれ──。
「最近、大聖女様が来たそうだよ。王城つってもこんなはずれで大聖女様の姿なんて一生見られないよな。あっ、イレーネちゃん、今日はテオ様が来る日かい?」
上品だが、シンプルなワンピースのイレーネは庭師や大工たちに手を振る。
大聖女と分かった途端に、身の回りの物が高価なものに変わっていく。
すぐにやめてもらった。
それにお給金が出るのだが、これも多すぎる。
お金を返しても、受け取ってはもらえないと思ったので、孤児院や田舎にある教会に寄付をした。それを毎月繰り返している。
今のところ、大聖女の披露式は保留。
それはイレーネが「披露式なんてやったら、災いをもたらすわ」と暴言を吐いているからだ。
それから週に一回、イレーネの大好きな小屋でテオドール殿下とお茶会をすることで、イレーネのことは秘密にされている。
イレーネはテオドール殿下の姿を見つけると、彫り上がったうさぎとリスを嬉しそうに見せる。
テオドール殿下はじっとイレーネを見つめている。
「あぁ、とても可愛らしいな」
テオドール殿下の手に持っていた葡萄に、イレーネはそっと手を添えた。
「葡萄がとても美味しそうです!」
イレーネはテオドール殿下の指に少し触れてしまった。
(あれ、よく見たらテオドール殿下、顔が火照っているわ)
初対面ではあんなに強引だったテオドール殿下は、あれから一切触れてこない。
(最近、調子が変なのよね)
イレーネは、自分の力でも治せないテオドール殿下が、実は不治の病なのではないかと心から心配しているのだった。
お読みいただきありがとうございました!




