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序章の前日

第一話序章の前日


 ジリリリリリリリリ

 目覚まし時計が、朝の訪れを告げた。私は半覚醒状態でベルを止める。

「まだ眠いなぁ」

 私はため息をついた。

 本気でもう一度眠ってしまおうかと強い誘惑にかられたが、学校を無断で休むとまた面倒なことになるので、仕方なく準備を始めた。

 歯磨きをして、顔を洗い、制服に着替える。最後に眼鏡をかけて、ひと通り準備が終わり部屋から出て行くときに思わずつぶやいた。

「また今日も一日が始まってしまうのかぁ」

 はぁ~、ともう一度ため息をついた。



 部屋を出てしばらく歩いていると、もうすっかりと冷たくなった空気が私の体を震わせた。学校まで徒歩で20分ほどだが、近づいてくるにつれて自分の足が重くなってゆくのを感じていた。

 一人でとぼとぼと歩いていると後ろから私に向かって、かけてくる少女がいた。

「おはよ~、神奈」

「あっおはよう、石原」

 神奈千春かみなちはる、私の名前だ。

 そして今私に声をかけてきた少女が石原陽いしはらよう。私の数少ない友人と呼べる存在だった。

 千春は出来る限りの愛想で振り向いて答えた。

「今日は寒いね、神奈」

「もう11月半ばだからね」

「今日の2時間目体育なのになぁ~」

 たわいのない話をしながら学校までの道のりを歩いていった。

 千春は石原のことが友達だと思っているが、正直あまり好きではなかった。もちろん、嫌いではないのだが、千春の本当の心を話せるとは思えなかった。千春には石原にも、クラスメイトにもいえない秘密があった。

 それは、自分がアニメ好きでゲーム好きなのだということだ。

 別に後ろめたいことではないはずなのだが、どうにも世間はそういったことに冷たい感じがする。事実、何らかの犯罪があると、犯人の家には無数のゲームが、とか無数の漫画が、とかそんなニュースが報道されるイメージが沸くのだ。

 実際はそんなこと言っているニュースなど、千春は見たことがないのだが、世間のイメージがすでにそうなってしまっているように千春は感じていた。

 世間は、アニメやゲームに冷たいのだ。

 千春はそう感じていたため、私はアニメやゲームが大好きな女の子なんですって、言うことができなかった。だから、もちろん友達の石原もクラスメイトも千春の本当の趣味を知らない。よって結局、石原の話にあわせるしかないのだ。

 石原の話はつまらないわけではないが、本当の話が出来たらどんなに楽しいことだろうと思う。しかし、千春にはもう、そのことを絶対に言わないと心に決めていた。

 あんなことはもう繰り返したくないからだ。

「聞いてる?神奈」

 千春ははっとして答えた

「えっ!ああ、ごめんごめん」

「どうしたの、ボーっとしちゃって」

 知らないうちに、心が過去にさかのぼっていたらしい。そう、千春のトラウマに。

「い、いやいや、なんでもないから」

「まさか、恋!」

「いやいや、全然違うよ、何を言っているの」

 手をブンブン振りながら答える。

「その反応、あやしい~」

 石原はニヤニヤしながら返してきた。

「本当に違うよ~」

 本当に全然違うことなのに、ますます、あせりだした感情が石原を悪ノリさせた。

「あ~あ~、どっかそのへんに彼氏、転がっていないかなぁ~」

 ゴロゴロ転がっている彼氏なんてまっぴらごめんなのだが。

「彼氏、ねぇ~」

 千春は重い気持ちで答えた。そうしている間に、千春の学校、清水ヶ丘高校にたどり着いていた。



「起立、礼、着席」

 一時間目は古典、やばい、いきなり眠くなりそうな授業だ。眠い気持ちを抑えながら、黒板に書かれた文章を必死で書き写す。

 古典なんて、社会に出たらなんの役に立つんだろう。そんなことを考えながら、あくびをかみ殺した。きっと、クラスメイトのほとんどもそう思っているに違いない。実際、何人かも眠たそうな顔をしていた。

 結局みんな真剣なのは、テストで悪い点数を取らないためなのだ。

 まだ1年生だから、それほど、進路のことを考えたことはないが、授業の内容よりも、テストの点数が将来の役に立つなんてなんだかおかしな感じだなって千春は考えた。

 2時間目は体育だ。しかも、外で陸上だ。

「この寒いのにね~」

 石原は文句を言っていたが、千春は陸上で助かったと思っていた。

 運動オンチの千春は集団競技が苦手だった。

 どうせ、私のせいで迷惑をかけてみんなの機嫌を損ねるから、出来ればやりたくなかった。陸上ならとりあえず一人で走っていれば、迷惑をかけることはないから、みんなの目を気にする必要はなかった

 3時間目は世界史。

 千春は歴史は好きだった。

 ゲーム、アニメ好きの千春にとっては、現実に起きた歴史が、漫画や小説のストーリーみたいで面白かった。なのだが、2時間目が体育だったせいなのか、何人かの生徒は目が虚ろになって今にも眠ってしまいそうだ。

 世界史の先生も注意する人ではないようなので、ますます生徒の怠け心が助長されていた。

「こんなに面白いのになぁ、でも現実には魔法もモンスターも超能力もないんだよねぇ~」

 千春は小声でつぶやいた。

 すぐにはっとなり、誰かに聞こえてしまっただろうか、千春はあせりを感じてしまったが、誰にも聞こえた様子がなさそうなのでほっとした。ついつい、気が緩むと、心の中の言葉を口走ってしまうのだ。いけないいけない、気をつけないと、千春は心の中で気を引き締めなおした

 お昼になり、石原とお弁当を食べていると。

「ねえ神奈、先週の中間テストのことなんだけどさ」

「ん?なあに?」

「テスト範囲外の所が出ていなかった?」

「え?何の教科で?」

「数学」

「ああ、言われてみると、聞いていないところが出ていたかも」

「でしょ、これって先生のミスだよね、訴えたら、点数修正してくれないかな?」

「そんなに、点数悪かったの?」

「親に怒られた」

「そうなんだ」

 本当に当たりさわりのない会話だなぁ、千春はそう思った。

 アニメとかでは友達同士は下の名前で呼び合うことが多いのに、現実では下の名前で呼び合うことってあんまりないよね。そもそも、さんづけで呼ばなくなったのも2学期からだし。夏休み中もほとんどあうこともなかった。

 私と石原って友達なのかな?

 千春は石原のことを友達だと思っている。だが、決して、親友ではないとも思っていた。だから、たとえ、石原が千春から離れていってしまったとしても、千春はかまわないと思っていた。

もう、下の名前で呼び合えるような、大切な親友は必要ないのだ。

「神奈」

「えっ、なに」

「どうしたの?ぼーっとして」

「えっあっごめん、なんでもないよ」

「本当に大丈夫?なんだか最近ぼーっとしていることが多いよ」

「ありがとう、でも、本当になんでもないから」

 ここで、本当の自分の心境をいえたら、どんなに楽なんだろう。そうおもう、だけど、言えない。

 世の中、本当に自分の本音で話せる、友人に出会える人なんているのだろうか?本当に心を許せる人に出会える人なんているのだろうか?

 結局みんな、同じ場所にいる、そこそこ気の合う、友人になれそうな人を見つけ出して、共通の話題を探し、その枠内だけで会話をして満足しているふりをしているだけではないのかな?

 そもそも、目の前にいる石原だって、なんらかの隠し事はあるとおもうのだ。私にも言えない、もしかしたら、家族にだって言えない隠し事があるのかもしれない。私にもあるように、きっと石原にも本当に言いたいことがあるのだろう。でも、それを言ってしまうと今の関係が崩れてしまうのではないか?その恐怖心が、心にブレーキをかけてしまうのだろう。千春はそう考えていた。

 5時間目 英語

 この教科で千春は、先生に当てられてしまった。

 普段からそれなりに真面目にやっている、千春にとっては、内容自体は問題ないのだが、クラスメイトの注目を浴びてしまうことが嫌だった。緊張してしまい、しどろもどろになってしまう。あああ、頭の中が真っ白だ。

「先生、もう、許してあげてください」

 不意にどこからか、声が上がった。同じクラスの黒田君だった。クラス中にどっと笑いが流れる。

「そうだな、神奈、もう座りなさい、しっかりと勉強しておくように」

 先生がため息交じりで答えてきた。

 別にわからないわけではないのに~、千春は心でつぶやいた。顔から火が出るかと思うくらい、恥ずかしい思いで席に座った。

 千春は注目されるのが嫌いだった。

 もともと、おとなしく、目立たない性格だったので、こういったことには慣れてないのだ。しかし、クラスの男子の中にはリーダーシップをとりたがるような、黒田君のような目立ちたがりもいる。

どうしてそんなにも目立とうとすることが出来るのだろうと、千春はいつも不思議だった。目立ちたがりの黒田君はいつでも楽しそうだ。うわさではバンドもやっているらしい。

あの人には悩みとかはないのかな?なんだか、少しだけ、うらやましいな、まあ、私には縁のない世界だけど。そう考えながら千春はため息をついた。

 6時間目も終わり、千春は帰宅の準備をしていると、珍しく石原が声をかけてきた。

「一緒に帰ろう」

「あれ?、部活はいいの?」

 石原は弓道部員だ。

「うん、今日はいいや、それよりも、神奈が最近元気がないのが気になってさ」

 まったく、私にはもったいないくらい、よく出来た友達だな。千春はそう思った。でも、元気がないのは本当は最近じゃないよ。あの時からずっとなんだ。この季節になると、そのことを思い出してしまうから、でも、そのことは絶対に言えない。言わないと決めているから、私はもう―――――終わっている人間だなんてことは。

 ごめんね、石原、千春は心の中で謝罪した。



「それで、どうして最近元気がないの?」

 帰り道に一緒に歩いていると、石原が聞いてきた。

 どうやって応えよう?何かそれっぽい答えを言ってごまかすしかない。千春は覚悟を決めた。

「うん、本当にたいしたことじゃないんだけど」

 出来るだけゆっくりと会話をしながら、頭の中は、それっぽい答えを考えるために高速回転だ。不意に5時間目のことが頭をよぎる。

「なんだか私って、クラスで浮いているなって思って」

「はあっ?」

「うん、私っておとなしすぎて、本当はわかっている答えでも、まともに返すことが出来ないなって思って、ほら、今日の英語の授業の時とか」

 石原が隣で聞いている。

「私のこの性格が嫌いでさ」

 そして、石原が言葉を返してきた。

「なぁんだ、そんなことで悩んでいたの」

 ちょっと意外な言葉が返ってきた。

「そりゃ、私は神奈の性格をよくわかっているつもりだよ、5時間目の時だって、あっ当てられちゃったって思ったもの、うまく応えられるかな~って思ったけど、やっぱりダメだったわね」

「そりゃ、朝でも昼ごはんのときでも、あれだけぼーっとしていりゃそうなるわって思ったもの」

「つまり私が言いたいのは、あんた考えすぎなの。考えすぎるから、どんどんと悪いほうに落ちていっているじゃない」

「頭の中だけで、シミュレートばかりしていないで、少し行動にうつしてみなさい」

 石原が早口でまくし立てる。

「こっ行動に?」

 千春は困惑していた

「そう、行動に移すの、あんた、あのあと黒田君にお礼は言ったの?」

「いっ言ってないけど」

 もじもじしながら千春は応える。

「ほら、黒田君は神奈を助けてくれたのよ、お礼ぐらい言っておくべきだと思わない?」

「そりゃ、男子に声をかけるのは勇気がいることだけど、そこから、自分を変える一歩になると思わないの?」

「う、うん」

「ほら、明日お礼を言ってみなさい、あれこれ考えていないで、まずは行動してみなさい。石を投げないと水面に波紋は立たないのよ」

「ええっ!」

「やっぱり怖気づいてる、ほら、そんな地味な格好をしているから、中身まで怖がりになってしまうのよ。もう少し自己主張をしてみなさい」

「眼鏡も取ってみなさい、ほら、そんな地味な髪型もしてないで髪を結んだりとかしてみなさい」

「あんたもったいないじゃない、結構可愛いのに、そんな地味な格好をしているからクラスの男子は誰も見向きもしないのよ」

「恥ずかしいよう」

千春は顔が真っ赤だ。

「すぐに変わりなさいとは言わないわ、でも、せめて明日黒田君にお礼ぐらいは言いなさい。私も後ろでついていてあげるから」

「うまくいけば、黒田君と仲良くなれるかもしれないわよ。ほら、黒田君って結構女子に人気があるのよ。」

「もしも、仲良くなれて、うまく行ったら最高じゃない。あんたも彼氏が出来れば、変わると思うわよ。ほら、女って恋をすると美しくなるっていうじゃないの。」

自分だって付き合ったことないくせに、千春は心の中で軽く毒づいた。

「あっ、もうこんなところまで来てた。私行くね。じゃあね、神奈。」

 好き放題喋りまくって、石原は自宅のほうへ駆けていった。

 千春は一人になり、とぼとぼと歩いていた。頭の中は先ほどの石原の言葉で一杯だ。

「彼氏、か。」

「石原には悪いけど、私には彼氏なんて必要ないなぁ。」

 ついつい千春は独り言をつぶやいていた

「私にはもう、幸せなんて、いらないから」

 空にうつる夕焼けはどこまでも赤かった。

「なんだかなぁ~」

 千春は思いっきりため息をついた。

「いったいいつからこうなってしまったんだろう」

 いつからなんて、わかりきっている。そう、あの時からだ。私の人生が終わった、あの時

「瑞希」

 千春は無意識にその名前を呼んでいた。


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