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一番好きな曲は MF DOOMのCrosshairsです。
地震?もしかして土佐崩れみたいなのが起こったのか。それとも…何が起こってるんだ。もう、何がなんだかまるで分からない。
達の背中を追って、白く霞んでいる壁に慌てて飛び込む。先ほど見たカビ臭い部屋へと足を踏み入れて必死に達を追う。埃がとち狂ったように踊りまわり、跳ねまわる。背後から飛兎汰の情けない声が聞こえてくる。振り向いてみると、資料館からくすね盗った数枚の紙を必死に掴んで、ふらつく足場を必死に踏みしめてなんとかバランスを保っている状態の飛兎汰を視認する。
天井が震えている。ガラクタが小刻みに揺れて耳障りな音を陰湿な空間で響かせる。
揺れが収まってきているのか、一番最初に感じたあの突き上げるような衝撃はなくなって、なんとか、ギリギリ歩ける程度の揺れまで収まった。でもって、お腹の中を揺さぶってくるような気持ち悪さもある。天井の裂けめからは粉っぽい何かが降り注いで、それにむせ返る。そこら中から崩れ落ちたガラクタのせいで、足場はほとんどなくて、それでもなんとか木の板や降り積もった粉を踏み越えてゆく。
「うぎゃっ」
情けない声を上げて前傾姿勢で倒れる。埃だらけの床に手を付き、両手で頭を押さえて身を縮める。
この揺れは…また強くなった。さっきのより遥かに大きい。全然、上手く、立てない。ここから早く出ないと、このままじゃ、建物ごと潰されちゃう。
「こっちだ!はよ来んかい!」
達が先導して腐った扉を蹴り上げ、そこへ向けて瀬女が這い出るようにして向かい、その背後からは飛兎汰が転がり込むようにして飛んで出てくる。外では明らかに慌てた声のアナウンスが聖都内に鳴り響いている。同時に激しい炸裂音がそこら中に響き渡る。木が屑をはじき出し、痛々しい音を立てながら雪崩落ちてくる。
何が起こっているのかさっぱり分からない。ただ、とてつもなく嫌な気配だけはヒシヒシと伝わってくる。何もかもが全て崩れ去ってしまうような、そんな嫌な気配。脛から肘に掛けてゾワゾワと鳥肌が立ち上がって、ハッと息を飲んだ瞬間に全身が急に身震いを起こして、息が詰まる。その途端に地面が突きあがり、視界がグチャグチャになる。姿勢が崩れて、前かがみに倒れこんで、必死に地を掴む。
目の前が酷く揺れる。視界が右往左往、上下に弾いて直角に捻って、視線がどこにも定まらない。考えががまとまらない。息ができない。腕に力が入らない。頭が回らない。このままじゃ、このままじゃ。
「お前ら、逃げろ!!おい!!」
その叫び声にふと我に返って顔を上げる。山と山を繋いでいたはずの高速道路が、いつの間にかアスファルトの雪崩になって、影が、3人を包み込む。
あぁ、このままじゃ。
第三支部
「もう、来たのか…」
小声で呟く。
床が、机が、横に縦に、斜めにと気持ち悪く揺れ動き出す。体感で震度4と言ったところ。机同士が擦れあい、何か大きなものがきしむ音が聞こえてくる。そんなただ揺さぶられているだけの極端に居心地の悪い空間が、一分一秒を経るに連れて慌ただしくなる。
「おい野田さん!来たっぽいぞ!!どうすんだ!!」
同じくどこからか、その声が上がる。
「クソッしゃあない…福里!やりたいようにやってこい!」
「よっしゃあきたああ!!」
野田と福里の声が部署内に響き渡る。
「野田!!どこまで言っていい?」
部署の出口まで走る福里が足を止め、振り向きそう言う。
「”さん”までつけろコラ!!あぁぁぁ……そうだな、南条と西条にいる奴は北条区へ避難誘導。王室周辺…はどうだか……とりあえずは自分の命優先で頭上に気を付けるってのと、あと何かあったか」
「いや、とりあえず流してくる。野田はここから皆を避難させて!!」
「言われなくてもそうするっつの」
福里が女性らしからぬ芯のある声でそう言っては部屋を飛び出し勢いよく走っては姿を消す。
野田が自分のデスクに戻り、資料をまとめ出す。それに続くようにして部署内が再度慌ただしくなる。同じく各々が自分のデスクに戻っては用紙やファイルを鷲づかんでバッグの中へと押し込んでいく。
「おいゴリラ、お前は残って福里を助けてやるんだ、いいな」
野田がパンパンのトートバッグを肩に提げ、トリュートの返事を待つ間もなく再度口を開く。
「お前らぁ!!じじい共はほっといて、各部署に声かけしながら外出るぞ!!頭気いつけろ!!」
その掛け声とともにおよそ20人ほどの人間がゾロゾロと出口に詰め寄り、やがてトリュート1人を残し誰もいなくなる。
同時にアナウンスが聖都に響きだす。少しマイクに近すぎるような、そんな吐息交じりのアナウンスがずっと続く。
部署の窓から外を見渡す。この程度の微妙な揺れならこの国に住まうものなら慣れたものだけれど、ここと、あの町を歩く人達ではその微妙加減に対する恐ろしさが桁違いなわけで。
この揺れの正体がなんであれ、普段から経験している地震では無いのだ。このアナウンスが、一体どこまでの人を救うのか。
「うわ、っと」
突然強くなった揺れに情けなく声を上げて姿勢を崩す。なんとかして机に寄り掛かり態勢を保つ。先ほど見た、あのバカが着くほどに巨大な何かが近づいてくる。その足音が、段々に増して聞こえてきている。
焦りが募る。どうすれば冷静になれるものか。どうすれば心臓の鼓動を落ち着かせられるか。あれが、ここに来たらどうなるのだろう。あれは一体何なのだろう。どんな見た目をしているのだろう。
そんなことを考えていると、福里のデスクから値の張りそうな皮のペンケースが転がり落ちる。それを見て、思い出したかの様に急いで福里のデスクに散らかった貴重品を回収する。去年発売されたばかりの最新型スマホ、隠す気の無い皮財布。高級ブランドの化粧入れ。後は………
「ッ!!!」
突然体中の骨が軋む。体中が激しく地に叩きつけられ、顎を強打し目まいを起こす。
すぐそこで爆発でも起きたんじゃないかと勘違いしてしまうほどの揺れと衝撃。先ほどまでのものとは比べ物にならない。足と脳と体の芯とが酷く揺さぶられ、その大きな体が何度も床にデスクにと叩きつけられる。
目の前がグシャと崩れだす。先程まであった、いつも見ているオフィスがただの瓦礫へと成り果てる。デスクの上に取り残された小物達と白い粉が宙を舞い、視界を灰色に染め上げる。
これは、マズい。立つことすらままならない。デスクがこちらに飛んでくる。天井からタイルが剥がれ落ちる。蛍光灯が激しい音と共に崩落する。
逃げないと、頭を守らないと。それだけが頭の中を駆け巡る。激しい振動と炸裂音。ガラスが窓枠から弾き出されて耳障りな音と共に砕け散る。ペンが転がり落ちて、椅子がひっくり返って、蛍光灯が天井から吊るされた状態で右へ左へひしめいて……キリキリ、ガチャガチャ…ガタン、バリン……そんな音しか聞こえてこない。
先ほどまで聞こえてきていた、吐息交じりのあの音が、聞こえない。
「あぁ!!」
激しく揺れ動き、ガラス片やら瓦礫やらが散らかった床を踏みしめて死に物狂いで部署の出口へ向かう。
「福里さん!!!」
喉が張り裂けるのではないかと思う程の勢いで叫ぶ。しかし、返事はない。
廊下もオフィスと大差ないほどに散らかっている。天井は裂け、壁は崩落し、床には瓦礫と破片がばら撒かれ、所々がひび割れている。
「福里さん!!大丈夫で…うおッ!!」
また一段と揺れが強くなった。明らかに近づいてきている。いや、すぐそこまで”あれ”が来ている。急いで彼女のところへ行かなければ、いくら水属の有段者と言えど、いつも強気な彼女といえど……自分と違って彼女は人なんだ。瓦礫に潰されれば、そうなれば、それで終わりなんだ。
思い出したかのように上から瓦礫が、埃と共に崩落してくる。それを腕で受け止め、はねのける。
「福里さん!!!生きてますか!!!」
そう叫ぶと同時に揺れが落ち着いた。なんということはない。ギリギリ立っていられる程の揺れ。震度は5弱と言ったところ。でも、今までにないほどの鳥肌がつむじからつま先にかけて、さざ波のように立ち上がる。
確かに感じる。いま正に、この建物の下を通過している。気持ちの悪い揺れが、ぐにゃぐにゃとこの建物と内臓とを揺らす。立ち込める悪寒を必死に抑え込み、廊下に横たわる瓦礫を持ち上げ、蹴り上げる。眼前をふさいでくるタイルをぶん殴り、通行の邪魔をする開かれたドアを破り捨てる。
そうやって暫く進むと、濃い色の木目に彩られた扉の前に着く。ノブに手をかけ力を込めるも、何かがつっかえているのか、はたまた歪んでいるのか、その扉は頑なに開かない。息を整え、一歩下がり、勢いよく体当たりをする。そうすると、扉の軋む音とともにわずかな隙間ができた。そこに体をねじ込んで無理やり入る。その、グシャと潰れた、跡形もないアナウンス室に。
「福里さん!!いますか!!」
返事はない。嫌な予感がする。
こんな時、自分が彼女の様に、いや人族のように好き勝手に能力が使えたら。こんな時に火属を、水属をスペースを、こうやってああやって使えたら。
黒くごつい拳を握りしめ、勢いよく手を広げて天井から剥がれ落ちたであろう分厚い瓦礫を持ち上げる。が、ビクともしない。重機かなんかでやっと動きそうなコンクリートと瓦礫の山。ふと、床に入ったひび割れを伝って流れる赤い液体を目にする。この血は、明らかに自分のものではない。
この下にいる。
「福里さん!!生きてますか!大丈夫ですか!」
再度その言葉を叫ぶ。
瓦礫を持ち上げていくにつれ、段々とその血は量を増して、濃く、深くなっていく。
まさか、もしかして。
頭が痛くなってくる。怖い。もし、この瓦礫をのけたら、血だらけの彼女が、潰れた彼女が出てくるかもしれない。もし死んでいたら、下にいる野田に助けられなかったと、生ぬるい死体を持っていくのか。
3年。彼女とは3年の付き合いだ。彼女には毎日のように馬鹿にされたけど、それでも一度も無視をされたことは無かった。こっちからのつまらない質問や、どうでもいい世間話にも絶対に返事を返してくれて、同じくらいどうでもいい話をいつもしてくれていた。
そんな彼女が、もし、死んでしまっていたら。
良からぬ憶測が脳内を跳ねまわる。無理だ、自分にはこの瓦礫を持ち上げられない、見つけたくない。
いつの間にか、涙がボロボロと溢れ出ている。握りしめた拳で自分の頬を殴る。息を整え、血の滴る瓦礫を再度持ち上げる。目の前があふれる涙で歪んで見える。持ち上げた瓦礫を投げ飛ばし、涙を必死にぬぐい取る。
そして、鮮明になった視界に、横向きにうずくまった、血だらけの彼女を見つけた。
「福里さん、大丈夫ですか。生きてますか」
そう揺さぶってみるものの、応答は無い。
「ちょっと福里さん、生きてますか」
肩をつかみ、仰向けにする。
「福里さん!!息してくださいよ!!福里さん!!」
あぁ、ダメなのか。どうして。
目の前がグニャグニャとゆがみだす。徐々に気が遠のいていくのが分かる。息がし辛い、苦しい。やめてくれ、死なないでくれ。
涙がボタボタとこぼれ出る。
彼女のどこからとも知れない個所から血が、絶望が、広がって行く。
耳痛い。
頭は、そこまで痛くない。そんなことより肘痛い。脇腹痛い。腰も痛い。
霞んだ目を今開けられる限界まで開いたら、目の前に小さな小石が転がっているのが見えた。身震いでもしてるみたいに小さく揺れて、いや、床が揺れているのか。これは、この轟音は。
それだけじゃない。
この声は…あぁ、トリュー……お前か…あぁ、うるさいうるさい。耳元で叫ぶな。キンキンして余計に痛いだろ……?…息?…息は、ほら。しているだろ。吸って、吐いて……吸って…?どうしてだろう。いつもよりか、口が変な感じ。
「ちょい……」
今のは、私か。あぁ、なんて情けない声。
「は、はは……だっ…せぇ………」
まるで末期がんの患者みたい。勘弁してくれ。さて、ゴリラはどんな顔をしているのか見てやろう。
「は、なんつー…顔だよ…それ」
顔面ぐしゃぐしゃ、涙ぼろぼろ。情けない。自分がこんな辛い思いをしているというのに、こいつはなんでこうも、嬉しそうな顔で。全く、不謹慎なやつだ。
選ぶ
気が付くと、鋼色の壁に四方を囲まれた、準備運動くらいであればギリギリできそうなほどの個室にいた。安堵と焦燥が同時に頭を覆いつくす。眼前に立ちはだかる扉を蹴り上げ個室を出る。
そうして見えるのは奇麗で清潔な、白の照明が規則正しく整列しているコンクリートのトンネル、にTNT火薬50kg分を着火した1分後のような場所だ。
聖都へは仕事で過去に何度も訪れている。仕事でなくても、ここへは知り合いがたくさんいるから、休日には一人でふらりと立ち寄るなんてこともざらにある。
見慣れた場所だった。”あの札”を握りしめればすぐにここへ飛ばされ、そうして見慣れた扉を蹴り上げて、そうして聖都へ出る。
「まじかよ…」
見慣れた光景が突如として崩れ去って、跡も形も人の気配も何もかもがなくなる。
そんな一部始終をこの目にうんざりする程ねじ込んできた。これ以上はもう、懲り懲りだ。そうだというのに、またこの世界は。
蛍光灯は天井から剥がれ落ち、いつもより一段と暗く不気味で、慣れた場所のはずなのに腹の底から湧き上がる様な不快感を覚える。そんな気味の悪い一物を抱えて出口へ進む。
どうやら、出入り口は崩落していないようで、そのまま駆け足で階段を上がり暗闇から晴天の世界へ。
「おいおい…」
空が見えない。
黒い煙が青かったはずの空に立ち込める。地面が揺れる。轟音が鳴り響く。
突然空が更に暗くなる。さっき通ってきた気味の悪いトンネルとさほど変わらない。真っ暗だ。何かが真上を通ったのか。一瞬にしてそれは通り過ぎた。同時に一層揺れが強くなった。どこかで爆発音がした。うまく立てない。震度5強と言ったところか。悲鳴か発狂か、情緒を掻き乱す音ばかりが聞こえてくる。
「おいおいおい」
一ミリたりとも動けない。一歩を踏み出させてくれない。立ち尽くすことしかできない。その惨状を口を開けて見渡すことしかできない。それでも、震える手でスマホを手に取り、電話を掛ける。
1コール、2コール、3コール。そうして、慌ただしいその聞き慣れた声を耳にする。
「おじさん?!」
「あっ、瀬女!無事か!どこにいんだ!」
返事はない。
「おい、瀬名!今…な…」
通話が終わっている。何かあったのか、もう一度かけ直す。
1コール、2コール、3コール、4コール、5コール。そのコール音が耳になじむまで、スマホを耳に押し当てる。
10コール、11コール。それでも瀬名は出ない。聞こえたのは紛れもなく娘の声。瀬名の声だ。瀬名の身に何かあったのか。底知れぬ不安が募る。
不意に周りを見渡す。流石は聖都、ほとんどの建物が耐震補強済みで、倒壊なんぞしている家屋等々は見当たらない…はずなのに。まるで、駆逐艦がレールガンでも放ったかのような一本の破壊の道が、家を道路を、人を。何もかもをなぎ倒したその跡が、獄介の右方を山から海へと通り過ぎている。訳が分からない。何がどうしてこうなっているのか。
とりあえずここから動かなければ、状況を把握せねば。揺れる感情を奮い立たせて砕けた大地を踏み越えて、何度も行き来したはずの道を進む。
あの時、結城のスマホに映ったあの文字列。
『聖都で大きな地揺れを確認 南条区、東条区斜面崩落 死者多数(5分前)
14時57分頃、愛媛県聖都市にて最大震度7弱の地揺れを確認。南条区、東条区の山間部では一部斜面の崩落、また南条区、北条区では建物の崩落により既に死傷者が出ているとの情報あり。血族連合、聖都ウィッチグレイブ管制塔からの声明は無い。万が一のことも考えられるため、周辺地域にお住まいの方は直ちに湾岸から離れて安全を確保してください。』
いいや、違う。これは地震じゃない。そんな生易しいものじゃない。これは
「……あ?」
いつの間にか揺れが止んでいる。気付かなかった。
今なら、自由に動き回れる。娘を探しに行ける……はずだというのにどうしてか、足が一向に動かない。腰が抜けているのか。そんなまさか。
突然の動から静。吐き気を催すほどの嫌な静寂。絡まっていた糸を解いて、ピンと張り詰めたかのような緊張感。瓦礫が崩れる音が聞こえる。しかし、それ以外は何もない。耳鳴りを、目まいを催すほどの静けさ。どうしても動けない。揺れなどないのにその場から動けない。
足が、先ほどまでの欲求を否定した。動くな。待て、今はマズい。と、そう言っている。
「…………?」
……唸り声。いや、地響きか。地面の底から先ほどの揺れとはまた違う振動が伝わる。張り詰めた糸が、少しずつ解れて、ちぎれかけているかのような。あぁ、気持ちが悪い。
突然、視界の端から煙が上がる。南に連なる山々のその内の小高い山の斜面が大きく爆散した。およそ300mはあるその山が瞬く間に削れ、大破し、砕け散った。そこから何もかもが飛び散り、弧を舞い、煙を吐き出しながら建物を、アスファルトを、その目に映る全てを叩き潰す。
これは、あれは、一体なんだ。
砕けたその場所から、ぎちぎちと土の煙を擦りだしながら、大きい、規格外にとにかく大きい訳の分からないその生き物は姿を現した。あの弾き飛ばした山なんて目ではないくらいのその圧倒的なスケール。常識はずれなその生き物は、ひどく鈍い音を立てながら少しずつ土砂の中から這い出てくる。もうすでに山の麓の景色なんぞは存在しない。その場所にあった高速道路や巨木なんぞは破壊しつくされ、無に帰している。
あれはなんだ。どこかで見たことがある見た目をしている。が何か違う。あの有るのか無いのか分からない目ん玉と、ブヨブヨのゴムのような赤と緋の中間の色をした皮膚。なのにふざけた大口。その顔の6割を締めそうな大きな口。
「ミミズ……?」
であって、そうでない何か。
よく見てみれば、その向こう側や、その2つ隣の山にもそのミミズはいる。なぜ気付かなかったのか。そいつらは山の大部分を破壊せしめ、大岩を吹き飛ばし、大地を震わせながら、その顔と大口を見せびらかす。
呆気にとられるとはこのことを言うのだろう。あんな生き物。いやそもそも、生き物なのか。あれが生き物?そんなの信じられない。今見えているものだけで500mはあるはずだ。
いや、違う。呆気にとられるのはそこじゃない。ここは、ここは聖都だ。あんな怪物があんな風に顔を出していい場所なんかじゃ決してない。歴史的価値がどうとかではない。ここは、この地球を打ち壊すことのできる能力者がうじゃうじゃといる、聖都だぞ。あんなのがどうやってここまで来た。なぜ、管制塔は、血族連合は、サーティは、何をしているんだ。
思い立ったようにスマホに手をやり、聖都にいるはずの顔なじみに電話をかける。が応答はない。
なぜだ。管制塔、あれらが機能しないとサーティも動けないのではなかったか。彼らは何をしているんだ。どうして気付かなかった、どうしてここまで人が死んでいる……そうか、管制塔でも第一管制塔は、あの山々の中にあるダムの、そのまた向こう。
一体どうするつもりなのだろう。いや、こうなっては自分でどうにかするしかない……?
あのバケモノを、俺が……?
「おいおい……冗談だろ……」
熱い。焼け焦げてしまいそうなほどに熱い。この熱さは、あの時の熱さ。あの時、母が私の目の前で死んだときの、あの忘れられない熱さ。
寝るでもなく、気絶するでもなく、ただ目を閉じてひたすら考えないようにする。瞼の向こう側で誰かが火属を使っている。あの時に感じた高揚に似た熱気。飛兎汰か、それとも。
「おい、女の方は生きてるか」
この声、違う。飛兎汰じゃない。
「おい、生きてるかって聞いてんだ。返事しろガキ」
目を開くと、そこにはとても受け付けられない見た目をしたあの男がいた。ズボンの両ポケットにふてぶてしく手を突っ込んでいる、達がいた。その前にはおよそ5mはありそうな円形の火の壁が流れ込もうとしている瓦礫を防いでいる。
自分は、生きている。自分の横には、足に痛々しい擦り傷を負い、嫌そうな顔をしてへたり込む飛兎汰の姿が。何が起こったのか。訳が分からない。
「ねぇ、ひゅーちゃん。これって」
「あぁ、セナチン起きた。おいおっさん。セナチン起きたぞ」
「誰がおっさんだこの野郎。言っただろ。達さんだ」
状況は最悪。瓦礫が、ここにいる三人を避けるようにして聖都へなだれ込んでいる。この様子じゃ死人も出ていそうなもので。だというのになんだというのか。この、こんなことが起きる前と大して変わらない雰囲気は。
「ねぇ、何があったの?」
今になって頭がズキズキと唸りだす。痛いようなそうでないような痛みがする。
「おっさ…達さんがこのかっけえ技で守ってくれたんだよ!ほんと助かったぜ。やっぱ酒抜けたら良いやつなんだな!」
「てんめえ、そういうときは褒めるだけにしと…け……?」
達が上を見上げたまま表情を強張らせて固まった。その後ろ姿からでもその驚愕ぶりが伺い知れて、でもってその姿はもっと何か言いたげなように見える。
「達さん?どうしたの?」
瀬女が服に着いた土を払いながら立ち上がり、達が見つめるその方に顔を向ける。
なんだろう。なにかが、自分たちを覆いつくしているような。
足元に浮かぶ影が、段々濃くなっていく。太陽が何かに遮られて、影が聖都に進行を続ける。何か信じられないほどに大きいものがその形を影のみで形作る。
地形が変形している……いや、生きてる……?
「ウソ…でしょ」
「なんだよ…これ…」
飛兎汰が呟く。
「分からん。どうゆう…あれなんだ……」
達が同じように呟く。
その会話を合図にするようにして、四方からそれが、全く同じサイズのそれが地面を突き破ってその姿をあらわにしだす。
空に浮かんだあの雲をも食べてしまいそうな開けた口。桁外れなスケール。その姿が嫌でも目に脳裏に焼き付いていく。目を一時も離せない。サイズ感、グロテスクさ。その異様さは一生忘れられない。恐怖も何も感じられない。ただひたすらにその場に立ち尽くすしかない。理解ができない。ただ、その外見を脳内で文字化させることに手いっぱいで、他のことを考える余裕なんて無い。そのレベルの次元ではない。何もできないんだ。
「ミミズ…?」
唯一言葉にできた。これは、ミミズだ。間近で見たことがある。これは、この見た目は…
その時、遠くの方でそびえ立っていた一際体格の大きなミミズが不審な挙動を起こしだす。徐々に前後に揺れ出したかと思うと、タガが外れたみたいに激しく揺れだして……それが…正面にある…街並みに……倒れこんだ。いや、”倒れこんだ”で済むレベルではない。これは、土砂崩れなんぞよりも果てしなく酷い。圧倒的に殺戮的だ。
それを合図に、同じくそびえたっていた他のミミズも同様に、殺戮的に、自由に動き出した。
二番目に大きなミミズは、同じように都市の人がいそうな場所に倒れこみ、酷くうねり、その場所をただの瓦礫に変えてしまう。別の少々細いミミズは、その場所から勢いよく飛び出し、人がいたはずの場所に穴を開け、顔面を地面に擦り付け、周辺100mを墓場へと変えてしまう。他のミミズと違い、体が赤いミミズはその場にとどまり、優雅に高みの見物でもしているような風貌でその惨劇を眺めていう。そして、一番小さなミミズは、こちらへ向きを変えて突進してくる。
「おい…おいおい」
飛兎汰が情けなく声を漏らして後退りする。
このままだと、あの歯に貫かれて、死んでしまう。でも、足が動かない。まるで小鹿のような足を奮い立たせるのに精一杯。今から逃げろだなんて無茶を言う。飛兎汰だってこんな状態で…おそらく達も…
「ガキども、俺の後ろにいろよ」
達がそう言って前にでる。ミミズとの距離は、直線にしておよそ50m。なのに、あんなミミズなんてどうでもよくなるくらいに熱い。
男は、足から、腕から、体の節々から火を放っている。
「おっさん…なにを…」
飛兎汰が震えた声でそういうと、達は先ほど同様ズボンのポケットに両手を突っ込み二人の前に立った。
その姿は、そこいらにいるミミズなんかよりも『聳え立つ』という言葉が似合うように、まるで越えられない壁のそれを現すかのような気迫。熱気がどんどんと増してゆく。周囲の空気が揺れ動く。熱波が二人を包み込み、そこから茹だる様な熱風が吹き荒れる。達の肩に力が入る。
達の眼前で火の球体が花開くようにして出現し、まるで転寝でもしているようにしてユラユラと浮かぶ。それは赤、黄、そのまま瞬き一つの合間に白くなり、甲高い悲鳴のようなものを発して消え、次の瞬間には目の前にいたミミズの腹部が千切れて飛散する。ミミズの腹部から再度花開いたその白い火が緑色の火花を散らして物惜しそうに消えていく。
訳が分からない。
「達さんって…」
目の前に聳え立つその壁は、動じることなく、その怪物を睨んでいた。
漂い、そこらに錆なんぞでも発せる程の血の臭い。砕けた瓦礫の発する粉末の、その妖艶なる舞。
人々の悲鳴。そこから伝わる恐怖、焦り、絶望。
嗚呼、これが、殺し場。
ミミズ
結局あれは何なんだろう。ミミズ…血族動物?もしくは新種の野生動物か。どちらにせよ、あれがここ(聖都)を意図して狙っていることに疑いの余地はない。
一匹のミミズがこちらに気付いた。
焦り狂う民衆の波に逆流してくる男がいれば確かに変だと思うだろう。近づいてくる人間が何を思っているかは知れたもんじゃない。問題はどのようにしてこちらに気付いたのか。
奴らの側面には目ん玉が付いている。まるでクジラみたいな、よくよく見ないと分からないレベルではあるが、それでもしっかりとした目ん玉だ。瞳孔は絶えず動き、いくらか目ヤニもついている。クジラよろしく音波が使えるというのなら納得も行く。
とりあえずは、一発撃ちこんで様子を見てみる。このレーザー銃如きで朽ちてくれるかどうかは、分からない。ただこんなところで足踏みをしている暇もない。瀬名の安否が確認できるまでは、一時も休まらない。
そんな風に考えながら懐に手を当てた途端に、その大樹の如きミミズは何の前触れもなく、ただ突然、勢いよく突進してきた。まるでこちらの殺気に勘づいたかのように。
まだ視界の中に人はいる。が、それを無視する形で家を、店を、道路に敷かれたアスファルトや丁度良いサイズに育った植木なんかを無慈悲に削りながら突進してくる。
「すまん、瀬女。遅くなりそうだわ」
そう言い懐から銃を取り出し、両手で構える。両肘を曲げ、顔を銃に近づけ、狙うはその真っ赤な頭。震えは無い。
「ハズさせてくれるなよ」
そう呟き引き寄せる。100、60、40メートル。狙いは定まった。
「もっと来い」
瓦礫が飛び散る。馬鹿みたいに騒がしい。これを撃って、死ななかったら、こっちが死ぬ。
ここに来て恐怖が出しゃばる。息が整わない。焦りが増す。
臆病な自分に感覚を奪われる前に引き金を引く。鈍くけたたましい炸裂音が空を切り、そのブヨブヨの脳天を無慈悲に貫いていく。
衝撃音は無い。その表面を勢いよく貫通し、そこから花弁が散るかのようにして優美な薄紅色の鮮血が巻き散る。桜吹雪なんぞとは地球一周分遠からず近いその赤は、砕けた物と者とを赤く塗りつぶして行く。
「は、脆すぎだろ。こいつ」
驚いた。表面はバカが着くほどに柔い。たかがミミズ。この程度ならサーティに一掃されるのも時間の問題だが。
「さて、どうしたもんか…」
ここにきて迷う。住民や観光客の避難に努めるか、瀬女を探すか、それとも……あぁ、忘れていた。ここは血族連合様の土地だ。これ以上派手に動いていいものか。いいや、それだと瀬女の元には…だからといってあのバケモノの好き勝手にさせる訳には……
「あークソ!どうすりゃいいんだ…」
そもそも、IROの一職員が聖都様の土地で銃を発砲しただけでマスメディアに必要以上に取り沙汰される程の大ごとだ。これ以上本部に迷惑はかけられないし、重火器を使うのは今さっきまででよしとくか…いや、そうしたら、鉢合わせになった時は逃げる以外の手段を講じれなくなる。ここの市民を見殺しにすることにもなる。あぁ、政府役員の立場がここまで不便だったことが今まであったか。もう、どうすれば良いのやら…。
読んで字の如く頭を抱えていると、何か異様な気配を感じた刹那。獄介の真横を猛烈な勢いで、先ほどの比にならないサイズの大型のミミズが通過する。
「おいおい、こんなん、どうしろってんだよ」
まるで、快速列車。その血の臭いと腐敗臭の混ざったなんとも胸糞悪い臭いを発し、それは、突風を纏って通過する。瓦礫が進行方向に追い立てられ飛んで行く。
信じがたい光景だ。あの巨体でこの速さ。バケモノ様様だ。
そんなことを悠長に考えていると、そのバケモノに追い立てられた石が頬を掠めてながら空高く飛んで行った。咄嗟に姿勢を低くし、目を、頭を、鼻を守る。
ここから離れなくては、このまま死ぬ。
フラフラとした足取りで崩壊した家屋の裏まで避難してなんとか死の風を逸れる。ミミズは未だ背後を通過している。ただ、その勢いは減衰している。しかしながら決して止まることはなく、その行き場は上空へと向きを変え天を貫かんとしている。
その様子を見て、瞬時に察して、目を見開く。
「……おいおい…おいおいおい!!」
倒れ込むつもりだ。あそこから、あの高さから……ここに…?それは、そうなれば、間違いなく死ぬ。俺も、みんなも、ぐっちゃぐちゃになって、更地になる。なんとかして止めなければいけない。とりあえず、胴体にぶち込んで動きを止め……いや、だめだ。今撃っても放っておいても、結局はあの位置から落ちてくるんだ。あの巨体が、あの位置から……そうなったら俺は……この周辺の人は……町は……?
「何人殺すつもりだよ…」
必死に頭を働かせる。人とは窮地に立たされれば立たされるほどに良案を思いついたりするものだ。その信用ならない当てを頼りに考える。考えて、考えて、ひたすら考えて、そして諦める。こんなもの、どうしようもない。
固唾を飲んで己の無力を卑下して立ち呆ける。ただ、懐に妙な感覚を覚えてハッとする。忘れていた、これの存在。
テニスボール大の石を懐から取り出し、右手に持つ。これは、『飛晶石』。
これを投げ、空中にある間に意識して息を吐くことでこの石のある場所までテレポートを起こすという代物で、故に自分みたような政府役員以外の所持が禁止された代物だ。それであるからこそこれを手に持つと心なしか落ち着く。
何も考えず、大きく上空へ向けて振りかぶる。7,8cmの球体が空高く飛んでいく。
飛晶石が速度を徐々に弱め、弧を描いたタイミングですかさず息を吐く。次の瞬間には自分が隠れていた家屋とその周囲を見渡せる場所までテレポートしている。落ちようとする石を手に取り、空中で姿勢を変え、更に上空へめがけてまたも大きく振りかぶる。今度はバケモノに妨げられて見えなくなっていた町の景色がほんの少しうかがえる場所まで移動する、そうして視界に映ったのは、予想していた地獄絵図だ。
空中へ突き出されたのその頭が地上へ吸い寄せられて、すでに憔悴した町を沈黙させんとしている。
これじゃあまるで、自分だけが助かっているようで、そんな自分がなんとも忌々しい。ここでこいつを粉々にする方法があるならば、今すぐそれをしてやりたい。
そうして、またも石を振りかぶる。そしてまた、また、また、また。およそ高層ビルの屋上と大差ない上空から、絶望する。
あぁ、なんて無力だ。この世じゃたかがノーマンの人間に、人々の窮地を救うなんぞできっこないんだ。同じく忌々しいブラッディーに縋らねば生きていけない。もう、瀬女は死んだだろうか。生きていても、だとしても自分は助けに行けない。誰か助けてくれただろうか、やはり、それとも。
あぁ、許してくれ。瀬女。俺は、お前の父ちゃんの役目もまともにこなせないみたいだ。
はるか上空から、地上が壊滅するのを眺めていることしか出来ない。ここまで上に上がってきたのに、まだあの巨体が向こう側の景色の邪魔をしている。壮大な瀬戸内海のど真ん中に、そのミミズが立ちはだかる。
あぁ、情けない。俺が地上に降りる頃には、もう、何もかもが無くなって……
「………?…なんだ」
光った。何か、遠くで閃光が走った。見間違い、ではない。白の交じった薄い黄色。劈くような激しい閃光が、唯一残るその大通りを光の速さとは呼ぶに乏しい、さも人の疾走する速さでこちらに近づいてくる。いや、人だ。紛れもなくあれは人だ。少し遠目で見えないが、あの”女性”は。
その閃光は、チカチカと点滅を繰り返しながら倒れかけるミミズと同等の高さまで飛び上がり、獄介のいる高さをも容易に飛び越える。そして、眩すぎるその閃光を放ちながら地を貫かんが如く勢いでミミズを貫き、たった一回瞬きをした次の瞬間には、ミミズの頭部から腹部に至るまでが破壊しつくされていた。5秒と経っていない。ただただ無音。空気が一瞬震えて、それ以外の何も聞こえてこなかった。その一部始終を見ていたはずなのに、何か見逃してしまったのではと、訳の分からぬ感覚を覚える。その破壊された部分からは淡い色の血液から臓器に至る全てが放り出される。それらは地上へに降り立つ閃光を避けるようにして地面にべっとりと飛び散った。
あれは、彼女は。
サーティ
信じられない。こんなこと、起こるはずがないと思っていた……けれど、でも、いつかはこうなるんじゃないか、とも心のどこかでは思ってた。いつも見たいな平穏な毎日が、突然崩れ去っちゃうんじゃないかって…。
あぁ、また。また揺れた。この突き上げるような揺れは、また出て来たんだ。
一匹、また一匹って殺しても、減る気配はおろかそれを上回る速さで増えていく。そして、そのどれもが笑ってしまう程に大きい。よりにもよってこんな日にこんなことが起こる。
「お前、鑑ちゃんか!!」
「へ?」
不意に名前を呼ばれる。ここでは名の知れている者だと自負してはいるから、そんな風に呼ばれることもある。しかしこの声、知っている……まさか。
「獄介お……あ、坂口さ、様!どうしてここに?」
獄介おじさん。父と仲がいいこともあってサーティになる前はよく遊んでくれていた。
獄介は飛散した血だまりを踏み、土埃を手で払いながら近づいてくる。この野暮ったい見た目。あの頃から変わってない。
「いや、まぁちょっとな…にしても何年振りだよ、大きくなったなぁおい」
「ええと、今年で17歳になります」
「忠也の野郎は元気か?」
「えぇ、お父様なら今海外へ取引先の…」
と、こんな時になんてまったりとした会話を。
「と、すまん。そうじゃなかったな。おい鑑ちゃん、こいつらは…いや、それよりサーティはなんで誰も動かないんだ。軍は動くのか。連合の奴らはどうしてる」
彼の気持ちは痛いほど分かる。ここが血族連合の管轄である限り、彼の元にそれ等伝達が来ないのも仕方がないことで、そしてそれらを伝えることも自分の任務に違いはない。
「その、実は今、サーティ達が祖国へ帰国する、いわゆる帰省シーズンというものでして、その…タイミングが運悪く重なってしまって…あの…」
話せば話すほどに情けなく感じる。聖都の要であるサーティ。それが一番必要なタイミングで、この有様だ。
「帰省だ?…あぁ…王室三十式者だなんてたいそうな名前なんて捨てちまえよ……で、ほかに残ってるサーティは?」
「えぇ、5名ほど。しかし、うち2名が救助の方に駆り出されてまして、3人だけじゃやってもやりきれないようなもので…うち1人は体調も優れておらず…」
「…軍は」
「第1管制塔に連絡がつかないみたいで、なんとも…」
「じゃあ第2管制塔は」
「彼らの中に指揮権を持つものがいないそうで…」
「連合はどうしてる」
「一応連絡はあったのですが、随時状況を報告しろと一言言われただけで…」
そう言った途端、その男は崩れ落ちるかのように落胆し、少しの間地面を見つめてこっちを向き直る。
「分かった。俺はとりあえず第1管制塔の方を見てくる。鑑ちゃんはこいつらを…そうだ、ここにはあいつがいたな。あ、いや何でもない。足を止めて悪かった。くれぐれも無理はすんなよ。じゃあまたあとでな」
と、やや早口にそう言い残し山の方面へ向けて走ってゆく。
「ご…坂口様もお気を付けて!」
獄介が土煙に消える。少し、前とは違う顔つきのような。表情が明るくなった…?
「私デース!!!!!」
「ふぃ!?」
突然の声掛けで情けない声で叫んでは腰にある無線機へ手を伸ばす。
「ちょ、ヴァリア!!そういうのはよしてください!!」
「オドロカシテすいマセーん!!トコロで、カガミ!今ノオトコ、はシリアイ?」
少しばかりハスキーの効いた、それでもってふわふわとした、カッコいいのだか可愛らしいのだか甲乙つけがたいカタコトの日本語が無線機の向こう側から聞こえてくる。
「え?あぁ、今の方は昔お世話になった方でして。それよりも、本当に大丈夫ですか?距離があるとはいえ、山なんてどこも危険なんですよ?」
「モシあのミミズ、がデテキテモ、シンツァオがドウニカシテクレルはずだカラ」
そういうと、カタコトの女性のその発言に横やりを入れる様にして無線が入る。
「俺なんもしねえし。というか、またミミズ出てきましたよ。なんか、他のと見た目違うけど。いけそう?ヴァリヤ」
その無線からは流暢な日本語が聞こえてくる。
シンツァオとヴァリヤ。この二人と自分の三人でやっとこの聖都を守れている状態。こんなに柔いのに、数とサイズで押し負けている。避難指定されている北条区と、人口の密集している東条区はなんとしても守り抜かなければ。
「ミツケタ、アレ…?…まぁタシカに?他のとクラベテ……カタそう?な表面してるケド…傷の一ツモ無イケド、多分……?」
鑑も話題に上がっているミミズを視認する。首をほぼ直角にして見上げなければその全容を伺いすることは出来ないそのグロテスクで桁外れな生物。他のに比べてそのゴツゴツとした表面はまるで岩石をそのまま体に纏わらせたようにも見える。
「ヴァリヤ、まだ撃たないで。変に小突くより確実に仕留めましょう。頂上へはあとどれくらいで着きそうですか?」
無線機を手に持ち、そのミミズを凝視しながらに話しかける。
「チョウジョウねぇ…今はマダ低い、ケド、十分に、イケルかな?…」
ヴァリアがいるのは東に数百メートル程行った場所にある八幡山と言う、標高が200m程の小高い山だ。その八幡山の足元を流れる河川の土手に私が。北に2kmほど離れた海側の歩道橋に彼、シンツァオが。それぞれの特異能力が特に良く噛み合うというわけではないが、これといって悪いというわけでもない。使い方さえ考えればいくらでも化ける。それが特異能力で、それをよく考えるのがサーティである。
「私がシンツァオの元まで連れて行きますので、後は頼みますね」
そう言い捨て無線機を装着しなおし、標的を捉え、心を落ち着かせる。
何を唱えるでもなく眼前に直径1m程の眩い発光体を作り出す。それを小さく、小さく、圧縮していく。極端に圧縮された光の玉は、目が痛くなるほどに光を発し、小さな炸裂音を小刻みに鳴らしている。
ここからあのミミズとの距離は、直線でおよそ1km。さて、この威力でどれほどの傷を負わせられるか。
眩い光が青白い軌道を描き、何の予備動作もなしに飛んで行く。音はしない。ただ静かに、バットに打ち付けられた野球ボールを思わせるスピードでミミズへ向けて、吸い寄せられるように直線を描いて飛んで行く。2秒と経てば球体は姿を消して見えなくなる。同時にミミズの腹部で激音を震わせて頑丈そうなその外殻へ大きなクレーターを作って見せる。その威力は、ここからでもその振動が見て取れるほどで、腹部からは石のような肉片が飛散して筋肉の筋と思しきグロテスクな中身を露出させる。
この手ごたえだと、あの装甲を破壊することまではできたようだけれど、その肉体には直接的な負担を掛けられなかった……あぁ、まずい。少しばかりめまいがする。この感じは、確実に今までの無茶が蓄積されている。特異能力を多用する機会なんて滅多にないから…でも、仕方ない。いない人たちの分を、私が補うんだ。
俯いて、眉間を抑える。微妙な吐気を催して。深く呼吸をする。
今は自分の体調不良に構っている程の余裕なんてない。背筋を立て、喧嘩を売ったあのミミズが、体を捻じってこちらに倒れこもうとしているのを見て少し距離をとり、それを見届ける。ミミズは八幡山よりも一回り大きなの山々を踏みつぶして倒れこみ、その状態のまま山の斜面を…いや、山そのものを潰し、均し、幅広く底の浅いこの河川に合流すると、そのまま河の溝を沿うようにして迫って来る。それを見て震える足を奮い立たせてミミズとは逆の方向へ舵を切る。
「シンツァオ!ヴァリヤ!頼みましたよ!」
そう金切り声を上げ、無線を切り、全身の細胞を奮い立たせて全力で逃げる。
小さく生い茂る草花が、顔にチクチクとその先端をこすりつけてくる。土と、木の腐った臭いがこの乾いた地面に伏せる体と鼻を覆う。ここからなら河の下流の半分が見渡せる。
無線から聞こえて来た下品な金切り声を聞いて軽く微笑んで、深く息を吐く。スコープに目を押し当てる。緋色の皮膚と、それから気品や上品などと言うものをどこかにでも捨ててきたようなバカの様な走り方で全力で逃げる彼女を視認する。狙うは彼女の一撃で剥がれ、露出した赤黒い筋肉。幅広く底の浅い窪みに上手く収まり、でもって底を削りながら突き進むそのミミズは先ほどまで見ていたブヨブヨのミミズなんぞよりも随分固い動きをしている。つまりは
「Медленный… мне повезло。(トロいな…助かる)」
呼吸を止めて、引き金を慎重に引く。
橋の中腹に立ち、刻々とせまるその時を待つ。
ここからだと、あの生き物の異様さが簡単に窺い知れる。気色の悪く気の抜けない筋肉質なその皮膚が、土手にある道路や掛かっている橋を蹴散らしていく。そして、その意識の向く先は土手を馬鹿っぽい走り方で走る彼女へひたすら向いている。彼女の走る土手側へ出たいのか、その巨体を必要以上に擦り付けるが、河川の溝に上手く収まっているようで幾度も失敗に終わっている。
さぁ、時間だ。手を合わせ、合わせた親指を顎に密着させ、じっと構える。
突然、劈くような銃声が聞こえる。張り詰めた空気を掻き乱すその銃声の後に鑑の一撃で削がれた部位から肉片が爆散した。ミミズが大袈裟に弾みながらその桁外れた体をうねらせて進行を止める。その数秒の後にまたもその部分から激しい爆音と共に大小様々な形をした赤黒い肉片と、決壊したダムの如き勢いで血液が噴き出る。
それを確認すると同時に肩に力を込める。一点に力を込める。全身の神経の糸をピンと張り、息を吸って、止める。そうすると眼前の景色が歪みだす。キリキリという嫌な音も聞こえる。段々と、その周辺が温かくなるのを感じる。更に力を込め、汗が滴るほどに神経を張り巡らせる。
そうすると、何かが弾ける音とともに眩い光が眼前を照らしだす。それは目の前で複数のきらめく球体の集合体となり、その周囲の塵や埃に手を伸ばすかのようにしてジリジリと流れ出る。それらの一つ一つに生命があるようで、燃えるように熱い。目が眩むほどに青白く、バチバチと弾けるその形を持たない発光体は、シンツァオの合図とともに、周りの空気を取り込みながら、進行を止めたミミズに向けて直進する。そして、その発光体の軌道には美しく幻想的で、まるで絹のようにハラりヒラリと舞うオーロラ模様の色鮮やかな道で彩られる。それを経て、発光体はミミズの頭部を優しく触れるかのようにして静かに覆い、その緩急を無に帰すかのような激しい爆発を起こす。ミミズの頭部は途端に捲れ、弾け、飛散する。肉、目ん玉、繊維、筋。その全てのパーツを傷つけることなく、外へ引きずり出す。
確実に朽ちたミミズを見上げて、ため息を吐く。
二度に渡る甲高い炸裂音と、鳥肌の立ちこめそうな程に優美なオーロラを視認する。それを合図に足を止め、膝に手をつき、騒ぐ心拍を抑え込む。訳の分からぬ暑さも相まって汗がダラダラと噴き出る。
一キロメートル。あそこから、ここまでを全力疾走…?もう二度とやってやるものか。最悪の気分だ……さて、まだミミズは数多く残っている。これらをたった3人でどうこうできるとは到底思えない。このミミズは例外として、一匹を倒すのに大体全力の10分の1を消費する。見える範囲で15匹。全く持ってキリがない。体を張るのは不得意だし、でも、そうやって甘えていたら……
そうこうしていると、背後から声を掛けられる。
「お疲れさま、もうちょっとお嬢さんらしく走ってみたら?」
この皮肉交じりの話し方は…あぁ、こいつか。
「はいはい。それで、どうです?シンツァオの方はまだ撃てそうですか?」
「いーや無理だね。もうあと一発撃てば半日は体動かないかも」
「そうですか……もしもの時の為にヴァリヤには体力を温存してもらうとして、私自身あの数をどうにかする程の体力は持ち合わせていませんから…後は…あれに頼るしか」
「あれ?……あぁ…いや、でも大丈夫?それ」
シンツァオが露骨に不安げな表情を見せる。
「一応最終手段として残しておくだけです。今使うというわけではありませんから」
だとしても、そうでもしないとこの現状は打破できそうにない。不意に無線機を取り出しヴァリヤに連絡を取る。が、繋がらない。
「またですか……」
正直こんなところで足踏みなんてしていられない。連合からの支援は今のところ無し。IROも動けそうにない。軍も来るのか分からない。そう考えると、先ほどシンツァオに放った最終手段という一言が最悪手であるように思えてならない。だったら、ここは命を削ってでも。
「……シンツァオ」
「はい」
「やはり、今、ここで”成”を使います。ヴァリヤと残っている職員に報告をお願いします」
「え、あ、まじ?ですか。あ、えと、了解っす。行ってきますッ」
そういうとシンツァオは、着込んだスーツの腕を捲り上げ、全力で王室に向けて走ってゆく。
なんにしても、このジャミングの波が一番厄介だ。おそらく管制塔もこれで出遅れたのは言わずもがなだろう。
今から行う”成”は、純血個人の能力を極限状態まで解放し、己を特異能力とほぼ一体化させる行為のことを言う。これを上手く発動させると、特異能力によっては”矛盾”を体現させることが可能となる。そう、矛盾を。
勿論、成を機能させるには体力や気力、免疫力などを対価に支払う必要がある。下手をすれば、視力や聴力を失ったり、神経が焼き切れたりしてしまう危険を孕む行為で、その領域へ足を踏み込まぬよう、神業的な制御が要求される。故に、常識のある純血は成そのものの領域へ踏み込むようなことはしない。
そして、私の成の精度を高めるためには彼女の、ヴァリヤの特異能力が必要不可欠だ。
特異識別番号No.77。別名「The Watcher」。巷では愛称の「Searchers from satellite」を略されて「サチサテ」なんて呼ばれて、彼女の地元では「наблюдатель(監視者)」と呼ばれてる。どれもこれも少々こそばゆい呼び名だが、本人は気に行っているようだ。彼女の特異能力と自分の成。相性は抜群。さぁかかってこい。
と言いたいところだが、そうはいかない。成を使うと出てしまうのが2次被害3次被害と続くもの。こんなにも対応が遅れているのだ、この僅か数十メートル四方にも逃げ遅れている人がいるということは嫌と言う程に分かっている。シンツァオには王室前に緊急で設置された対策部に駆けつけ、今から先の状況を刻鮮明に伝えてもらう必要がある。それまでは成のために特異能力の使用を避けて体力を温存しつつ、逃げ遅れた住民や観光客を救助しつつ、ミミズを極力減らすことに専念しなければいけない。
先ほど全力で走っていったシンツァオに全てを託し、数キロ先にて暴れるミミズを睨みこむ。
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二番目に好きな曲はJnhygsのXTAYALIVEです。




