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短いよ
コンビニからたった一歩外へ出ただけで嫌な熱気が全身を包み込んでくる。途端に噴き出る汗がポロシャツにピタリと張り付いて、たまらず胸元のボタンを二つほどはだけさせ、項垂れる。
「ゴリラぁ…まじアチぃんだけどぉ…今って本当に秋ぃ?」
ナイロン袋の中をカサカサと音を立てながらまさぐっては持ち前のロングヘア―をかき上げわしゃわしゃと掻きむしる。
こんなの、11月を自称している9月初旬でしかない。暑すぎる。つい先日までは肌寒い風が頻繁に肌を撫でるまさに秋真っ盛りという感じだったというのに、今日に関して言えば今朝から日光がふざけたように照り付けて久しぶりの茹だりがアスファルトを焦がして我ら人間をこれでもかと焼いている。室内から屋外へ足を運ぶだけで持ってもいない寒暖差アレルギーでも発症してしまいそう。
「確か、最高気温が31度でしたっけ。異常気象って奴ですね」
トリュートが首にかけている白いタオルで、どこからが頭皮かわからない汗まみれのその額を拭う。
「これほぼ夏じゃんかぁ……天気を操れる純血がいるなら今すぐくもりにしてくれーぃ…」
「分かりませんよ、もしかしたらその純血が暑くしてるのかも」
「っかぁーーーー!!そいつに顔面パンチお見舞いしてやらぁ、覚悟しとれ――い……あぁ…」
福里が情けない声を漏らしながら前傾姿勢でその場にしゃがみ込む。
「今の福里さんには無理そうですね。ほら、立ってください。さっさと戻りますよ」
苦笑いしながらそういうと、福里が芯を失ったような動きで立ち上がってはノソノソと重い足取りで歩き出した。
「というかさぁ、なんでこういう日に限って社内食堂お休みなの。私なんも聞いてないし」
「風邪が流行ってるとかで調理師さんがこぞって寝込んでるそうですよ」
「なんだよそれぇ…しっかりしてくれよぉ…コンビニまでクソ遠いんだからさぁ…」
ぼやく福里を横目にトリュートがコンビニで買ったサンドウィッチの包装を丁寧に剥がし、一口で完食する。そうして袋から別のサンドウィッチを取り出し、丁寧に包装を剥がしてはまた、一口で完食する。
「あぁ…確かにあそこからここまで遠いですもんね。どんくらいあるんでしょうね」
「3キロはよゆーであるぜ。まじふざけてる」
そう吐き捨て、福里が体をフラフラさせながら手で顔を仰ぐ。
「不便ですよね。こういう時に自動車免許とか持ってたら楽なんですけど」
「血族動物は免許取っちゃダメなんだっけぇ?不便だねぇ……」
「あはは……というか、そういう福里さんこそ車乗ってないじゃないですか」
「私?……いや、ほら、私って注意力が著しく欠如してるじゃん?下手すりゃ人轢き殺しかねないし、当然のリスクヘッジよ!」
「えぇ…」
なんとも堂々とした面持ちでそんなことを言う福里に軽く呆れながらも、少しの沈黙に耐えかねて話を続ける。
「……あぁ、そういえば、またバスの運賃高くなりましたね」
「運賃?あー、ね。でもたかが百円でしょ」
「たかがって……僕たち血族動物からしたらたかが百円でも死活問題ですよ……」
そうしてまた沈黙に戻る。どうしても気を使ってしまう性格ゆえにこういう沈黙には本当に耐えがたい。どうやったらこういう気まずい無言に耐えられるんだろうか。
「……それにしても、暑いですね。お茶は買わなくてよかったんですか?」
「トリュートさぁ……私の得意分野忘れちゃった?」
「水属…ですよね、知ってます。聞いただけです。というか久しぶりに名前で呼んでくれましたね」
「うわ、ほんとだ。なんでだろ。なんか無意識に言ってたわ」
暑いからか、それともただ日々の疲れが蓄積しているからか、そこからはだらだら緩やかな坂道を上がっていく。その間に誰やらがうざったいだの、誰やらは嘘つきだのと福里の一人愚痴大会が開催される。
こうやって他人の話を聞くだけならそれっぽい返事をするだけなので気が楽だ。と、そんなことを考え福里の話を軽く聞き流しながら舗装されたばかりの黒いアスファルトを歩いて15分。尻ポケットの中でバイブするスマホを取り出して耳に当てる。
「……はい、こちら第1管制塔第3支部、トリュートです……あぁ、あの………はい……え?………そう、だったんですか?……たしかに、それはマズいですね…わかりました。よろしくお願いします。では」
そう言い終え受話器のマークをタップすると、隣にいる福里が口を開く。
「どした」
「自分が対応したあの酔っ払いいたじゃないですか」
「うん」
「どうやら、酔っぱらって観光客に絡んでる時の動画がネット上に拡散されちゃったそうで」
「ありゃまぁ~……いやまぁ自業自得か」
「で、それが実は火属の有段資格持ちだったそうで色々マズいことになってるからうちで対処するって第1支部のお偉いさんに引き継がれることになりまして」
「うっわぁ、きっつ」
「ほんとに…」
そう言った途端に、今度は福里が面倒くさそうにスマホを取り出す。
「今度は私か」
福里が髪をかき上げ、汗ばんだ耳にスマホを当てる。
「もしもし…あ、呉さん?…え?うん………………そうですね、柑奈ちゃん……え、まじっすか………わっかりました。ありがとうございます……じゃあまた」
福里がそういい受話器のマークをタップする。
「……なにかあったんですか?」
トリュートが左手にぶらさげているナイロン袋の中身をガサゴソとまさぐりながらそう言う。
「いやー、昼前に私が担当した迷子の女の子がいたんだけど、職員さんの目を盗んで逃げ出しちゃったみたいで」
「えぇ、それは大変ですね。アナウンスはかけたんですよね?」
そう言いながら袋から取り出した水のボトルを一口飲む。
「うん。でも、なんかその子変でさ。修学旅行で来てるっぽいんだけど、自分の通ってる学校の名前を知らないんだって」
「そんなこと…ありますかね?それじゃあまた迷子になっちゃうんじゃないですか?」
「いやぁ、ほんと警備員さんには頭が上がらんよ」
福里がナイロン袋を片手で持ち、袋の口が大っぴらに広がった所へすかさず手を突っ込んでボリュームのある丸いおにぎりを取り出す。その外装を乱雑に剥いで頬張る。
「そう言えば、今日ミオさん見てませんけど、福里さん何か聞いてます?」
「ミオはねぇ…死ぬほど頭痛いつって家でゴロゴロしてるかなぁ」
カンカン照りな太陽を背にしてジリジリと熱気を放つアスファルトを踏み、木陰になっているスポットを線で結ぶようにして辿っていく。そんな二人のすぐ横を山道でも構わずと言った勢いで小型車が通り抜け、心地よい風を二人に送る。
「それにしても、呉さんとミオさんだけですよね。僕たちと普通に接してくれるのって」
トリュートがボトルのキャップを締め、着ているポロシャツの首周りに人差し指を突っ込み、毛だらけの胸に風を送り込む。
「そうだねえ。入社時こそもてはやされた私達も、今じゃ『ゴリラの血族動物にそれと仲良く話す偏屈者』なんて呼ばれてるんだから、そんなのと親しげにしてしまうあの”変人ちゃん”と”おせっかいおばさん”もどうかしちゃってんだろうねえ。まぁ悪い気分ではねぇけど」
福里がそう付け加える。
「そうですね……そういえば、福里さんはどうしてこの仕事に就いたんですか?」
「あっれ、言ってなかったっけ?それはだなぁ……めんどくさいからまたあとで話すわ」
そういうと福里は小声でぼそぼそと何かを唱えだし、そうかと思うと途端に宙に浮く水の球体を作ってみせる。それにストローを刺し込み、ゴクゴクと勢いよく吸いだした。
「にしても……熱いっすねぇ……」
あれから20分ほどが経った。未だにこちらを照らす日の光は衰えを知らない。
にしても、何か、何がどうとか、あれがどうとか、そういうわけではないがどうもおかしい。
説明が難しいが、何かとんでもなく悪い予感がする。この気候的暑さなんかじゃ絶対にないこの寒気。いや、悪寒の方が正解か。何にしても嫌な感じだ。今は第六感とやらが、このちっぽけな脳みその中であくせく働いているのがよく分かる。
「なぁ、トリュ…ゴリラ。なんか感じない?」
うなじに手を当てながらそうつぶやく。
「確かに、自分も先ほどから鳥肌が立ちっぱなしです。なんでしょうか、こんな事滅多にないんですけどね。というか、そこまで言ったなら、名前、最後まで言ってほしかったです」
そう言ってトリュートがペットボトルの中の水を飲み干す。
「すいません、水の補給をお願いします」
そういって空になったペットボトルを福里に差し出す。
「はいよ」
そのペットボトルを受け取り、飲み口へ先ほど作り出した水の球体から、ちょろちょろと器用に水を流し込む。
「ちょいぬるいかも」
「いえ、気にしませんよ。ありがとうございます」
トリュートのその言葉と共に、福里は懐からスマホを取り出す。
無言の時間が数分続く。2人の靴音と福里のスマホのタップ音、よく分からない鳥のさえずりと、そよ風に当てられた木々がざわめく音、少し背後から聞こえてくる高速道路を不規則に行き交う車の音。それだけが周囲から聞こえてくる。
「んぁ?」
木陰に入ったところで福里が声を上げて立ち止まる。
「どうかしました?」
「いや、なんか、全然つながんない」
福里の表情が少しばかり曇る。
「あれ?……スマホ…スマホが…?全然、繋がんない…!」
曇りが焦りに変わる。福里の親指が激しくスマホを打ち付ける。
「ちょ、福里さん落ち着いて、下さい。何があったんですか」
「見て!これ!ほら、電波!…これとか、こんな感じになってるの!」
福里がスマホの画面をトリュートの眼前に押し付けようとするがその身長差が故、全然届かない。そこにはホーム画面で読み込み中を繰り返す、過去何度か見た覚えのある光景が写っている。
「え、あの、これが、どうかされたん…ですか」
「ちょ、ここ山ん中だけど、一応聖都なんだよ!?聖都には日本で2番目に強い電波塔と、ラグや電波障害、聖都全域でスマホを同時使用しても絶対に落ちないってレベルの最強Wi-Fiが敷かれてるんだよ?聖都全域で同時使用だよ!?おかしいでしょ!?」
福里が早口でそう言って、何に対しての”おかしい”なのかを聞こうとするも一旦飲み込む。
「は、はぁ…?」
「え?これの異常さが分からない?聖都に5年も務めて?まぁ聖都の人間はWiFiとか通信とか諸々それに頼ってるから気にしたことが無いのも仕方ないけどさ、よーく思い出して。ここに来てから、スマホの画面が固まったり、WiFiの速度が急激に落ちたり、えーと、あとは…そう、読み込み中の画面が何分も続いたりとか、そういうの無かったでしょ?」
またしても早口でかえって来る。
「まぁ、言われてみれば…確かに、毎月のスマホの通信料金とかあまり気にしたことないですね」
言われてみればそんなこと、ここで働きだしてから一度も、とは言い切れないけれど、ここまで長い間読み込み中の画面が続くことは滅多にない。
「なにかあったのかも、ほら第一まで走っぞゴリラ!」
福里がそう言い残して勢い良く駆け出す。
「ちょ、さっきみたいに電話すりゃいいじゃないですかー!」
そう言ってみるも、福里から何か返事が返ってくることも無く、その背中をただボーっと見つめる。彼女の赤よりの茶髪が左右に揺れる。それを少しの間見つめて、ハッとする。置いて行かれないよう、その黒い毛で覆われた体で同じく走り出した。
2人ともが体中から汗が吹き出している。20分かかる道のりを5分で走りきったのだ。それにこの暑さも相まって、季節外れな気持ち悪さを懐かしく思う。
それよりも、この物々しい感じ。第一管制塔に着くなり、五感全てがその焦燥した雰囲気を建物越しに感じ取った。
「やっぱりなんかあったんだ、急ぐぞゴリラ」
「はい」
エントランスを走り抜け、階段を上がり、各フロアに着くたびに異様な雰囲気が漂ってくる。何か、予期していない信じられないようなことが起こったような。
三階まで上がり、オフィスの扉を勢いよく開け見渡すと、予想していた景色が広がっている。皆が皆汗を垂らしながら受話器に話しかけたり、パソコンの画面をしがみつくように睨んでいたり、デスクとデスクの間を縫うように走り回っていたり。と、黄ばんだポロシャツと無精ひげを蓄えた中年の男と真っ先に目が合った。そうして男は大股でこちらへ近づいてくる。
「おい!福里!トリュート!こんな大事な時にどこをほっつき歩いてやがった!!こっちはなぁ」
第一管制塔第三支部長 野田 昭二、確か今年で32歳になる。血糖値、血圧共に高め。一昨年妻に出て行かれてその後離婚。それ以降新人イビリとセクハラがなくなった。ついでに言うと国内有数の火属と空間認識の有段資格者。人は見た目にそぐわないものだ。
「はいはい。それより何があったの?」
野田の言葉を強引に跳ねのけてそう返す。
「なっ…まぁいいわ。といあえずこれ見ろ」
そういって2人に近づき何枚かに重なった白黒の、テレビでよく目にする魚群探知機のあのレーダーを模したような図面が手渡される。
「それは今から、そうだな、二十分前くらいに第一支部から届いたものだ。一枚目の…これだ。これは画像がここに送られる更に十分前、つまり今から三十分前に第一支部にある"S3"っつう便利な”監視ツール”とやらが捉えたもんだ。こいつだ、こいつ。レーダーが間違えてなきゃ幅はおよそ二百メートル、全長はおよそ十キロメートルにもなりやがる。こんなやつが今聖都にすげぇ勢いで向かって来てる」
先ほどの耳に悪い声とは違い、神妙な表情とハスキーな声でそう説明を施す。
福里が机にその図面を広げる。
それと同時に、トリュートが尻ポケットから眼鏡ケースを取り出し、いそいそしく眼鏡をかけ口を開く。
「今はどこらへんですか」
「ニ枚目を見てみろ」
福里が急々しく丸められた図面を開いてゆく。
「そいつはついさっき送られてきたもんだ。見ての通り、そのS3とやらが正しいんなら、奴らはここから南西に三十キロの…」
「は?!もうすぐそこじゃん!!なんでこんななるまでほっといたんだコラ!!」
福里が野田の寄れたシャツを掴み食って掛かる。
「知るかよっ!!こいつ、急にレーダーに現れやがったんだ。今から二十分前、丁度1枚目の図面をもらった時だ。誰が仕組んだかは知らねえが、そん時に聖都一体に通信障害が起こりやがってよ」
「今は使えてるみたいですね」
トリュートが周りを見渡しながらそういう。
確かに受話器越しに真剣に話しかける人もちらほらといる。
「あぁ、今はな。この通信障害、波があんだよ。今んとこ三分おきだ。繋がったり繋がらなかったり、その合間合間に各塔と連絡を取り合ってんだが、いつも大事なとこで切れやがる。おかげでこの有様よ」
どうする、どうしたらいい。各機関と情報の共有?都庁に緊急要請か、血族連合は、IROは気づいているのか、客は…そうだ。観光客にはアナウンスをするのか、第一支部は、第一支部はいつになったら対策会議を開く。
言いたいことが山ほどある。なぜもっと早く気づかなかったんだ。なぜこういう日に限ってコンビニまで下らなければならなかった、なぜ食堂で病が流行った、なぜこんなにも暑い、そうだ、サーティ。彼らは、彼らならなんとかできるかもしれない。あぁそうだった、今はサーティの帰省シーズン。特に欧州出身のサーティなんかは時期が時期だ、聖都にはほとんど残っていないだろうし……待て待て。おいおい、それはマズくないか。もしこの訳の分からないのが聖都に上陸したら。いや、まだこいつらが聖都に来るのかも分からないじゃないか。もしかしたら聖都の真下を通ってそのまま別のどこかに行くんじゃないか。そうだ、まだどうなるか分からないんだから。
「他には?上の連中はどうしてるの?アナウンスとか第五から第八の連中にはどう連絡を…」
「落ち着け、ちゃんと言うから落ち着け。上の連中、つっても第一のじじい連中が対策会議開いてんだ。十五分前に開かれて、それが今も続いている。アナウンスの内容もそこで決めてる。こればかりは急ぐ案件だってぇのにじじい連中は『慎重にならねぇといけねえ』つってグダグダと……それに、各機関との連携なんざも見ての通り、これ以上はもうどうにもなるめえよ」
その言葉を聞いて、黙り込む。その様子を見た野田が頬を緩ませて口を開く。
「おいおい、何が起ころうとも俺らの責任になんざなりゃしねえよ。どう転んでも初動が遅れた第一の責任になんだし、一般社員のお前がそんな気を張る必要はねえだろう?」
野田が福里の肩に手を添え、軽く叩く。そしてその手をポケットにしまう。
そのやり取りを横目に見ていたトリュートが不意に口を開く。
「アナウンスは出来るんですね」
「あぁ、それについてなんだが、実はついさっき2時の時報を鳴らしたんだ」
「時報…それで、どうだったんですか」
「いつも通りに鳴ってくれたよ。おそらく、ネットとか携帯とかの中継器がイカれたんだろうな。それで、それとは無関係のアナログの機械を積んだここは大した影響を受けなかったってこったろうよ」
野田がそう言い切り、それに対してトリュートが質問を続ける。
「中継器の場所って…」
トリュートがそう言った、その瞬間。体中の毛が波を打つようにして逆立った。腕からつむじに至る全ての毛が重い腰を持ち上げるかの様にして立ち上がる。そうして、その場にいる全員があの時感じた悪寒を、再度、今度はより一層強く感じる。
「来た……?」
福里がそう呟く。
恐る恐る、うなじに手を当てる。
鳥肌が、立ちあがる。
ゾワゾワと、体の淵から何かが沸き立つ。
あぁ…まずい。
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