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しあお
坂口 瀬女
熱い。苦しい。
声が聞こえてくる。走って、玄関の扉を勢いよく開け放って、外の道まで出てから振り返って見上げる。
きれいだった普通の我が家は、そこかしこから火を噴いて、辺りは暗いのにそこだけはまるで、いつの日か行った甲子園球場のようなまぶしさと熱気があった。
声が聞こえる、泣きそうな声で私の名前を叫んでいる。遠くから男が走ってくる。そして、その場にへたり込み、私の肩を両手でわしづかんで、母の名を口にする。何度も何度も、何度も。
おかあさんは__
そう言いかけた瞬間、火の粉を纏った木屑が勢いよく夜空に舞い上がって、けたたましい音を立てながら2階の一室が崩れ落ちる。舞った火の粉が黒い煙炎に煽られて星空を覆い尽くしていく。
誰かの叫び声が聞こえる。誰かがひそひそと話している声も聞こえる。辺りを見渡すと、いつのまにやら人だかりができていた。スマートフォンを耳に当て、険しい面持ちでどこかへ電話をしている人がいる。腕を組んで燃える家をただ眺める人がいる。
男が私の名前を今すぐにでも死んじゃいそうな声で叫んで繰り返す。
男の顔を見る。男の髪の毛から汗が滴っている。首の周りもビショビショ。男が、今にも泣き出しそうな声で私の名前を言って、お母さんの居場所を聞く。
おかあさんは、おかあさんは、あそこに、いるのか。
私は、首を振ってこたえた。
おかあさんは、あそこ。
あそこは、あの崩れ去ったあの部屋は、私の部屋だ。そうだ。あそこだ。
私の、宝物を取りに行ったおかあさんがあそこに………あの部屋に……あぁ。
あぁ…ああ、ああ!!……だめ、そんな、私の部屋に、お母さんが……あそこに……?
男が下唇を思い切り噛んで、フラフラの足取りで甲子園球場の門をくぐっていく。私は、男をいつもの呼び方で呼び止めた。
おじさん、行っちゃダメ。おじさん、ごくすけおじさん。
そんな必死の叫びも、男には聞こえていなかった。
それにしても熱い。いったい何なのだろう。
瀬女は違和感を覚え、閉じ切った瞼をゆっくりと開く。目の前にはいつも見ている憎たらしい光景が。にくにくしいその胸の重圧に瀬女の胸骨が圧迫される。
まるで空港の滑走路に隕石でも落ちたかのようなその惨劇。
「明佳さーん、暑苦しいんだけど」
重い瞼をこすりながらかすれた声でそういうと瀬女の上に乗っかったその肉肉しいものも「うーん」とうなりながらに起き上がる。まるでセイウチだ。
「おぅ。セナチンおはよう」
明佳がむくりと起き上がりギュッと伸びをして立ち上がる。
「うわー、すごい晴れてるじゃん。観光日和だねぇ」
明佳がそのままカーテンを開きそのすがすがしいほどきれいな景色を堪能する。
ここは広島県福山市にあるとあるホテルの6階の一室。瀬女含むCクラスは現在西日本方面を修学旅行中で今日がその3日目。1日目は大阪で自由行動、2日目は広島の平和記念資料館の見学、そして今日が大本命、聖都散策。
あの時、北山 東に頬をつねられた日に瀬女の決意は固まった。なんとしてでも特異能力を発現しなければならない。今日行く聖都はそれら純血や血族種等々を知るにはもってこいの、いわゆるヒントの山。それに運が良ければ彼の王室三十式者のメンバーに出会えるかもしれない。
「複雑だなぁ...」
不意に明佳がそうつぶやく。
「ん?なに?」
「いや、複雑だなぁって」
「なんで」
「いやさ、昨日資料館行ったじゃん?それで...」
「あぁ、あーちゃんの曾おじいさんって確か……」
「そう、顔は写真でしか見たことなくてさ。それで昨日見た展示の中におじいちゃんの写真あってさ。あと名前も」
しばらくの沈黙の後に、明佳が再度話を続ける。
「おばあちゃんがね、たまに戦争の話とかしてくれるんだけど、いつも話の最後の方は泣きながら話すの。『もう戦争は嫌だ』ってずっと。そんなおばあちゃんが4年前に死んじゃって、長い間そういう話聞いてなくて、昨日の資料館で色々思い出しちゃって…」
明佳が窓の外を見ながらそう話す。瀬女に向けて話しているようで、また別の誰かに話しているようなそんな雰囲気でいる。
「だからかぁ、昨日の夜のバイキングでみんなでワイワイしてる中一人だけ浮かない顔してたのは」
「ありゃ、バレてた?ほら、もう着替えないとまたギリギリになっちゃうよ」
「はいはい」
そう言って開きっぱなしのキャリーケースから制服を取り出した。
潮の香りがする、母が連れて行ってくれた大磯の海水浴場。
はっきりと覚えている。たしか砂浜にイルカが寝転がっているのを母が見つけて、慌てながらどこかに電話をして、その数時間後に地元のテレビ局が来て取材を受けて、あまり楽しくなかったけれどすごく記憶に残っている。
なぜだろう。
そんな、いつの日か嗅いだかすかな潮の香りに目を覚ます。
ここは……
突然頭に痛みが走る。
「セナチンまーた寝てる!」
明佳のチョップはちょっとだけ痛い。
むくりと体をおこし窓の外を見る。瀬女ら1-Cを乗せたバスは大きな橋の上を走っているようで、海上に浮かぶ島々がよく見える。
「あーちゃん…?いまどこ」
目をこすり、明佳の方を見る。
「どこだっけ、あのーくる…しまおおはし?ってとこだと思う」
「……どこ?」
「多分もう愛媛かな?そろそろ聖都だよん」
魔女の墓
聖都に到着するや否やその轟くような建築物の数々に口の閉じ方を一度忘れる。特に今日泊まる横に広いホテルは今まで見てきたものとは全く違う。エントランスに入るとその豪快さと繊細さに圧倒される。歴史の一部や、伝記の一部を模した木彫りの彫刻。遠くから見ると波打つ荒波の様にしか見えないのに、近くへ寄って見てみると繊細な彫刻がされている。歴史の教科書で見たことがある様なそのデザインは、なんちゃら合戦とか、何とかの戦いをモチーフにしているのだとかなんとか。すぐ近くまで顔を近づけると、木の匂いがほのかに香る。これがだんじり彫刻(ネット調べ)とかいうやつか。それでもって飽き飽きしそうなほどに広い空間。
上石神井が各班の部屋を確認し、瀬女ら4人は眼前にある横に広い階段を上がる。3階まで上ると広い廊下を挟んでエレベーターを見つける。縦ではなく横へ動くタイプのエレベーター。そのスペースもなかなかに広い、おそらく15人乗っても余裕ができる。それくらいに広い。
きゃっきゃと騒ぎながらその広い空間を女子2人で占領し、男子を置いて自分たちの部屋があるB-6と記されたボタンをタッチする。そうすると、エレベーターは緩急をつけて横へスライドするような形で動き出す。ある程度スライドすると、木目の目立つ扉の前でエレベーターは減速しつつ止まり、その透明なドアを大げさに開く。
木目のドアについているこれまた木でできた横に広い鍵穴に鍵を差し込み、これまた横に広いあくびが出てしまいそうな程に広大な部屋に入る。
その解放感、この広い部屋を女子2人で使うということへのワクワクがどんどんとこみ上げる。
「うはーっ!ひっろ!ほんとに2人で使っちゃっていいの!?」
明佳が両手をYの字に広げながらその視界に収まりきらない部屋を駆け回る。
「うそ、うちらの教室並みに広いじゃん…」
ここが我が坂口家よりも広いのは言うまでもない。今からしなければいけないことを全てほっぽり出してずっとここに居たい。
「ねぇ、次ってこのまま好きなように動いて良いんでしょ?」
そんな明佳の何気ない質問が唖然とする瀬女をハッとさせる。
「え、あーそっか。この後は班ごとに行きたいところに行ってこいみたいな感じだったね。どうする?」
「どうするって、セナチンのために聖都来たんだからセナチンが決めなさい!」
「ひっ、ごめんなひゃい!」
そうして荷物を置き、横に広い部屋を後にして、再度横に動くエレベーターに乗り込み、階段を降りてエントランスにて男2人を待つ。つもりだったが、エントランスには既にめんどくさそうな表情を浮かべた飛兎汰と、お土産コーナーを徘徊する恭介が見えた。
「おう!待たせたな男ども!」
瀬女が右手を大きく上げ、手を振りながら2人に近づく。
「あぁ、やっと来た。おい!恭介来たぞ!帰ってこい!」
飛兎汰がお土産コーナーへ向けて声を張ると、それに気づいた恭介がこちらに走ってくる。
「恭介君なにしてたの?」
「え?あぁ、妹にここのせんべい買ってこいって言われてさ。でも帰りにするわ、早く見に行きたいだろ?聖都市」
そう言って恭介が財布をポケットにしまう。
「それで、最初はどこに行くんだ?」
「唯谷井資料館ってとこ」
飛兎汰のその質問に瀬女が先日東に言われたその場所の名前を口にして、飛兎汰が「ちょっと待っててな」と言いながらスマホを取り出して画面をタップ、スワイプと忙しなくいじりだす。がすぐに怪訝な表情を浮かべて手を止め、口を開く。
「そんな場所ないぞ?」
そんなはずはないだろう。
「え? ちょい見せて」と、そう言いながらに飛兎汰のスマホの画面をのぞき込む。確かにこの周辺、それどころかこの県にすらそれに該当する名前の建物は存在しないようだった。東に正確な場所まで聞いておくべきだった。
「どうしよう…」
瀬女がそういうと、すぐさま明佳が口を開いた。
「じゃあ先に王室周辺見に行っちゃおうよ!もしかしたらこの周辺に詳しい人がいるかもしれないし!」
なんとも妥当な提案。流石だ。それでこそ私の明佳だ。
「つーか、そのなんちゃら資料館じゃないとだめなのか?この『聖都市歴史博物館』ってのでもいいと思うけどなぁ」
飛兎汰がスマホの画面を瀬女に見せながらそう提案する。
「確かに、資料館と博物館ってそんな大差なさそうだし、どうするセナチン?」
「えっと、じゃあ、ここ真っ直ぐ行って博物館まで行って、その後この道通って王室周辺で聞き込みってのでどう?」
飛兎汰のスマホに映し出された聖都の地図を指さしてそう言ってみる。
「よし、じゃそれで行くか」
飛兎汰のその一言で止まっていた四人の足が動き出した。そうしてエントランスから外へ出る。
王室と歴史博物館の距離は歩いてだいたい10分の距離。それに、ちょっと見ただけで飽きそうな観光地とか規模の小さなテーマパーク、それなりに大きなショッピングモールなんかは王室から歩いて10から20分で行ける距離に集中しているからこれからの計画は立てようと思えばいくらでも立てられる。ちょうど昼時だから、どこかでランチなんてのも良い。とにかく、みんな私の為にここを選んでくれたから私が不甲斐なかったらダメだ。こういう時くらいはしっかりものの瀬女にならねば。
ホテル前の幅広な道路。そして、それを囲むようにしてそびえたつ厳つく威圧感のある建物群。道路に敷かれたマンホールは独特なデザインをしているし、日陰に建てられた休憩スペースではニ、三匹の猫が丸くなって寝転んでいる。通路のすぐ横は車道で、車の往来はあるけれど歩行者の方がこの通りに関しては多いように感じる。一面ガラス張りのおしゃれな雰囲気の店舗からは香ばしい匂いが漂ってきて、向かい側には突飛な見た目の建物が堂々と建ち並んでいる。
「ここって高層ビルとかってねーのかな?」
飛兎汰が不意に口を開いた。
「あそこにあるビル以外は特にそう言うの無いね」
恭介もそれに続いて口を開く。
「都会とかっていうよりも、なんか……個性的?」
明佳が怪訝な表情で呟いた。
三人のそんな会話を聞きながら辺りを見渡していると、それは突然姿を現した。
「でた…王室…」
ポツリとそう呟く。
普通なら王室と聞いてどのような建物なのだろうと思い起こすとき、やはり「王の部屋」なのであるから大きな城と答えるものなのだろう。例えばヨーロッパにある映画などに出てきそうな城を思い起こすのだろうが、王室はそうじゃない。聖都における王室とは高さ40m、半径20mのただの円柱の形をした黒いレンガの建物である。その歴史は古く、この地で血族種の生みの母である「源司の魔女」が四肢を切られて海に投棄されてからおよそ100年の年月を経て建てられ、幾度とない戦争や嵐、地震や津波を乗り越えてきた神秘の建物。そこには窓も入り口も存在せず、その内部へ続く入り口を知っているのは聖都に務める人の中でも限られた上位の人だけ。この建物がいつからここにあるかは定かではないが、紀元前1000年前からあるとされている。その中には当時の村人たちが建てた魔女の墓と…
「あん中に『継子』ってのがいるんだろ」
恭介が不意につぶやく。
「継子?おまえそんなん信じてんの?」
飛兎汰があくびをしながら返す。
今からおよそ10年前、聖都で働いていた役員が聖都のお金を不正に利用していたとかなんとかで解雇された際にメディアの前で言ったセリフ。
『あの箱の中には、魔女の血を直接飲んだが故、不老不死と再生の力を得た継子という名の化け物が潜んでいる。彼らはおよそ3000年をあの箱の中で過ごしている』
彼は、そういった後に証拠の資料と写真をマスコミやメディア、なんなら大衆の前でバラまいて見せた。
これら言動により聖都と血族連合にメディアが殺到。もし本当ならなぜその継子とやらは出てこない。そんな話は一度も聞いたことが無い。我々は内部を見たことが無いのだからそういうものがいても不思議ではない。と世論を大きく動かして、社会全体を巻き込んだ。後に一部メディアを王室に招き、男の発言や証拠とされた写真、文書の全てが巧妙に作られたデマ情報であると説明し、全ての発端となった男を訴え相応の罰が下ったことによりこれらの騒動が沈静化した。とか言う背景があるらしい。(ネット調べ)
まぁ、今は継子のことなんてどうでもいい。私の頭の中は今、私が18歳になるまでに特異能力を_
「がきがぁああ、なに、のっろのろあるいてんだぁコラぁ!!さっさとあるかんけやあぁっ!!!」
突然、ドロドロとした男の声がどこからともなく発せられ、仲良し4人組のやり取りが強制的に中断される。同時に足を止め、互いに目配せを行って、声の主を探る様にして同時に振り返る。
そこにはオレンジ色のTシャツにグレーの短パンを履き、その左手には缶ビールを持った真っ赤な顔の十中八九酔っ払いの男がこちらを指さしながらヨロヨロと近づいてきている。
「うぎゃ!酔っ払いだ!」
明佳が我先にと瀬女の背後に隠れ身を縮める。
そういえば、明佳は過去に酔っ払いに絡まれ嫌な思いをしたとかで酔っ払いのことをゴキブリくらいにしか見れなくなったと言っていた。
東に会ったら発狂とかしてそう。
「あのー、おっさんここ路上飲酒禁止って書いてますよー」
恭介が壁に貼られた張り紙を指で刺しながらそう言うも、酔っ払いはまるで聞こえてすらいない様子で千鳥足のままこちらへ近づいてくる。
歩くたびに弾むそのだらしない腹と、近づくたびに増すその酒臭さに思わず明佳は鼻をつまんで、恭介が眉間を歪ませる。
「おい!これ以上こっち来るんなら__」
飛兎汰が男へ指さしながらそう言いかけた瞬間、男が大きく腕を上げて振りかぶり、ビールの缶を投げつける。が、ビールはとても見当違いの場所へ中身を周囲に振りまきながら飛んで行ってしまった。
「ちょ、やばいってあいつ」
恭介がそう言いながら女子2人の前に立つ。その姿を見て飛兎汰も負けじと恭介の隣に立つ。周囲にはいつの間にか人だかりが…いや、野次馬が出来ている。
スマホをかざして動画を撮る者。焦りながらどこかに連絡している者。ニヤニヤしながらただ見ている者。今のところその3種類しか見当たらない。
「いや、ちょこいつら普通は助けるだろ」
明佳がそう言っては瀬女の背後から瀬女の制服の袖を握りしめる。その明佳の言葉を聞いてか、飛兎汰が腕に巻いていた赤いタオルを頭にぐるぐると巻き始めた。
「セナチン。ここって能力使ってもよかったっけ?」
「えっと、確か…」
確か、この国には能力の使用が『無制限許可されたエリア』、『許可されてはいるが制限があるエリア』、『全面的に禁止されたエリア』の3つが存在する。そして『禁止されたエリア』は無血種、つまりノーマンの人口が多い東北へ行くにつれて多くなる。という話を聞いた。つまり
「この一帯は制限あるけど使っていいエリアだった気がする!先生がバスの中でそんな感じの事言ってた!」
そう言い放つ。確かに先生はそんな感じのことを………あれ?違うか?
「よーし見てろよ!」
飛兎汰が腕をまくり上げる。それと同時に酔っ払いがこぶしを握り占めながら走ってくる。飛兎汰が男をまじまじと見つけて深く息を吸う。が、男は少し走った所で前のめりにだらしなくコケた。まるで何かに躓いたかのように。
「おっさん単純すぎ。よくそれでここ来れたよな」
そう言ったのは恭介だった。よく見ると右手の人差し指と中指を下に向けて立てている。
「あ、恭介!お前俺の出番横どったな!」
飛兎汰が、何が起きたのかに気づいたようで声を大にしてそう言う。
「え、恭介くんなにしたの?殺してないよね」
明佳が瀬女の背中からむくりと顔を出す。
「いやいや、そんな物騒なことしないから。あのおっさん走ってこようとしてたからあそこのタイルずらしてつまずかせたの。」
恭介がそう言いながらうつぶせになったままの男を指さす。確かに男の右足は地面のタイルに引っかかっている。
なるほど。なんてスマートな身のこなしだ。それを聞いた周囲の野次馬も「おぉ」と感嘆の声を上げている……もしかして、こいつらほんとにまじもんの野次馬?子供3酔っ払い大人1の勝敗が気になるから何もせずに見てたってこと?まじ?
地面にうつ伏せになる男は倒れたまま深く呼吸だけをしている。おそらくそのまま寝たのだろう。
「ほら、もういいでしょ!さっさと行こうよ」
明佳が瀬女の手を引く。「はいはい」と、明佳の手に引かれるがまま4人は歴史博物館へと向かった。
建物を出ると、途端に熱気が押し寄せてくる。背負っているカバンの中からアニメ調の猫が描かれたタオルを取り出しておでこを拭う。
「にしても暑いな」
瀬女に続いて出てきた飛兎汰が歴史博物館内で買ったお土産を片手にうなだれる。
「午後からは曇りらしいよ。で、ご飯どうする?」
恭介が飛兎汰に続いて館内から出てくる。
「コンビニでよくね」
そう言った途端に「男2人がまたこいつは」と言う様な視線を瀬女に送る。
あぁ、言いたいことは分かる。こういうのをムードキラーと言うのだろう。分かってはいるけれど、自分でもつくづく呆れてはいるけれど、そっちの方が生き安いんだよ。
「聖都まで来てコンビニって…まぁ、ありっちゃありか」
恭介も呆れ果てた様子をしている。
「お待たせ!次どこ行く!」
少し遅れてから両手に紙袋をぶら下げた明佳が出てくる。
「セナチンがコンビニ行きたいって」
「じゃあローソン行こ!栗粉のプリンの奴まだ食べてないから!ってことで、おらー!野郎ども、近場のローソンへ行くぜー!」
よくこの暑さでそんな元気でいられるものだ。つくづく感心する。
歴史博物館の階段を降り、大勢の人でごった返す大通りに合流する。4人はひたすら空間を見つけながら移動する。
「それで、お目当ての情報は見つかったのか?」
「いやー、これだ!ってのは見つからなかった。やっぱ唯谷井資料館ってのを探さないといけないっぽいわ」
「でもそんなのなかったんだろ?」
「うん。博物館の係員さんにも聞いたけど、そんな場所は聞いたことが無いって」
飛兎汰との会話で注意が逸れたのか、途端に向かい側から来ていた人と肩がすれ違う。よろめきながら体制を立て直し、フラフラの足で何とか持ちこたえるも、今度はつま先を思い切り踏まれる。
蒸し暑い天気にあっちこっちと行き交う人の群れや波。前から後ろからと忙しなくもまれ続け、やっと解放されたかと思えば押し返されて。かなりイライラする。どこかで落ち着きたい。
ある程度進むと、先ほどより人の波が少ないところへ出た。おそらく5分ほど進んだであろう。それと同時にあることに気付いたようで飛兎汰がきょろきょろしながら口を開く。
「あれ、恭介と明佳は?」
その名前を聞いて思わず振り返る。
「え?あ、ほんとだ。あいつらどこ行った」
さっきの人込みの中ではぐれたのだろうか。カバンからスマホを取り出し電話をかけるもつながらない。
「なんかさ。電波悪くない?」
不思議に思って飛兎汰の方を向くも、こちらも同じくスマホを構えて首を傾げている。
「俺も恭介に繋がらんわ」
その景色を眺めていると、徐々に悪寒が込上げてくるのに気が付いた。ただの迷子に、少し大げさじゃないか。
「ここで待ってたらあいつら気付くかな。それか近くのローソンを手当たり次第に周るとか?」
「あいつら探しながら観光で良くないか?相当人多いし、多分見つからねーぞ」
それもそうだ。明佳も恭介も自分のように純血と言うほどの濃い容姿をしているわけじゃない。ましてや学校の制服を着ているわけでもない。あちらがこちらに気付く方が断然やりやすいはずだ。
「じゃあそうしよっか。一応全部のローソンまわりながら観光とかしたいから…そうだな」
そう言いながらスマホで地図アプリを開き、ローソンと検索する。が、やはり電波が悪い。アプリは開けてもスワイプどころかタッチしてもうんともすんとも言わない。スマホをしまい、すれ違った人に最寄りのローソンを教えてもらう。
どうやらこの道をまっすぐおよそ200mほど行った辺りで右に曲がり、直進すればあるとかないとか。言われた通りに道を突き進む。
この道、この雰囲気。何度かテレビ越しやスマホ越しに見たことはあるけど、やはり2Dと3Dじゃものが違う。ついつい中に入ってしまいたくなる。その衝動を抑えながら道をまっすぐに突き進む。
それにしても大きな道だ。ここへ来る途中でバスの中から見た高速道路と大差ないほどの幅広さ。でもってそこを行き交うのは車ではなく人で、時々自分と同じ純血であろう人ともすれ違う。さらには初めて生で見る血族動物ともすれ違う。ほぼ人と同じ大きさのイヌがなんとも言えないセンスの服を着て、4足歩行で闊歩している。面白い。
「さっきの純血じゃね?俺セナチン以外の純血生で見るの初めてだわ!サーティなのかな、もしそうならサインもらえばよかった!」
飛兎汰が一人ではしゃいでいる。いや、はしゃいでいるのは瀬女も同じか。はしゃがずにはいられない。
そんなこんなで最寄りのローソンに到着。ここならはぐれた明佳や恭介もいるとは思ったが、あんがいそんなことも無かった。
「一応10分くらい待ってみよっか」
瀬女がそういうと飛兎汰は「おう」と言ってそのままコンビニの中へ早足で入っていった。
「アイス何にしよっかなぁ」
そうつぶやき、瀬女もコンビニの中へと吸い込まれるように入って行く。
達
「今度同じような騒ぎ起こしたら出禁、加えて血族連合に異議申し立ててあなたの資格は剥奪させてもらいます。いいですね?」
ふざけた野郎だ。無性に腹立つ顔してやがる。どうせ顔が整ってるからどんな顔しても自分はカッコいいんだ。とか勘違いしてるんだろう。はは、なんて惨めな奴だ笑えて来るぜ。
「ちょっと、聞いてますか達さん。何をニヤニヤしているんですか?今すぐ出禁食らいたいですか?それとも資格剥奪の方がいいですか?」
この野郎。金位の分際でイキりだちやがって。
「わぁったわぁった、酒飲まなきゃいいんだろう?ったく最近の若い連中ときたら」
こいつも、女の前でかっこつけてたあいつも、動画撮ってたあのクソ女も、どいつもこいつも俺のことをバカにしやがって。俺を誰だと思ってやがる。なんで誰も俺のことを知らねぇ。なんでみんな俺のことを無視していきやがる。クソガキどもが。
「達さん。あなたもう立派な大人でしょう?有段者以前に、1大人としてみんなのお手本に」
このガキ、言わせておけば
「なんだおめぇ!!!この俺に説教垂れようってのか!!いい度胸だ、タイマンだこのクソガキが!!!かかってこいゴラアッ!!聞いてんのかオイ!!」
「まぁまぁ落ち着いてください。そんなことしちゃうと本当に資格剥奪アンド聖都出禁になっちゃいますよ。最悪懲役刑です。そうなったらあなたはただの何もない酒臭いおっさんになります。いいんですか?」
クソッ。こんなヤツ大っ嫌いだ。
「ほら座ってください。まず、ネットで出回ってる動画ですが、あれはもう無理です。全部消すのは神か何かじゃないと出来ません。諦めてください」
そんなこと、知ったことか。どうせ誰も俺のことなんざ知らない。ネットで燃えようがどうしようが実生活に支障が出るわけでもない。大げさにしすぎなんだ。
「次にあなたの処分ですが、こちらは相手方の子供たちを探している最中ですから、見つかり次第その子らの先生交えてご解決いただくことになります。既に先生方と連絡は取れてますから…」
「おいおい、先生って、冗談だろおい」
「冗談ではないです。達さん、あなたねぇ、向こう側が特に騒ぎ立てなかったから良かったものの、訴訟されたら確実に負けますよ?あんなの普通に考えて暴行罪適用出来ちゃいますからね?」
ふざけるな!!なんで俺がムショにぶち込まれなきゃなるめぇ!!
「わぁった、謝るよ。でそのガキとセンコウはどこだよ」
「あなた聞いてました?」
とことん舐めた野郎だ。あいつがトイレ行ってる間に抜け出してきゃ本当に暴れ出すところだった。あいつに限らずここの奴ら全員が俺のことを舐めていやがる。もうあのクソガキどもに会う前に帰って仕舞おうか。
人の行き交う大通りをのそのそと歩く。日が照り付ける。
ここへは長らく別居状態にある女房の顔を見に来ていた。女房は聖都で個人経営の花屋を営んでいる。今年で15になる娘も女房と一緒に暮らしている。
俺がパチンコに何百万と金を費やしているのがバレ、その負債を全て取り戻すまでは帰ってくるなと追い出され、今に至る。
そりゃ酒も飲みたくなる。こんなのがバレた暁には、もうそれこそ平手打ちだけじゃ済まされない。離婚も視野に入れている。あぁ、憂鬱だ。
コンビニにでも寄ろう。とりあえず、娘におやつでも買ってやろう。あいつは何が好きだったか、たしかあのポン菓子だったか、それともあのスナック菓子だったか。近くのコンビニはどこだったか。あの角をまっすぐだったか。それにしても暑い。自分用にアイスクリームでも買うか。その前に水がいるな。そうだ、安芸にもなにか買おう。何を買えば喜んでくれるだろうか。確か、あいつはコーヒーゼリーが大好きだったはずだ。たくさん買っておくか。その前に、この角を曲がった所でいったん休憩しようか。そう言えば、前にあった時は新しいワンピースが欲しいとか言っていたし、いいや、それとも__
そうこうと考えていると、死角から突然飛び出してきた小柄な人影と接触してしまう。
「痛って!」
ぶつかった相手がそう言いながら軽くのけぞり後退していく。その様を見てすかさず頭を下げる。
「いや、すまない。ついつい考え事して……ん?」
一瞬、やけに見覚えのある顔が…
「あ、いや、こっちこそ前見て…あぁー!おっさんあん時の!おめぇまたちょっかいかける気か!」
この声は。
まさかと思って顔を上げてみると、特徴的な赤いタオルを腕に巻いた少年と、その背後には警戒した表情でこちらを睨む純血らしき少女の姿が。
「…あぁ!!おめぇらあん時の!!………あ、いや、違うな。その、なんだ。すまんかった」
こんな事は言いたくはないが、仕方ない。癪に障るが離婚だけは御免なんだ。
「あれ、結構すんなりと謝っちゃった」
少年の背後に立つ純血の少女が口を開く。それに続いて赤いタオルを腕に巻いた少年が不思議そうな面持ちで同じく口を開く。
「なんだ。おっさんって案外良い奴なんだな」
「おう、まあな。じゃ、これで謝罪したって事で…」
そう言った途端に少年が眉を顰める。
「なんだよそれ!本当は適当に誤ってただろ!」
「あぁあぁ、謝りさえすりゃ良いんだよ。んで、他の奴らはどこだ。あいつらにも謝っておかねえといけねんだが」
「他の奴ら?あぁ明佳と恭介か。あいつらとは歴史博物館の前の道ではぐれたんだよ。すげえ混雑しててさ」
歴史博物館?そんな湿気た場所が人でごった返すなんざ聞いたことがねえ……というか
「聖都に来てまでなんでそんな詰まらねえとこ行ってんだお前ら。聖都来たんなら白萩んとこのリーリエタワーとか、東条区の商店街とか裏道んとこの屋台食べ歩きとかが基本だろうがよ」
「んあぁ?んなんざ知るかよ。こっちはユ、ユイ…なんだっけセナチン。何資料館だっけ」
「唯谷井資料館」
「そう!それを探してて、なかったから仕方なしに歴史博物館を見に来たんだよ」
「……ユイ…ヤイ…資料館……?」
確かにそういった。なんでこいつらがそれを知っているのか。
「おい!そんな大声でいうんじゃねえ!!」
そういうと、途端に赤いタオルの少年と純血の女の子が押し黙り怪訝な表情を浮かべる。それもそうだ。
「絶対に俺以外の奴の前でその名前を出すんじゃねえぞ……いいか、黙って付いてこい。さもないとここでお前らを焼き殺すことにからな」
唯谷井資料館
うだるような暑さの中、昼前に会った酔っ払いに連れてこられたのは周りに人っ子一人いない、いやまず人の気配はおろか、あるのは人の死体が埋まる集団墓地…のとある墓前。
そこには『白萩家之墓』と言う文字が掘られ、視界の一面を埋め尽くすほど大きな黒い墓石が建っている。手入れが行き届いているのか、何所を見ても奇麗に磨かれ、ゴミや塵の一つも落ちていない。
そしてここからだと聖都とその先の瀬戸内海が一望できる。
「おっさん、早く話してくんない?俺らも行く所いっぱいあんだけど」
そういう飛兎汰に目もくれず、その男はただじっと、その墓石の前でしゃがみ込み掘られた文字を見つめている。
「あのー…」
誰の墓なのだろう。唯谷井資料館とは何なのだろう。そんなに口に出してはいけないものだったのか。
「おいガキども。その名前、だれから聞いた」
視線をそのままに口を開いた。
「え、ナントカ資料館のことか?それは、こいつに聞いたんだよ。今日はそこに行くのがメインだからって」
そう言って瀬女を指さす。
「おい女。おめぇ名前は」
「え?瀬女…です」
「瀬女…セナか……そうか。ただの純血なら腐るほどいるが、そうか。お前、獄介んとこの…」
なるほど、このおやじも獄介の知り合いか何かなのだろう。それなら、やはり、北山 東とも知り合いなのだろうか。
「お前、歳は?」
「えと、今年で16です」
暑さのせいか、墓石から靄が出ている。
「特異能力はまだ使えないんだろう?」
「え、なんで」
ジリジリと日が照り付ける。
「やっぱりな。じゃねーと唯谷井資料館なんざ行こうとしねえよな。あぁ、だよなぁ。純血で普通の学校に通うやつなんざ、まさかいるめぇと思ったが、そうかそうか。やっぱしそうか...」
その後も一人で、ぶつぶつと念仏でも唱えるかのように独り言をつぶやき続ける。このおやじになら話しても問題なさそうな気がする。
「あの、先に名前聞いても良いですか?」
「あ?俺か?まぁそうだな……達さんとでも呼んでくれや」
額から汗が滴り落ちる。
「あの、達さん。耳貸して」
「なんだ、どうしたよ」
「いいから」
そうして、その男に修学旅行当日の4日前から今日に至る経緯を事細かに説明した。話をしだすにつれて、その男の表情がみるみるうちに変わっていく。驚愕、疑念、納得、呆れ、大呆れ。なんて単純な表情筋だろう。
「事情は分かった…あいつはまた余計なことを…おい、そこのガキ。名前は」
飛兎汰が突然の質問に驚きつつも、ゆるゆると口を開ける。
「あ、俺?加賀…飛兎汰…っす」
「ひゅーた?変な名前だな」
「な、変とかいうなよ!それにひゅーたじゃなくて”ひうた”な」
「あぁはいはい悪かった悪かった。んでひゅーた。お前はどうする。俺らについてくるか?」
「ついてく…ってどこに」
「唯谷井資料館だよ」
男がそういうと飛兎汰は少し悩んだ末に「あぁ、ついてく」と返事をした。男はそのままよっこらと腰を上げ、集団墓地を出るかと思いきや、より墓地の密集したルートを歩み始める。足元は小石だらけでおぼつかない。転ばないよう、下と前を交互に確認しながら進む。
男の後に続いていくにつれて墓石の影も形も見えなくなり、いつしか苔が生したアスファルトの道路と開拓され放置された奇妙な空間ばかりが残る山道へと差し掛かった。いくつか廃墟というのか、廃屋というのかも知らないような建物も点々と見えてくる。
見上げると、そこには大きな高速道路が山の斜面と斜面を繋ぐようにして聳え立っている。数時間前に見た聖都の神々しくも勇ましい雰囲気は、どこか別の世界にでも飛ばされてしまったのではとさえ感じるほどに何もない。
「こういうとこ来るの、案外初めてかも」
生まれてから今に至るまでを都会で過ごした身にとって、こういう雰囲気と空気は初めてだ。これを田舎道とか言うのだろうか。
「おい、おっさん。この道合ってんのか?本当に俺ら殺すとか言うなよ?」
「あぁあぁ、黙ってついて来いって。もうすぐだからよ」
脇腹をぼりぼりと掻きながら、その中肉中背ビール腹を弾ませながら田舎道を進み、高架下のトンネルを抜け、高速道路沿いの細い脇道を通り、そうしてまた高架下のトンネルを抜け、と繰り返すといかにも廃墟のような、もはや人は住めないような3階建ての家のようなものを目の当たりにする。
「……なぁ、ほんとにここで合ってるのかよ」
「あぁ。入るぞ」
淡白に返事を返して、周囲の確認もこれと言って行わずに入り口にかけられた鎖を慣れた手つきで取り外し、その敷地内へと足を踏み入れる。
見える限りで、建造物が二つある。
三階建ての緑の建物と一階建てのログハウス。そして、男は迷うことなく三階建ての建物へ向けて歩き出し、なんの躊躇も無くその重そうな扉を手前に引いてから一瞬立ち止まり、深く息を吸ってから中へ踏み入る。
室内へ入った途端にひんやりとした冷たい風が吹き抜けて、埃とカビのじめじめとした臭いが溢れては頬を掠めていく。室内は埃塗れ塵塗れの家具で溢れかえって、蜘蛛の巣がその合間合間を繋ぎ止め、ついでに裕太の苦しそうな咳が背後から聞こえてくる。そして、見た限り展示品らしきものはこれと言って見当たらない。それどころか歩くスペースもなかなか無いほどに散らかっていて、その名前とは少し…いやかなりかけ離れた状態だ。
「これが……資料館…?」
おもわずそうつぶやいてしまう。
「んなわけあるか。まぁ、最近はめっきり使わなくなっちまってたから結構埃をかぶってたりもするが……おい、ネズミにかじられんなよ」
男がまたも淡白にそう言って、おそらく2階に続くであろう階段とは逆の方へと歩き出す。飛兎汰はすぐ後ろで尚もむせ返りながら服の袖で鼻と口を覆ってついてきている。
「ちょっと、私ネズミとか無理だから、出たら飛兎汰がなんとかしてよ」
冗談交じりにそう言ってみると、飛兎汰が分かりやすく嫌そうな表情を浮かべる。
と、突然前方から「ガチャン」と何かが崩れ落ちるような音が聞こえて来た。自動販売機から缶ジュースが出てくるときのあの音とそっくり。”飛兎汰のせい”で何が起こったのか皆目見当も着かない。恐る恐る音のした方へと視線を向ける。
「……え」
一瞬でそれが起こったからいまいち頭の整理が追い付かない。ただ、くすんだ壁があるだけ。それ以外には何もない。そして、誰もいない。
急いで振り返ってみると、飛兎汰もおそらく今の自分と全く同じ表情のまま固まっている。それを見てから一瞬安堵し、そうしてまた恐る恐る前方へと顔を向ける。
あいつは、あのあっさんはどこに行った。どういうことだ。訳が分からない。何かあったのなら説明しろ。もしかして罠か?あの男にはめられたのか!!なら今すぐ走って逃げようか。
そう思って振り返り、出入り口を睨んだその瞬間。
「おいガキども、こっちだ」
前方からあの男の声が聞こえてくる。
「え?」
声のする方へサッと顔を向ける。
そこには、まるで幽霊のようにして壁から半身を出している男、達の姿が見えた。その訳の分からなさに一瞬頭が混乱して「ふぁえ?」と変な声が漏れ出る。
一体それはなんだ。もうほんとうに分からない。
「は、なん、どうなってんだよそれ!」
飛兎汰が興奮気味に瀬女の背中をドンと押しのけ壁に走りこむ。
「ちょ、裕太危ない」
ただでさえ足元は散らかっていて動きづらいのに、こいつと言う奴はどうしてそんな大げさに動き回れるんだ。
頭の中でそう理性的に言い返し、埃まみれのタンスに手を突き姿勢を整える。
「あっぶね…………ん?」
何かが、タンスにもたれ掛かる瀬女の手の甲を撫でる。触り慣れない感覚。動いている。何か、サワサワと………いやいや………いや、まさか……もしかして。
恐る恐る自分の手の甲へ目を向けて、その景色を脳みそに深く刻み込む。
全身を包む灰色の産毛。自分の掌よりも一回り大きなその胴体。引き伸ばされたひょうたんのような形をしたソイツのミミズ色のしっぽが、手の甲をサワサワと撫で
「ひぎゃあああああああああああああああ!!!!!!」
無我夢中。たった今見た恐怖を己の奇声で必死に攪拌させながら、その場で感じた絶望を五感に深く刻み込んでは前方にいる飛兎汰につかみかかりその壁へと体当たりをかます。その勢いに押し負けた裕太と共になだれ込むようにして二人仲良く壁に激突する。
と、思っていたのに、気付けば照明の明るい場所にいた。何があったかは分からない。後ろを振り向いて、その真相を確かめる。
壁、白い壁だ。床から天井へ向けて幅広く覆い尽くす白い壁。ただ、なにかが透けて見える。それは、先ほどまでいたあの埃とカビとクソッたれネズ公の空間で、じゃあ、まさかこの壁をすり抜けた…?
前を見返す。年季の入ったような木材の壁に、およそ15畳ほどの同じくかび臭い空間。真ん中を取り囲むようにしてずらりと本棚が並んでいる……?待て、今見ている空間は良い感じにアンティークだと言うのに、雰囲気ぶち壊しのこの白い壁。
訳が分からない。
「あの、唯谷井資料館って...」
今日1番気になっていたその質問を投げかける。
「ここだよ。聖都に唯一有る、入り口の無い建物だ」
裕太がぽかんとして突っ立っている。いや、それは自分も同じだ。
「まぁ、簡単に言うと、王室の中にある使われんなった資料を保管する部屋だな。ほれ、あそこの銀のプレートに書いてあんだろ?唯谷井資料館って」
指さす先には確かにそう書いてある銀のプレートが、天井近くに貼りつけてある。が、それより気になる単語がまるで苔を蹴散らすかのようにして雑に放たれている。
「ちょ、おっさん!さっき、王室の中つった!?」
飛兎汰が叫ぶ。それはそうだ。裕太が言わなければ自分が言っていた。それほどのことをこうあっさりと。
「おうおう、静かにしてねえとバレちまうぞ」
「す、すまん。でも、何かの冗談…」
「いいや、ここは正真正銘王室の中だ。ほれ、あそこに扉あんだろ。あそこ開けたら、運が良けりゃ継子を拝めるぜ。あとは王位以上の連中も」
もうほんとうのほんとうに訳が分からない。ここが王室で、使われなくなった資料室で、あそこからは王室の中が覗けて、裕太がデマだと蹴散らした継子が見れて、ここが王室で、使われなくなった資料室で、あそこからは王室の中が覗けて、裕太がデマだと蹴散らした継子が見れて、ここが王室で...ここが王室で...ここが使われなくなった...ここ...が...
まずい、発熱するところだった。まずいまずい。まずい。
「どうする、今覗くか?」
男が馬鹿にするように嘲笑する。
「いえ、あの、遠慮します!」
「え、おいセナチン覗こうぜ!」
「いやぁ、流石に...」
「いいじゃんいいじゃん!」
「やめとく」
「えぇ~」
とにもかくにも、ここが唯谷井資料館。それは見つからないはずだ。王室の中にあるのだから。なるほど。たしかにここなら能力発現の近道が得られるかもしれない。なんせ王室の中にあるのだから。
「なんだ。すまなかったな、焼き殺すとか脅迫しちまって」
男が何やら神妙な面持ちで謝罪をしてきた。
「ん?あぁ、いいよ別に。おれそういうの気にしねえし。おっさんにもおっさんの事情とか、そういうのがあんだろ?」
「……おめえ、そういう大人っぽいことも言えたんだな」
「あぁ!?それ喧嘩売ってんな!?」
急いで飛兎汰の口を塞いで。息を殺す。扉の動きとその向こう側から聞こえてくる音に全集中する。そして、いつまでたっても動く気配のない扉に安堵して飛兎汰の頭をひっぱたく。本当にこいつと言う奴は……。
でも、ほんとうによかったのか。あの訳の分からない透ける壁、達に言われてやったとは言え、勝手に通り抜けてしまってよかったのだろうか………いや待て。そもそも壁をすり抜けるってなんだ。あそこから王室までどうやって来たんだ。すり抜けるってなんだ………いや、気にしてもしょうがない。本当は嫌だけど、今はとりあえずはこの男に感謝しておこう。
なんか見てて気持ちの悪い文章が多かったので修正しといたっそ




