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ぬじゃべすぅうう
____今や、魔女の血を継いだ血族は人だけにとどまらず、動物や植物までもがその偉大で聡明な力を受け継いでいます。少女が沈んだ海は埋め立てられ、現在は『聖都ウィッチグレーブ(魔女の墓)』として立派な建物が立ち並ぶ大きく華やかな都市となっています。その少女も『源司の魔女』と呼ばれ、血族からは唯一神として崇められています
……これが、源司の魔女のお話ね」
そう言って、藤田が長い長いそのお伽話を終えた。同時に、寒気が全身を駆け巡った。まるで、聞いちゃいけないお話だったような。
「どう?面白いでしょ!」
「………っす」
気味わりい。
「あれ、それってそんな話でしたっけ?うちのところは少女は髪が真っ黒で、飢えてうまく動けない住民たちを襲った、みたいな話でしたよ?」
「えー、そんな物騒な話にしないでよ。結構好きな話なのに…で誰からだったの?」
「あ、そうでした。E班の岡村さんから、聖都に出た怪物は現場に居合わせたサーティによって駆除されたから後片付けをって血族連の方から正式に依頼が来たそうです。」
「あれ、獄介ちゃんは?」
「何言ってんですか。聖都市は血族連の管轄。彼らIROが手だしどころか、口出しもできないのはしってるでしょう?」
小田と藤田が何やら難しい会話をしている。そして藤田が無線機を取り、それに向かって声を出す。
「与島のパーキングでいったん休憩してからそのまま聖都直行ね」
後ろに車列をなしているであろう仲間たちに伝えると、次々に返事が返ってくる。
「2号車了解、3号車」ガガッ「3号車ういすー、4号車ー」ガッ「うい、4号車了解、5号車」ズズッ「こちら5号車了解です。6号車どうぞ」ザッ「6号車了解、以上」ガッ
なるほど、連携が取れている。
雑多になった頭を醒ますようなそのやりとりを見て、案外良い止まり木だったりするのかもしれない、とふと思う。
フランネルの遺言
乾いた大地に降り立つ。ザッザザッザと石ころなり角ばった砂粒なりを踏みつけてその場に立ち尽くしては、恐る恐る辺りを見渡す。
「聖…都……?」
聞かされていたような場所とは程遠い。瓦礫や布切れ、大きな肉片なんかがそこいらに散乱して、おそらく建物が立っていた跡がそこら中に見受けられるが、それにしてもひどい有様だ。山は砕けて赤く染まり、よく分からないグチャグチャの肉塊がその山を覆い尽くして横たわっている。
「とりあえず、ここ一帯を今日中にお片付け。で、いっちゃん被害のデカかった南条区と東条区は明日以降、1~4班で対応ね。5~8班は山を切り崩してミミズの死骸を取り除いて、あとは向こうさんに投げちゃって、んで、えーと……以上!何か質問は?」
藤田が「まいっか」と言う様な表情をしてそう皆に説明をする。よく分からないが、まぁつまりここいら一体の瓦礫を片付けるのか…?一体どうやって。
「あの…藤田…さん?」
「リーダーと呼び給え」
「え…あ…りー、だぁ…あの、この量を今日中に…ですか?」
もう日も暮れだして、薄いオレンジ色が空を西から覆っている。そうして、周りにはまだレスキューなり軍隊なり一般人なりが救助に当たっている。そんな状況でどうやってこの瓦礫の横行地帯をどうにかできようか。
「まぁまぁ、あたしらにかかれば余裕よ!余裕!……まぁ、先に彼らを諦めさせてから、なんだけどね」
藤田はそう言うと、必死に瓦礫をかき分けながら誰かしらの名前を叫ぶ光景の方へと顔を傾ける。
「諦めさせてから…」
もし、今日が事件が起きて一週間かそれ以上ならその言葉は受け入れられるけれど、今日は、その当日だ。
「救助を手伝うとかじゃ、なくてですか」
そう言ってみると、藤田は明るく笑って膝に手を着き、ジュンと目線を揃えて口を開いた。
「一旦は、ね。大丈夫。探し物を見つけるのも、始末屋の仕事の内だから」
そう言って、ジュンの髪の毛がくしゃくしゃになるまで撫でてからポンと手を着く。
「ジュンちゃんはまだ新人だから見学…か、困ってる人のお手伝いをしてきてよ!ジュンちゃんタフだから、きっと役に立てるはず!」
お手伝い…タフとはいっても、力持ちとか、そういう方面のタフではないので、絶対に足手纏いになりそうだ。けれども…この惨状を見て、ただあっけらかんとするのも気が引ける。どっちにしろただ見るだけなら。
「えと、そう、ですね。分かりました。いつくらいに帰ってこればいいですか?」
そう言うと、藤田は眉をゆがませた。
「そーんな事、気にしないで良いからさ!集合時間になったらこっちから見つけるから、ほら!」
厄介払いされたようなきもするけれど、まぁ仕方ない。
「えと、わかりました…」
とりあえず、芯の無い口調で返事をして、とりあえずは適当な方向へ走り出す。
いつの間にやら日が山に隠れようとしている。あと一時間もすれば完全に暗くなるだろうから、その前に、何かしらしないといけない……のだろう。一時的に瓦礫のどけられた道を、周りを見渡しながらゆっくりと歩く。
色んな人がいる。
瓦礫の山の上に立ち、自分と同じように辺りを見渡して、その光景を厭々と頭に植え付けている迷彩服の男に、潰れた家に向かって嗚咽を混じらせ、誰やらの名前を叫ぶ小さな女の子。角を曲がると、今度は広い二車線の道路へと出る。アスファルトは程よくひび割れ、その両脇の歩道にはブルーシートの被せられた、胴体、顔の輪郭が分かりやすく浮き出る”それ”が、所せましに並んでいる。白衣姿の男がとあるブルーシートの前で膝をつき、その周りに群がる大人たちへ何かを告げている。その向こう側では、オレンジ色の蛍光色の作業着に身を包むレスキュー隊が列をなして、道端に座り込む老若男女に何かを配っている。その反対側の歩道では、瞼と頬を赤くはらしながらブルーシートの束を運ぶ大男。そして、その足元には、ブルーシートの横で体操座りをする少年。自分のすぐ横で、ただ突っ立ってそれを見渡すポニーテールの女性に、一番向こうの方では、青白くなって、瞼を閉じる子供に向かってひたすら喚き、何かを訴えるシカの格好をした……あぁ、あれが血族動物か。
それらの光景と、”あった”であろうクシャと潰れた民家にコンビニ、アパート、本屋。飲食店に崩れたブロック塀。それが向こうの行き止まりまでずっと続いている。
これは、何度も、何度も。テレビや、スマホ越しに見たことがる。地震だろうと津波だろうと、怪獣に襲われようと、どれだけ被害の内容が違くとも、被害者はみな同じ顔をしている。
ただ、その光景を息を飲んで眺めて、胸の中にあった数々の嫌な思い出が溢れそうになった。
「あんまマジマジと見るもんじゃねえだろう」
とつぜん、背後から渋い声が聞こえてくる。驚いて振り返ってみると見慣れた白い作業着を着たか細い男がただ突っ立っていた。
「リーダーが、ガキを一人にさせちゃいけねえだろとか言うもんだから追いかけてきたんだけどさ、よくよく考えてみりゃ一人で行かせたのってリーダーの方だよね」
「……まぁ、確かに」
男は細く血色の悪い手で脇腹を掻きむしり、自分と同じくこの光景を少しの間、ただ眺めた。
ここに来てたったの2、3分。この短く長い時間に自分には何もできないっていう事だけが分かった。ぼくが何者であったとしても、中身が前と変わらないダメな人間である以上は何者でもない。ただ、少し世間を知った気になっているただの子供でしかない。あの病室にいた時から、相変わらず無力なんだ。
「お前。自分は無力だな、とか思ってるか」
「え?…あ、え?なんで」
男はただ一瞬も笑うことなく、今まで通り無表情の面持ちで凄惨な光景へ目を向ける。
「……無力ならさっさと去ろうや。行きたいとこあるなら着いてってやっから」
ここは…この感じは…見覚えがあるような、無いような…ここは、商店街だ。入り口は奇麗に形を残している。
”ようこそ銀座ロードへ”
というその文字と共に掲げられた横断幕。この光景、どこか心地良いほどに懐かしいものを覚える。自分の地元にも似たような商店街があった。この既視感が色々な記憶を芋ずる式に思い出させてくれる。小さい頃、だいたい小学生の中学年の頃、その商店街の揚げ物屋へ母ととも週に5回以上、家族三人で過ごす休日以外は日課のように通っていた。味はいまいちだったけれど、母は欠かさず通っていた。目的は、そこの店長だ。店長は歳若く、男前で、なにより面白かった。母はぼくをさて置きその店長へ食い入るように話しかけていた。最低の思い出だ。
そんな複雑な思いとともに、掲げられた横断幕の下を進む。スベスベな道だ。タイルもそのままに残っている。
「ふーん、聖都にはこんな場所もあるんだな」
男のその呟きに何か反応を返すでもなく少しの間見渡す。そして摩擦を感じない薄汚れたタイルの床を、小田に貰ったボロボロのサンダルでスッと踏み、歩を進ませる。
風が心地いい。向こうからこちらへスッと吹き抜けるこの風の通り道を邪魔しているかのような感覚が丁度いい。商店街を通るときに感じるこの風情だけが唯一好きなところだ。このたった4,5mの幅の道と、どこまでも続きそうな天井と。そして、それを挟むように軒並み連ねる営業しているのか、そうでないかの小汚い店。閉じ切ったシャッター。その中にポツンとある真新しいお店に、地域住民御用達の古着屋、着物屋、制服屋。時々見つける小奇麗な祠に、内装が良く見える神社。
「……あぁ」
情けない声が漏れる。そこから先は、今まで見たような地獄であった。一瞬にして景色が先ほどまで見ていたそれになった。その一切合切が潰され、崩れて、死んでいる。
「こりゃあ…ひでぇや」
か細い男が袖を捲り上げ、細く白い腕を露出させては静かに手を合わせ、祈る様に目を瞑る。
ふと見ると、小太りの男が瓦礫を前にしてただ茫然としていた。男の表情をよく見てみると、その表情は苦悶に満ち満ちていた。口は歪み、目は見開かれて、眉間をグチャグチャにして。
男は、瓦礫の中から男の元へと伸びる煤だらけの突起物をただひたすらに見つめていた。その雰囲気に違和感を抱いて目を凝らしてよく見てみると、たった一瞬、突起物の先端に西日を受けて光る何かが見えた。そして、それの正体を知って、まるで釘を打ち付けられたかの様な胸の痛みにサッと顔を伏せ、自らの足元を見た。所々が黒ずんだ汚らしいサンダルが目に映る。固唾を飲んで、鼻でゆっくり深呼吸して、ゆっくりと顔を上げて、もう一度その光景と向き合う。
腕だった。
男の元へと伸びる黒く細い突起物は、酷く焦げた人の腕だった。
その男と瓦礫の周りには、ただ乱雑に萎れた花が取っ散らかっていた。バラ、金木製、コスモス、カーネーション、ガーベラ。季節感は無い。ただそこいらじゅうに可憐な花、花びら、茎に枝と、百色絨毯でも見たような景色が広がる。その中心にいる、その男は。
男は、その瓦礫から出た煤塗れの腕をただ漠然と見つめている……いや、あれは。
違うんだ。
男が見つめているのは腕じゃないんだ。花だ。その腕が、黒い煤に塗れたその手が、緩くなりつつも必死に握りしめる、その白い花だ。花弁の先が薄い緑に染まる、3本の白い花。それが、その煤に塗れた手の内から咲いている。ただ、茎は折れ、萎れ、その3本の花も、その腕からも、生は感じられない。
どちらも、もう死んでいる。
そんな現実を、男はマジマジと、睨むように見つめている。
その何もかもを失ったかのように生気の無い背中からは、ただひたすらに「救えなかった」と、休む間もなく語りかけてきているかのようで。そんな何にも言い難いしんどい過ぎる光景を目にありありと焼き付ける。
「言っただろ。あんまマジマジと見るもんじゃねえ」
軽くて白い手が肩に触れ、優しく掴まれる。
「俺たちには、何もできやしねえさ。無力ならさっさと去ろう」
男の手が肩から離れる。振り向くと細身の男が来た道を帰ろうとしていた。そんな男の意思とは逆に、この足は一歩前へ進んでいた。一歩、また一歩と足が進む。
「お前…」
背後からそんなか細い声が聞こえて来た。
小太りの男は、まだその震える瞳で花か腕かを見つめていた。そんな後ろ姿を見つめながら足を動かす。花びらを踏み、茎を潰し、男へ向けて口を必死に動かして、しかし声は届かない。いや、声が出ない。喉が震えて、発音の一つもままならない。
「……あ…の」
ようやく出たその声が聞こえたのか、男は肩を少しばかり強張らせ、そうかと思うとまたすぐに生気の無い状態に戻って、乾ききった声で生気の無い言葉を発した。
「……早く帰ったほうがいい。日が、暮れる」
どうしてか、その言葉の重さが胸にしがみつく。何かが喉につっかえて飲み込めずにいる。そうであってもこの惨さと、重くのしかかってくる壮烈な虚しさと悲しさのせいか、さっきまで動いた足が今は動かない。呼吸の拍が少しばかり乱れる。
ちょっとの陽光が舞う塵を時々照らして、そして、その一帯を一瞬だけ覆い隠してしまう。目の前にある煤に塗れた惨い手がこちらに差し出すでもなく、添えるようにして見せるその花は、仄かな暖かさを運ぶちょっとの陽光を浴びて涙を零すかのように花びらの曲線をなぞりながら光る。
その儚さが、まるで男への最後の一言を、刹那に語り掛けたかのように見えた。
「……何がどうしちまったんだろうなぁ…俺は…」
男が寂しそうな声でそう呟いた。背後にいる自分にではなく、その、目の前にある可憐な花に向けて、そう呟いた。
「いっつも俺は……」
そこまで言うと、男は突然口ごもる。まるで、今まで抱えていたものを必死に零さなぬように。そして、震える喉と唇で呼吸をして、ゆっくりと口を開いて、渇きを知らない瞳でその花を見つめ直した。
「なぁ…俺は、何をやってたんだろうなぁ…………」
男は、その一言一言を絞り出すでもなく、ただ、口の淵から零しながら、ポツリポツリと言っては閉じて、震えながらまた喋ってみては、閉じ方を忘れて、涙をこぼして、肩を震わせて。それでもまた、もう一言、あと一言と、呟くように話しかける。
「何を残せたかなぁ」
男が鼻をすすり、その場にしゃがみ込む。そうして、その煤塗れの手に、分厚い左手を優しく添えて包み込む。
「おめえの花は……いつも小っちゃくて……そのくせすぐに枯れて……ほんとうに……綺麗で………」
男は、頬を緩ませ、ボロボロと涙を流して、必死に目を瞑ろうとしながらも真っ赤に腫れた悲しげな目で花を見つめ、裾で涙を拭い、そうして微笑んだ。そのまま、また、花か、腕かを見つめる。
その背中に、生気は未だ戻らない。
「俺は…大丈夫だから……すまん……一人に…させてくれねえか……」
分厚い雲に覆われたような籠った声で、寂しい背中をこちらに向けながらそう言う男は、やはり、ただただ悲しげで、虚しくて、寂しそうだった。ここを離れるというのは、それにしても苦痛に思えた。この光景を見捨てるのは、ここにある何か大切なものまでもを捨てていくようにも思えてしまって、心臓も置いて行ってしまいそうで、だからと言ってこの場を後にしない理由にはならない。
「お気を…つけて…」
そう一言だけその場に置いて、もう何もない商店街の道を進む。
結局日は暮れ、何を熟すこともなく藤田の元へと帰ってきた。
驚いたことにその周辺一帯は奇麗に片付けられていた。瓦礫はそのすべてが捌けられて、真っ新な大地と建物が建っていた跡が浮き彫りになっている。
「あれ、ジュンちゃん?もう帰って来たの?」
背後から若々しい青年の声でそう話しかけられる。
振り向くと、軍手をはめたグレーの作業着に身を包む褐色肌の青年が、半分炭化した木材を腕一杯に運んでいる。
「…はい。なんか……ぼくじゃどうにも…」
そう言うと、その青年は「もう少しで今日の作業は終いだから、テントに行って休んでると良いよ」と言い残してせっせとどこかへ行ってしまう。
「テントって…ここで寝るの…」
そう呟いては周りを見渡す。ここには元々王室へ続く大通りだったそうで、こうなる前は活気づいた人々の往来と、それを繋ぐ道路があったそうだ。そして、その光景を微塵も想像できない程にこの周辺は荒廃してしまっている。何が、どうして、こうなったのか。
ズンズンと辺りが暗くなる。背後から闇が迫っては呑み込んでいる。遠くにはまだ救助を求める人の為にと、懐中電灯諸々の明るさをマックスにして作業に当たるヒトや獣が何十人と見受けられる。こんなようでは、色んな意味で寝付けないだろう。
藤田も小田も、その他始末屋の何十人が、特にくたびれた様子もなく慣れた様子でテントを組み立てては、弁当を食してなんということなく布団に潜った。自分もここに居ればこれが当たり前になるのだろうか。それは、いや、この世界ではそれが普通なのだろうか。価値観が違うのか。人が違うのか。ただ育ちが違うだけなのか。ぼくがおかしいのか。
「……寝れない」
こういう答えが出なさそうな問いが脳みそに直撃すると必ず寝られなくなる、そういうときは時間も何も関係なしに散歩に出かけるのがぼくという人間だ。そうでもしないとずっと項垂れてしまう。
布団をソッとどかしては、隣で眠る始末屋の誰やらを起こさぬようにテントの外へ。遠くではまだまだ救助活動の光が空を乱雑に飛び回っている。
昼間はあんだけ暑かったのに、やはり夜となると凍えそうだ。夜風はこんなにも肌を透き通っていくものだったか。
何もなくなった道を踏みしめながら歩く。遠くから聞こえてくる必死の叫びが夜風のなびく音にそこはかとない何か言い表せない情を感じさせてくれる。
少し上の方へ行ってみよう。あそこか、あの建物がある場所からなら、何かやるべきことの一つや二つは見つけられるんじゃないか。
そんな思いを馳せて上ばかり見ながら歩いていると、ひび割れたアスファルトに足を取られて前かがみに転んでしまう。肘を強打したが、なんてことはない。どうせすぐに__
「おいおい、大丈夫か」
突然暗闇の向こうから声がした。その声は少し、いや、全く心配をするという気概を感じさせない。どことなく人を苔にしているような口調だ。
顔を上げてみると、小さな赤い点が暗闇に浮かんでは上下に揺れ動いている。声の主がこちらへ近づくにつれて、その正体をはっきりとさせてゆく。
暗闇に光る小さな赤い点からは煙が吐き出され、その正体が煙草だと分かると同時にそれを咥えている野暮ったい風貌の男もあらわになる。
男はただ徐に近づいて来てはすぐ目の前で立ち止まってしゃがみ込む。そして煙草を右手でつかんでは煙を吐き出しながら話しかける。
「怪我とかして…ありゃ?」
男がこちらを見るなり眉をひそめて調子の狂ったような声を出す。そうしてようやく男の素顔を見ることが出来た。
男の様相は、無精ひげが顎を中心に生えていて、目も少しばかり疲れ切っている。髪はパーマでも当てたかのようにクルクル、ボサボサ。煙草の、少しツンと来るような臭いが鼻腔を刺激する。
「えと、あの、大丈夫…っす…ははは……」
そうは言ってみるもののこれといって男が反応するわけでも無く、ただ困惑したような表情を続ける。
「えっと……?」
「……あぁ、すまん。なんでもない」
そうたじろぐ。それを見ながらその場に膝をついて立ち上がる。
「あの、それじゃあ、ぼくは、これで」
なにか良からぬことでもされそうな気がするので、かなり強引に別れを切り出してみる。男もゆっくりと立ち上がり「おう」と一言言って煙草を咥えなおし、ポケットに両手をじっくりと仕舞わせる。
それを確認するや否や、軽く会釈をし、その男の横を少し早足で通り過ぎる。そのまま真っ直ぐ歩を進ませようとしたところ、「なぁすまん」と、先ほどの男に呼び止められ、立ち止まって振り向く。
男は何やら、懐をガサガサと弄っている。何かを取り出そうとしているようだ。が、それが凶器だろうが何だろうが、こっちには再生能力があるんだぞという気構えで、その行く末を見守る。
「あぁ、呼び止めて悪いな。この…これだ、この男見なかったか?…あと、このちっこい女の子も」
懐から取り出したのは2枚の写真だった。暗くてよく見えない。ので、警戒しながら、見える位置まで近づく。その写真の内の1枚には、見たことがある人物が写っている。
「あ、この人。知ってます。今日商店街で……見ました…」
そうだ、あの時のあの男だ。
「ありゃ、ほんとに?今どこにいるとか分かるか?」
「え、いや、知らない…っすね」
そう返答すると、その野暮ったい男は顔を曇らせて「そうか」とため息を混じらせて呟いた。
「あの…その人がどうかされたんですか…ね…?」
「ん?…あぁ、こいつな。実は、俺の娘を守っててくれたみたいで、その礼をせにゃならんと思ったんだが……商店街か……そうか」
そう言うと、男は写真を懐にしまって、そこにある角ばった木材に座り込み、煙草を気持ちよく吸いだした。
この野暮ったい男は、あの生気の無い男を知っているのだろうか。そう思う内に、聞いてみたいことがいくつか浮かび上がってきた。それをこの男にぶつけて良いものか、と悩む間もなく口を開く。
「あの…その人…今日、誰を……」
そこから先の言葉に詰まって、噤んでしまう。男は視点を変えないまま煙草をふかして、下を向く。
「嫁さんを。」
男は躊躇する様子も見せずにそうはっきりと答える。そして、それを聞いて目の前がズンと暗くなり、突然強い重力に押しつぶされるような感覚に陥る。やはり、あの手は...
「あの、その…奥さんの好きなお花って知ってます…かね」
ジュンのその不自然極まりない質問を聞くと、その男は鼻を鳴らす。
「それを聞くってことは……お嬢ちゃん、見たんだな。あれ」
「…はい」
「んで、丁度その場にあいつもいた」
「………はい」
「二人だけ?」
「えっと、まぁ…はい」
あのガリガリのおっちゃんは、まぁいいか。
「…………そうか」
男は、煙草の灰を払い落としながら夜空を見上げて、数十秒ほど干渉に浸るようにして深く呼吸をする。
「おい、いつまで突っ立ってんだ。座れよ。丁度話し相手が欲しかったんだ」
言われるがままにその小さな角材に腰を下ろして、薄い雲の流れる空を見上げる。男もまた、何か失ったのだろうか。あの男と似たものをその一言に強く感じ取る。
「あの、おじさん名前は…?」
「俺は…獄介ってんだ。変わった名前だろ。ははは…お嬢ちゃんは?」
「僕は……ジュンです」
「ジュンちゃんか。よろしくな」
「よろ…しくお願いします」
夜風がスゥッと2人にぶつかり、髪をなびかせる。雲と雲との隙間から見える星が奇麗で、雲の向こう側からこちらを照らす月も同じくらいに奇麗で。カラカラに晴れる日は嫌いだけれど、その日の夜はまるで違う。日中は眩しすぎて見られなかった空も、この宵時となれば飽きることなく眺められる。
「あいつの名前」
ふと獄介が隣で、同じく斜め上を見上げながらに呟いた。
「五達つって、火属の有段資格者ん中でも上位に食い込むレベルで、海外じゃあ結構名も知られてんだぜ。真っ白な火の球を音速より速く飛ばす。そんなんで、巷じゃ”白爍の達”なんて呼ばれてな」
獄介が淡々と話を続ける。
「俺はあいつのことを達って呼んでたんだが、達とは中学で出会って、やんちゃだった俺らはしょうもないいちゃもん付け合って、バカみてえなこじ付けで喧嘩して、そのうちに仲良くなって。いつの間にやら俺らは地元じゃ有名なチンピラよ。隣の中学の悪ガキをシバいたり、2年の春ぐらいだったか、近くの高校のヤンキーに目をつけられてボコられたりもして。勿論、その1か月後にはボコボコにし返してやったけどな。そんで、そん頃には俺と達のほかに、商社マンハーフ父ちゃんと、元モデルの美人母ちゃんを両親に持つ忠也って野郎と、藤助っつう文武両道のハイスペ野郎も加わって。そんなこんなで地元を締めまくってたら、いつの間にやら弟子の申し入れが絶えんなって、しまいにゃ俺らん中でいっちゃん強いのは誰だ、なんてのでそこいらで派閥が起こったり、その派閥の闘争が始まったりして……」
獄介はそこまで話すと、煙草を咥えて深く吸い、気持ちよさそうに吐き出す。煙が形作る事無く、ツンと鼻腔をくすぶり夜の闇に消え入るようにして広がってゆく。
煙が完全に消え切ると、獄介は続けて話し出した。
「だが、2年の夏にそんな日常をガラッと変えちまう出来事があってな。その日は河川敷で俺、達、藤助に忠也、と、忠也の彼女の由利香ちゃんって子の5人でキャッチボールをしてたんだが、突然川の向こう側から悲鳴が上がって、何が起きたんだって慌ててたら、達の野郎が急に上裸になって川に飛び込んで、見事に溺れてる女の子を助けだしたんだ。ありゃかっこよかったぜ。あの頃の達はイケメンマッチョと、今とは正反対の野郎でな。向こうの溺れてた子も、隣の中学の雛野 安芸ちゃんっていう子で相当可愛かったぜ。まぁ、それが2人の最初の出会いさ。その日からはいつもの4人プラス由利香ちゃん、安芸ちゃん、とその友達の乃々女ちゃんって子の合計7人で帰るようになって。その日以降、仲良し4人組が揃うことは無くなったよ。」
そこまで話すと、手に持っていた煙草を一服吸って、地面に投げ捨てる。そして、その小さくなった煙草を踏みつけ、そのまま膝に手をつき立ち上がる。
「どうだ、向こうにまだ生きてる自販機があるんだが、歩きながらでもいいかい。話を聞いてくれるお礼さ」
と、暗闇に向けて親指を立てる。少し怪しいとは思ったものの、やはり、その話の続きがかなり気になる。
「えと…ごちになります…」
そうおどけて言ってみると、獄介は少し頬を緩めて、両手をポケットにしまって歩き出した。それに続くように慌てて立ち上がり、少し駆け足で獄介の隣にくっつくように駆け寄る。
獄介は、こちらの歩行のスペースに合わせるでもなく大股で、ゆっくりと歩く。こちらもこの体系になってから日が浅い。歩幅の感覚にはまだ不慣れなので、必死に足を前に差し出し早足で着いていく。
右に左にと目を向ける。大体周囲300mと言ったところか、綺麗に瓦礫が除去されている。ここを離れていたのはほんの数時間。たった40人とちょっとで片付けられる量ではなかったはずだが、そこはやはり片付けのプロと言ったところか。何か特殊な重機や、それこそ能力を使ったのか。
周囲を見渡しながらそう耽入る。ふと、先ほどよりも明るくなったことに気付く。月が雲から顔を出した。地面には2つの細長い影が伸びている。背の高い獄介と、ジュンの夜風になびく長い髪が影となり、薄く引き伸ばされている。
「それで、どうなったんですか…?」
「………なんの話だい?」
「…へ?」
素っ頓狂な顔をして、首を傾げる。はて、彼は何を言っているのか。自分から話しておいて………まさかこのまま夜道に誘い出して襲う気なんじゃ。
「はは、冗談だよ。からかっただけさ」
思い違いでした。
「はぁ…?」
「確か、もう4人だけで帰ることは無くなったってとこまで話したよな」
「はい」
「………あれから俺らは4人じゃなく、7人で毎日の登下校をするようになってな。キャッキャうふふな騒がしい登下校よ。いつの間にやら達は安芸ちゃんと、藤助は乃々女ちゃんと、忠也は由利香ちゃんと肩を並べて、コソコソと耳打ちをすりゃあ頬を赤らめて。そんなこんなで、案の定俺らは揃わんなった。というより、俺だけ独りで帰るようになっちまっただけなんだが……ほら、邪魔しちゃ悪いだろう?ただただ一人で、どこに道草することもなく、安全に家まで、まっすぐね。その頃から、だっけかな?達の野郎の芽が開花したのは。知らぬ間に火属のグレードが格段に上がってんで、奴に自慢されて見せられた時はびっくりしたね。ありゃバケモンさ。あの業界じゃ、『自力でプラズマを作り出せて一流』なんて言われるが、あいつは、達の野郎はその頃にゃ既にプラズマなんてお手の物。そのもう一段階上まで行ってたんだと。確か……ベックつったっけなぁ、それをたった一人で2秒間も維持出来たんだと。そんで、トントン拍子にIROからお呼びがかり、試験を受けてみれば15歳という当時史上最年少で合格。その後は、安芸ちゃんと一緒に群馬の高施に飛んでって、その6年後にめでたくゴールイン。で、達の野郎な、かなりしゃれた告白をしたらしくてよ。人伝手に聞いたんだが、とある花畑を貸し切って、そこでデートをしたんだと。財布をどこかに落としてしもうたって、一緒にいた安芸ちゃんに死にそうな顔で報告してよ。それを聞いた安芸ちゃんは大慌てで来た道の花畑をかき分けて財布を探したんだと。そうしたら、ある花の根元に白くて奇麗な花柄の宝石を埋めこんだ指輪が置いてあって、そこに『安芸さん、僕と結婚してください』だと。はぁ。本当に粋なこった。何が粋かって、その指輪に施された花と、その指輪を隠して置いた場所に植えてある花ってのがおんなじ花でな。フランネルフラワーっつって、安芸ちゃんが一番好きな花さ。花言葉も『誠実』とか『いつも愛して』だとか、プロポーズにはピッタリな花で…。」
そこまで話して、不意に話が止まる。それに気づいて立ち止まり、獄介の方を見上げると、不意に目が合った。獄介はそのままニッと笑ってみせては目を瞑り、気持ちよさそうに風に当たる。
「……もしかして、その花って、花びらの先っちょが、少し緑っぽいやつですか…?」
そう恐る恐る質問をすると、頬を緩ませて「あぁ。」と一言。そうして、やっと分かった。あの時、あの五達と言う男があの軽く握られた花を見て、あそこまで顔を歪ませた理由が。
全てに納得すると同時に息を飲んだ。そんなやりきれない終わり方、悲しいが過ぎる。
「そんで、忠也と由利香ちゃんは7年の交際の末無事結婚。藤助も…乃々女さんと高校、大学校と進んで間もなくゴールイン。俺はというと、なんつうこともない超盆暗な人生さ。」
何ということなく話を再開し、止まっていた歩を動かせる。
いつ間にやら、場違いな程に明かりを灯す自販機が遠くの方で寂しそうにポツンと突っ立っているのが目に見えた。
夜が明けた。しかし、日は昇ってもその顔は厚い雲に覆われて拝見することが出来ない。湿った空気と肌寒さが一帯を覆う。
「ジュンたん早起きだねー」
背後からなんということの無い溌溂な声が聞こえてくる。
「あ、おは……え?あ、オハ、オハヨウゴザイマス…」
テントからはほとんど上下下着姿の藤田の姿が。
「うん、おはよう」
なんてエロイ格好だ。もしやそんな露出の多い格好で寝ていたのか。つーか寒くないのか。
「あ、小田君おはよう!さぁ仕事だぞ!」
藤田のテントから、小田がかなりやつれた顔で出てくる。
その出来事に目を疑った。信じられない。まさか2人がそんな間柄……それは、やはり、つまるところそう言うことなのであろうか。
「あの、小田さん…大丈夫ですか…?」
そう詰め寄ってみると、小田は手で口を覆ってコソコソと耳打ちの姿勢に入る。
「いや……ね。リーダー……イビキ…すごくうるさいんだよ…いつも…」
「あぁ~……」
お前たちはそっち系かぁ…
「それは…それは…」
「ほら、今日からはジュンちゃんにも色々手伝ってもらうから、リーダーのとこまで行って作業着貰って着替えてきて」
「え、着替えるって…?」
「ほら、あの4号車。女性の更衣室になってるから」
小田はそう言って、4号車のプレートの張られたバンを指さし、停車させてある2号車と書かれたバンの中へ服を脱ぎながら入ってはドアをバタムと締め切る。で、眉間をへの字に歪ませる。
「……いやいや、まずいだろ」
そう呟いてみるものの、魂は男なので、この期を逃すわけにもいくまい………と思ったのもつかの間、何かおかしいことに気付く。今からパラダイスに乗り込むというのに何も興奮しない。それよか、なんら不思議でないような気さえする。さも当たり前のことをするような……あ。
「僕……女…」
「今日は、あの山と、その横にある…あれと、あいつの出張ったとこを切り落とす作業をするから、ジュンちゃんには僕のそばについて、何をどうするかを見て、今日から2週間でしっかりモノにしてもらうから」
小田が助手席から窓の外を指さし、ジュンへ向けて説明をこなす。その隣では、初めて見る始末屋の男が煙草を咥えながら片手ハンドルで運転をしている。窓を開けきり、そこに腕を寄りかけ、なれた手つきで相当に砂利が転がった山道を運転する。車体が小刻みに揺れ動く。
「小田さんよ。この子、本当に引き入れちまうんですかい?まだガキンチョですぜ?しかも純血…」
その男が、寄り掛かる手で、咥える煙草をつまんでは口からなんということなさそうに煙を吐き出す。
「まぁ、行政から許可は下りたし、血族連にはまだ通してないけど、なんかバレなさそうだからこのままでも問題ないでしょ」
「なっはは、リーダー見たいなこと言いやがる。まぁ、小田さんがそれなら構いやしねんだが、どうもスムーズに進むもんで、きな臭いというかなんというか」
そんな会話をしていると、特段大きな石を踏んだのか、車体がグワンと揺れ動いた。
「ウォッ…と……そいで、なんで出張断られたんですかい?今回の出張は、結構大事なもんだったんでしょう?上手くいきゃ海外に拠点を移せる、とか言ってませんでした?」
「まぁ、そうだったんだけど、なんせ向こうさんが急なドタキャンかましてきて、その詫び代をって大量の金を半ば強制的に振り込んで、渋々って感じだよ」
「そりゃあ…そっちの話も中々きな臭いじゃないですかい」
「あぁ、気になって調べてみれば今回の依頼主、どうやらネグトルド学派の使いっぱしりだったみたいで。不幸中の幸いって感じだね」
「な!?……そりゃマジですかい?」
「あぁ、大マジ。あ、でも皆には内緒にしとけよ?」
「う、うっす…」
と、何やら聞いてはいけないような内容を何とか聞き流しながら外を眺める。
何より衝撃的だったのが、訳のわからぬ緋色のブヨブヨとした超大型のバケモノの死骸が山から突き出ていることだ。出発前にガスマスクが配布された理由も何となくわかってきた。車内にいるのにも関わらず漂うこのケミカルな臭い…確かに、これを付けてなきゃヤバそうだ。おそらく、あのミミズの付近じゃもっと濃いのが漂っているのだろう……って、これは僕ぐらいの”ガキンチョ” がやっていい仕事なのか…?中身は違くとも一応は子供で、そんな子供をこんな場所に……いや、まぁ、別にこの体じゃ問題なさそうだし、そんな気にすることでもないか。それに、小田ほどの青年が難なく熟せているのなら、成人済みの自分でも粗方は出来る……はず。
「そういや、不法侵入の件はどうなりました?」
運転手の男が煙を吐き出し、もう一度咥え直してそう質問する。
「あぁ、それ。よく分からないんだよね。何を奪うでも、情報を人質に…っていってもうちに対して人質になるようなもん無いけど、まぁ、ただ数週間侵入するだけ侵入して、侵入した痕跡だけ残してパッと消えたって感じ。こっちの件も結構きな臭いと思わない?」
「確かに、それはそれで不気味ですな。ま、天下の警察様がしっかり仕事を熟してくれれば万事解決……と、もう着きまっせ」
男が煙草を窓の外に放り投げると、何ということなく窓を閉める。車のスピードが徐々に落ち着き、路肩へ停車する。座席の間から前の方を覗いてみると、迷彩服を着た幾数名がワチャワチャと山に登っては降りて来てを繰り返している。よく見てみると、全員がガスマスクを装着している。なにやら長くて太い筒状のものが、大きなトラックの荷台に積まれてあるカーゴの中から伸びては山の上の方へと続いている。
その光景に夢中になっていると、小田がガスマスクを慣れた手つきで被り、隣にいた誰やらも同じようにしてを急々しく被りだした。それを見て、こちらも多少もたつきながらもガスマスクを頭から被る。
そうして、小田を筆頭にして車を降りては、リズムよく扉を閉める。後ろを見てみると、いつ間にやら着いてきていた2台の白い大型のバンが、緩急をつけて停車する。小田達が乗ってきたバンのボンネットには『4』。後ろからついてきていたバンには『5』。そしてその後ろに着いていたバンには『6』と書かれたプレートが張り付けてある。
「あの、小田さん。本当にあのミミズを切り落とすんですか...?」
恐る恐る尋ねてみる。
「ん?あぁ。うん。まぁそれで様子見かな」
「様子見…ですか…」
ガスマスクのせいで、声が籠って聞こえてくる。それにかなり蒸し暑い。
「よく考えてみて。あのどでかいミミズ。胴体はまだ土の…というより山の中にあるわけで、表面を切り落としても肝心の胴体はまだ埋もれているんだよ。普通のちっこいミミズならまだしも、あのサイズと来ちゃあ、土の中でどう分解されるか……そのまましっかり土の役割を担ってくれるなら有難いけど、腐っていくうちにあの中身を動物やらなんやらが食い尽くしちゃうと、それが原因で土砂崩れ、なんてのもあり得るからね。それに、あれが本当にミミズかどうかも怪しいし。だから様子見」
と、腕を組んで説明を熟す。
なるほど。確かに、かなり気を遣う作業だ。ここいら一帯の山はほとんどがあのミミズのせいで穴ぼこ。これは大変だ……もしや、これすべてを片付けるのか...
「あの…」
と、小田に向けて言ったつもりが、名前を知らない誰やらが「俺か?」という素振りで振り向く。
「なんだ、ガキンチョ」
「え、ちが」
「なんだ、いいから言ってみろい」
「え…あ……あの、この始末屋…って、40人位しかいませんよね…?ここら辺のミミズを全部片づけるって、何年もかかっちゃうんじゃ…」
と、おどおどしながら言ってみるも、その誰やらは頬をニヤつかせながらその少し黄ばんだ歯をチラリと見せる。
「なーんだおめ、そなな事を気にしとったと?あははは!そうだよな、あっはは、それは気になるよな、あはは」
と何故か大笑いをしている。困惑しながら小田の方を向いてみるも、既に小田は姿を消しており、この誰やらと2人きりになっている。
「よし、ははは、あぁ。いいか?俺らは、いわば始末事のプロなんだ。確かに、小さい仕事なら俺らだけで動くが、こういう規模のでかい仕事ん時は、俺らはお偉いさんの…なんだ、パイプ役っつうか代弁者っつうか、つまりは指揮する側に回る。今山を昇ったり下りたりしてる連中も、事前にこっちが連絡して動いてる連中さ」
その誰やらが軍服とガスマスク姿の男たちを指さしながら説明をする。
「そんで、この周辺にいるミミズだが、今確認できている奴だけで、19匹。まぁ、もっと地中に埋もれてるやもしれんが、山の地表付近で死んだやつならどかして焼却。あそこで寝そべってる奴みたく、テッペンの方で死んだ奴は、所々解体して、土の成分として作用しそうなもの以外は同じく焼却。てな具合よ」
そう言いながら、誰やらはその歩を進ませだす。それに合わせてこちらも同じように歩を進ませる。
「あっちにいる兵隊共は、今から俺らが馬車馬のようにこき使う奴らだ。遠慮なんかしちゃあいけねえんで、気い引き締めんとな。まぁ、俺なんかより、小田さんのやり方を見てた方が勉強になると思うぜ。と、ガキンチョ。その髪、ちゃんとマスクん中仕舞っとけよ」
そう言われて背中の方へ手を伸ばしてみると、ガスマスクから後ろ髪がはみ出ていることに気付いた。「あぁ」と情けない声で返事をしてマスクの中へ押し込む。
「ジュンたん、こっちー!」
どこからか小田の声が聞こえる。声のした方向へ顔を向けると、軍人に囲まれているガスマスク姿の小田が手を振っている。
小説書きだすと絵も描きたくなるし音楽も作りたくなるし裁縫もしたくなるよね。
何からはじめましょうかねぇ…




