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metamorphosis  作者: シ閏
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愛してるぜCochise


 ひんやりとした風が吹き抜ける。気付けば太陽が隠れている。じめじめとした寂しそうな風が、瓦礫の合間を吹き抜けて、ヒビが乱雑に入れ込まれたただのアスファルトの道路を何度も行き来する。

 丘の上で一人の少年が土手の上から右に左に顔を向け、肩から大きく呼吸をして腰に手をつき肩を落とす。ゆっくりとこちらに向き直り真剣な表情をして駆け降りてくる。

 「…どうだった?」

 「ダメっぽい。ここの橋も向こうの橋も崩れてる。なんかでけえミミズが寝そべってて、海っかわの方は無事なんだけど、行けそうか?」

 何かが変わった。飛兎汰の何かが少しだけ変わった。何が変わったのかは分からない。あの時に言われたあのセリフが今になって頭の中を駆け巡る。そのせいで飛兎汰の顔を直視できない。もしかして変わったのは私の方?これって、やっぱりそう言うことなのかな。気付かないフリをしているか、それか本当に気付いていないのかも。

 今まで抱いたことのない感情が胸の中をグチャグチャにしてゆく。

 「ちょっと待って…あと少しだけ休憩させて…」

 このドキドキは、どっちなんだろう。ここまで必死に走ったせいか、それとも…。

 ”だから、後で、返事、聞かせてくれ。”

 あれは、今返した方がいいのか。いや、今はそんな事を考えている暇は無い。ここに来るまでにあった出来事が、そんな余裕をかき消していく。

 道路脇で項垂れる男に声を掛ければ、あっちへ行けと言われ、血だらけで倒れ伏している女性に話しかければ、構わないで逃げなさいと言われる。自分もこいつも。冷酷にその言葉を受け入れ、震える足で立って、走った。

 あぁ、もういやだ。こんなところ。早く家に帰りたい。喉が渇いた。頭痛い。もう、ぐっちゃぐちゃ。気持ちを落ち着かせるのも面倒くさい。

 「降ってきそうだよな」

 ガードレールを背にして縮こまって座る瀬女の横で飛兎汰がそう呟いた。

 「……確かに」

 つばを飲み込み、そっけなく返す。

 薄い雲の向こう側から、白く濁った光を差す陽光が心地よい。雲が右から左へ流れていく。

冷たい風が頬をかすめて通り過ぎる。ヒューヒューと耳を撫でるようにして遠く海の向こう側まで運ばれる砂と塵。そして少しの腐敗臭。地揺れで震える小石達。その心地良い音。耳を澄ませばもっと聞こえる。唸る様な爆発音に劈くような炸裂音。男の悲鳴に子供の泣き声。

 「行けるか?」

 「…うん。行こ」

 地に手をつき立ち上がる。

 駆け足で幅広い河川を埋め尽くすその寝そべったミミズの死体を眺めながらまだ息のある橋を目指す。ヒビの無い、不思議に奇麗なその土手を走り抜ける。

 下り坂に入る。寝そべるミミズが土手に隠され見えなくなる。上を線路が通っており、そこから水が、ポツリポツリと音を立てては赤黒く濁った水たまりに滴ってゆく。見たくないものが溜まる水たまりを越えて、上り坂に入る。両脇にはグシャと潰れた建物や、まだ無事な建物。尚も周りを見渡しながら走る。

 遠くのほうで大きな爆発音がした。山の斜面からだ。まばゆい光が空中のある一点からミミズを貫く。地上からは赤い光線がミミズを貫く。大きな波動が、空気を震わす。気付けば遠くのミミズを囲むようにして、ヘリが空を裂きながら飛行している。血と煙がその藻掻く生き物に容赦なく叩き込まれていく。かと思えば、飛行するヘリを飲み込もうとしたミミズが、羽にまきこまれて口から血を撒き散らし、そのヘリと共に地に衝突して黒煙と化する。

 その場に立ち止まり、その光景を眺める。つい数時間前までいた、あったはずの光景が、無かったはずの光景に上乗せされ。立ち尽くすことしかできない。

 地獄。

 ここから見る景色はそれでしかない。

 不意に隣を見ると、おそらく自分と同じ表情をした飛兎汰が同じ光景を見つめている。

 「あれが、ここの…」

 とても乾いた声でそう言った。

 その横顔を眺める。まじまじと見つめて、拳を強く握りしめ、俯き、ギュッと目を瞑る。瞼の裏は真っ暗で、少し赤い。何も見えない。体のどこかがジワジワと煮立つような気分と、それを包み込む生暖かい複雑な感情。鼓動が聞こえる。他は何も聞こえない。不思議な感覚だ。まるで深い深い森の奥底で横になっているような感覚。鼻から大きく息を吸いこむ。色んな情報が鼻腔をくすぐり、掠めてゆく。

こうしていれば、ずっとこうしておけば。今だけ私は死んでいる。

 「セナチン…おいセナチン…!」

 その声に呼び戻されるように顔を上げ、目を見開く。

 「女の子!ほら、あっこ!」

 飛兎汰の指さす方には、田んぼ道の真ん中で辺りをきょろきょろと見渡す制服姿の、おおよそ小学生ほどの小さな女の子が。

 それを見つけて、息を吸って、震える足をもう一度動かす。足を前に前にと差し出して、腕を後ろへと引いて、その少女の方へと走ってゆく。それに気づいたのか、その少女がこちらを向いてアッとした表情になる。

 10才か、11才と言ったところか。制服に身を包み、ぐしゃぐしゃとした字で、おそらく自分で書いただろう名札が胸に張っついてある。

 「だ、大丈夫?」

 膝に手をつき、呼吸を必死に整えながらそう話しかける。

 「あ、えーと、うん。大丈夫」

 「えーと、お名前は?」

 後ろから飛兎汰が駆け足で近づいてくる。

 「……カンナ……柑奈…!」

 そう復唱して、胸に付いた名札を持ち上げる。

 「え?…あ、か、柑奈ちゃんね。迷子?」

 「…うん」

 少々間を置き、そう頷く。

 「じゃあ、お姉ちゃんたちと来る?今から、王室って言う安全な場所に行くから」

 「…うん」

 その返事をもらうと同時に膝から腰につく手を変えて、後ろにいる飛兎汰の方を振り向く。

 「あ、ひゅーちゃん。おぶれる?」

 「え?俺?」

 「あんたしかいないでしょうよ」

 「…まぁ、別にいいけど」

 飛兎汰がその場にしゃがみ込む。そうすると、柑奈がその背中に引っ付くようにして肩に手をかける。

 「しっかりつかんだ?」

 「うん」

 飛兎汰が立ち上がる。

 そうしてもう一度、走り出す。

 長く緩やかな坂道を駆け上がると平坦な道に戻る。そして、寝そべるミミズがまた姿を現す。

 「あれだ、あの橋」

 柑奈をおぶる飛兎汰が、息を切らせながら目線を向ける。

 ようやくこっちと向こうを繋ぐ橋が見えてきた。ところどころが錆びた水色の塗装がされている橋。

 「ちょっと、遠い、けど、ひゅーちゃん行けそう?」

 息を切りながらそう話しかけると、「おう」と乾いた返事が返ってくる。

 感覚で大体200mほど走った所で橋の入り口に到着する。

 「ちょ、ちょい休憩。ごめん、柑奈ちゃん。降ろすよ、ごめんね」

 飛兎汰がそういってしゃがみ込み、深く息を整える。背中から柑奈がちょこんと着地し、周りを見渡す。

 その場所からは、ミミズの顔をまじまじと観察できる。顔の大半が黒く焦げている。しかし、それでもいつか、さっきまで見たミミズ同様に暴れ出すのではないかと言う程に恐怖を引き立てる顔面で。

 「か、柑奈ちゃんは、何年生なの?」

 瀬女が膝に手をつき、息をつき、柑奈に話しかける。

 「えーと……5年生」

 「そっかぁ。ここには、修学旅行、で来たの?」

 肩から呼吸をしながらそう続ける。

 「うん。でも、みんな走ってっちゃったの」

 置いていかれたのか。いやいや、待て待て。まさか引率の先生までも?そんなことがあるのか。

 「なんてゆう小学校に通ってるの?」

 「んーとね………うーんとね……」

 自分の通っていた小学校の名前を思い出せないのか…?もしかして、忘れちゃったとか?そんなことある?

 「じゃあ、おうちは何県にあるの?」

 「んとね…んとね……川…」

 何かを探しているような面持ちで、少女は呟いた。

 「川…?」

 「うん。石…川県…」

 石川…かなり遠い所から来ているのか。

 「へえ、凄い遠い所から来てるんだね」

 この子、こんな状況で泣き言1つ零さずに、ただひたすらに言われたことに答えて、従って。なんか、異様な雰囲気というか。いや、こういう状況だからこそなのか。

 冷たい風が山の方から吹き去って、瀬女の髪と、その少女の髪をなびかせる。いつの間にか、雲が陽光を遮りきって、薄暗くなっている。


 「鑑さん!避難完了です!”成”使えます!」

 とぎれとぎれの無線機から、割れるような雑音と共にそう叫ぶ男の声が聞こえてくる。

 「分かりました!.........ヴァリヤ!位置に付いてますよね?」

 「良イ場所ハトレマシタ。ヨウイバッチシ!」

 多少の殺音はあれど、あの厄介な無線の途切れがこの数十分間で一度も起こらなくなった。もしかしたらあの人が何とかしてくれたのかもしれない。これで、迷うことなく成が使える。

 そうして目を閉じ、集中を……

 肩に力を入れようとしたその刹那、目の前で激しい爆発音がした。まだ成は使用していない。何事かと閉じた瞼を開くと、顔の砕けた、全く身に覚えのないミミズの死体がすぐ目の前で倒れ伏している。

 何があったのか、周りを見渡す。前でもない、右でも左でもない。後ろだ。グレーの迷彩柄に、四角くズシンと重工的なフォルム。像のながっぱなのようなものをピンと立て、そこからは煙が立ち上る。一台、いや、その横には5台、6台と等間隔に並んでいる。いやまだまだもっといる。おそらく、聖都にある戦車のありったけをここへ集結させたのだろう。その上空をけたたましい音を立てながら数機のヘリが通り過ぎ、同時に迷彩服の男性が10m程離れた場所から耳をふさいでこちらへ向けて大声で叫ぶ。

 「鑑さんですね!!??」

 「はい!!そうですが!!もしかして!!軍の方ですか!!」

 同じ声量で叫び返す。

 「はい!!衛血陸抗中隊隊長の土屋と申します!!避難が完了したので!!能力の無制限の重火器使用の許可が下りたという知らせを!!渡辺さんより仰せつかっています!!

 「あなたたちは!!?」

 「我々は!!あなたのサポートをするようにと!!同じく渡辺さんより!!」

 けたたましい音を鳴らしながら頭上を3機のヘリが飛んで行く。その風を切る騒音に抗うようにして微かに聞こえてくる軍の男へ、腹の底から声を張り上げる。

 「分かりました!!殺しきれなかったミミズに!!とどめを刺して下さい!!」

 鑑がそういうと、その男は軽く会釈をして駆け足で元居た場所へと帰ってゆく。

 そう言うことなら安心だ。

 もう一度目を閉じ、集中する。体の芯からエネルギーを感じる。そのエネルギーに生気を吸われるような感覚と、それとは逆に生命のみなぎる力を感じる。神経を研ぎ澄ます。あと少しで、気が途切れるというほどまでに神経を張り巡らせる。指一本触れられれば体の至るところから敗血してしまう程にピンと張り詰め、その神経の糸を待ち針で蝶々結びするようなほどに繊細な能力のコントロールを終いにして、目をそっと開く。

 何も見えない。ただ真っ白で、奇麗な無の空間。外から見れば、この体はただの人型の”光る物”へと成り代わっているだろう。


 木々に身を隠し、空を見上げてブツブツと呪文のように唱える。最後の発音を強調し、目をかっぴらく。右目から黒い液体がはじけ飛ぶ。そうして視界の半分が消え去る。半分暗い世界。それでも、少しずつ見えてくるのは、だだっ広い地上だ。瓦礫が至る所にある。けれど、海の方はこれといった被害も無く平穏そのもの。周囲10km圏内は有に見渡せる。これが、私の特異能力。

 残った左目で上の方を見てみると、空を覆う巨大な一つ目が見える。輪郭が不鮮明で、霞んでいて、端っこが見えないくらいに大きく、空を包み込む。あれが、私の右目。

 無くなった方の右目から滴る黒い液体をなんということなく拭い、双眼鏡に左目を押し当てる。光る人型が空中に浮かんでいる。曇っているため少しばかり低位置になってしまったが、それでも、今の状態なら聖都を、なんなら海の向こう側までをも一望できる。

 無線機を置き、常に聞こえる状態にする。

 「さ、行くよ」

 そう言うと、雑音交じりの返事が聞こえる。それを合図に大きく息を吸い、そのまま。

 「52分三二五」

 そう言うと、宙に浮かぶ光り輝く一つの点から金色の光線が、ミミズの脳天めがけて放たれる。その光線は、ミミズを貫き、焼き払い、焦げた臭いの立ち込める空洞をそのブヨブヨの図体に作って見せる。

 「次、6分三五〇」

 光る点。いや、光る人型のそれは、山を二つほど越えた先にいるミミズを、瞬きでもして見過ごしてしまったかのような刹那のスピードと、鼓膜を揺さぶる爆音にて貫いて殺す。

 「60分真下から」

 そう言うと、その光る人型が、山の麓から顔を出すミミズに向けて乱雑に光線を放つ。そうして、そのミミズの周囲すらも焼き払い、爆散せしめる。

 「次、一気に行くよ。13分三〇〇、16分三四〇、その後方三三〇」

 双眼鏡の覗き口へ目を貼り付けて、そこにおいてあるペットボトルを握りしめ、一口飲み込む。見ると、光の点の下方から赤い光線が、地に倒れ伏すミミズに向けて容赦なく放たれる。

 ヘリが山の方へと飛んでいき、倒れたミミズに死体打ちをかけてゆく。その向こうでは、ミミズに衝突したヘリがその肉を引き裂き、そのまま表面で爆発する。その爆風を受けてミミズが市街地へ倒れこみ、土砂と煙を舞い上げる。そこへ透かさず赤い光線が、地上から容赦なく放たれる。

 眩く混ざり合った光が薄暗い空に反射する。その空には、巨大な瞳がうっすらとその一部始終を観察するが如く、ぎょろぎょろと山の方角向けて蠢いている。


 何十匹と倒したか知れない。山を覆うようにして緋色の一部焼け焦げた肉塊が倒れ伏し、それを解体でもするかのように赤い閃光が追い打ちをかけ、それにつれて増えてゆく目を覆いたくなるような死骸の数々。鼻を覆いたくなるような異臭。耳を千切り取りたくなるような耳鳴りとノイズ音。光る人型は尚もこちらの指示に従って殺戮の限りを続ける。終わりの見えない生きたバケモノの集団を殺し尽くさんがため、その命を削りながら殺害を続けている。放たれる一発一発のその鈍さ、無慈悲さ。これが”光の成”。もう二度と見たくない光景だ。

 「51分二九〇」

 ………ん?

 「51分二九〇……鑑?」

 無線機が途切れたか……いや、これは。

 「鑑…?なにが……あれ」

 ……いつの間に。

 たった一瞬頬を掠めた異変。恐る恐るスコープから目を離し、徐に右目を抑える。

 ある。右目がある。

 「かが…カガミ?何ガアッタンデスカ?ドウイウコトデスカ?」

 通じているかも分からない無線機へ向けて必死に話しかける。

 「カガ……」

 そう言いかけると同時に体中を悪寒が駆け巡って酷く気味の悪い鳥肌を立てる。ゆっくりと立ち上がり、目の前で起こっているその果てしなく訳の分からない光景に目を向ける。

 「Что... Эта...」

 そう呟く。

 山を覆い尽くしていたミミズ達が、何に貫かれた訳でもなく、それぞれが全くと言っていいほどに同じタイミングで土煙を立て地を震わせながらと倒れていく。

 「ヴァ…ヴァリヤ」

 無線機からどこまでも怯え切ったか細い声が聞こえてくる。

 「何が……」

 声の主も、おそらく自分と全く同じ感覚に陥っているはずだ。

 「ワカ……らない」

 やけに明るい空のもとで、町を破壊し尽くしていたバケモノは途端に沈黙して平和が訪れた。だというのに、一切気の抜けないこの感覚は、一体なんだ。


 

 橋を渡り終えると、ようやく、生きている人を見かけるようになった。声を荒げて避難を指示する者。誰かの名前を必死に叫ぶ夫婦。その場に立ち尽くして泣き喚く女の子。その女の子を慰める女の人。それを混沌とは決して言わないのだろう。

 土手を走って、ひたすらに王室のある方向へと進むはいいものの、どこの道がどこの道へつながっているのか、まるで分からない。屋根と屋根の隙間から見える王室のテッペンを印に走るも、まるで近づいている気がしない。

 すると、背中にしがみついている柑奈が片方の腕をあげ、ある一点を指さした。

 「ねぇ、お兄ちゃん!!お姉ちゃん!!あれ!!あれ!!」

 興奮気味にそう叫び、飛兎汰の背中の上で動き回る。

 その指の先に目をやると、大きく割れたアスファルトの隙間から、人の手が突き出ている。

 「え?あ、うん分かった。降ろすよ」

 そう言ってしゃがみ込む。

 今まで、どんな死体を見ても臆することをしない少女が、やっと感情的に動いた。

 「セナチン、ちょ、手伝って!」

 飛兎汰がその場にしゃがみ込み、ばてる瀬女を呼ぶ。

 「えぇ、これ……引っ張り出すの…?」

 亀裂の入ったアスファルト。その隙間には土とアスファルトの小石が詰め込まれている。そこから苦しそうに手を出す生気のない白くか弱い布切れのような手。

 「セナチン、俺、土掻きだすからおもいっきしその手引っ張って!」

 そう言って、ヒビの中に両手を突っ込み、埋め尽くす土や砂利を掻きだす。


 これ以上は流石に走れない。おそらくもう安全地帯なはずだ。ゆっくりできるはずだ。

 それにしても、ずっと冷静だった少女が、どうして、この死体にこんなにも興味を示すのか。

 「死ん…でるよね…」

 必死に砂利を掻きだす飛兎汰に向けてそういうと、飛兎汰は何も言わず、ただひたすらに両手で砂利を掻きだす。それを見て、自分のほっぺをペチペチと打ち、その突き出た手を両手でつかみ、引っ張る。


芸術


 ひきつる様な叫び声が聞こえた刹那に呉を差し置き階段を駆け上がる。

 「おい!何が……あ…?」

 そして、ただたたずんでは呼吸を震わせる一人と一匹と同様に、それがこの目に焼き付いた。

 窓と窓の間に立つ壁。そのなんともない空間にそれは造形せしめられていた。

 それは、この世にこんなことがあるのかと言う程に” 美しく惨い死 ”だ。 

 黒い体毛に覆われた下半身の無い死体が、腕を広げて壁に貼り付けられている。胸には縦に一本の切り傷が付けられており、そこからは奇麗な筋肉と真っ赤で新鮮な心臓が露出している。背中からはどこまでも白、というよりは白銀色のドロドロとした液体が天使の羽を形作るようにして描かれている。そして、その周りを黒く濁った真っ青と、おそらくその死体のものであろう鮮血とが交差し合いながら円を描いている。

 芸術……これが、芸術?ただ、これがヨーロッパの美術館にでも飾られていれば、こういう物もあるのかと簡単に受け入れてしまいそうでもある。

 そのゾッとしてしまうような色合いと造形。それを、口の閉じ方を忘れて、何のためにここへ来たかを忘れて、ただひたすらに見入る。

 「こりゃまた懐かしいもんを見たね」

 後ろからするその声が、耽入る野田を現実へ連れ戻す。

 「あぁ、ほんとに」

 その言葉に獄介がまるでこの現象の犯人を知っているかの様に、冷静にそう返す。

 「口、開いてるよ」

 唖然とする野田に呉がニヤつきながらそう言ってはその空間へ足を踏み入れ、その芸術的死体の前へ歩み寄る。同じようにして獄介も続く。

 「まさか奴がここに来てたなんてな。ってことはあのミミズもあいつの仕業なのか」

 「さあね。あたしゃ知ったことないんだけど、あいつの殺し方はいつ見ても冒涜的で嫌いになれないよ、はっきり言って好きだね」

 「ははっ、そりゃはっきり言い過ぎだ。笑っちまったよ」

 呉と獄介がいつになく和気藹々と語りを進める。まるで、唖然とする野田とトリュートと、目に涙を浮かべる福里が場違いであるかのような空気に成り代わっていく。

 「ちょ、ちょい……こいつゃ一体…?」

 「…まぁその話は後だ。で、その主電源ナンチャラってのはどれだい?福ちゃん」

 「あ、ィッグ、えと、ズズズ、あの、ウゥ、待って、ウグッ、下さい、ズズ」

 福里が涙をボロボロ流しながらすすり泣く。何があっても”知るかそんなもん精神”の彼女が泣くなんてのは初めてだ。それ程までに衝撃的なもので。

 「あぁあぁ、ほら、ココちゃんこっちおいで」

 呉がそう言いながらトリュートと、その背中にいる福里の元へ歩み寄る。

 「トリュート。下ろしてあげて」

 呉がそういうとトリュートがその場で姿勢を低くして福里が嗚咽を出しながら降りる。そのまま階段の段差へその空間を背にして座り込む。

 「ほら、大丈夫。大丈夫」

 咽び泣く福里をハグしてよしよしと慰める。まるで親子のよう。

 「それで、これは一体何なんだ。怖くて目をそらせないんだが」

 「ある男が人を殺すときに絶対にする儀式…みたいなもんでね。国際指名手配中のローレンスって奴の仕業なんだが、しってるかい?」

 ローレンス。一昔前に聞いたことのある名前。いや、待て。一昔前と言っても限度がある。その名を聞いたのは…

 「待て待て。そのローレンスってのは…あれか?20年前の…?」

 「そう、例の事件の主犯。不死身のミスターローレンスさ」

 訳が分からない。整理が追い付かない。この男は何を言っているのか。

 「それで、福里ちゃんは大丈夫そうか?」

 「ウゥ、は、はい。ウグ」

 「ほ、ほんとに?」

 「は、はい。ウ、えと、そこの赤くて大きいスイッチを押し、たら、ウグ、そこのタッチパネルに、ズズ、色々出てくるはずなので、そこからシステムの再起動を押して、ズズ、そしたら、出来ます」

 死体から視線を逸らしながら、その機械のある場所を指さす。

 そうして、獄介が福里の指さす場所へ行き、ガラスのカバーで覆われた大きな赤いスイッチに手を押し当て、肩に力を込めて押し込む。

 途端にその鉄の箱の中から機械的な音が聞こえだす。そうすると、画面が開き、「Welcome」という表示になると、画面が切り替わり様々な選択肢が出てくる。それらを適当にタップする。

 「えーとぉ…?ど・れ・だ……」

 ポチポチと押していると、なんとも都合よくシステムの再起動の画面まで来れた。

 「これか」

 その選択肢に人差し指を押し当てる。

 すると、「パスワードを入力してください」の文字列が、横に長い空白と共に表示される。

 「あちゃー。福ちゃん分かる?」

 「パスワード…確か、その辺にパスワードのメモ書きかなんか貼っつけてられてないですか?ズズズ、前来た時はセロハンテープで、ウ、見える位置に貼ってあったと思うんです」

 「メモ書き?」

  もし、自分がこれを管理している側なら、そんなふざけた事を"しない"という自信はない。つまり、気持ちはすごく分かるということだ。それで、気持ちはすごく分かるという事は、そのメモをどこに隠すかということも…

 「ほら、あった」

 「はえー、よく分かりましたね」

 トリュートが福里と獄介の後ろから覗き込むようにしてそう呟く。

 「ま、机の下か、横の隙間に磁石で貼っつけるよな。俺だってそうするもん」

 と、画面にパスワードを打ち込みながらそう発すると、「システムの再起動まで」という文字の横でカウントダウンが始まる。

 「とりあえずこれで妨害電波とやらともおさらばか」

 獄介がそういうと、一通り泣き終え、目の腫らした福里が首を傾げる。

 「その妨害電波が別のとこから来てるものなら、再起動しても意味ないかもしれないですが…」


 福里が大きな箱型の機械の前に座り、そこに映し出された画面をひたすらに眺める。幼い子供が適当に書きなぐったようなその画面。線と点がいくつもある。中心で直線が十字に交わっていて、そこから画面を一つの線が、鼓動のようなものを放ちながら時計回りで一周している。

 「…これっぽいなぁ」

 福里が呟く。画面に映し出された一つの点に注目して指を刺す。

 「見つけたか?」

 「はい、それっぽいのは。ここの玄関から見て左側の発電機のとこです」

 「…これか。トリュート行ってくれるか」

 獄介が背後に突っ立っているトリュートへそう言って低くしていた姿勢を戻す。

 「ええと、発電機の所ですよね?」

 「うん」

 「場所は分かるな?」

 獄介のその問いに胸を張って答える。

 「はい!それで、その、ジャガー…ですっけ?」

 「「ジャマー」」

獄介と福里が口をそろえる。

 「そ、それです。それを見つけて、その場で壊しちゃえばいいんですね?」

 「うん、頼んだぞゴリラ!」

 「了解です!」

 そう言って、駆け足で階段を下りてゆく。すると、階段から上がってきた野田とぶつかりそうになる。

 「おっと…どこ行くんだ」

 「あぁ、ジャマ―の位置が分かったので破壊しに行くところです」

 野田は軽く頷いてトリュートの方へと向きを変える。

 「そうか、俺が行ってもいいんだぞ?」

 「いえ、すぐに終わらせるんで大丈夫です!」

 そう胸を張って言い切っては、威勢よく階段を駆け下りていく。

 「まぁ、これでこの妨害電波とやらは何とかなるとして、獄介さん。何かわかりそうかい?」

 野田がノソノソと歩み寄って来てはデスクに腰掛ける。

 「……あぁ、いや、ローレンスがここに居たって事以外はなんも分かんねえわ。呉さんはどうだった?なんかみつけたか?」

 そう言うと、事務所の回転椅子に座る呉がシワシワの腕を組んで、少しの沈黙の後に口を開いた。

 「……あぁ。あんたらは気づかなかっただろうが、そこの階段に足跡が残ってんだ。人の物でも、ゴリラの物でもない足跡がね」

 その会話を聞いていた福里が不意に立ち上がって階段の方へ足を引きずりながら歩み寄る。そうして、一段ずつ慎重に確認をしていく。

 「どうだ、福里。何かあるか」

 「いやぁ…」

 福里がその場に四つん這いになり、目を細めながら隅々まで観察していく。すると

 「……あ!……あれ?」

 「どうした、何があった」

 野田が硬直している福里の元へと駆け寄り、その目線の先にあるものを捕らえる。そこにあるのは

 「こりゃ……蹄か」

 「あぁそうさ。因みに、一階の右から2番目のデスクの付近にそのチンパンジーの物らしき足跡が。一階から2段目の階段にはどでかい肉球の跡やらもあるはずさ。これじゃあ犯人が丸わかりだね」

 「犯人は血族動物……いや」

 「カンパニーの連中か」

 獄介の言葉を妨げて、野田がそう結論付ける。

 「じゃあ、この妨害電波に微妙な波があるのは...」

 「まぁ、おそらくそのチンパンジーがここに残って細かな設定をし終える前に、ローレンスに殺されたからってので大体の辻褄は合うだろうさ」

 呉がその死体を見上げていつもの表情でそういう。

 「……それで、野田さん。コンピュータに何か痕跡は?」

 「あぁ、まぁ色々と残してくれてたよ。こいつがその後片付けとやらをし損ねてくれたおかげでね」

 野田が深くため息をしながら腕を組む。

 「ここのコンピューターにはそんな簡単に立ち入れちまうもんなんですかい?」

 「そんなはずはないんだが、どうやらここの社員のIDで侵入してるようで、データもどこいらへ6割方転送済み…スパイが紛れ込んでた可能性があったりなかったり」

 「転送…ねぇ」

 「あぁ、転送先は状況から見るに…」

 そこまで言ってから、野田が険しい表情のまま黙りこくる。

 「…それはそれは、ご愁傷さまだな」

 獄介が懐に手を入れて煙草の箱を取り出して、器用に一本だけ抜き出して口に咥える。

 「にしても、ローレンス…だっけか?そいつが来てるなら、それこそ一大事じゃねえですかい?」

 野田が胸の前でグーにも似た形の印を作り、軽く握りしめる。そうして、獄介の眼前に小さな火種をつくってみせる。

 「お、毎度毎度すまないね…」

 火の方へ姿勢を傾け、煙草の先端を火にかざして煙を吸い込む。

 「……まぁ、一大事どころの騒ぎじゃねえな。あのミミズ共の侵入を許した挙句、国際的な指名手配犯までここに招き入れちまって。目的がどうあれ聖都のメンツは丸つぶれ。あんたらも次の職場を探す準備をしといたほうが良いかもな」

 「はは、確かにな」

 苦笑いをしながら煙を吸い込む。福里が壁伝いに窓の方へと移動して、外を眺めている。

 獄介が気持ちよく煙を吐き出しながら事務イスに深く腰掛け、煙草を咥えたまま肩の力を抜いてうなだれる。少しの間天井を見つめて、突然眉間にシワを寄せる。

 「…変だな」

 「…何が」

 「……いや、さっきまで聞こえてたのが……なんだろうな」

 そう言われて気付く。先ほどまで、聖都の方面からは爆発音やら眩い光線なりが見え隠れして、休む間もなく絶えず地面が揺れて、デスクの上で散乱していたあれこれがひしめいていたというのに。いつの間にか、それらすべてが嘘だったとでも言いたげな途端に巻き起こる気味の悪い静寂。

 これは、聖都に到着してすぐに感じた嵐の前の静けさ、その気色悪さ、不快な悪寒の全てを連想させる。

 「そういや、ジャマ―を破壊しに行ったトリュートの野郎も帰ってこない」

 「見つけるのに手間取ってんじゃないか?それに、何も無い……?あれ、福里ちゃん?どうした」

 獄介が異変に気付く。先ほどまで淡々としていた福里の表情がいかにも強張り、その一瞬で疑問、緊張、焦り、驚愕のそれを見て取れるほどに揺れ動く。

 窓の外のある一点を、唯々見つめる。

 その窓の隣にある絶対的な死の造形にではない。その向こう側。あの、天を突き指す、純白の、限りなく唯物的なそれに。


 天使の階段


 なんだ…これ?

 何が…あったんだ。

 なんで、何も見えないんだ。

 白い。真っ白だ。頭が痛くなりそうなくらいに真っ白だ。目を閉じてみても、ずっと白い。いや、それどころか、目を開けているのかすらも分からない。

 何があった。どうしてこうなった。

 目の前で埋もれていた人を助け出そうとして、隣にいた瀬女がその腕に触れた瞬間だった。酷くうるさい爆発音がして、それから目の前が真っ白になった。

 目をギュッとつぶり、両手で閉じた瞼を強く抑えてみる。そうしたら、少しずつ、少しずつ、何があったのかを知らせるように、元の世界が見えてくる。

 徐々に色づいていく世界を睨むように見つめていると、今度は強い耳鳴りが頭を揺らす。耳を抑えて姿勢を低くすると、突然の風圧が飛兎汰を力強く後方へ突き飛ばす。そしてその場に倒れ伏す。伏せたまま、しばらく体を起こせなずに肘をついて呼吸を整える。何もないのに、何もされていないのに押しつぶされるようなこの圧迫感。

 口の中に入る砂を吐き出し、肘をついて顔を起こす。いつの間にか鮮明になったその視界が、ただその場に立ち果せる柑奈の姿を映す。

 よかった。あの子は無事そうだ。

 けれど、その視界には依然訳の分からない光景が広がっている。

 「……?」

 何か、ただ白く光る十字の物体が、目の前で項垂れる瀬女の腹部を貫通している。

 それをマジマジと見つめながら横になった体を起こして、そうして何も理解できずに困惑する。

 白い線の入った少しカサついた長髪が項垂れる頭と共に垂れ下がり、その顔を伺うことが出来なくなる。

 「おい、こえ……な…?」

 思った通りに口が動かない。動揺なんてレベルの話じゃない。言葉にするのですら難しく感じる。何が起こっているのか、それを必死に飲み込もうにもいちいち喉につっかえる。

 「あ”ぁ………」

 突然、聞いたことのない呻き声が聞こえてくる。不意に嫌な予感が脳内を過る。瀬名が一番危惧していた事だ。それが、何の前触れもなく、不意に……?そうかもしれない。いや、まさか、そんなことが?いや、あるはずない。だって、あと、あと2年も。

 「セナ…チン…お前、もしかして…ボウハツ」

 小突くようなそよ風が、白いラインの入った彼女の項垂れた長髪を揺らす。

 「…ン……ゃ……?」

 呻き声…とはまた違う。吐息が頬を撫でている様な、微かで繊細で不可解な声。

 「……セナ…チン…?」

 ただただ動揺して狼狽える。これが暴発…?なら、瀬女の特異能力はなんだ。何が暴発して、何が起こって…?

 よく見てみると、瀬女の口元が微かに動いているのが分かる。耳を凝らして、髪に隠れる瀬女の顔をまじまじと見つめる。

 「……ナ…チン……ない」

 瀬女はどこか笑みを含んだように、途切れ途切れの何かを呟きながら、ゆっくりと頭を上げる。

 まだ顔は髪に覆われて伺えない。ただ口を開いて、頬を吊り上げ、不敵に笑ってはある一転を見つめて項垂れる。

 混同した髪の毛が徐々に垂れ下がっていく。髪の毛が口の中にいくつか取り残されて、それでも、目、鼻、耳。その全部が鮮明に見えてくる。いつも通りの瀬女。整ったまつ毛に筋の入った小さな鼻。白いほっぺに質素な唇。それなのに、いつも聞いていた、気を寄せていたあの瀬女の可愛らしい活気のある声とはまるで違う。

 お前は、誰だ。

 「どういうことなんだよ…何だよこれ…!!」

 そう嘆くも、瀬女は上を見上げてただ項垂れている。

 何を見ているのか。瀬女の頭上へ目をやると、何か、無数の白い粉状の物体が、瀬名の頭上から空を覆っている薄い雲めがけて柱のように伸びて、貫いている。

 この光景……見たことがある。そうだ、雲と雲の間から指す日差し。突き抜ける空の果てから照らし出されたスポットライトみたいなあれだ。

 天使の階段。皆がよくそう呼んでいる。そうだ、まるで、天使の階段だ。 

 それが、今、ここに差し込んでいる。いや、瀬女を照らし出している。目の前の彼女に差し込んでいる。そうとしか思えない。それで……これが…暴発…?

 本当に、一体、何が起きているのか。

 「ひゅ……た……だよね」

 不意に瀬女の声で、でもって口調やアクセントは全く違うその声で、背筋をピンと伸ばし上を見上げたまま話しかけてきた。

 「ん…んん……」

 そうしてこちらにゆっくり顔を向けて不気味に笑う。

 「これ、どうすれば…」

 「ひゅーた…なぁ、どうした…力を抜いて…ほら…ん…んん…」

 微笑みながら、腹に十字の何かを突き刺したまま、頭上に訳の分からぬ光るものを浮かべたまま、その何者かはゆっくりと、そのおぼつかない足取りで近づいてくる。

 「な、お…お前!!セナチンじゃないだろ!!誰だっ!!」

 「違うって…言ったじゃーん……覚えてぇ…ない?ん…んん…」

 いつもの彼女なんかじゃ決してない。この瀬女は、それとは正反対のどうかしてしてしまった瀬女だ。どうすれば戻るのか。もしかしてこれが瀬名の特異能力……?暴発なら…どうしたらいいんだ。警察?先生?…どうしたら、何をすれば…あぁ、クソ!もうなんなんだよ!!どうすれば良いんだよ!!

 「ちょ、おま、待てっ!!こっちくんな!」

 彼女が口元を緩めたまま一歩、一歩と近づいてくる。それに合わせて後退り、その距離をなんとかして必死に保つ。が、躓いては情けなく尻もちをつく。それにすかさず彼女が覆いかぶさってくる。その場にしゃがみ込み、ゆっくり、じっくりと這いずりながら、その柔らかい手を裕太の右手に重ねる。

 「ひぃ!!おま、何して」

 頬が熱い。顔が近い、唇が近い、瞳が近い。生暖かい吐息が、唇に触れる。

 「ん…失礼…」

 息を潜めて、肺に押し留める。そして、唇が重なり合う。

 体中の張り詰められていた糸が、緩く解かれてゆく。彼女の鼻息と自分の鼻息がぶつかり合って両者の頬を互いに優しく掠めている。目を見開き、その可愛らしいギュッと瞑った瞼と、ちょこんと生えたまつ毛、そして、赤く染まった頬を記憶に収め…慌てて目を閉じる。

 これは、どっちの唇なんだろう。どっちの鼓動だろう。どうして、まだ唇は重なっているんだろう。こんな無理矢理なのは嫌なはずなのに、どうして、まだ、これを。

 「………!!」

 我に返って彼女のおでこに手を当て顔を引き、行為を中断する。唇が糸を引いて離れる。反射的に唇を手の甲で拭って、呼吸を乱して彼女を見つめる。すると、彼女の誰の物とも知れない瞳と目が合う。

 何をしているんだ。何が起こったんだ。なんで、チューしたんだ。ひたすらに考えながら、酷く高鳴る胸を強く抑えて汗で濡れた襟元をギュッと握りしめる。

 瀬女は、こんな瞳をしていただろうか。真っ新になった頭でそんなことを考える。もっと、彼女の、瀬女の瞳は透き通っていたような気がする。

 「ん…んん……じゃあ、これから、よろ……ひ……あ……」

 突然、彼女は気絶でもしたかのようにしてこの胸に倒れこむ。少し顔を上げると、その瀬女の背後に白髪の長身の男が、瀬女に手を伸ばして立っていた。



衛血軍って響きエロいよね。ええケツってことだもんね。へへ、

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