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Trailer park!!!!!!!
狂気を纏いながら近づいてくるミミズが、瞬きの、その次の瞬間には熱気と共に汚ない肉塊へと変わり果てる。
「あぁぁ…やっっとくたばりやがった……どうだ。ガ…飛兎汰、電話は繋がりそうか?」
男がスマホを耳に宛がう少年へそう問いかけると少年は首を傾げて横に振る。
「……ダメだ。込み合ってんのかな。つーかさっきまたガキって言おうとしただろ!」
「おいおい、ガキはガキなんだからしゃーねえだろ」
二人の様子を伺っていた少女がニヤニヤとしながらその会話に割り込む。
「あれー?そんな感じでいいのぉ?やっぱ先生言っちゃおっかなぁ」
「ガッ…!あぁ…クソ。すまんかった」
「ふふん」
ちょっとだけいい気分。
白爍
「王室に繋がる秘密の入り口」からここに至るまで、何度も死にかけた、気がする。なぜ気がするだけなのかと言えば、この達という男にその命の危険を感じるより先に助けてもらっているからだ。それにあの資料館への案内もしてくれた。あそこにあった資料はどれもこれも自分に関係していたようにも思うし、その一部を写真に撮って保存もさせて貰えた。特異能力を発動するのに、確実な一歩を踏み出せた気がする。だから、この男にはいつかちゃんと感謝をしておかなければいけない。
それにしても…ここが本当にあの聖都ウィッチグレイブ?人の気配、というか、軒並み連ねていたな建物もなにもかもがなくなっている。
「あーちゃんと恭介、大丈夫かな」
遠くを見つめながらそう呟く。
「あいつら結局どこ行ったんだろうな」
「スマホが使えたら連絡取れるのになぁ。ねぇ達さん」
「んぁ?あぁ、そうだな」
達がだらしなく脇腹を掻き、その手をポケットに引っ込め、大きく欠伸をする。その一連の動作に全くと言っていいほどやる気を感じない。一体この男のどこからあのスーパーパワーが出ているのか。謎だ。
「おい、それよりも、本当にお前んとこの担任には今回のこと黙っててくれるんだろうな」
「まだそれ気にしてんのかよ。心配しすぎだぞおっさん」
飛兎汰が、地面に取っ散らかる瓦礫を蹴飛ばしながらそう嘲て言う。
「おいおい、こっちはお前らのことを名前で呼んでやってんだぞ。それなのにまだおっさん呼びかよおい」
「へいへい、たつさん」
「そうだよ、それでいいんだよ。ったく。近頃のガキときたら、大人への礼儀ってのがまるでなってねえや」
「あ、今ガキっつった!言っちゃおっかなー?」
「あぁあぁ煩わしい。ひうたくん。これでいいかクソガキ」
「うっわくそじじいてめえ!!」
あぁ、まるでしょうもない。これをわざわざ間近で見せつけられるというのがもっとしょうもない。
「そういえば、達さんってなんでその見た目でそんなに強いんですか?」
率直な疑問のつもりが、かなり失礼な物言いになってしまった。
「そういや言ってなかったな。自分で言っちまうのもあれなんだが、俺ぁこの国じゃ1番の火属使いでな。当時最年少で国家承認の血族、言うところの有段資格を持った男だ。どうだ、おどろいたか?」
よく考えてみれば、ここは聖都だ。そんなのがいてもなんら不思議ではないが、それにしてももっと身なりを整えるべきではないのか。清潔さと言うか、このだらしない体形と言うか。威厳のいの字も感じられない。
おもわず眉をゆがませてしまう。
「おいガ…ヒウタ。なんだその顔は。もしかして疑ってんのか?」
「いや、なんつーか。そんなすげえ人が昼間から酒なんてって思って」
「そ、それとこれとは関係ねえだろーが。おい女、お前何笑ってんだ」
本当にしょうもない。
あれから暫くの間、達の背中へ張り付いてはその後を追って来た。行き先はどこかを達に聞くと「王室だよ王室」とめんどくさそうにあしらわれた。
どうやら王室へはあの謎の白い壁以外には普通の公道を行く以外に方法が無いという。そのため一度王室を出てからもう一度王室前の広場へ行くには遠回りをする必要があるのだとか。そもそもなぜ王室を目指すのかを達に聞くと、「軍の奴らに助けてもらうんだよ」とぶっきらぼうに返された。どうやら今回の様に大きな事件や災害が起こった場合、王室前の広場やそこに隣接する文化センターにて軍が避難所を緊急で設置しては安全が確保できるまで何日何週間と面倒を見てくれるらしい。しかし、ここからだと未だかなりの距離があるそうで、瓦礫にまみれ、それでも気持ち悪く揺れる道を慎重に踏み込んで進んでゆく。
「もしかしたら明佳と恭介もそこにいるかもね」
気休め程度だが、そう言うことで不安な気分を紛らわす。
「そう言えば、達さんって…」
そう言いかけたところで突然ポケットに仕舞っておいたスマホが小刻みに震えているのに気付いた。ハッとして、急いでスマホを耳に当てる。
「おじさん!?」
何も聞こえてはこない。
「獄介か?変わってもらえるか?」
「……切れ…ちゃった…」
「……そうか」
通話さえ出来たら、今のこの悲惨な状況も幾らか変わっているはずなのに。
「…セ…えーと、セラだっけか?」
「セ・ナ!覚えて!……でなに?」
「お前、さっき俺になんか聞こうとしてなかったか?」
「え?…あぁ、なんで達さんって…」
そう言いかけた瞬間、前を歩いていた飛兎汰が足を止め、勢いよく後ろを振り向く。その表情からただ事でないのだけは分かる。この感じは。
「おっさん!後ろから来る!!」
「おう、任せろ」
そう言って、達が最初に見せたのと同じ真っ白な火の球体を作り出す。と、その直後に、飛兎汰が前へ向き直ってまた声を荒げる。
「は!?おっさんもう一匹!!……違う、もう一匹!囲まれてる!!」
飛兎汰がそう言うと同時に先に予言した方向から肉厚な緋色のそれが地を貫通して出てくる。幅は大型のトラックかそれ以上はありそうだ。どこが口かも分からないそのグロくて複雑な顔面が恐怖を否応に煽ってくる。
「ふざけんなコラぁ!」
達が声を荒げる。2度目の飛兎汰の発言に気を散らされて、空中に灯った白い火種が「シューッ」と頼りない音を立てて消え去る。
「う熱ぁっっつ!!ックソがっ!!」
達が声をなおも荒げ、赤くなった両手をマジマジと見つめる。その間にもミミズは敷かれたアスファルトを弾き飛ばし、マンションや家屋の壁を削りながらこちらへ向かってくる。その光景を見て咄嗟に叫ぶ。
「達さん!!どうしよう!!」
その金切り声にハッとした達は何を思ったのか、瀬女の腰に赤くなった片手を回して持ち上げる。その意味も分からない咄嗟の行動に恥ずかしげもなく声を張り上げ、腕の中でもがいてみせる。
「はぁ!?何してるんですか!!」
かなり強くホールドされているようで腕を振りほどくことができない。飛兎汰はこちらを見つめて眉間にシワを寄せて変なものを見るような目で見つめている。
「おいひゅーた!!お前もだ!!」
達が声を張り上げて瀬女を抱えたまま飛兎汰の方へと迫っていく。その行動に飛兎汰が軽く後退りして「え?俺も?」とひどく困惑した様子を見せる。そんな飛兎汰にもお構いなく手を回しこんでガッチリとホールドすると、達は前でも後ろでもない方向へ体を向けて走りだす。
それを追うようにして前方からもう2匹、そのグロテスクな顔を見せびらかして姿を現す。その2匹は先に出たミミズより大きさは劣るものの、お互いで距離を保ちながらこちらの逃げ道を破壊しながら追いかけてくる。
「ガキども!俺が囮になるからあとは頼んだぞ!いいか!このままぶん投げるぞ!死ぬなよ!!!」
達がその場に立ち止まり、大きく構え、2人の合否を聞くまでもなく空高く放り投げる。奇妙な浮遊感が体を覆い、途端に空高く舞い上がる。
「ちょ、達さああああああああああああ」
「まてまてえええええええええええええ」
視界が歪んで、あっちこっちに残像を残して広がって、そうして視界が定まって、そうして気付く。達の姿が無い。その刹那に、弾力のある何かに追突される。
地上が見える。けれど落下は無い。何か、急な斜面のような場所にへばりついているようで、その表面は丸みを帯びて、緋色でじめじめとしている。
「セナチン…これって」
飛兎汰のその一言に正気を取り戻して、今、何にしがみついているのか、今何の上に乗っているかを察する。
「ちょ……こ、こここ、これ…ちょっと…ちょ、ちょちょちょ…」
「セナチン…お、お落ち着けって…う、ううう動いたら、し、し刺激しちまう…かも…」
「ちょっっっっっっっとぉおおおおおおおおお!!」
まるで、使い古した黒い油を全身に浴びているかのような不快さ。そして鼻に突き刺さる不快な臭い。
「まって!!まっ…おえ”ぇ”!!ま”っでぇ!!無理無理無理無理ぃぃぃいい!!」
瀬女が息を詰まらせながら、悲鳴にも似た声でそう叫ぶ。それに呼応するかのように「ミミズ」が体を縦横無尽に うねらせて、甲高い奇声を発する瀬女をはたき落とさんと苦心している。そして瀬女も、振り落とされまいとブヨブヨな表面に指を食い込ませて必死にしがみつく。
「痛い!!セナチン痛い!!」
必死過ぎて飛兎汰の髪を鷲掴みにしているが、必死なので仕方ない。
「無理ィ!!私こういうの無理ィ!!」
「痛い!!セナチン髪!!手!!痛い!!」
ミミズがその巨体をマンションなり家屋なりに擦り付け、そうかと思えば軽く反り返り、そのまま顔面を地面に叩きつける。それを何度も激しく繰り返す。そのたびに瀬女の握力は増し、それに応じて悲痛な少年の叫び声が響き渡る。
ミミズがその体を極限まで反りかえらせる。地上からはかなりの高さ。今手を離せばひとたまりもない。二人の指に力が入る。その状態から、ミミズが勢いよく地面に顔を叩きつける。
何もかもが揺さぶられる。視界も、髪も、内臓も。全てが激しく揺さぶられ、グチャグチャになってゆく。その滑りの強い表面も相まってか、とうとう投げ飛ばされてしまう。その粘液を体に纏わせながら、家の屋根かそれより高い場所から勢いよく落下して地面に落ちる。
「……セナチン…生きてる?」
服に纏わりつく粘液に、地面の砂がこびりつく。そんな粘液のおかげか、肘や足に目立った傷は無い。
「うん。多分…ひゅーちゃんは?」
「俺は大丈…夫……」
飛兎汰が上を見上げて顔をこわばらせる。何事かと見上げてみると、そこには先ほどまで必死にしがみついていたミミズが、その場からこちらの出方を見るかのようにして見下ろしている。その後方で、同じようにして2匹のミミズが待ち構える。目があるようには見えない。けど、こいつらは確実に私たちを見つめている。
「ひゅ…ひゅーちゃん……逃げ…」
そう言って立ち上がろうした途端に、前のめりに倒れこむ。
「おい、ほんとに大丈夫かよ」
足を捻ったのか、途端にその痛みが足を覆いつくしてゆく。何て運の悪い。
それを見てかは知らないが、ミミズが姿勢を変え、上を向いて大きく反り返り、地面と垂直な姿勢を取る。そうかと思えば、そのまま勢いよく倒れこんでくる。
その行動にはただただ純粋な殺意さえ感じる。ここまで潔いと逆に爽快だ。こいつは人を殺すためだけにここまで来て、殺す為だけにあの場所で待ち伏せて、こうやって、この殺し方を選んだんだ。私たちを踏みつぶそうとしているんだ。
「あ…ひ、ひゅーちゃん!!逃げて!!早くっ!!」
必死に絞り出したその言葉に飛兎汰からの返事はない。手と足が震えて、頬が硬直して、神経が恐怖で引きちぎれそうだ。
「ひゅー…ちゃん……早く…」
ミミズの腹が近づいてくる。このままじゃ押しつぶされる。押しつぶされる…?死ぬ…?死んじゃう…?
「セナチン」
そんな…これじゃあ…このままじゃ…どうしたら、あぁ、これじゃあ…!!
「立って…足!!立て!!早く!!立って!!動いて!!お願い!!だから!!」
足首を抑えて必死にお願いする。地面を力強く握りしめ、這いつくばる。
このまま死ねない。死ねない!死ねないっ!!!………のに…
「俺」
まだ、いっぱい…やりたいこと…あるのに。
「セナチンのこと、好きだ」
「へ?」
一体、こいつは何を言っているんだ。
「な…は……ちょっ、ちょっと!こんな時にふざけないで…!」
「ふざけてねえ。俺は本気だ。だから後で、返事、聞かせてくれ」
そう言って、その場にへたり込む瀬女の前へと出て、腕に巻きつけていた赤いタオルを頭に巻きなおし、両ポケットに手を突っ込んで、目と鼻の先にあるそれを睨み上げる。
これは…あの時の、あの男と同じ。でも、ちっぽけな背中。
息を吸いこみ、その、幼馴染の背中を目に収める。そうして脳に刻み込む。それは、確実にミミズの前に聳えている。小さくも力強い。すごく頼れる、大きな背中。
目を閉じ、その時を待つ。それは確実にこちらに迫ってきた。2人を覆い、踏みつぶそうとしていた。なのに、その時は来ない。土砂が弾き出される音も、人を踏みつぶす音も、何もしない。唯一聞こえたのは、甲高い、人の物ではない様な悲鳴。
もしかして…ひゅーちゃんが…?
頬を撫でるような冷たい風。掠れるような風の音。髪がなびいて唇に当たる。
瞼を、おもむろに開く。地面が見える。土だらけで情けなく震える膝と、先月買ってもらった白いスポーツシューズ。周囲に散らばった赤い液体。少しして、熱がこちらに伝わってきて、じわじわと熱くなる。この熱さ。知っている。あの日を思い出させるようなこの熱さ。これは。
ゆっくり、顔を上げる。
予感のした男がそこに立っている。ぜえぜえと息を切らし、それに呼応するようにして体の所々を覆う赤白い炎が揺らめいて動く。ドロドロとした液体を身に纏い、薄い髪の毛やその服は液体と共にぴったりと体に張り付いている。そんな男が、その焼け焦げ、グチャグチャになった肉塊の上に立っている。
「すまねえな、腹ん中だと姿勢がとりずれえんだ」
その男の前に立つ飛兎汰が、うつむいたままただ呆然と立ち尽くしている。
「飛兎汰、どうした」
「…別に」
飛兎汰がふてぶてしくそう返した。
そんなやり取りを眺めていると、男の後ろから地響きを立てて迫る2つの巨影を視認して、悲鳴の混ざった声を絞り上げる。
「危ない!」
「おっさん!後ろ!!」
肩から息を吸うようにしている達が飛兎汰のその一言で慌ただしく後ろを振り向く。
刹那、左側にいたミミズのその10mはありそうな頭部が、腹に響くような打撃音と共にブヨブヨの皮膚を弾ませながら宙に浮いた。そのまま首の皮膚が引きちぎれ、頭だけが回転しながら飛んで行く。その断面から血と内容物を吐き出しながら隣を並走するミミズに衝突する。そうしてそのミミズも又、同じく鈍く重い音と共にその巨大な顔をまるで巨人に殴られたかのように歪ませて、胴体を残して弾け飛ぶ。
2つの緋色の巨頭が、血をまき散らしながらその裂けるような口をだらりと垂らして瓦礫の上を転がる。残された胴体のその断面から内臓がはみ出て、なおも胴体はその場で藻掻き続ける。そうして、数秒の後に消沈し、完全に死にきる。
瀬女にしてみれば、この1分以内に処理しきれないことが起き過ぎて、もう理解をするのも面倒くさい。
「先生…」
飛兎汰の視線の先には、胸元のはだけた知っているような知らないような男が腕をまくりながら小走りに近づいてきているのが見て取れた。
どこまでも続きそうな鬱とした暗いトンネル、だがもう慣れた。鼻にこびりつく下水の臭い、でももう慣れた。変な二人組、ももう慣れた。揺れ動き続ける地面、もやはり慣れた。その揺れと同時に落ちてくる小石と土の粉末、それももう慣れた。
「こっちだ。」
前を歩く無機質な声の男、全く慣れない。
髪の毛は、一部を残して真っ白。逆純血のような髪色をしている。肌は一面の雪景色でも見ているかのように真っ白で、目は青黒い。その白い肌を包み隠すようにして漆色のスーツを纏う。それでもって背はこのトンネルの天井に当たってしまいそうな、すれすれのところまで高い。
「えっと、ろーれんす?さん。本当にセナチ、瀬女のいるところに向かってるんですよね?」
そう質問してみるも、返事が返ってこない。下水道に響き渡る靴のカツカツという音と、地響きと、それによってひびが入り、そこから落ちる小石なり外壁なりが横を流れる水面にポチャポチャと落ちる音の3つしか聞こえない。
「ごめんね明佳ちゃん。この人はザ・寡黙って感じの人だから」
その男の隣を歩く少々センスの欠けた仮面をしているショートカットの女性が笑いを含んだ口調でそういう。
「寡…黙……」
苦いものを口に含んだような表情でそう復唱する。
「隣のイケメン君はスペース以外に何か特技あるの?」
「言ったでしょ。恭介です恭介。明佳ちゃんのことは名前で呼ぶのに、なんで俺はそんな変な呼び方なんですか」
明佳の隣を歩くその青年が懐に手を突っ込み、面倒臭そうにそう返す。
「ごめんごめん。恭介くんはスペース以外に…」
「自分はスペース専門です。それ以外を極めるつもりはないです」
「確かに恭介がスペース以外の授業で起きてるとこ見たことないかも」
明佳が笑いながらそういうと、「うっせ」と半分面倒くさそうに言い放つ。
「なんでスペースだけ?」
仮面の女がそう尋ねる。
「IROに長谷部さんってスペースのプロがいて、かっこいいなって思って。今はその人が目標なんです」
それは初めて聞いた。この男にそんなしっかりとした目標があったのか。
「へぇー、初耳」
「言ってないからね」
恭介がそっけなく返事をする。
「長谷部って、もしかして長谷部 結城?」
「あれ、知ってるんですか」
「だよね、私の親友の同僚?に結城って人がいて、類を見ないほどの腕前なんだってね」
「長谷部さんの同僚ってことは、”シート”さんの親友さんって、IROの人なんですか?」
「おお、感が鋭いねえ。そ、そう言うこと」
「へぇ~、血族連の前会長だったり、総理大臣だったり、シートさんのコネクションえぐいっすね」
自分抜きで話が大いに盛り上がりだした。暗く鬱とした空間に場違いなほどの明るい話声が響き渡る。
なんだか負けたような感じがする。勝ち負けなんて別にあるわけではないが、なんといえばよいか。この完全敗北感。
すると、不意にずっと続いていた揺れが収まった。久しぶりの揺れない地面に、安心感よりも底知れぬ不安感を覚える。何があったのか。気になる。
「着いたぞ。」
先頭を歩く大股な男のその歩が止まる。
男の向く先には、ところどころヒビの入ったコンクリートの階段と、木材の蓋で塞がれた天井がある。先頭に立つその男が、ひび割れた階段の2段目にかがむようにして立ち、錆びれた取っ手を持って閉ざされた蓋を押し開ける。やっと外だ、長かった。久々の外の空気が、開いた隙間から土砂と共に流れ込む。やけに明るいその光を浴びながら、男と、仮面の女に続いて1段、また1段と昇ってゆく。
さっき、聞き間違いか。いや、確実にそう聞こえた。
「なぁ…もしかして、あの男って…あれか。お前らの先公か…?」
「え?あ、うん。そうだね」
やっぱりか。なんてタイミングだ。というか本当にただの先公か?さっきの訳の分からん破壊力と言い、あの見た目と言い、まるで強者のそれだ。
「坂口さん!!あぁ!!良かった、生きてたぁ~…加賀君もすごく心配したんですよ、ほんと…あぁ、良かった…あぁ…」
胸元のはだけ、腕をまくり、髪はかき上げられ、それであるのに気の抜ける眼鏡をかけるその男の表情が、その視界に瀬女を捉えるなり一気に緩くなる。
「先生、なんでここに。つか、他のみんなは、明佳と恭介は無事なのか」
飛兎汰のその質問に、その男の表情が強張る。
「皆さんは無事に合流して王室前の広場へ避難しています。が……明佳さんと恭介君は…まだ見つかっていないんです。すいません……」
「そう…っすか………あ、先生。瀬女が足を痛めたっぽくて、見てやってください」
「え?あ、はい。分かりました」
男はその場に膝をつき、瀬女が痛めたほうの足を手に持って軽くほぐす。
「坂口さん、痛かったら言ってください………これは?」
男が捻る角度を徐々に変えながらそう質問をする。
「痛くないです」
「………これは?」
「ちょっと痛いです」
その光景を見ながら考える。この男は何者で、本当に普通の教師なのかと。
この男の作り出した惨い光景に目を向ける。ミミズの顔と胴体が、二匹とも見事に離れ離れになっている。胴体の方はまだぴくぴくと動いてはいるが、頭の方は完全に停止している。
「軽く捻ったんでしょう。どうですか、走れそうですか。無理なら私が背負いますよ」
瀬女がゆっくりと立ち上がり、その場で軽く駆け足をして見せる。
「行けそうです。ちょっと痛いけど、聖都までならなんとかなると思います」
「そうですか、良かった」
男は胸を撫でおろして腰を上げる。
「なぁ、先生。俺らが無事なのは何もかもあのおっさんのおかげなんだぜ?」
飛兎汰がニヤつきながら達の方へと視線を向ける。
「あ、あなたが?それはそれはどうも、ありがとうございました」
その男はその場で姿勢を正し、奇麗な45度のお礼をして見せる。
「え、あ、そんなん、よしてくれ」
「あの、お名前を聞いても...?」
「あぁ、五達だ。阿沙碁 五達。よろしくな」
その名を口にすると、その男の表情が途端に明るくなる。
「おぉ!あなたが彼の有名な白爍の達さんですか!!いやぁ、心強いです!」
「その呼び名は恥ずかしいからそんな大声で言われると…それで、あんたは?」
「これは、失礼しました。私はこの子達の教師をしております、上石神井 伸介と申します」
上石神井が手を差し出す。達が少々躊躇いながらも渋々その手を握り、握手を交わす。
「それで、さっきの…」
達のその言葉を遮るようにして、すぐ後方からまたもバケモノサイズのミミズが大地を貫き、地表にその姿を現す。山より大きいその巨体が、その4人を一瞬にして影で覆う。
「クッソ…!!こいつら、いいかげんしつこいぞ!!」
達がそう叫ぶ。
「すまんが大技を連発するほどの体力はねぇ!逃げっぞ!」
続けてそう叫び、王室向けて走り出す。瀬女、飛兎汰もそれを追うようにして走り出す。
しかし、伸介はその場に立ち尽くしたままで、4秒、5秒と経っても一向に動こうとしない。それに気づいて、先を急ぎたいその足を止める。
「おい、伸介さん!なにしてんだ!!死ぬ気かおい…」
一体あの男は何なんだ。
「上石神井先生なら大丈夫だから、早く!」
瀬女がそう急かす。
「大丈夫って…そりゃ…」
「阿沙碁さん!その子達をよろしくお願いします!」
伸介が丸眼鏡を少々土に汚れたポロシャツで拭い、背中を向けたままそう言った。
「なっ…あ、あんたも…死ぬんじゃねえぞ!」
もう色々とめんどくさい。どういうことだかさっぱりだ。少しの苛立ちを抱えて再度走り出す。
「おい、せら…だったか?さっきのってどういう意味だ」
「瀬・女!覚、えて!で、さっき、のって?」
隣を走る瀬女がそう言いながらしんどそうに息を切らす。
「さっきのあいつなら大丈夫ってやつ。ありゃどういう意味なんだ」
「あ、あぁ、それね。それはね、上、石神井先生は、ね、凄い強い、から、大丈夫って意味」
少々辛そうにしているが、なおも質問を続ける。
「強いって、あいつも有段資格者ってことか?」
「ちが、違う違う、達、さん、も、み、見たでしょ?、あの、は、迫、力」
「あんときは上手く目で追えてなかったが、確かにすごかった。ありゃなんだ。あいつは何者だよ」
「え、えと、ね。はぁ、はぁ。あれ、はゲホッ、ね、あ”ぁ”、あ”ぁ”、も”う”、ム”リ”ィ”……」
そう濁点交じりの声を出し、次第に瀬女のペースが落ちて、その場で膝に手をつき足を止める。
「は?もうギブ?お前もっと走れただろ?まだ100mくらいしか進んでねえぞ」
飛兎汰が微かな嘲笑を交えてそう言って背後の縁石へ軽く腰掛ける。
「うる、へい…」
そうして暫くの深呼吸の後、瀬女の少々震える唇が動き出した。
「先生、はね。ノーマンなんだ」
瀬名がそう言った途端、あの鈍い音が再度地面を伝わり周囲を震わせる。来た道を振り返ると、先ほどのミミズが血と肉の塊となって空を赤く彩っているのが見えた。
このサイズでは先ほどの様にはいかないだろう。本気を出さなければこちらが飲まれるか。そもそもこちらに気付いているのか。彼らはもう十分に離れただろうか。粉々にした後、その肉塊が無関係の人間に降り注がないだろうか。どう殺すのが正解か。軍にいた頃には自分と体格が同じか、常識的に桁外れなサイズの血族動物ぐらいしか相手にしたことがなかった。こんな東京タワーみたいなバケモノと対峙するなんて考えもしなかった。
私はまとまらない考えをそのままに拳を握り、腰を据えて構え、同時に踏み込み、地表から出続けるその粘り気のある皮膚に向け、思い切りの正拳突きをお見舞いする。
しかし、先ほど殺した二匹のバケモノのようにはいかなかった。皮膚が破け、血が噴き出し、そこから淡い色の臓物などがはみでたものの、致命打と呼ぶには乏しすぎる一撃だ。不甲斐ない。が、幸いにもこちらに気付かせることはできたようで、天を貫くそのてっぺんが180度方向を変え、私目掛けて突進をしてくる。
それはそれは都合が良い。
私は斜に構えて、もう一度拳を、今度は己の厚い皮膚が捲れて赤く染まるくらいに強く握った。姿勢を低くし、腰を地面すれすれまで落とし、股を広げ、上を見上げる。
そのグロい顔がこちらに迫ってくる。その重圧が呼吸を妨げる。鼻から深く息を吸って、止める。そうして、ここぞと言うタイミングで、胸に詰まった張り裂けんばかりの空気と共に、溜めに溜めた全力の拳をその顔面に叩き込む。
空気が震える。衝撃を受けたその柔い表面が信じられないほどに凹み、そこから一拍子遅れて「ドン」と、鈍い音を震わせながら、地表に出ているミミズの胴体の半分深くまで大きく食い込み、縮んでゆく。次の瞬間にはその体の真ん中から連鎖反応でも起こしたかのように炸裂し、皮膚が裂け、地表に出た全ての肉が、ただの血と大きな肉塊となり降り注ぐ。
さて、これでは掃除が大変だ。
「落ちて来た物を砕いて、片しやすくしておきましょうか」
そう呟き、真っ赤に染まった襟元を正す。
非難救助をあの2人に任せて本当に良かった。どこを見ても逃げ遅れた人はおろか、死体の一つも見当たらない。腐ってもサーティ。不幸中の幸いと言うのか、おかげで少しの力でミミズを狩れる。
「……が…ん!…かが…ん!」
無線が復活したのか、聞きなれた男の声が無線機を介して聞こえてくる。
「鑑…ん!聞こ…すか!鑑さん!」
急いで無線機を取り、話しかける。
「シンツァオ?どうですか?」
「あ、鑑さん!良か…じゃない、えーと、成は少し待ってほしいとのことです」
「…なぜ?」
「どうやら西条区の、特に丹野町の避難状況の報告が未だ来ていないようで、それが確認できるまで待ってくれと渡邊さんが」
「…今、その場に渡邊様がいらっしゃるのですか?」
「はい、変わりましょうか?」
「…お願いします」
そう言うと、無線機の向こう側から幾数名の話し声がした数秒の後に、シワ枯れた、強者の特権である余裕のそれをヒシヒシと感じ取らせる口調をしたご老人の声が聞こえてくる。
「………あぁ、やぁ、鑑くん。元気か」
「渡邊様、お久しぶりです。急なお呼び出しに応じていただきありがとうございます。単刀直入に、いくつか質問させて貰ってもよろしいでしょうか」
「…いいよ」
「ありがとうございます。まず一つ目がこのミミズの正体です。彼らは何で、どのような目的でここにいるのか。
二つ目が西条区丹野町の避難がまだと聞きましたが、その他地域では本当に避難が完了しているのか。三つ目が…」
「待て待て…そんな一気に言われちゃかなわんよ。こう見えてももうすぐ八十路。かわいそうなじじいだと思って労わってくれよぉ…」
「あ、も、申し訳ございません!ついつい焦ってしまって...」
「…はは、良いんだよ…それで、一つ目があやつらの正体だナ?そうダな……アァ、済まないが。まだ、何も分かっとらんのだよ」
「そう、ですよね」
まぁ、そうだろうとは察していた。でも、それが分かれば少しはこの”殺す作業”も捗るはずなんだ。あれがただのミミズの変異個体なのか、それとも…
「ただ、私の憶測でよければ話そうか」
「…お願いします」
それとも、変異個体なんかでなくて、もっと単純で、身近にいる
「まぁ……ありゃ、血族動物で違いないワ」
「………やっぱり」
「なんだ、君もそうか」
「……はい。薄々と、そんな気はしていました。ミミズの血族動物…ですか」
「…私はちと違うな」
「……違う?」
「血族動物だからと言ってたかがミミズ如きがあそこまで大きくなるはずもなく、あれほど統率が執れる頭はも無いはずだ。つまりは、ミミズを模した生物兵器…その元となっているのが血族動物とゆゥような……血族動物一匹の身体と生物としての情報を脳みそとして稼働させた、駆逐艦というのか……」
「…つまり、血族動物を依り代にした兵器……」
「まぁ、これ等は私の勝手な見解なわけで、決めつけないでは欲しいけど、ここを狙って襲ったのにも裏があるはずなんだ。まぁ、凡そ目くらましか何かに違いないが、なんともきな臭い……あぁ、いかんな。それで、二つ目の、丹野町以外は本当に避難が完了しているかどうか、について。流石はサーティと言ったところか、あの双子、ようやってくれたわ。タッタ30分で九万人も救いおった。たまげたたまげた」
「そう、ですか。彼女たちが…」
「とんだ特異能力ダよあれは。おかげで丹野町も含めた”西条区の”死傷者は今現在ほぼゼロ。あとは丹野からの報告次第で……あぁ、だけども…」
そこまで渡邊の話を聞き、その言葉の次にくる言葉を想像して寒気を催す。
「……そこから先は聞かんほうがええだろう……痛いほど分かる。悔やんでも悔やみきれん。この数時間で救えない命が、救えたはずの命が多過ぎた」
「…………」
「そして、ソレとはまた別に確実に救える命も、そこらへんにまだまだ存分に転がっている。クヨクヨするんはそれを救い取った後に残しておけ。ほら、三つ目の質問をしなさい」
「……分かりました。三つ目の質問なのですが___」
男は、その少女の口から出た言葉に”何を言っているんだこのガキは”とでも言いたげな表情を浮かべてその場に立ち尽くす。口を半開きにし、そうしてようやく声を出す。
「おいおい、嘘こくならもっとマシなものをだな…」
「なっ、嘘じゃねぇよ!さっきの見ただろ!!」
達の嘲笑が交じったその言葉に、飛兎汰が噛みつくようにして必死に返す。
「あれでノーマン……いやいや、流石に無理があるだろう。あれがただの人間に?」
達は尚も疑心暗鬼な顔を向け、思い出したかのように周囲に目を配る。
「なぁ、セナチンも何か言って…って、お前まだバテてんのかよ」
「うる、せい、わ」
膝に手をつき、汗を拭いながらそう言ってみるも、男二人はこれと言った反応も見せず、信じられる信じられない論争を続けた。
「ノーマン…本当にノーマンなのか…本当に?」
「あぁ、本当だぜ」
「…信じられん…何か体に改造手術的なのをやってたり...」
「してねぇよ!上石神井先生はなぁ、日本に数人しかいない...」
飛兎汰がそこまで言うと、達は何かを瞬時に悟ったかのようにハッとした表情を見せる。
「反遺伝か…」
「え、おっさん知ってんの?」
「あぁ、実は俺んとこのガキンチョ…も?…………ぁ…あぁ!!」
そこまで言うと、達は腑抜けた声で叫び、呼吸も、瞬きも、目をゴロゴロと動かすこともせず、ただ何もない一点を見つめて固まった。そこから数十秒と経っても動くことはしなかった。
「はっ……はっはっ」と、崩れたリズムで繰り返される息遣いはかろうじて聞こえるものの、それ以外が全く動くことは無く。なにか、目の前で信じがたい出来事を目撃した。或るいは、何か、大きな間違いをしてしまったような、大切なものを忘れてしまっていて、ついさっき思い出したような。そんな衝撃を全身で感じ取っているようだった。
「おいおい…はは…嘘だろ…俺は……」
やっと口にしたその言葉と共に、達は二人を置き去りにして、その道をまっすぐと、力の無い足取りで、必死に踏みしめながら走っていった。
「あぁ、あぁ、あああ、あ、ぁ...」
その情けない声が蚊の羽音と大差ないほどに微細になり、いつしか聞こえなくなっている。
「............」
「............」
今まで嫌と言う程に頼れていた男が、情けない声と共に霞んでゆく。そしてその後ろ姿をただ唖然として眺めることしかできない。
必死に呼吸を整えていた瀬女も、唐突の出来事に息もできない。
「…え」
飛兎汰がその一声を絞り出す。
「どゆこと……」
それに続いて瀬女もそう呟く。
急に悪魔が取り付いたような、そんな喚き方。忘れ物でもしたかのような。
「と、とりあえず王室、王室まで行こ、セナチン」
「え、う、うん」
そうして飛兎汰が足早に走り出す。
「ちょ、ちょっと、もっとゆっくり…」
瀬女が手を伸ばしながらガクガクと震えるその足で走り出す。
ねっむ!!!!!




