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鎗の向こう。~藤吉郎、小一郎異聞 ~【改訂版2】

作者: 吉高 都司
掲載日:2025/11/02

 夏が終わり実りの秋がきて、村々では収穫作業も一段落し、今度はそこここで、秋祭りの準備にと余念がなかった。

 秋祭りは、今まで抑圧された日々を解放するといった意味も込め、ある程度の無礼講は赦された。


 そんな折、

 火球が落ちてきたと、代官屋敷にその報がもたらされたのは、丑三つ時をすぎたころで、村からの距離を逆算すると、おおよそ数刻前に、落ちてきたと思われた。

 すぐさま、代官は足軽と馬廻りに、すぐ出立の指示と、手下に武装の用意が整い次第、逐次出立するよう言い付けた。

 そして分かり次第詳細を報せる事。

 代官は足軽を送り出して、主君に一報をいれるべきと思ったが、主君も、これ幸いと、影響力を付ける口実ができたと、一気呵成に、口を出して来るのではないかと。

 折角、先代からの苦難、苦渋を耐えて、ここまできた、ここまで広げてきた。

 易々と、部外者に、領地換えとかなんとか言い包められて、今日昨日来たやつらに、掻き回されてたまるか。

 そう思いながら、駆けて行く足軽の後姿を見送った。


 闇はまだ暗い。

 ただ、月明かりが、ありがたくも馬の駆け足の速度を落とさず、思ったより早く到着しそうだった。

 村に、近づくに連れ、村の方角がうっすらと明るくなってきたことが、足軽の胸騒ぎを一層搔き立てた。


 道端の両脇の、草むらの陰に、人影が複数認たので、馬を停めた。

 誰か、どうしたか、何があったか、手短に申せ。

 足軽は基本馬に乗ることは無いが、この足軽は出世頭として、今回の事象について特別赦されていた。


 馬上から回りの隠れている人間にも敢えて聞こえる様に大声で叫んだ。

 すると馬上の周りに、ワッと、飛び出してきた、あるものは乳飲み子をかかえた女、裸足のままの婦人、杖を付きながら若者に抱えられた老人、鎌を片手に仁王立ち村の若者、お互い支え合いながら足元もおぼつかない老夫婦。子供だけ肩を寄せ合いながらここまでやって来た者、若い女性の集まり、いずれも着の身着のままと言う出で立ちだった。


 この中に、庄屋の者は何処、と叫ぶと、

 ここに、と一人の見知った若者がやって来た、


 足軽は

 如何いたした、有り体に申せ、と言うと、


 ニッと若者は笑い、数刻前火球が田の中に天より落ちてきた火の玉があり、それが田の真ん中に落ち田には大きな穴が開いた故、

 続けて若者は、

 そして暫くすると中から熊ぐらいの大きさの蝗虫のような物が這い出てきたと思うと、周

 りの牛やら、鶏、そして家に入り込み中の人を食い荒らし始めた。

 また、その蝗虫は家の柱や土壁を薙ぎ倒し恐ろしいほどの轟音が村中に響き、叫び声や断末魔が村中に響き渡った。

 薙ぎ倒された家の下敷きになった、囲炉裏の火が、潰れた家の下からあぶりだされ、瞬く間に燃え広がった、もうその頃になると異変に気付いた村中の人々は燃えている反対方向へと逃げ、今その者たちを束ねているところであると。


 笑ったのは、庄屋の息子、そして笑われたのは身分はかろうじて士分である足軽である。

 が、故あって、それまでは同じ大庄屋の息子同じ身分であった兄弟だが、先の戦でどさくさにまぎれ、士分に取り立てられ、その中でも一番低い足軽として、半分農民と言ったところだった。


 同じ大庄屋で片や、農民のまま、片や、運よく士分になった者、その経緯を知っているからこそ、元々同じ身分の者が何を偉そうにと冷笑を込めた笑いだった。


 俺も機会があれば侍になって、大名になって、お前たちをひれ伏させてやると常々思っている。

 だから、慇懃無礼な態度をどうしても取る。

 フンと。


 足軽はその思っていることが手に取るように解る、当然同じ農民出であることは当然だが同じ兄弟であるからなおさらだ。


 手に持っている、短槍を馬の上から、庄屋の息子に手渡し、案内せいと

 馬を走らせた。

 暫く走り、見送る村のみんなから視線が届かなくなった距離峠の向こう側に辿り着くと、いつまで、馬に乗って偉そうにしてんだ、と、大庄屋の息子は馬上の足軽に言った。

 馬から降りた足軽は、お前だって立身出世を目指せばいい、俺は飛び出しこの手でつかんだ。

 と言った。


 お前の顔を立てて、侍の前の農民役をやってるんだ感謝しろ。

 と、庄屋の息子。


 なんだと、身分を舐めるなよ。

 と、足軽が息巻いた瞬間。


 嫌な音がした。

 チキチキと、そう蝗虫の羽根や、体を震わす時に出る音。

 気が付けば、二人は村の入り口付近だ。

 ッヒュと風を切る音と共に、引いていた馬が真っ二つに割れ、臓物と血が辺り一面まき散らされた。

 大庄屋の息子と足軽はどうと、草むらに飛び退き視線を地面と同じにした。


 人の一生は、多分鑓の先の点でしかなのでは。

 たった一つの点、それに賭ける勇気があるか。

 そう思いながら、

 草むらで、呼吸を整え敵、蝗虫もどきがそうならば敵と呼ぶのが正しいのだろう。

 それが通過するのを待っている、整えながら、気配を消しつつ、そう思っていた。

 鑓の先が呼吸の上げ下げで合わせるように上下に動いていた。


 チキチキと羽音を鳴らしながら、馬だった肉塊の前で蝗虫はゴリゴリと音を立てて喰らっていた。

 村を脱出する時に、燃え盛る家の炎の明かりで見たそいつはまさに異国で聞く虎そのものだった、体は熊の様大きく、虎の様に獰猛で蝗虫のような出で立ち。


 ふと横を見ると横には、同じ村で同じ志を持っていた、足軽と言う男がこっちを振り向いて静かにしろと小声で言った。


 草の青臭い匂いが鼻につく、今注意した男に誘われ、村を出奔し、一旗揚げるべく悪党の砦の入り口をくぐった、悪党から、お抱えの武闘集団となって大名に抱えてもらおう。

 そして、華々しい活躍で、手下を何人も抱え、領地を抱え、女も抱え、金も何もかも抱えることができる、そんな事を夢見て出てきたはず。


 だが、そんな妄想は妄想であると、いやと言うほど思い知らされたのは、三日も立たない内だった。

 一緒に出てきた何人かは嫌気が差して出ていったが、あくる日には首だけが戻って来た。

 見せしめであろう。

 もう後戻りはできない、そう思ったとき。

 希望や妄想は絶望に変わった。

 仕方のないことだ、自分が選んだことだ。


 少し視線を上げてみた、敵がまだ得物をゴリゴリ捕食しながら歩いてきた。

 こちらは鑓などの武器しかない、相手は、人間でない。

 抗わなければ死。

 この鑓の向こうに、きっと希望はある。

 そう信じて、草むらを飛び出した。


 槍は確かに蝗虫体を貫いた。

 ギと言って蝗虫は後ずさりして草むらの中に入って行った。

 草を掻き分ける音が草むらの奥の方に遠ざかり、シンと辺りは静になった。



 庄屋と足軽は元々、この村を出て、一旗をあげるべく、兄弟そろって侍大将になって一国一城の主となって、凱旋してやると意気揚々と出て行ったが、先にも言ったように命からがら戻って来た。

 だが、一方は運よく末端であるが士分として帰って来て、一方は未だ庄屋と言う農民に甘んじている。

 忸怩たる思いとはこの事。



 槍の先を見てみると、蝗虫の血のような物がべったりとくっついていた。


 草むらの中で足軽は言った、妖怪や物の怪の類で無ければ退治が出来る。

 鵺退治をした源頼政の様にこれで一旗揚げれるんじゃないか?


 庄屋の息子はフンと笑い、もう武士に未練はない、俺には他にやることが。

 ホウ、武士以外で何か見つけたのか?


 そう言う足軽の言葉を遮るように、再び蝗虫は風に乗るように空を滑って二人の前に着地し、横から薙ぎ払うように何本もある棘の付いた触手を繰り出した。


 不意を突かれたが、日々鍛錬は怠っていない、二人とも躱し、足軽は刀を繰り出し、庄屋のはもう一度槍を繰り出した。


 触手の何本かは切り飛ばし、絡め飛ばすことに成功した。


 怯んだすきに、足軽が走るぞ、と言って、村の方にかけ出した。


 刀や、槍で突けるなら。

 と或る算段を付け、村の中に入った。

 まだところどころ、家が燃えているところがあり、この村だけ皓皓と明るかった。


 お前は、一人村を捨てて、幼馴染も捨てた。

 庄屋の息子は足軽に言った。


 それはお前も同じじゃないか。

 今度は足軽が庄屋に。


 だが、俺は戻った。

 庄屋。


 女如きで貴様は夢を捨てるのか。

 足軽。


 悪いか、何かを犠牲にしなくてはならない夢なんて、本当の夢じゃないと俺は気付いたんだ。

 庄屋。


 そんな、青臭い事で叶うもんか。

 足軽。


 叶えて見せるさ。

 庄屋。


 おもしれえ、見せてみろよ。

 足軽


 また、蝗虫の風が舞い降りてきた。

 今度は横から地面を這うように触手を振り回しながら。


 グ、と言って足軽は弾き飛ばされた、刀で触手を防いだおかげで、体は真っ二つにならずに済んだ、が。

 一町ほど弾き飛ばされた。

 運よく、田のため池に落下し事なきを得た、が、水の中。気絶したままでは溺死してしまうと、庄屋は駆けだした。

 追いかけるように、蝗虫は地を這っていた。


 ため池の端に這い出てきている足軽を見ると、庄屋はすぐさま方向転換をした。

 足軽の方に直進する事を一か八か賭けてみた。

 こちらに付いて来るようだったら万事休す、俺の運命もここまでだ、庄屋で一生過ごす事も、侍になる夢も潰える。

 或る意味これからの人生を賭けてみた。



 蝗虫は、真っ直ぐ池の端に向かって直進した。



 足軽は叫んだ、

 貴様、俺を見殺しにするつもりか。


 庄屋、

 ああそうだ、お前がここでくたばれば、代わりに俺が足軽になってやる。


 足軽、

 くそう、飛ばされた衝撃で思い通り動かねえ、覚えていやがれ。



 チキチキと言いながら触手の棘が、口らしきものが、大きく足軽を包み込みそうになった時。


 眩い光と轟音と、色とりどりの光の塊が蝗虫を包み込んだ。


 その後ろには、庄屋が木筒を抱えて、立っていた。

 その木筒から放たれた秋祭り用の打ち上花火を蝗虫に向けて打ったからだ。

 煙が木筒からもモウモウと立っていた。

 足元にあるもう一本の木筒に火をつけ、狙いを定めた。



 二発目の花火の直撃で、蝗虫はバラバラになり、ため池の中に残りの胴体がざんぶと崩れ落ちた。


 途端にため池の中で、残された胴体は暴れまくりそして静かになった。


 庄屋は思った。

 何故だか分からないが、傷を負ったままでため池に入るなんざ、ただでは済まない。

 真っ赤に腫れて、膿が溜まってしまう。

 体が裂けた状態ならなおさらだ。


 それを証明するように、暫くすると池の中にある、細かい虫や蛭や、魚がそれらをついばみ始めた。


 足軽を見下ろしながら、どうでい、農民の頃を思い出したか。

 庄屋。


 うるせい、井戸のところとまで案内しやがれ。

 足軽。


 ザブザブと頭から、水を掛けながら、なあ、あいつは一体何だったんだ。

 足軽。


 知るもんか、火の玉から来て、池で死んだんだ、火を水で消すで、いいんじゃねえか。

 庄屋。


 なあ、

 足軽。

 なんだ、

 庄屋。

 やっぱりお前侍にならねえのか。

 足軽。

 まあ、今度、大戦(おおいくさ)があれば乗ってやってもいいがな。

 庄屋。

 お前となら、天下獲れんじゃねえか。

 足軽。

 さあな。

 庄屋。


 小一郎は藤吉郎につれなく言った。



『宇曽葉梨 著  「遠塔大伝」第二十四巻 第三章より』(現代語に抄録)


元の土台がありまして、肉付けをして再度投稿してみました。お時間があって、目を通していただければ幸いです。【1月12日題名と内容を少し改訂いたしました。】

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