部屋の小さなブラックホール
「……なんっだ、コレ……」
長谷悠真は思わず椅子から立ち上がった。その日、悠真はいつものように部屋でパソコンをいじっていただけだった。ところが、何か不審な物音に気づき、振り返ると、渦を巻く真っ黒な何かがそこに浮かんでいるのを目にしたのだ。
それは、そこだけ空間を歪めているように存在しており、まるで小さなブラックホールのようだった。突如として起こったこの不可解な現象に思考は一時停止する。悠真は恐る恐るそれに近付いた。
近くで見てみると、やはりこれはブラックホールではないかと悠真は思った。というのも、偶然にも昨日、動画でブラックホールが惑星を吸い込む映像を視聴しており、形状がそれにそっくりだったからである。
小さくても圧倒的な存在感……。未知への恐れと興奮が混ざり合い、頭がクラクラしているが、妙に惹きつけられてしまい、目を離す事が出来ない。そうして好奇心が抑えられなくなった悠真がそれに手を伸ばすと、案の定、あっという間に体はブラックホールに呑み込まれた。
「うわあああ〜っ! ……ゔッ、……いって……!」
呑み込まれてから吐き出されるまでは割とあっという間だった。投げ出され、悠真は地面を一回転する。そこはもう自分の部屋ではなかった。不思議な雰囲気の、のどかな大自然が広がっている。
「……なんだ、ここ……」
そこが普通ではない事はすぐに分かった。踏めば緑から黄色に変わる草やクルクルと花弁が回る花、模様が替わる蝶や八枚の羽を持つ長いトンボなど、これまで見たことのない草花や生き物がそこには存在していたからだ。困惑するばかりで、あまり身動きも出来ないでいると、遠くから音を立てて何かがこちらに近づいてきた。確認すると、それは三つ目の馬に乗った者たちで、すぐに悠真は取り囲まれる。「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げる悠真に対し、その者たちは下馬すると次々にその場に平伏した。
「お待ちしておりました勇者様! どうか魔王を倒して下さい!」
人間にしては胴体だけがやたら大きく、足が短い者たちがそんな事を言ってくる。悠真は最初こそポカンとして、その者たちが何を言っているのか分からなかった。けれど、その後も「勇者様!」と呼びかけられると、否応でも言葉が耳に入ってくる。
「……え? は? 勇者って俺ですか!? しかも魔王って……」
「ご理解頂けましたか、勇者様!」
「……いや、理解も何も勇者って……」
「さあ、それでは参りましょう勇者様!」
「……いや、だからっ……」
半ば強引に、悠真はそこから連れ出される。そのまま王城へと案内された。
「よく来てくれた勇者殿!」
城ではその国の王が悠真を迎え入れた。王の両隣には王妃と王女がいて、さっきよりも少し丁寧な説明を受ける。