表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の誓いは時を超えて 〜騎士、フェンシングで世界を制す〜  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/33

春の始まりと新キャプテンの責任

桜がほころぶ校門をくぐった瞬間、柔らかな風がレオの髪を揺らした。

 高校三年──最後の一年が始まる。


 フェンシングバッグを肩に掛け、部室へ向かう足取りは軽いようでいて、胸の奥には妙な重みがあった。

 扉を開けると、すでに後輩たちが道場で剣を交えている。軽やかな足運び、打ち込みの音。そこに漂う空気は、もう彼らが“下級生”ではないことを物語っていた。


「おはようございます、キャプテン!」

 二年の小山田が、剣を構えたまま笑顔で声をかける。

 一年の北園も、勢いよく礼をしてくるが、その目は「早く試合してください」と言わんばかりにギラついていた。


(頼もしいけど……もう俺が背負う側なんだな)


 レオは道場の中央に立ち、練習メニューの指示を出す。

 小山田の構えに崩れがないのを見て「そこ、肘をもう少し締めろ」と短く助言。

 北園の荒削りな突きを受け止めて「力任せじゃない、間合いを読め」と冷静に指摘する。


 後輩たちの成長は素直に嬉しい。だが、同時に胸の奥がざわつく。

 強くなる彼らの背中を見るたび、自分が負けるわけにはいかないという思いが強くなる。

 キャプテンとして、先頭に立ち続けなければ──。


「先輩も、もう最後の年ですね」

 休憩中、小山田の何気ない一言が胸に刺さった。

「……そうだな。負けられないな、俺も」

 レオは笑顔で返したが、その声色はどこか硬かった。


 練習が終わり、後輩たちが帰ったあと。

 レオはひとり道場に残り、剣を握った。

 足さばき、構え、突き──淡々とした動作に、汗が滲む。

 夜の道場は静かで、自分の呼吸と剣先の軌跡だけが響く。


(後輩たちが強くなるほど……負けられない)


 突き出した剣先が、空気を裂く音がした。

 最後の一年、そしてキャプテンとしての覚悟が、その音に刻まれていくようだった。



夕方の部室は、練習を終えた部員たちのざわめきで満ちていた。

 シューズを脱ぎながら、一年の北園がスマホを掲げる。


「先輩、これ見ました? 伏見さん、強化選手候補に入ってますよ!」


「マジかよ、もう大学入ったばっかじゃん」

 二年の小山田が感心したように声を上げる。

「やっぱすげーなぁ、あの人」


 画面には、大学のユニフォームを着た伏見蓮が映っていた。

 鋭い視線、まっすぐな剣先。あの時と何も変わらない──いや、むしろさらに研ぎ澄まされている。


(やっぱり……あいつは進んでる)


 レオは何気ない顔で道場の隅に防具を片付けた。

 後輩たちは「やっぱ伏見先輩って化け物ですよね」と盛り上がっている。

 でも、その輪にレオは入らない。ただ静かに、心の奥が熱くなるのを感じていた。


 練習が終わり、皆が帰ったあと。

 道場にはレオひとり。

 額から汗が落ちるのも構わず、何度も突きを繰り返す。

 木霊する剣の音が、自分への問いかけに聞こえる。


(あいつに、もう一度──)

(いや、次は……勝つ)


 レオは剣先を静かに下ろし、深く息を吐いた。

 “再戦”の二文字が、胸の奥で強く光る。

 それは、ただの目標じゃない。約束のようなものだった。



放課後の道場に、木の香りと防具の擦れる音が満ちる。

 レオは剣を収めると、そのまま顧問の呼び出しを受けて職員室へ向かった。


 顧問の佐伯は、長身で寡黙な男だ。

 机に置かれたレポートを一瞥し、レオに静かに言葉を投げかける。


「勝ちたいなら──チーム全体を鍛えろ。お前だけが強くても、団体戦は勝てない」


 短い言葉に、レオは胸の奥を射抜かれた気がした。

 これまでは、自分が勝てばいいと無意識に思っていたのかもしれない。

 キャプテンとしての視点。チームをどう導くか。重さが肩に乗るのをはっきりと感じた。


 ***


 道場に戻ると、二年の小山田と一年の北園が模擬試合をしていた。

 小山田は守りのバランスが取れ、無駄がない。北園は勢いよく仕掛けるが、荒削りだ。


「よし、次は俺とやろうか」

 レオが声をかけると、北園が目を輝かせた。

「キャプテン、本気でお願いしますよ!」


 開始の合図と同時に、北園は全力で突っ込んでくる。

 レオは鋭い剣さばきで受け止め、冷静に反撃。

 一瞬でポイントを奪うと、北園が悔しそうに叫んだ。

「もっと本気で相手してくださいよ!」


 その言葉に、レオは思わず笑った。

 けれど、内心では別の感情が湧いていた。


(そうだな……後輩たちに“背中”を見せないと)


 小山田が試合を見守りながらぽつりと言う。

「自分も……次のキャプテンになれるように、頑張らないとな」


 道場に流れる空気は穏やかで、それでいて張りつめている。

 仲間たちは確かに成長している。その事実が、レオの胸に新しい責任を刻み込んだ。



夜風が少し冷たい春の帰り道。部活を終えたレオが玄関を開けると、ふわりと味噌汁の香りが漂った。

 ダイニングには母が夕食の皿を並べており、父は新聞を畳んでちょうど腰を上げるところだった。


「おかえり、レオ。今日も遅かったのね」

 母の声はいつもどおり柔らかい。

「練習が長引いただけだよ」

「試合ばかりで大変ね……ちゃんと食べてるの?」

 気遣う母に、父が口を挟んだ。

「今が一番楽しい時期だろう。苦しいくらいがちょうどいい」

 剣道三段の父らしい、豪快な笑みだった。


 食後、父がふいに言った。

「ちょっと来い。手合わせでもしてやる」


 ***


 庭先で、木刀を構えた父とレオが向かい合う。

 月明かりが二人の影を長く伸ばしている。

「いくぞ」

 木刀が軽く打ち合う音が響き、互いに間合いを探る。

 父の一撃は鋭い。だがレオは体さばきでかわし、すぐに返す。


「ほう、だいぶ剣先がぶれなくなったな」

 稽古を終えると、父は木刀を下ろして言った。

「覚えておけ、レオ。お前の剣は“型”じゃない。“心”だ。剣に宿るものを信じろ」


 レオは思わず息を呑んだ。

(心の剣……俺の戦い方は、それでいいのかもしれない)


 父は深く追及せず、ただにやりと笑う。

 レオの胸に、その一言が深く刻まれた。

 それは後に“守る剣”という信念へと繋がる、静かな伏線だった。



夕暮れの道場に、練習を終えた余熱だけが残っていた。

 部員たちが帰った後も、レオは一人で竹刀袋を肩にかけ、ゆっくりと校舎の屋上に向かう。


 春の風が吹き抜ける。西の空には桜色がまだ残っていて、茜に溶けていく雲がゆっくりと流れていた。

 レオはフェンシング用のグローブを外し、汗で少し湿った掌を風に晒す。


(今年が最後だ)

(もう迷わない)


 指先をきゅっと握りしめる。胸の奥に熱いものがこみ上げる。


(俺の剣は……俺だけのものじゃない)


 後輩たちの真剣な眼差し。顧問の厳しい言葉。父の声。

 そして、遠いどこかで剣を振るう伏見蓮の背中。

 全てが重なり合い、レオの中にひとつの答えを描いていく。


 視線を空に向ける。

 赤く染まる雲の向こうに、まだ見ぬ戦いの舞台があるような気がした。


「――行くぞ」


 その目は迷いなく、まっすぐに未来を射抜いていた。

 屋上の柵に吹きつける春風が、静かな誓いを運び去る。


 次の章で待つのは、再び訪れる試練。

 レオの強い視線で、場面は暗転した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ