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剣の誓いは時を超えて 〜騎士、フェンシングで世界を制す〜  作者: 南蛇井


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17/33

伏見蓮戦

――準決勝。

全国常連の名を持つ強豪たちが並び立つ舞台は、すでに熱気で満ちていた。


観客席のざわめきは、いよいよ始まる一戦への期待を隠しきれない。

「ついにこの対決が見られる」――そんな囁きが、空気をさらに震わせる。


レオはコート中央へと歩み出た。

向かいに立つのは、伏見蓮。

無表情のまま、しかし剣先だけは一分の隙もなく、研ぎ澄まされた気配を放っている。


互いに手を伸ばし、握手。

その瞬間、皮膚の下で熱を帯びるような緊張が走る。


(これが……俺が超えるべき壁か)


深く息を吸い、静かに吐く。

会場の喧騒が遠ざかり、視界の中心にはただ一人――蓮だけが残った。


試合開始の笛が、会場の熱気をさらに煮え立たせた。


蓮は一歩踏み出すでもなく、ただ腰を落として低く構える。

その剣先は、風も切らぬほど静か――だが、レオの肌には針のような緊張感が刺さってくる。


踏み込んだ瞬間、レオは悟った。

速いわけでも、派手なわけでもない。

それなのに、全てが遅れて見える。

蓮の剣は、力を絡め取るように受け流し、間合いを一切崩さない。


一撃、二撃……振るうたびに、わずかな軌道修正で躱される。

気づけばカウンターの軌道が喉元に迫っていた。


「流れるようだ……」

「全然崩れない……」

観客のざわめきが、レオの鼓動と混じり合う。


(何をしても、通らない……!)


胸の奥で、焦りが火花を散らし始めた。

だが目の前の蓮は――一滴の揺らぎも見せない。


中盤、レオは一歩も引かずに構え直す――が、蓮の動きはまるで影のように先を行く。


軽く剣先を揺らすだけのフェイント。

だが、そのわずかな揺れに反応した瞬間、蓮は全く逆の方向から間合いを詰めてくる。


攻めれば、すぐさま鋭いカウンターが突き刺さり、守れば、次の瞬間には間合いを潰されて胸を打たれる。

一手ごとに呼吸を奪われるような感覚。


気づけばスコアは 4―2。

先取5本、あと一本で終わる。


(……読まれている。俺が動く前から、全部……!)


汗が視界を滲ませる。

それでも蓮の瞳だけは、氷のように澄み切ったまま――レオの未来を見透かしていた。



踏み込みが浅い。

腕が伸びきる前に、また蓮の剣先が視界をかすめる。


焦りに任せて次の攻撃を仕掛けるが、足元がもつれるような感覚――無理な踏み込みが空を切った。

その瞬間、頭の中が真っ白になる。


目の前の蓮が、霞の向こうにいるようにぼやけた。

耳に届くはずの歓声や足音も、どこか遠くで鳴っているようで、現実感が薄れていく。


――そして、景色が変わった。


土と血の匂い。

泥に膝をつく自分の手。

中世、初めて敗北を味わった戦場だ。


視界の端に、動かなくなった仲間の姿。

その背を守れなかった事実が、胸をえぐる。


(あの日……俺は、剣を振る理由を失ったんだ)


握ったはずのエペが、あの頃の冷たい剣に変わっていく感覚が、指先から這い上がってきた。



足元の感覚が、ふっと現実に戻る。

耳に遠く聞こえていた歓声が、少しずつ鮮明になっていく。


(勝つためだけじゃない……)

心の奥で、長く眠っていた声が囁いた。


戦場でも、今も――俺は守るために剣を振ってきた。

仲間を、背中を、誇りを。形は変わっても、その想いは同じはずだ。


胸の奥に熱が宿る。

呼吸が静かに整い、視界の中心に蓮の姿が鮮やかに映る。


「勝つことだけが剣じゃない」

その言葉を、誰に言うでもなく心に刻むと、レオの表情は静かな決意へと変わった。



残り時間は、砂時計の最後の粒が落ちるほどのわずかな刻。スコアは4-3。


レオは深く息を吸い、あえて動きを封じた。

無理に攻めない――それは、さっきまでの自分なら絶対に選ばなかった選択。

剣先だけが小さく揺れ、蓮の視線を誘う。


(来い……)


刹那、蓮の足がわずかに前へ。剣先が微かに走る。

その瞬間、レオの身体は迷いなく動いた。

カウンター気味に放たれた突きが、空気を切り裂き――


「ピッ!」


鋭い電子音。ランプが赤く点滅。

観客席から一斉にどよめきと歓声が沸き上がる。


スコア、4-4。

勝負は振り出しに戻った。



最後のポイント――。

コートの空気は、針一本落ちても響くほどの緊張に包まれていた。


レオは剣先をわずかに揺らし、蓮の視線を探る。

蓮もまた、一切の無駄を排した構えで対峙する。


次の瞬間、両者が同時に踏み込んだ。

剣先が閃光のように交錯し、電子音が響く。


ランプが点ったのは……蓮の色。

スコア、5-4。試合終了の合図が無情に鳴り響いた。


蓮は面を外し、軽く頷く。

「……悪くなかった」

その一言だけを残し、背を向けて去っていく。


レオは膝に手をつき、息を整えた。

悔しさよりも胸に残ったのは――次は必ず超えるという、静かな炎だった。



試合を終え、観客のざわめきが遠ざかる通路をゆっくり歩く。

手には、まだ熱を残したエペ。


レオはその銀色の刃を見つめ、静かに息を吐いた。

(負けた……だが、もう迷わない。俺が剣を振る理由――それは、守るためだ)


指先に伝わる感触が、いつもより確かだった。

さっきまで冷たく感じていたはずの重みが、

今は、不思議と温かく、心地よい。


彼は軽く柄を握り直し、前を向く。

まだ、道は続いている。

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