笑顔で
寝室に差し込んだ微かな朝日で目が覚めた。いつものように身支度を整えて、生蜜集めに向かう。
あれから、ほどなくしてお茶を終えたエルダンが、アルバートを連れて教会を去ってしまった。
ミアの話では、他にもアルバートを探している騎士たちがいるから、早く報告しなければならないとのことで、決して悪い感触ではなかったらしい。
村の外れで剣を振るっているアルバートを見かけた場所を通りかかった。深い海の底のような、藍色の髪と瞳を探してしまう。
けれど、その姿はどこにも見当たらなかった。……昨日のことがあったから、エルダンに外出を止められているのかもしれない。
そう思うと、残念だった。魔物狩りの小休止と言っていたが、いつまでこの村に滞在しているのかは分からない。
「……もっとお菓子、食べて欲しいな……」
昨日のエッグタルトも、美味しそうに食べてくれたけれど、どこか寂しそうだった。もっともっと美味しいお菓子を作って、幸せそうに食べて欲しい。
そんなことを考えながら、シルフィラの木の群生地帯へと辿り着いた。
「あれ……?」
白い花の房が垂れ下がる、その木の下にアルバートが立っていた。こちらに気が付き、歩み寄ってくる。その姿に、なぜか息が詰まった。
「セレスティア嬢」
「アルバート様、こんなところに一人で……大丈夫なのですか?」
「ああ。もともと、朝の稽古は一人だしな。どこに行くかも伝えてある」
「そうですか……」
なんだか小学生みたいだなと思ってしまい、クスッと微笑んでしまう。
「それで、どうしてここに?」
「ここにくれば貴殿に会えると思ってな」
「…………そ、そうですか」
ふいと視線を外す。そんな意味が込められているわけがないと分かっているのに、頬が熱くなってしまう。
「今日の昼過ぎにはこの村を出ることが決まった」
「あ……」
分かってはいたけれど、はっきりと突きつけられた現実に、視界がくもる。
「貴殿の開発したという『しふぉんけーき』に『えっぐたると』。とても美味かった」
「あ。はい、ありがとうございます……」
私が開発したわけではないけれど、前世の話など信じがたいだろう。
この言葉をいうために、アルバートはわざわざこの場所に来てくれたのだ。しっかりと顔をあげて、笑顔で受け止めたい。
けれど、出来なかった。
いつからだろう?
無愛想な顔が、甘いものに満たされて、幸せそうになった時? この場所で、花蜜を集めるのを手伝ってもらったから? 仏頂面でそわそわと、甘いものづくりを見守って。公爵家の嫡男なのに、私やミアにもほとんど分け隔てなく接して。そして、相手との壁を感じて、時々寂しそうにする。
叶わないと分かってる。けれど、いつの間にか、私は彼のことを好きになりかけている。
……そうよ。だったら、やっぱり笑わなくちゃ。
最後くらい、少しでもマシな顔で、わずかな間だけでも、この人の記憶に残りたい。
それで、笑い合って別れよう。
「ありがとうございます、アルバート様! 私、この村でこれからも美味しいお菓子を——」
「おれと一緒に、王都に来てもらいたい」
「…………はい?」
王都? 一緒に王都?
「ええと、アルバート様、それってどういう……」
意味ですか、と尋ねようとした私の耳に、さらに衝撃的な言葉が飛び込んできた。
「セレスティア嬢。おれと婚約してくれないか?」