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9/30

笑顔で

 寝室に差し込んだ微かな朝日で目が覚めた。いつものように身支度を整えて、生蜜集めに向かう。

 あれから、ほどなくしてお茶を終えたエルダンが、アルバートを連れて教会を去ってしまった。


 ミアの話では、他にもアルバートを探している騎士たちがいるから、早く報告しなければならないとのことで、決して悪い感触ではなかったらしい。


 村の外れで剣を振るっているアルバートを見かけた場所を通りかかった。深い海の底のような、藍色の髪と瞳を探してしまう。

 けれど、その姿はどこにも見当たらなかった。……昨日のことがあったから、エルダンに外出を止められているのかもしれない。


 そう思うと、残念だった。魔物狩りの小休止と言っていたが、いつまでこの村に滞在しているのかは分からない。


「……もっとお菓子、食べて欲しいな……」


 昨日のエッグタルトも、美味しそうに食べてくれたけれど、どこか寂しそうだった。もっともっと美味しいお菓子を作って、幸せそうに食べて欲しい。


 そんなことを考えながら、シルフィラの木の群生地帯へと辿り着いた。


「あれ……?」


 白い花の房が垂れ下がる、その木の下にアルバートが立っていた。こちらに気が付き、歩み寄ってくる。その姿に、なぜか息が詰まった。


「セレスティア嬢」

「アルバート様、こんなところに一人で……大丈夫なのですか?」

「ああ。もともと、朝の稽古は一人だしな。どこに行くかも伝えてある」

「そうですか……」


 なんだか小学生みたいだなと思ってしまい、クスッと微笑んでしまう。


「それで、どうしてここに?」

「ここにくれば貴殿に会えると思ってな」

「…………そ、そうですか」


 ふいと視線を外す。そんな意味が込められているわけがないと分かっているのに、頬が熱くなってしまう。


「今日の昼過ぎにはこの村を出ることが決まった」

「あ……」


 分かってはいたけれど、はっきりと突きつけられた現実に、視界がくもる。


「貴殿の開発したという『しふぉんけーき』に『えっぐたると』。とても美味かった」

「あ。はい、ありがとうございます……」


 私が開発したわけではないけれど、前世の話など信じがたいだろう。

 この言葉をいうために、アルバートはわざわざこの場所に来てくれたのだ。しっかりと顔をあげて、笑顔で受け止めたい。

 けれど、出来なかった。


 いつからだろう?


 無愛想な顔が、甘いものに満たされて、幸せそうになった時? この場所で、花蜜を集めるのを手伝ってもらったから? 仏頂面でそわそわと、甘いものづくりを見守って。公爵家の嫡男なのに、私やミアにもほとんど分け隔てなく接して。そして、相手との壁を感じて、時々寂しそうにする。


 叶わないと分かってる。けれど、いつの間にか、私は彼のことを好きになりかけている。

 ……そうよ。だったら、やっぱり笑わなくちゃ。

 最後くらい、少しでもマシな顔で、わずかな間だけでも、この人の記憶に残りたい。

 それで、笑い合って別れよう。


「ありがとうございます、アルバート様! 私、この村でこれからも美味しいお菓子を——」

「おれと一緒に、王都に来てもらいたい」

「…………はい?」


 王都? 一緒に王都?


「ええと、アルバート様、それってどういう……」


 意味ですか、と尋ねようとした私の耳に、さらに衝撃的な言葉(セリフ)が飛び込んできた。


「セレスティア嬢。おれと婚約してくれないか?」


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