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終幕

「ロデリック。貴方との婚約を、破棄させて頂戴」


 大広間にクラウディアの声が響き、辺りは騒然となった。

 誰もが手を止めて、クラウディアと、婚約破棄を突きつけられたロデリックとを、固唾を飲んで見つめている。


 その中心に、ホールケーキと共に紛れ込んでしまった私は、ただ硬直して、二人を見守ることしかできない。


「な、何を言っているんだ、クラウディア……? 君は、俺を慕って……」


 ロデリックが、情けなく、狼狽した声を出す。


「それは、お父様……ジジイの命令ですわ」

「突然何を言っているんだ、クラウディア!」


 中心に、一人の年配の男性が躍り出た。やりとりから察するに、ローズウェル男爵閣下だろう。


「そ、そうか、一時期の憂鬱(マリッジブルー)というやつなんだろう。落ち着けクラウディア。なあ?」

「さらに加えて、ジジイはわたくしに公爵閣下のご嫡男であらせられる、アルバート・ド・モンフォール様に近づき、誘惑せよと命じましたわ」

「何⁉︎ それは本当か⁉︎」


 ロデリックが怒声を放つ。ローズウェル男爵閣下の顔は、真っ青だった。


「ち……違う、そんなことは……」


 そこでローズウェル男爵閣下はちらりと、アルバートの婚約者である私の顔を見た。


「そんな命令はしていない! もしそんなことがあったのだとしたら、この女か勝手にやったことだ、この悪女め! バートン家に申し訳ない!」


 どうやら、保身のために、クラウディアを切り捨てるという判断をしたようだ。ロデリックに向かって必死に、そんなことを言っている。

 ロデリックは明らかに混乱しており、ぐるぐると視線をさまよわせている。


「あー、はいはい、そうでしょうね。そういうと思っておりましたわ、クソジジイ。まあ真実などどうとでもいいのです。一応ここまでの流れを予想して、手紙にまとめておきましたから、後で冷静に判断してくださいね、ロデリック様」


 そう言って、1通の手紙を取り出し、クラウディアはロデリックの前に投げ放った。それがスイッチになったのか、ハッとしたロデリックは、すり寄るようにクラウディアに近づいた。


「お、おい、嘘だよな、クラウディア? 婚約破棄だなんて……、この俺を、愛していないなんて……」


 情けなくすがるロデリックを、クラウディアはフッと鼻であしらうと、不意に、崩れたホールケーキの皿を床に置き、拳を固めた。 


 その、ご令嬢のドレスにはあまりに似つかわしくない構えから、流れるように拳撃を放つ。目にも止まらぬ速さで放たれた右ストレートは、ロデリックの鼻先で止まった。

 風圧で、素手で拾い上げていたケーキのクリームが、ロデリックの頬にべちゃりと張り付く。


「ごめんあそばせ、わたくし、こういう女でしてよ」


 どさっと、腰から崩れ落ちたロデリックのズボンに、じわじわとシミができていく。

 思わず、といった感じで、誰かが吹き出し、誰もがくすくすと笑い始めた。


 こうして、クラウディアの誕生日会は騒然となった。保身に走り続けているローズウェル男爵閣下が、ロデリックに手を貸そうとしているうちに、クラウディアはホールケーキの皿を持ち上げると、素早く私の手を取った。


 走り出す。


「逃げますわよ」


 ドレス姿なのにクラウディアは足が速く、ほとんど引きづられるように足を動かした。

 クラウディアが立ち止まる頃には、私の息は「はぁはぁ」とすっかり上がりきっていた。


「席にどうぞ、セレスティア」

 

 クラウディアと共にやって来たのは、庭園の片隅にある茶会のスペースだった。彼女が引いてくれた椅子に腰を下ろす。


「すぐに見つかっちゃうでしょうけれど、少しだけ、この『ほーるけーき』を食べてみたかったのよね。まだ食べられるかしら?」


 状況がうまく飲み込めず、戸惑う私と違い、クラウディアは実にスッキリとした表情だった。


「食べられる……とは思いますけれど、クラウディアに、床に落としたケーキだなんて……」

「大きな『けーき』だから、落とした部分は避けても十分に量があるわ。フォークはないけれど……まあ手でいいか」


 楽しそうに、クラウディアは手袋を外し、ケーキを分解し始めた。


「……ねえクラウディア、本当なの? あんな形で、婚約破棄だなんて……」


 アルバートはなんとも思っていないようだし、証拠もないし、モンフォール家からの非難はおそらくないだろう。しかし、バートン家やローズウェル家は……。


「いいのよ、最初から決めておりましたの。もっとも、おかげさまでずいぶんと派手な終幕になってしまいましたけど」


 ケーキの分解が終わり、クラウディアは、その破片をひとくち、乾燥果実と一緒に口に放り込んだ。


「……美味しい! 本当に、貴方はすごいわよね!」


 ニコニコと素手でケーキを食するクラウディアを眺めていると、ぐぅぅとお腹がなった。恥ずかしさで目をそらしていると、くすりとクラウディアが笑った。


「一緒に食べましょうよ。どうせそろそろ見つかっちゃうし、一人じゃ食べ切れないわ」

「そ、そうですか……? では、遠慮なく」


 正直、気になって仕方がなかったのだ。

 この世界に来てから初の、砂糖をつかったお菓子。そのひとかけらを、手で掴み、口に入れる。


「どう?」


 何故か自信ありげなクラウディアの問いかけに対し、私は眉をひそめた。続けて、もう一口、口に入れる。


 ……確かに、美味しいは美味しい。

 あの量の砂糖だけれど、この世界では砂糖自体が貴重なので十分に甘く感じるし、チーズクリームの酸味と乾燥果物の甘味が混じりあい、美味しい。特にチーズクリームは絶妙で、デコレーションだけでなく、味にも大きな貢献をしてくれたことは分かる。


 でも……! でも……!


「やっぱり一発勝負じゃ難しいよね……。ごめんなさい、クラウディア。スポンジが……全然、スポンジじゃない……」


 あの柔らかさが、ふわふわさが、しゅくってなってウマってなって、いっそスポンジだけで美味しい! みたいな力強さがコレにはないのだ。

 

「一体どうしたら良かったのだろう。共だての方が良いのかな……? 砂糖の代わりになにかで生地を支えて、試作品を作れないかな……?」

「ふふっ」


 クラウディアの笑い声で顔をあげた。彼女は、実に楽しそうに、笑っていた。


「やっぱり、変な人」


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