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ほーるけーき

 冷蔵庫から取り出した新鮮な山羊乳を小鍋に入れて、火をかける。沸騰しないように、慎重に温めて、人肌くらいの温度になった頃、お酢を加えた。

 弱火で温め続けて、分離が始まるのをじっくりと待つ。

 分離が完了したら、清潔な布をボールの上に広げて、中身をゆっくりと()していった。


 はるか遠い昔、前世でお店みたいなリコッタチーズケーキが食べたくなった時に知った、さっぱりとしたチーズ作りのレシピだ。


 おもしがわりのお皿も置いて、しっかりと水を切る。チーズが滑らかになるまでスプーンで練ってから、クリーム代わりになるように、ちょっとずつ山羊乳を加えて滑らかさを調整していく。


 ほど良い硬さになったところで、ぺろりと味見をしてみる。山羊乳独特の癖があるものの、チーズの風味がしっかりとしており、このままパンにつけても美味しそうだ。


「うん、これなら」


 さあ、早速、デコレーションを始めよう。ここは、あらかじめマリーに相談もしておいた。

 曰く、乾燥果実をトッピングに使うなら、メインとなる色を絞ること。そして、ミントを添えてみてはどうだろう、とのことだった。


 出来上がった生地に、山羊乳のチーズクリームを塗る。専用の道具がないため、スプーンを使ってざっくりと、あえてに見えるように塗っていく。

 メイン色は、色合いが一番鮮やかなオレンジにした。その他の果実も散らすように添えて、足りない甘味を補う。

 最後にミントを添えて、完成だ。


「で、できた……!」


 前世の洋菓子店のショーケースに並んでいるような、見ているだけで心が躍るような出来とは言い難い。それでも、パッと華やかで、美味しそうなホールケーキの完成である。


「……クラウディア、喜んでくれると良いけど」


 用意していた深めの大きな籠に、皿ごとホールケーキを収める。布で両脇を固定して、なるべく動かないようにした。

 経験上この気候なら、保冷剤なしでも2時間程度なら安全に食べることができる。

 蓋の代わりに清潔な布を籠にそっと被せて、手早く準備をすませた私は、マリーと護衛騎士をともなって、ローズウェル家に向かった。


 慎重に、かつ素早くケーキを運ぶため、私たちは徒歩でローズウェル家に向かった。マリーが「持ちましょうか?」と提案してくれたが、断った。

 自分が作ったこのプレゼントのホールケーキに、最後まで責任を持ちたかったのだ。


 ローズウェル家に到着して、敷地内に入る前に布を持ち上げて確認すると、デコレーションはほとんど崩れてはいなかった。ほっと息をついて、足を踏み入れると、執事が扉で出迎えてくれた。


 招待状を渡して、玄関ホールに足を踏み入れる。今日は誕生日会のため、茶会の時のように、彼女が挨拶にくるようなことはなかった。


「会場にご案内いたします。そちらはお預かりいたしますか?」

「えっと……」


 どうしよう。尋ねると、この家にも冷蔵庫があるという。そこに保管してもらう方法もあるが、せっかくだ。出来れば直接クラウディアに渡したい。その後に今食べなければ改めて、保管して貰えば良いだろう。


 マリーと護衛騎士と別れて、執事の案内に従い、大広間へと足を踏み入れる。流石に公爵家よりは小規模だが、落ち着いた色合いで、過ごしやすそうな会場だった。


 いかにも貴族然とした方々が、20名ほど、各々で楽しく歓談している様子だ。左右を見渡しクラウディアを探すと、数名の貴族令嬢達とおしゃべりをしているようだった。


「まあ! セレスティア様。来てくれたのね」


 公の場だからだろう。クラウディアは敬称をつけて私を呼んだ。今日の彼女の服装は『マダム・ローズ』で一緒に選んだ、落ち着いた赤のドレスだ。彼女のプロポーションの良さを生かしたデザインで、とても似合っている。


「ええ、もちろんよ。ご招待ありがとう」


 お互い挨拶を交わしていると、それだけなのに、不可解そうな視線が、いくつも向けられた。特に、先ほどまでクラウディアと話していた、貴族令嬢方の視線がキツイ。

 社交界で噂になっている、とマリーが言っていたのは本当なのだろう。


「あの、早速なのだけれど」


 気を取り直して、私はバスケットを軽く持ち上げた。腕に通して、蓋代わりの布をめくり、中からゆっくりとお皿を取り出す。


「プレゼントに、ホールケーキを焼いてきたの。出来たら、なるべく早く食べて欲しいのだけれど……」


 クラウディアの前にホールケーキを両手で持って差し出すと、彼女はびっくりしたみたいに、大きく両目を見開いた。


「『ほーるけーき』……? これを、わたくしに?」

「ええ。受け取った招待状と一緒に、手紙に書いてくれたでしょう? それを読んで、どうしても、貴方にこれをプレゼントしたくなったの」


 そこには、クラウディアによる達筆で、次のようなことが綴られていた。


『貴方には、気まずい誕生会かもしれない。

 けれど、貴方はわたくしが心から、本当に友達だと思えた初めての人です。

 わたくしには、心から誕生を祝ってくれた、という記憶がありません。

 この日から始まる新しい門出を、是非、貴方に祝って欲しいのです』


 この手紙を読んだ時に思い出したのは、社畜時代よりも遥か昔、まだ私が小さかった頃の誕生日だった。いつもより、ちょっと品数が多い夕食は、どれも私の好物ばかりで、楽しい晩御飯の終わりには、ろうそくを立てた大きなケーキがやってくるのだ!


 毎年やってくる、ホールケーキが、私は大大大好きだった。

 たっぷりと乗ったクリームにふわんとしたスポンジケーキ、そして苺と、誕生日の主役だけに許された『Happy BirthDay』のチョコレート。

 

 全てを再現することは出来ないけれど、あの嬉しさを、あのワクワクを、「お誕生日おめでとう!」と家族から祝福される愛しさを、私はプレゼントしたかった。


「クラウディア、お誕生日、おめでとう!」

「……! ありがとう、いただくわ」


 クラウディアは、とても嬉しそうに、ホールケーキの皿に手を伸ばした、その時だった。


「どうしてこんなところに、君がいるんだ、セレスティア嬢」


 靴音を響かせてこちらに近づいてきたのは、燃えるような赤髪の青年だった。


「ロデリック様……」


 その瞳は、婚約披露パーティーで会った時とは違った。明らかに、私に憎悪と敵対心を向けている。


「まさか、我が婚約者の誕生日パーティーを台無しにしに来たのか? この会場に君の居場所はないぞ、セレスティア嬢!」


 そう言って、ギリギリ事故と言い張れそうな角度とタイミングで、私に近づき腕を払った。


「あ!」


 バランスを崩し、落ちそうになった皿をお手玉する。しかし、私の必死の足掻きもむなしく、ホールケーキは逆さまに落ちてしまった。


「おっとすまない。よく見えていなくて不注意だった。申し訳ない」


 表面上は実に穏やかな声だったが、口元が薄らと笑っている。私は呆然と、そのグロテスクな表情を見つめていた。

 だから、気がつくのが一拍、遅れてしまった。


「何をしているんだ、クラウディア⁉︎ はしたないぞ」


 ドレスや手袋が汚れるのも構わず、床に跪いたクラウディアが、お皿にケーキを戻していた。


「何って……これはわたくしが、セレスティアから頂いたものですわ」

「セレスティア……? いつの間にそんな仲に……?」


 なんとか出来るだけ、床に落ちたケーキをさらに戻し終えると、クラウディアはにこりと、穏やかに笑った。


「まるで貴方に、最後の一押しをしてもらったみたい」


 そう言って、立ち上がると、クラウディアはまっすぐに、ロデリックと向かい合った。


「な……何だ、その目は」


 戸惑うロデリックに対して、クラウディアはしっかりと決意のこもった瞳で、


「ロデリック。貴方との婚約を、破棄させて頂戴」


 と、まるで切り捨てるように吐き捨てた。


いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。次回・クラウディア視点です!

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