作りたいもの
「あの、ダリア様。実は、お願いしたいことがあるのですが」
クラウディアから招待状を受け取ったその晩、夕食の席で、私はおずおずと切り出した。
「あら、何かしら?」
アルバートとよく似た藍色の瞳が、こちらを向く。
「…………その、難しいとは思うのですが……砂糖を、分けていただきたいのです」
「まあ。何に使うのかしら……。きっと、お菓子なのでしょうけれど」
「ええ。実は、クラウディア様の誕生会に招待されたのですが、プレゼントとして、お菓子を用意出来ればと……」
「…………そうねぇ。もともと、あのお砂糖はそのうち、あなたにあげようと思っていたのよねぇ」
「え」
「だって、セレスティアさんなら、あの砂糖を一番有効活用してくれるでしょう? だから、いいわ。結婚の前祝いと思って、受け取ってちょうだい」
「ありがとうございます、ダリアさま。この借りは、必ずお返し致します……!」
「あら、いいのよ」
ダリアは柔らかく、ふんわりと微笑んだ。
「あなたはもう、わたくしの家族だもの」
そんなふうに、貴重な砂糖を快く譲ってくれて、感謝してもしきれない気持ちだった。
クラウディアの手紙を読んで、どうしても、私はあるお菓子が作りたくなったのだ。
それから、いくつか試作を重ね、誕生日会の当日を待った。
そして、待ちに待ったクラウディアの誕生日会の日。
私は、早朝からキッチンに立っていた。
目星をつけていたパンの型に油を塗って、作業台の片隅に置いておく。続けて、魔石を使ったオーブンでの予熱を開始した。
次に、入念に2つのボールを拭き取ってから、卵を割り、卵白と卵黄にそれぞれ分け入れる。卵黄のボールには丸い黄身が4つ。卵白のボールにはどろりとした透明の液体が入っている。卵白のボールを、冷蔵庫に収めておく。
さて。
食糧庫に収められた砂糖は、手のひら半分ほどの量しかない。
だから、今から始まる過程は一発勝負。失敗は許されない。
砂糖の半分を卵黄のボールに入れて、木製の泡立て器で混ぜていく。白っぽく、もったりした状態になってから、油を少しずつ加えては混ぜていく。さらに、小麦粉も加えて混ぜる。
続けて、卵白を混ぜるべく、冷蔵庫から取り出し、ハンドミキサーを手に取った。メレンゲの出来は、どうしても最終的な完成度を左右する。緊張と共に、ミキサーのスイッチを入れようとしたところで、
「何をしているんだ?」
とアルバートの声がした。振り返ると、心なしかワクワクとした表情で、ボールの中の割られた卵白を見つめている。
「……すみません、今回は、アルバートの分はないんです……」
「そうなのか……」
「あ……。そ、その、リゼル村の養蜂が軌道に乗ったら、優先的に花蜜を分けてもらえるそうですから……! そしたらまた、新しいお菓子も作りましょうね!」
あまりに残念そうなしゅんとした顔を見せるので、なぐさめるようにそう言った。……あまり考えたくはないけれど、失敗したら、絶対にアルバートとダリアと美味しく食べよう。
アルバートが立ち去り、良い意味で肩の力が抜けた私は、再びハンドミキサーを手に取った。
メレンゲを、冷蔵庫で時折冷やしながら泡立てる。途中で砂糖を半分入れて、さらに角が立つまで泡立てる。砂糖が入った分、いつもよりさらに出来がいいメレンゲになった。
完成したメレンゲの3分の1を卵黄のボールに入れて混ぜる。続いて、木ベラに持ち替えて、3分の1を入れてさっくりと混ぜる。最後に残りの3分の1を加えて柔らかく混ぜた。
メレンゲを潰さないようにするのが重要だ。
油を塗っておいた型に、そっと生地を流し込み、予熱の終わったオーブンに入れる。
砂糖が入った分、メレンゲが安定し、この大きさの型でもきっと膨らむはず。
ここさえどうにか、形になれば、あとはきっと何とかなる……!
私は、祈るような気持ちで、オーブンを見つめ続けた。
10分か、15分ほど経っただろうか?
じわじわと膨らんでいた生地が、一気に持ち上がっていく。
「…………!」
いつまで見ていても飽きない生地の膨らみを確認し続けて、ちょうどよいタイミングでオーブンを切った。蓋を開けると、型からほんの少しはみ出すくらいまで、生地は膨らんでいた。
「……よ、良かったぁ」
一安心するものの、気を抜くのはまだ早い。オーブンの庫内で十分にさましてから、次にオーブンから取り出し、型のまま冷ます。十分に冷ましたところでようやく型から生地を外した。
急激に温度を変化させると、せっかく膨らんだ生地がしぼんでしまうため、慎重に行動しなければならない。
次は、デコレーションに使うクリームを作らなければならない。
実は、ハンドミキサーを手に入れてすぐに、何度か生クリームに挑戦したことがあった。ただ、牛乳は入手が困難だし、乳脂肪分の割合が高いものも手に入らない。
山羊乳でどうにかできないかと苦心してみたが、うまくいかなかった。
しかし、その実験過程で得られた副産物の一つに、使えそうなものがあった。




