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お茶のお誘い

 花蜜の採集が終わり、私たちは帰路についた。出会った時はどうなることかと思ったけれど、アルバートが着いてきてくれたおかげで、いつもよりたくさん花蜜が集まって大満足だ。

 それに、アルバートの隣を歩くのも、行きよりだいぶ心地よかった。話がはずむということは一切ないけれど。


 それにしても、どこまで着いてくるのだろう。せっかく護衛として着いてきてくれたのに、ではここで、とは言い出しづらく、流されるまま村外れの教会まで辿り着いてしまった。

 足を止めた私に並び立ち、アルバートは教会を見上げている。


「……まさか、貴殿はここに住んでいるのか……?」

「ええ。見た目よりは住み心地良いですよ……」


 一ヶ月で中はずいぶん片付いたし、魔石や調理器具といった生活必需品も揃っているけれど、流石に外観のボロさだけはどうにも出来なかった。会話が止まる。


「えっと……」


 こういう時、どうすれば良いんだろう。困ってしまった私は小首をかしげ、


「よければお茶でもどうですか?」


 とお誘いしてみた。護衛もそうだが、花蜜採集だって地道な作業なのだ。じゃあさようならとそのまま追い返すのも気が引けてしまった。


 アルバートの眉間にガッと皺が寄った。ひぇッ……お、怒ってる? ……ように見えるけど、なんだか違う?

 私が戸惑っていると、今度は苦虫を噛み潰したような顔になり、何か言いたげに口を開きかけたが、結局は閉じてしまった。


 ……何なんだ一体……。


 仕方なく、しばらくそのまま待っていると、アルバートは仏頂面に戻り、


「貴殿は村はずれに一人で暮らしていると聞いている。女性一人の家に入るのは問題があるだろう」


 と言った。

 私はぽかんと口を開ける。呆気にとられたのは一瞬で、頬がカッと熱くなった。


「あ〜〜、そ、そうですよね。すみません……」


 外観が教会、ということもあって、家とか部屋っていう感覚があんまりないんだよな……。前世でも一人暮らしの女性の部屋に男性が上がるのは問題あるし、今世の価値観では尚更なのだ。

 当たり前の倫理観かもしれないが、きちんとした女性扱いを受けて戸惑ってしまう。


 あれ……? 

 この価値観が常識なのに、なんでアルバートは一瞬で断らずに、しばらく悩んだんだろう……。


「セレスティアさま!」

「わ!」


 ぴょこんと村長の娘さんが現れて、思考がさえぎられる。


「ずっと待っていたんですが、一体どこに……って、あ、アルバートさま!!!??」


 村長の娘さんの視線が、私とアルバートの間を往復する。


「えっと……? どうしてお二人で……?」

「花蜜の採集に行ったら、たまたま出会って! 森は危ないからって着いてきてくれて、ここまで送ってもらったのよ!」

「そうでしたか!」


 すっかり納得がいったという表情で、彼女はうなづいた。


 私はちらりと、アルバートを盗み見た。前世の世界なら、顔だけでご飯を食べていけそうなぐらい整った顔立ちに、深い海の底のような藍色の髪と瞳。王立騎士団だけあって、均一のとれた引き締まった肉体。


 比べて私は、前世と同じようなぽっちゃりとした身体。二の腕も、足の太さも、全然ドレスで隠しきれていない。釣り合わないのは当たり前のことなのに、なぜかズキッと心がいたんだ。


「それでミアさん、私を待っていたって、何かご用だったのかしら?」

「そうなんです、セレスティアさま! あの、図々しいお願いだとは思いますが、あたしに『しふぉんけーき』の作り方を教えていただけないでしょうか……!」

「え……?」


 予想外の申し出に戸惑った声がでた。ミアはあたふたと慌てた様子で、


「あ……。そうですよね、ごめんなさい。セレスティアさまが一生懸命開発なさったものなのに……。すみません、忘れてください」

「ううん。別に構わないわ。ただ、どうして突然、シフォンケーキが作りたくなったのかなって」


 私が疑問を口にすると、ミアは顔を赤くして、赤くしたほっぺを両手で包んだ。


「じ、実はそのー、今、王立騎士団の方たちがこの村で小休止を取っているじゃないですか」

「ええ、取っているわね」

「それで! ちょっと気になるというか、いいな〜って思う方がいまして……! 会話のきっかけに『しふぉんけーき』をプレゼントしたいなと思いまして……」

「そうなのね!」


 思わず、小さく飛び跳ねてしまった。前世から恋愛沙汰に縁はないが、恋バナを聞くのは大好きだ。


「分かったわ。私にまかせて。さあどうぞ」

「セレスティアさま〜〜! ありがとうございます!」


 早足でキッチンに向かう私を追って、ミアが駆け足で着いてくる。その後ろを、なぜかアルバートもついてきた。


「…………えっと、アルバート様?」


 振り返った私が小首をかしげると、


「…………お茶をご馳走してくれるのだろう?」


 と、アルバートがムスッとした顔で言った。

 そこで愚かな私はようやく、なぜアルバートが苦虫を噛み潰したような顔で、返事をためらっていたのかを察した。


「ふふ、ふふふっ」

「何がおかしい」


 おかしくなって、思わず笑いがこぼれてしまうと、アルバートは怒ったような顔と口調でそう言った。


「いえ、なんでもありません」


 昨日の、幸福そうにシフォンケーキを食べる彼を思い出し、私はにっこりと微笑んだ。


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