モンフォール家での茶会
クラウディアに招かれた茶会から1週間が経って、今度はこちらが茶会を開く番となった。本当は、お菓子を用意したかったのだけれど、あいにく花蜜のあてがない。
「本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございますわ」
玄関ホールに現れたクラウディアは、とても美しかった。
前回の茶会の時より、上品かつ色気のあるドレスで、かなり気合いが入っているのが伺えた。
こちらだって、前回と同じくマリーがコーディネートしてくれたとても素敵なドレスだけれど、着ている人が自分なのでどうしても格差を感じてしまう。
前回と同じように挨拶のやりとりを終えて、クラウディアが視線をさまよわせる。
「ところで、今日はアルバート様はどちらに……? できればほんの少しでも、ご挨拶させていただきたいのですが……」
「ええと……今日は公務のない日で。昨日、今日は訓練をすると言っていましたから、多分、庭にいらっしゃるんじゃないかと……」
「それでは、お邪魔をしてはいけませんね。後ほどお伺いしましょう」
うなづいたクラウディアを、茶会の会場へと案内する。
場所をどこにするか迷ったが、朝食室を利用することにした。彼女と共にやってきたメイドさんには別室で待機してもらう形となる。
途中、図書室の前を通った時、ふとクラウディアが足を止めた。
「いかがいたしましたか?」
「いえ、立派な書庫が見えたものですからつい……」
「クラウディア様は本を読むのですか?」
「ええ、まぁ」
「すごいですね。何を読まれるのですか?」
「…………家裁の実用書や、恋物語などを少々」
「そうなんですね!」
せっかくだからと、図書室に案内をして、それらの棚を紹介したが、クラウディアはどこか退屈そうな表情で、むしろ別の棚に興味を向けていた。
「……政治や経済にご関心が?」
「いいえ、少し気になっただけですわ」
クラウディアはふいと顔を背け、「ありがとうございました」というと、図書室から出て行ってしまった。
一階の朝食室にて、茶会が始まる。セバスチャンが用意してくれたミントティーや、軽食が机に並ぶ。
前回と同じ様に、天気や気候の話から話題は始まった。ローズウェル家の茶会と同じ様に、穏やかで、貴族令嬢にふさわしい話題がクラウディアの口からつむがれていく。
……特別楽しいわけではないけれど、穏やかで悪くない時間だ。
相変わらず流される性格で、彼女の誘いを受けて、マナー的に誘いを返してしまったけれど、何事もなくてよかった。
「すみません、少々、お席を外させていただけますでしょうか」
会話が途切れたタイミングでクラウディアが言った。トイレのために席を立ちたいのだろう。快諾し、クラウディアが出ていくのを見送った後、ハーブティーを口に運んだ。
そうしてしばらく、彼女が戻ってくるのを待っていたが、突然、マリーが朝食室に飛び込んできた。
「セレスティア様! クラウディア様がお庭で! その、アルバート様とその!」
「どうしたの、マリー?」
興奮した様子のマリーから、要領を得ない情報を受け取る。どうやら、クラウディアはトイレではなく庭にいて、アルバートに声をかけているらしい。
そういえば、挨拶したいと言っていたから、トイレの帰りに見かけて声でもかけているのだろう、なんてのんびりした考えを持っていたら、
「そんなわけないじゃないですか! 相手は前もセレスティア様の婚約者を奪ったのでしょう⁉︎ いるんですよ、そういう人のものばっかり奪いたがるやつ! 早く行ってください、セレスティア様!」
そんなまさか、と思いつつ、慌てるマリーと共に朝食室を飛び出す。
確かにクラウディアは、ロデリックの新たな婚約者となったというし、素晴らしく美しく、貴族らしい女性で……あれ? これってひょっとして本当にまずいのでは?
マリーの熱に浮かされた様に、段々と焦り始めていた。ドレスの裾を両手でつまみ、できる限り早く足を動かす。
庭へと入り視界に飛び込んできたのは、確かに、アルバートとクラウディアの二人だった。
おまけに、アルバートの右腕に、クラウディアの手がそっと触れている。私の視線に気づいたためか、クラウディアはハッとその手を離した。
「セレスティア様。どうしたのですか、それほど慌てていらっしゃって……」
「え。ええと、その」
マリーに助けを求めて背後を伺うが、メイドらしい直立不動の姿勢で、距離を空けている。そもそも私を呼びにきたのも、身分さゆえ、直接クラウディアに何かをいうことが出来なかったからだろう。
修羅場。
前世で恋バナを聞くのは大好きだったけれど、実際に自分の身に、この三文字が突きつけられるとは思っていなかった。
クラウディアの顔を改めて見つめる。相変わらず、つんと済ました表情で、その内面は見えない。ただ、いつかと同じ様に、ピクピクとまぶたが痙攣していた。
「朝食室に戻る帰りに、アルバート様の姿が見えたものですから、ほんの少しご挨拶させていただいたのです。わたくしはもう、戻りますわ」
私が何を言おうかと戸惑っている間に、クラウディアは軽く会釈をすると、その場を離れていってしまった。
「あ、待って」
待ってはくれなかった。庭には私とアルバートとマリーだけが取り残されてしまった。こうなったら、もう一人の当事者に話を聞くしかない。
「…………アルバート、何かありましたか?」
「いや」
「何かお話したりとか……」
「ああ、挨拶をされたな」
沈黙がおりる。アルバートは心なしか戸惑った表情を浮かべている。
……何か、隠していることでもあるのだろうか?
考えたくはないけれど、そんなことを考えてしまった。
ドゴッ‼︎
突然、どこかで凄まじい音がした。
「今のは?」
「なんだ……?」
あたりを見回すが、何も変化はない。一体何の音だったのだろう……? 使用人さんが、大きな荷物でも落としたのだろうか?
「……とりあえず、茶会に戻りますね」
「ああ」
これ以上ここにいてもらちがあかない。そう判断した私が朝食室に戻ると、クラウディアがにこりと微笑んだ。
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございました。わたくし、そろそろお暇致します」
「え、今⁉︎」
明らかに異様なタイミングだ。心配でついてきてくれたマリーも、敵意をひたひたと瞳に込めてクラウディアに向けている。
このまま……流されるまま、クラウディアを見送ったら、私はきっと後悔する。
だって、あの日、アルバートの手を、離したくないとそう思ったから。
「クラウディア様」
はっきりと、決意を込めてその名前を呼んだ。
「今後、アルバート様と会う時は、必ず、私と一緒にしてください。……彼は、私の婚約者ですから」
クラウディアは、グッと奥歯を噛み締める様な表情をした。美しい顔が歪むその表情には、迫力があった。それは、今まで見たことのない、彼女の本当の表情の様な気がした。
(…………言われなくたって、誰が会うかっちゅーの……!)
「あの、何とおっしゃいましたか?」
「いえ。気にしないでくださいませ」
クラウディアはにっこりと、上品で美しい笑みを浮かべた。そして、ヒールの高い靴でつかつかと、こちらに歩み寄ってくる。
「貴方はきっと、とても恵まれているのね」
「え?」
端正な美貌。けれど、宝石みたいな双眸の奥には、どこか、疲れた様な、諦めた様な、そんな静かな絶望が横たわっていた。
この瞳を、私は、よく知っている。
「それでは、ご機嫌よう」
お手本のような美しい所作で礼をして、クラウディアはモンフォール家を後にした。
翌日。
庭の木が一本、突然ダメになったと使用人さんが泣いていた。




