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それだけで【ロデリック視点】

 セレスティア・アルトハイム嬢との婚約を破棄したことに、後悔なんて一つもなかった。


 そもそもが、バートン家の意向にそった政略的な婚約である。もちろん、婚約を結んだからには、結婚する意思はあった。もとから、好きに結婚相手を選べるなどと思ってはいない。


 だから、実際にセレスティア嬢を紹介された時は、こんなものかと思ったし、その容姿や性格に関して、特に悪いとも良いとも思っていなかった。そもそもが、伯爵家としての公務に忙しく、まともな会話をしたことは数えるほどだった。


 何も問題を起こさずに、後取りの一人でも産んでくれる令嬢ならそれで良い。そう思っていた。


 世界が一変したのはあの日——ローズウェル家のご令嬢、クラウディア・ローズウェルと出会った日だ。


「ご機嫌よう、ロデリック様」


 そう言って、優雅な所作でカーテシーを行うクラウディアは、完璧だった。

 長く艶やかな紫色の髪に、同じく紫の瞳。アメジストを全身に散りばめたみたいに輝く、この世のものとは思えない美貌に、均整の取れたメリハリのある体つき。

 

「わたくしは、ロデリック様をお慕いしておりますわ」


 月の女神の様な女性から、鈴の音のような凛とした声でそうささやかれて、クラっとこない男はいるのだろうか?


 何かと用事をつけて、クラウディアと会うたびに、その美しさに心が惹かれていった。それと同時に、今まで何とも思っていなかったセレスティアの容姿が気に食わなくなっていった。


 栗色の髪には手入れが足らず、所々ぴょこぴょことはねているし、ぽっちゃりとしただらしのない体格だ。

 だいたい、伯爵家に来てから、その体格はますます肥え太っている。


 思えば、伯爵家の嫡男として、俺は常に完璧だった。

 勉学も、武勇も、容姿や内面だって優れている。常に、貴族たるものかくあるべきと努力を重ね、結果を残し、両親の期待に完璧に答え続けてきたのだ。

 そんな俺の婚約者だ。完璧を求めて、何が悪い?


 こうして俺は、生まれて初めて両親に逆らい、婚約を破棄した。

 新しい婚約者として、クラウディア・ローズウェルを迎え入れるために。


 セレスティアがバートン家から出ていき、始めは順風満帆だった。

「それほど本気ならば、我々も考えを改めよう」と、両親は納得してくれたし、無事にクラウディアと婚約することが出来た。


 ケチがつき始めたのは、アルトハイム家から舞い込んだ、1通の手紙からだ。

 アルトハイム家の当主、エドヴァルト・アルトハイムからの手紙。


「おい、お前が婚約破棄したあの娘が、モンフォール家の嫡男と婚約したと書いてあるぞ!」


 明らかな怒気を孕んだ父親の声を聞いた時は、まさかと信じられなかった。

 モンフォールといえば、王室とも深い繋がりのある公爵家だ。なぜ、あんな何の変哲もない、ぽっちゃりとした女が、俺よりも高い地位になるというのだ⁉︎


 その日から、完璧な俺の日々はかげり始めた。


 父も母も苛々としているし、口には出さないが、クラウディアを見つめる視線も厳しくなったと思う。

 そのストレスからか、当のクラウディアも口数が少なくなり、俺を慕っていると言わなくなった。


 有力貴族の一人として、アルバート・ド・モンフォールとセレスティア・アルトハイムの婚約発表のパーティーに参加した時に、こっそりとセレスティアに嫌味を言ったが、溜飲はまるで下がらなかった。


 美しいクラウディアを慰めたくて、彼女とセレスティアの容姿を散々比較したが、クラウディアの瞳にも輝きは戻らなかった。


 唯一、パーティー会場の一角に用意されていた、菓子を口にした時だけ、クラウディアは薄く微笑んだ。それだけは、あのパーティーに行って良かったと思った。


 しかし、その数日後、父親がとある情報を掴んできた。


 なんと、エリック殿下が、パーティーで出されたセレスティア特製の菓子を気に入り、彼女と接触をはかっているというのである!


「どういうことだ? セレスティア嬢との婚約破棄は、間違いだったんじゃないのか?」


 父親の言葉にははっきりと、俺を攻める様な感情が込められていた。彼女が手元に残っていれば、王族との関係が出来たかもしれない。そんな考えがあるのだろう。俺やクラウディアに対する父親の態度や言動は、ますますキツイものへとなっていた。


 父親の前を離れ、俺はこっそりと舌打ちをした。バートン家にいるときのセレスティアは怠惰で、何をするでもなく乾燥果実をかじっている様な女だった。


 ……親父のいう通り、この婚約破棄は、確かに間違いだったのかもしれない。


 けれど、俺は、それならそれでも構わない。


「クラウディア」


 美しく、愛しい彼女が傍にいてくれるなら、俺はそれだけでいいのだ。


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