エリック殿下の来訪
「突然ごめんね、本当に、昨日の今日で良かったの?」
「えぇ。構いませんよ、エリック殿下」
昨日、夕飯が終わる頃に公爵家に1通の伝令が届いた。
パーティーで披露されたお菓子について、エリック殿下直々に話が聞きたいというのだ。いくつかの日程が示されていたけれど、私は翌日の日時を選んだ。
この日は、夕方に少しだけ時間が作れるという。それを逃してしまうと、数日離れてしまうので、どうせならすぐに話が聞きたかったのだ。
ブラック企業勤務で培った経験の一つだ。気を遣う会議が週の後半にあると、その間ずっと疲れてしまうので、それならサッサと終わらせてしまった方が良いのである。
「エルダンさんも。昨日はご挨拶できずにすみません」
エリック殿下の背後に立つ、護衛騎士に軽く会釈をする。
「とんでもないです、セレスティア嬢。ご婚約、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます。では殿下、どうぞこちらへ」
伝令によると、知りたいのはお菓子の原料や制作手順だという。キッチンへと二人を案内し、まずはそれぞれのお菓子について材料を告げた。
「……という感じなのですが、実は昨日のパーティーで全ての花蜜を使ってしまいまして……。今日は……というか、しばらくは、実際に作っているところをお見せできないのです」
「なるほど……」
「父の領地のリゼル村には、蜜のとれる木がたくさんあったのですが、この辺りで再び探さねばなりません」
……というより、再び貴族、それも公爵家の婚約者となったということは、バートン家にいた頃のように自由に外へは行けないかもしれない……。
「殿下、少しよろしいですか」
そんな時、エルダンが言った。
「はい、なんでしょうか?」
「リゼル村の村長の娘のミアという女性からの情報なのですが、先日セレスティア様から受け取った手紙をきっかけに、村の事業として養蜂を始めようと動いている様なのです」
「え、ミアが!」
私は、びっくりしてエルダンを見つめた。エリックも、驚いた瞳をエルダンに向けている。
「へえ、それはすごいですね。……ところでエルダンは、どうしてそんなことを知っているのですか?」
「……ええと、その……ミアとは恋仲でして……」
「わあ、そうなんですね! 初耳ですよ」
からかう様な口調でエリックがいう。エルダンは照れくさそうに頬をかいた。
ミアからの手紙で順調そうなのは知っていたが、無事に恋仲になっていたのか……。私はほくほくと幸せな気持ちになった。
「でしたら、リゼル村のその事業とやらに、投資をしてもいいかもしれませんね……。セレスティア嬢、次は制作過程を教えていただけますか?」
「はい……!」
その後、エリックとエルダンの二人に、道具の説明を交えつつ作り方を教えて行った。エリックは終始楽しそうな様子で、好奇心に瞳を輝かせているのが印象的だった。
「今日は、本当にありがとうございました! ハンドミキサー、すごくカッコよかったです!」
カッコよかったかな……? 確かに、言われてみれば男の子が好きそうなドリルとかに似ている……?
若干戸惑いつつ、こちらも礼を告げる。
二人が馬車に乗り、公爵家から離れていくのを見送った私は、自室に戻り、ベッドに腰を下ろした。
「……ふぅ。疲れたぁ」
婚約発表パーティーまでと思い、様々なことを頑張ってきたのだ。今日のこれは、いわゆる残業のようなものである。
いや、残業は失礼か。楽しかったし、ミアの近況も聞くことができた。
それでも。
「明日からしばらくは……休もう」
疲れきり、のんびりした時間に思いをはせる私に、とんでもないお誘いの手紙が来たのは、数日後のことだった。




