再会
「それは気になりますね。ぜひ、いただきましょう。案内していただけますか、セレスティア嬢」
「は、はい……!」
アルバートと一緒に、エリック殿下を会場の一角にあるお菓子のスペースへと案内した。
大広間は、天井が高く、シャンデリアや生花にも色取られたゴージャスな空間だ。
それに負けないように、テーブルクロスを引かれたそのテーブルは、豪華にコーディネートされている。
テーブルのアクセントには白い花とリボン。高級感のある大きなお皿は美しい色合いで、お菓子をそれぞれ引き立てている。
そばには小さな皿を重ねて置いていて、いつでも好きな時にゲストに味わってもらえるようにした。
現世で何度か味わった、ホテルのスイーツビッフェをイメージした一角だ。
もっとも、主に装飾を手掛けたのは、これまたマリーなのだけれど。
「わあすごい、これは美味しそうですね。何と言う名前のお菓子なのですか?」
「ええと、こちらがクッキーとエッグタルトで、こっちがシフォンケーキ。それからチョコレートです」
「へぇ。確かに、見たことも聞いたこともないお菓子ですね」
誰でも好きな時に手を取れるように……と置いてはいるが、まだ誰も手をつけていないようだ。お菓子は綺麗に並べられている。
だが、皆興味はあるようで、エリックが皿の上にシフォンケーキをのせる様子を、ちらちらと伺っていた。
エリックがフォークを突き刺す。シフォンケーキはほわんと形を変える。うん、何度も確かめてはいるけれど、やっぱり上出来そうだ。
ほわんふわんのシフォンケーキを、エリックが一口。
瞬間、ふわふわとした気配が消えた。
「…………なんですか、コレ」
「す、すみません……! お口に合いませんでしたか……?」
慌てて頭を下げる。エリックの瞳は真剣そのもので、先ほどまでの柔らかさはかけらもない。一体、どんな叱責が来るのかと覚悟していたら——
「めちゃくちゃ美味しいじゃないですか」
「へ??」
「他のもいただきますね」
ひょい、ひょい、と全種類のお菓子を皿に乗せ、エリックは次々と口に甘味を入れていく。
表情は真剣そのもので、先ほどまでのどこかふわふわで飄々とした雰囲気がどこかに吹き飛んでしまっている。
(……いいですね、これ……国の特産品として外交に使えれば……)
「あの? エリック殿下、何かおっしゃいましたか?」
「いえ何も! ところで、どれも素晴らしく美味しいですね。僕はとくにコレが気に入りました」
声をかけると、ふわふわの雰囲気を取り戻したエリックが、シフォンケーキを指差した。
「これはシフォンケーキです! 最近良い魔道具が手に入りまして、今までより数段、美味しくなっているんですよ」
今までは人力でメレンゲを泡立てていたが、ハンドミキサーの使用に加えて、冷蔵庫でてきぎ冷やしながらまぜたことで、しっかりとした角が立つようになった。
「ほら! すごいですよアルバート!」とハンドミキサーを自慢げに見せたら、出番を奪われたアルバートが、心なしかしょんぼりしていたのは内緒だ。
「私にも頂けるかね?」
「あたくしにもいいかしら?」
「もちろんです、どうぞ!」
エリックのお墨付きがついたからだろう、遠巻きにこちらを伺っていたゲストの方々が集まり出した。
美味しいお菓子を囲みながら、アルバートの案内で、次々と挨拶を交わしていく。
婚約のお祝いをいただいた後の話題の中心は、私が作った甘味達だ。もの珍しいお菓子に、皆興味があるらしい。
不思議そうな顔で、楽しそうな顔で、幸せそうな顔で、お菓子を楽しんでいるゲストを眺めていると、こちらまで、とても幸せな気分になってきた。
毎朝せっせと集めてきた花蜜と、せっかくの機会だからと、この日のために全放出したかいがあったというものだ。
ちなみに、甘さの絶対量が足りないので、チョコレート以外のお菓子にも、乾燥果物を細かく砕いたものが混ぜ込まれていたりする。
「セレスティア」
不意に、懐かしい声が聞こえた。大盛況のお菓子スペースを抜けて、声の主の元へと向かう。
「……御父様」
正装姿のエドヴァルト・アルトハイムだった。
「……来ていただけたんですね」
今までが今までなので、ぎくしゃくと声をかけると、エドヴァルトはにんまりと笑った。
「もちろんじゃないか! 可愛い娘の婚約発表パーティーに駆けつけない父親がどこにいる? さあ、公爵閣下にご紹介してくれ」
うーん。手紙でも感じていたけれど、とんでもない変わり身の早さだ。そんなふうに思っていたら、不意に、エドヴァルトの瞳から狡猾さが薄れ、どこか懐かしむような眼差しを私に向けてきた。
「ふむ……こうしてみると、ほんの少し……ソフィアに似ているな」
「! 御母様に?」
「ああ。新緑のドレスと金のアクセサリーを、彼女もよく身につけていた。髪と瞳の色に合うからと。……つまりその、服と飾りが似ている」
「……はぁ」
エドヴァルトの真意がわからず、ため息のような返答をしてしまった。エドヴァルトは口をへの字に曲げて、目をそらす。
そこで、私ははたと気がついた。ほんの些細な変化なので、いつもアルバートの表情を読もうとしていなければ気が付かなかっただろう。
エドヴァルトの頬が微かに赤みがかっていたのだ!
……まさか今の……褒めたつもりなのかな。
ささやかだが、確かなエドヴァルトの変化に戸惑っていると、エドヴァルトは視線をアルバートの方へと向け、改めて丁寧な挨拶をしていた。
アルバートは相変わらずの仏頂面で応対しているが、これは本気で不機嫌な時の顔である。
それでも、これは婚約発表パーティーだ。アルバートと共に、エドヴァルトをヴィクターの元へと案内をした。
両家の顔合わせは、和やかに進んだ。
正式な結婚の時期や条件などを後日打ち合わせていくようだ。良かった。
一番の心配事が、あっさりと終わり、肩の荷がすっと降りた。ゲストの方々にお菓子も大好評のようで、心地よい達成感にも満たされていた。
「すみません、アルバート。ヒールが痛くて……少し、テラスで休ませていただいても?」
「ああ、構わない。ついていけずにすまないな」
「いえ」
主役二人がそろって抜けるわけにはいかないだろう。私はそっと大広間の喧騒から離れ、隣接するテラスへと向かった。
もうすぐ夕暮れ時だ。
テラスから見える緑は、どこか穏やかな顔をしていた。
人いきれから逃れると、それだけでホッとする。
心地よい風を浴びながら、そなえ付けの椅子に腰を下ろした。足首を傾け確認すると、かかとのあたりが赤く腫れていた。
アルバートに腕をかりながら、なんとか頑張ってきたけれど、限界は近そうだ。
けれど、パーティーの時間も後少し。なんとか頑張らなくては……。
「セレスティア嬢」
また、懐かしい声が聞こえた。エドヴァルトよりもずいぶんと若く、どこか皮肉めいたその声。
おそるおそる顔をあげると、赤髪短髪の青年が、紫髪の女性を連れて立っていた。
「…………ロデリック様」
私は唖然と、元婚約者の名前を呟いた。




