表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/45

再会

「それは気になりますね。ぜひ、いただきましょう。案内していただけますか、セレスティア嬢」

「は、はい……!」


 アルバートと一緒に、エリック殿下を会場の一角にあるお菓子のスペースへと案内した。

 

 大広間は、天井が高く、シャンデリアや生花にも色取られたゴージャスな空間だ。

 それに負けないように、テーブルクロスを引かれたそのテーブルは、豪華にコーディネートされている。


 テーブルのアクセントには白い花とリボン。高級感のある大きなお皿は美しい色合いで、お菓子をそれぞれ引き立てている。

 そばには小さな皿を重ねて置いていて、いつでも好きな時にゲストに味わってもらえるようにした。

 

 現世で何度か味わった、ホテルのスイーツビッフェをイメージした一角だ。

 もっとも、主に装飾を手掛けたのは、これまたマリーなのだけれど。


「わあすごい、これは美味しそうですね。何と言う名前のお菓子なのですか?」

「ええと、こちらがクッキーとエッグタルトで、こっちがシフォンケーキ。それからチョコレートです」

「へぇ。確かに、見たことも聞いたこともないお菓子ですね」


 誰でも好きな時に手を取れるように……と置いてはいるが、まだ誰も手をつけていないようだ。お菓子は綺麗に並べられている。


 だが、皆興味はあるようで、エリックが皿の上にシフォンケーキをのせる様子を、ちらちらと伺っていた。


 エリックがフォークを突き刺す。シフォンケーキはほわんと形を変える。うん、何度も確かめてはいるけれど、やっぱり上出来そうだ。


 ほわんふわんのシフォンケーキを、エリックが一口。

 瞬間、ふわふわとした気配が消えた。


「…………なんですか、コレ」

「す、すみません……! お口に合いませんでしたか……?」


 慌てて頭を下げる。エリックの瞳は真剣そのもので、先ほどまでの柔らかさはかけらもない。一体、どんな叱責が来るのかと覚悟していたら——


「めちゃくちゃ美味しいじゃないですか」

「へ??」

「他のもいただきますね」


 ひょい、ひょい、と全種類のお菓子を皿に乗せ、エリックは次々と口に甘味(スイーツ)を入れていく。


 表情は真剣そのもので、先ほどまでのどこかふわふわで飄々(ひょうひょう)とした雰囲気がどこかに吹き飛んでしまっている。


(……いいですね、これ……国の特産品として外交に使えれば……)

「あの? エリック殿下、何かおっしゃいましたか?」

「いえ何も! ところで、どれも素晴らしく美味しいですね。僕はとくにコレが気に入りました」


 声をかけると、ふわふわの雰囲気を取り戻したエリックが、シフォンケーキを指差した。


「これはシフォンケーキです! 最近良い魔道具が手に入りまして、今までより数段、美味しくなっているんですよ」


 今までは人力でメレンゲを泡立てていたが、ハンドミキサーの使用に加えて、冷蔵庫でてきぎ冷やしながらまぜたことで、しっかりとした角が立つようになった。

「ほら! すごいですよアルバート!」とハンドミキサーを自慢げに見せたら、出番を奪われたアルバートが、心なしかしょんぼりしていたのは内緒だ。


「私にも頂けるかね?」

「あたくしにもいいかしら?」

「もちろんです、どうぞ!」


 エリックのお墨付きがついたからだろう、遠巻きにこちらを伺っていたゲストの方々が集まり出した。

 美味しいお菓子を囲みながら、アルバートの案内で、次々と挨拶を交わしていく。

 婚約のお祝いをいただいた後の話題の中心は、私が作った甘味(スイーツ)達だ。もの珍しいお菓子に、皆興味があるらしい。


 不思議そうな顔で、楽しそうな顔で、幸せそうな顔で、お菓子を楽しんでいるゲストを眺めていると、こちらまで、とても幸せな気分になってきた。


 毎朝せっせと集めてきた花蜜と、せっかくの機会だからと、この日のために全放出したかいがあったというものだ。

 ちなみに、甘さの絶対量が足りないので、チョコレート以外のお菓子にも、乾燥果物を細かく砕いたものが混ぜ込まれていたりする。


「セレスティア」


 不意に、懐かしい声が聞こえた。大盛況のお菓子スペースを抜けて、声の主の元へと向かう。


「……御父様」


 正装姿のエドヴァルト・アルトハイムだった。


「……来ていただけたんですね」

 

 今までが今までなので、ぎくしゃくと声をかけると、エドヴァルトはにんまりと笑った。


「もちろんじゃないか! 可愛い娘の婚約発表パーティーに駆けつけない父親がどこにいる? さあ、公爵閣下にご紹介してくれ」


 うーん。手紙でも感じていたけれど、とんでもない変わり身の早さだ。そんなふうに思っていたら、不意に、エドヴァルトの瞳から狡猾さが薄れ、どこか懐かしむような眼差しを私に向けてきた。


「ふむ……こうしてみると、ほんの少し……ソフィアに似ているな」

「! 御母様に?」

「ああ。新緑のドレスと金のアクセサリーを、彼女もよく身につけていた。髪と瞳の色に合うからと。……つまりその、服と飾りが似ている」

「……はぁ」


 エドヴァルトの真意がわからず、ため息のような返答をしてしまった。エドヴァルトは口をへの字に曲げて、目をそらす。

 そこで、私ははたと気がついた。ほんの些細な変化なので、いつもアルバートの表情を読もうとしていなければ気が付かなかっただろう。

 エドヴァルトの頬が微かに赤みがかっていたのだ!


 ……まさか今の……褒めたつもりなのかな。


 ささやかだが、確かなエドヴァルトの変化に戸惑っていると、エドヴァルトは視線をアルバートの方へと向け、改めて丁寧な挨拶をしていた。

 アルバートは相変わらずの仏頂面で応対しているが、これは本気で不機嫌な時の顔である。


 それでも、これは婚約発表パーティーだ。アルバートと共に、エドヴァルトをヴィクターの元へと案内をした。


 両家の顔合わせは、和やかに進んだ。


 正式な結婚の時期や条件などを後日打ち合わせていくようだ。良かった。


 一番の心配事が、あっさりと終わり、肩の荷がすっと降りた。ゲストの方々にお菓子も大好評のようで、心地よい達成感にも満たされていた。


「すみません、アルバート。ヒールが痛くて……少し、テラスで休ませていただいても?」

「ああ、構わない。ついていけずにすまないな」

「いえ」


 主役二人がそろって抜けるわけにはいかないだろう。私はそっと大広間の喧騒から離れ、隣接するテラスへと向かった。


 もうすぐ夕暮れ時だ。

 テラスから見える緑は、どこか穏やかな顔をしていた。


 人いきれから逃れると、それだけでホッとする。

 心地よい風を浴びながら、そなえ付けの椅子に腰を下ろした。足首を傾け確認すると、かかとのあたりが赤く腫れていた。

 アルバートに腕をかりながら、なんとか頑張ってきたけれど、限界は近そうだ。


 けれど、パーティーの時間も後少し。なんとか頑張らなくては……。


「セレスティア嬢」


 また、懐かしい声が聞こえた。エドヴァルトよりもずいぶんと若く、どこか皮肉めいたその声。


 おそるおそる顔をあげると、赤髪短髪の青年が、紫髪の女性を連れて立っていた。


「…………ロデリック様」


 私は唖然と、元婚約者の名前を呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ