婚約披露宴
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今朝投稿した『ep27.アイリス』なのですが、投稿を慌てすぎて、『ep26.魔道具店にて』
と同じものを投稿してしまいました。申し訳ありません。
現在は『ep27.ハンドミキサー』とタイトルと内容を改めて掲載しておりますので、そちらが未読の方は、
前話からお楽しみいただけますと幸いです。ご指摘くださった方に心より感謝いたします。
ハンドミキサーを手に入れたあの日から、あっという間にこの日がやってきてしまった。
時刻は昼過ぎ。もう間もなく婚約発表パーティーの開始である。
アルバートと共にお菓子作りの試行錯誤を行い、セバスチャンの指導のもとマナー講習に励み、マリーのアドバイスで気休めのダイエットや美容を行ったりと、大変忙しい日々だった。
「ほら! 見てください。素敵ですよ、セレスティア様」
「おぉ……」
私は、自分の姿を鏡でみるのがあまり好きではない。
それでも、今回姿見にうつった姿は、自分なりになかなかのものだった。
瞳の色が映える、深緑のドレスには、金の刺繍が施されている。アクセサリーは全て金で、ドレスとの組み合わせが素晴らしい。
マリーが編んでくれたアップスタイルの髪型も素晴らしい。顔がはっきり見えているが、大きな金のイヤリングの効果か、少し小顔に見える。
選んでくれたドレスも、体型をごまかしつつ、エレガントに見せるという技巧がこらされたもので、頑張ってはいているヒールのある靴が、さらに体型をよく見せている。
「マリーはすごいなぁ……」
素直な感嘆を口にすると、マリーはどこか誇らしくもくすぐったそうな表情で、微笑んだ。可愛い。
と、そこでノックの音がした。
「どうぞ」
声をかけると扉が開き、セバスチャンと、その奥からアルバートがやってきた。
「…………!」
そのアルバートを見た瞬間、マリーに積み上げてもらった微かな自信のようなものが一瞬で吹き飛んでしまった。
軍服風の深い紺色の正装服に包まれたアルバートは、機能的な肉体美に満ち溢れており、その整った顔立ちも、藍色の髪も、いつもより数段格好良く見えた。
「わあ! アルバート様、素敵です。その金色のカフスのアクセントが良いですね。セレスティア様と大変お似合いですわ」
マリーが手放しでそんなことを言うけれど、私には、とてもそうは思えなかった。
「アルバート様、セレスティア様。ゲストの方々がお揃いです。大広間へ向いましょう」
セバスチャンの声かけで、私とアルバートが並び歩き、大広間へと向かった。ドレスが重く、ヒールで歩きにくいこともあるけれど、足取りがとにかく重たい。
できれば行きたくない……けれど、行かなければ何も進まない。
拳を握りしめ、背筋を伸ばして前を見上げた。
「セレスティア」
アルバートが、そっと腕を出してきた。どうやら、歩きにくそうにしている私を見かねて、エスコートしてくれるらしい。右手を軽くアルバートの左腕に添えると、確かに歩きやすくなった。
同時に、とくとくと心臓が少しだけ早くなる。
「アルバート様とセレスティア様のご入場です」
大広間の扉を開けたセバスチャンが、私たちの入場を会場中に伝えた。途端、騒がしかった会話の声が収まり、いくつもの視線が突き刺さる。
そんな中を、アルバートの腕につかまったまま、ゆっくりと歩き出す。向かう先は奥のスペースのようだった。
そこには、ダリア様と共に見たことがない壮年の男性がおり、その前には小柄な少年と少年の背後に多くの護衛騎士がいた。
…………嫌な予感しかしない。
アルバートは少年の前で立ち止まると、片膝をつき、深いお辞儀をした。数刻遅れて、私も正式なお辞儀をする。
「お忙しい中お越しいただき、誠にありがとうございます、エリック殿下」
「いやいや。こちらこそ、いつも魔物狩りに参加してもらって、感謝しているよ」
殿下……! つまり、この少年は王子様だ。私は慌てて、カーテシーをさらに深くした。
「こちらが我が婚約者のセレスティア・アルトハイム嬢です」
「うん、よろしくね、セレスティア嬢。堅苦しくしなくていいよ、自然にして」
年相応の少年らしい朗らかな声だった。とはいえ、王子様と相対するのは初めてのことだ。セバスチャンのマナー講座を思い出し、十分な時間を取ってから顔をゆっくりとあげる。
すると、くりくりとした空色の瞳と目があった。ふわっふわの金色の髪と良い、完璧な美少年である。
「あの……何か、失礼がありましたでしょうか……?」
空色の瞳が、あまりにもじっくりこちらを見つめているものだから、思わずそんなことを言ってしまった。
すると、少年はニンマリと笑って、
「ううん。あの堅物のアルバートが選んだ人って、一体どんな人なんだろーって興味があっただけだよ。ごめんね」
「そうですか……」
うう、一体何を思われたんだろう。気まずさから、視線を泳がせていたら、背後の護衛騎士の方と目があった。見覚えのある顔だ。
「あ。える——」
言いかけた私を助けるように、困った顔でエルダンさんが声を出さずに口を開いた。何を言っているのか分からないが、何を言いたいかは分かる。この場では、彼より先に優先しなければならないことがたくさんあるのだ。
私は目だけで申し訳なさを伝えると、アルバートに連れられて背後を振り返った。
「セレスティアさん、本当におめでとう。ドレス、とっても素敵よ」
普段よりゴージャスなドレスと髪型のダリアが、にこりと微笑んで言った。薄く微笑み返すも、隣のお方への緊張で動きがぎこちなくなってしまう。
がっしりとした肉付きの壮年の男性は、硬い表情でこちらを油断なく見ている。
ダリアとのこの距離感、そして、アルバートに良く似た端正な顔立ち。
「お初にお目にかかるな、セレスティア嬢。お会いできて光栄だ」
「父上」
やはり。私は改めて、深くカーテシーをした。
「初めまして、公爵閣下。こちらこそ、お会いできて大変光栄です」
「ああ。本来なら、もっと早くお会いしたかったんだがな……公務が立て込んでしまって。ヴィクター・ド・モンフォールだ。よろしく頼む」
背後から、エリックが顔を出した。
「悪かったねヴィクター。公務を立て込ませてしまって……」
「いえ、お気になさらず、殿下」
「いやいや。最愛の一人息子がやっと見つけてきた婚約者だろう? 飛んでいって会いに行きたかったんじゃないのかい?」
エリックはどこか、くすくすとからかうような調子だ。ヴィクターは、アルバートとよく似た仏頂面を、少しだけ朱に染めていた。
息子の前でからかうのは、ご勘弁してくださいとでも言いたげな調子だ。……良かった。アルバートと同じく、見た目は少しとっつきにくいが、優しそうな人だ。
「そうだわ。エリック殿下に閣下。会場には、セレスティアさんの作ったお菓子もあるのよ。ぜひ召し上がってみて」
「そうなんですね。何の果実を干したのですか?」
「それが、見たことも聞いたこともない菓子ですの。殿下もきっと気に入りますわ」
ダリアがそう言うと、エリックは瞳を輝かせた。
「それは気になりますね。ぜひ、いただきましょう。案内していただけますか、セレスティア嬢」




