ハンドミキサー
楽しみにしていたアイリスとの再会は、お預けとなった。
約束していた3日を待たずに、荷物と手紙が届いたのだ。どうやら、立て込んでいた依頼とやらが落ち着かず、日本の話はいずれまた、とのことだ。
がっかりした気持ちを抱えながらも、一緒に届いた荷物を開く。
そこには、見覚えのある形状をした、一つの魔道具が収められていた。るんるんとした気持ちで、ハンドミキサーを持ち上げていると、背後からぬっとアルバートが顔を出した。
「それはなんだ、セレスティア」
「ハンドミキサーです! これは、すごいんですよ!」
言いながら、スイッチをオン。すると、二つの小型な羽根の部分がくるくると……回らなかった。
「あれ?」
カチ、カチと何度もスイッチを押してみるが、うんともすんとも言わない。
「かしてみろ」
アルバートに手渡す。横から見たり、ひっくり返したりした後に、「魔石がないな」と呟いた。彼が指差す先を見てみると、確かに、小さな魔石をはめ込むことが出来そうなくぼみがある。
「なるほど……では、早速街に買いに」
行きましょう、と立ち上がりかけた私の腕を、アルバートがつかむ。ハッとして振り返ると、アルバートは無表情で、掴んだ腕をふにふにともんでいた。
「…………あの、ちょっと恥ずかしいのでやめていただけると……」
肉でたぽたぽなんだよ……。
「あ。すまん、つい」
心なしか照れ臭そうな表情で手が離れる。口元に拳を持っていき、ごほんと咳払いをしてから、
「魔石ならおれの部屋にあるぞ」
「本当ですか!」
「ああ」
そういえば、アルバートと出会ったのも魔物狩りの帰りだった。魔石は魔物から取れるのだから、アルバートが所持していてもおかしくない。
「では早速行きましょう!」
「ああ」
ハンドミキサーをすぐに動かせる嬉しさで、るんるん気分で歩き出してから、ハタと気がつく。アルバートの……っていうか、男の人の私室に行くのって初めてじゃない……?
途端に、顔が熱くなってきた。赤みがかった頬がバレないよう、数歩遅れてアルバートの後に続く。私の客室からもほど近い、2階の一室がアルバートの部屋だった。
アルバートが開けてくれた扉をくぐり、室内に足を踏み入れる。もちろん、扉は開けっ放しのままだ。
「わあ」
アルバートの部屋は、彼の性格をそのまま表したような、質素剛実なものだった。
大きな天蓋付きのベッドに、書斎机と椅子。壁にはいくつかの武器がかけてあって、そのいずれも大きく、価値がある品のように見えた。
室内にはほこり1つなく、綺麗に整理整頓されている。
アルバートは無言で机に向かい、引き出しから麻袋を取り出すと、無造作に中身を机にぶちまけた。
大小様々な魔石が机を転がる。
「どれが良い?」
緊張しすぎて、足音一つ立てないようにと思い、まるで盗賊か何かのように、そっと室内に足を踏み入れる。
机の上に置かれた魔石を見下ろすと、赤、緑、紫、黄色と様々な色をしており、どれも宝石のように綺羅綺羅と輝いていた。
「綺麗…………」
「特別綺麗なものを取っておいているからな」
「え! つまりこれ……アルバートのコレクションってことですか?」
「まあ、そうなるのか?」
「だとしたらとても、頂けませんよ! 綺麗じゃなくなっちゃいますもの」
魔石は消耗品だ。今は綺羅綺羅と輝いていても、ハンドミキサーを長く使っていれば、その魔力は翳り、魔石はにごってしまう。
なのに、アルバートはきょとんとして、
「別に構わない。もともと、魔物狩りのお礼にと渡されて、その後もなんとなく集めていただけだ」
「でも……」
「美味い菓子が作れるのだろう? ならこれは、セレスティアに使ってもらいたい」
そう言って、アルバートは手頃な大きさの緑の魔石を手に取ると、私に差し出すように手を伸ばした。
「…………ありがとうございます」
そっと魔石を受け取る。翡翠のように輝く緑の魔石は、今まで見たどの宝石よりも輝いて見えた。
「私、必ず、今までで一番、美味しいお菓子を作りますね!」
「楽しみにしている」
フッと、アルバートが微笑んだ。お菓子を食べている時は違う嬉しさをにじませた、引き込まれるような笑顔だった。




